38話 文化祭④

 パフェを半分ほど食べ進めた頃に、注文していたもう一つの品――カップルメニューがテーブルに登場。

 かわいいお皿の上で寄り添うように盛り付けられた焼き菓子の周りには、ストロベリーソースによってハートマークが描かれている。

 大きめのグラスには紅茶らしきドリンクが注がれ、私と萌恵ちゃんの視線は特殊な形状をしたストローへと向く。

 その存在こそ知っているものの、実物を目にする機会は滅多にない、カップル用のストロー。

 確かメニューには二本のストローで一緒に飲むと書いてあったはずだけど、これは嬉しいサプライズだ。


「もし別々のストローがよかったら、遠慮せず言ってね」


 先輩にそう言われるや否や、私と萌恵ちゃんはブンブンと首を左右に振って「このストローがいいですっ」と力強く告げた。


「それじゃあ、カップルメニューの特別サービスについて説明させてもらおうかな。単刀直入に言うと、二人の仲睦まじい姿を撮影するサービスだね。そのストローで一緒にドリンクを飲むところとか、マカロンを『あーん』って食べさせ合ってるところとか、最高の角度からしっかり撮らせてもらうよっ」


 いま挙げられたようなシチュエーションを自分たちで撮影するのは、なかなかに難易度が高い。

 なるほど、特別サービスという呼称にも納得の内容だ。


「撮影には二人のスマホを使わせてもらうことになるんだけど、大丈夫かな?」


「はい、大丈夫ですっ」


「さっそく撮っちゃう? それとも、もうちょっと後の方がいい?」


「萌恵ちゃん、いますぐでもいい?」


「うんっ、もちろん!」


 萌恵ちゃんの賛同を得ると同時に、私はスマホを取り出してロックを解除し、カメラを起動して準備万端の状態で先輩に手渡す。


「見られてるって意識すると恥ずかしいだろうから、私のことは空気だと思ってね」


 先輩はさらに「でもまぁ、急に言われても難しいかな」と苦笑しつつ、撮影についての補足説明をしてくれた。

 要約すると、撮影のタイミングは先輩に任せて、私と萌恵ちゃんはカメラを気にせず自然体でイチャイチャすればいいとのこと。


「それじゃあ――」


 お皿に手を伸ばしてマカロンをつまみ、反対の手を下に添えて萌恵ちゃんの口元へと運ぶ。


「萌恵ちゃん、あーん」


「あ~んっ」


「おいしい?」


「んんっ、おいひぃっ」


 モグモグと口を動かしながら瞳をキラキラと輝かせる萌恵ちゃん。

 相変わらずかわいすぎる。

 かわいすぎてすでに満足感で胸がいっぱいだけど、ここで終わりというわけではない。


「真菜も食べてっ。はい、あ~んっ」


 萌恵ちゃんの美しい指によって口元に運ばれたマカロン。

 ついついカメラのことを意識してしまい、緊張と気恥ずかしさで頬がわずかに熱を帯びる。


「あーんっ」


 さりげなく萌恵ちゃんの指先にキスをしつつ、マカロンを頬張る。

 歯を立てた瞬間はサクッと、咀嚼する際にはふわっと溶けるような食感。これは何度味わっても飽きない。

 生地はしっかりと甘く、クリームからはほのかに酸味を感じる。


「おいしいっ」


 軽く感動を覚えるレベルのおいしさだった。

 次いで私たちはドリンクのグラスに手を添え、ストローに顔を近付ける。

 緊張と興奮で高鳴る胸を深呼吸で少し落ち着かせてから、ストローを咥えてドリンクを飲む。

 すっきりとした味わいの紅茶が、口の中をリフレッシュさせてくれた――けど、萌恵ちゃんと同じストローを使って一緒に飲んでいるという行為があまりにも刺激的で、正直に言うとドキドキしすぎて紅茶の味がよく分からない。


「うん、我ながら完璧。写真集にして売り出したいぐらい素敵な写真がたくさん撮れたよっ」


 カップルメニューを堪能した後、スマホを返してくれた先輩の顔からは、そこはかとない達成感が滲み出ていた。

 萌恵ちゃんと二人でお礼を言い、待ち切れずに写真を確認しようとしたものの、想像以上の枚数だったので家に帰ってからじっくり眺めることに。

 残り半分となった特製パフェをおいしくいただき、私たちはお会計を済ませて喫茶店を後にした。

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