Tulle&Gungnir‐06



 * * * * * * * * *





「ほう、氷盾テュールか! これはたまげた……しかし本当に惜しい、この状態では飾る以外に出来る事は無い」



 武器屋マークに戻った3人は、カウンターで赤い包みを開いて店主のビエルゴにテュールを見せた。そして店の裏にあるこじんまりとした住居スペースで詳しく状態を調べてもらう事にした。


 結果、ビエルゴもこの状態ではもう盾として使う事は出来ないと言って首を振り、シーク達はやはり再加工しかないかとため息をついた。



「あの、テュールは……盾じゃなくて別のものに生まれ変わりたいと言っているんです」


「なんだと?」


「あの、泊めていただいた時に話をしたと思うんですけど、その、弟のチッキーが待ち焦がれている『鍬』になってみたいと」


「伝説の盾を鍬にだと!? そんな勿体ない!」


「ですよね。いや、それが普通の反応だと思います」



 ビエルゴはつい力が入って立ち上がってしまい、罰当たりだと言わんばかりの、眉間に皺が寄った睨むような顔をしている。


 勿論シーク達だって鍬になることを勧めた訳ではないし、出来る事なら盾としてもう一度頑張って貰いたいのだが。


 ハァっとため息をついたシークが、何故テュールが生まれ変わりたいと思っているのかを説明すると、ビエルゴはようやく椅子に腰を下ろし、納得してくれた。



「バスター証に使われている事はこの3人から聞いていた。確かに魔石などもう手に入らないからな、魔石がふんだんに使われているテュールを使ったのも理解は出来る」


「魔石って、もう手に入らないんですか」


「ああ、200年前に最後の1つが閉山となった。材料が足りない上に、鍛え直しても元の性能が引き出せるかは分からん。だがテュール、それ以前にお前さん本当に盾である事をやめるのかい」


「……やめる、って言っているよ。もはや自分は盾ではない、最強だった頃より劣る状態で必ず守るとは言えない。ならば違う生き方をしてみたい、だって」


「しかし、よりによって鍬を選ぶことはなかろう」



 ビエルゴは呆れたように椅子にもたれ掛かり、机の上のティーカップに手を伸ばした。伝説の盾が鍬になりたいと言い出して聞かないのだから呆れもするだろう。



「それで、テュールの望みを叶える事は出来るのかい。アダマンタイトや魔石の加工技術があるのなら、お願いしたいのだけれど」


「アダマンタイトも魔石も、何度か扱った事がある。首都ヴィエスの博物館に納められている600年前の旧帝国時代の神器を複製した」


「お? それじゃあ出来るじゃねえか! 残りの欠片は集めているところだからよ、助けてやってくれねえかな」



 武具仲間のバルドルとケルベロスに頼み込まれては、武器屋として断るのも示しがつかない。



「俺からもお願いします。鍬になって、やっぱり盾が良かったって思うかもしれない、その時はまたその時ですから」


「無理矢理戦わせても可哀想ですし、私もテュールに選ばせてあげたいです。ずっとバスターを守ってくれていたし、その役目から解放してあげてもいいんじゃないかと」


「鍬も武器にならねえって訳でもないからな。俺も、勿体ないけどこのままにしておくよりはいいと思います」


「……分かった。だがそれは欠片が集まってからだ。まさかこの儂が鍬を作ることになるとは思わなかったが、おまえさん達の頼みなら仕方がない」


「あ、有難うございます!」



 ずっと気を張って人間を守る事だけを担ってきたテュールは、盾としての未練がない訳ではなかった。


 しかしそれ以上に、(どこにも見当たらない)その肩に重くのしかかっていた責任からの解放が決まり、人知れず(ただし、武器達は分かったようだ)穏やかな気持ちになっていた。



「造り直したら喋れなくなりました……なんて事はないよな?」


「魔力を込めた部分は無事だ。喋れなくなったらその時考えればいいさ、ねえテュール」


「そんな、運任せみたいな言い方……なんだか心配になってきた」


「神任せよりマシさ。本当にいるのなら、魔王アークドラゴンやモンスターを、何故この世に造り出したのかお伺いしたいところだ」


「……察しのいい奴は嫌われるよ。黙っておこうね、バルドル」



 妙な所で達観しているバルドルに苦笑いしながら、シークは再度ビエルゴに頭を下げてお願いした。



「それと、チッキーをここに連れてきたいんです。鍬になったとしても、仲良くなれないと元も子もないから」


「武器屋にバスターではない人間が入るのはあまり褒められたものではない。よし、少し時間をくれ。デザインと必要な素材量を計算して、本当に作れるのかも含めて考える。純粋な少年の夢を目の前で打ち砕くのは、少々気が引ける」


「有難うございます!」



 ようやくテュールの身の振り方が決まり、シーク達もホッと胸を撫で下ろす。


 まさかアークドラゴン討伐の前に、伝説の武器を農具に変える手伝いをさせられるとは思ってもいなかったが……。それ以上の話をいったん止め、シークはビエルゴにメモ書きを渡す。



「あの、実家の住所を書いておきます。あと、これは村の役場の電話番号です。俺達は次にグングニルを探しに行かないといけないので」


「そうだったな、テュールの事は任された。グングニルが手に入ればまた戻って来てくれ。それまでに欠片が必要なだけ戻ってくれば、しっかりと形にしておく。それと……」



 ビエルゴはシーク達の装備を見て、まるで値踏みでもするように顎に手を当て、少し考える。妻のマーシャがお茶のお替りをそっと人数分テーブルに置き、空いたカップをお盆に載せて下げる。



「あんた、今渡さないでどうするんだい。この子たちに渡すために工房にこもっていたんでしょう?」



 マーシャの言葉に、ビエルゴはまたカップを手に取って一口を含む。



「……等級が上がったのなら着替えた方がいい。お前さん達がうちに泊まっている間に仕上げたものがある。上質なミスリル鋼と、エイントバークスパイダーの糸に強化魔法を掛けて織り込むバーク布を合わせた軽鎧だ」


「えっ!? ……って、エイントバークスパイダーって?」


「知らないの? この10年程で発見された、世界で最も高い強度の糸を作り出す蜘蛛よ! その糸は鎖帷子の代わりに使われるくらいに丈夫で、引っ張りにも強いの。夢の素材だって、お父様の……コホン、パパの会社でも急に取り扱いが増えた高級品なの」


「よく知っとるの。切創に強く、ある程度までは切れずに伸縮で力を逃がして、更に痛んだカ所を自己修復する性質を持つ。打撃などの衝撃を吸収したり防ぐ事はできないからあくまでも補助素材だが、織物としては実質最強だろう」


「……けどよ、それって高級品だよな? 俺達の所持金で買えるのか?」


「ツケでもいい、お前さん達は逃げたりはせんじゃろう」



 そう言うとビエルゴは倉庫へと向かい、しばらくしてから1着ずつ、丁寧に麻袋に入った装備を持ってきた。


 最初から渡すつもりだったのだが、今の今まで言い出せなかったのだ。本当は滞在中に作ったのではなく、3人がまた寄ってくれると信じて作っておいた装備だ。



「格好いい! 俺の鎧は真っ黒、艶消しされていて反射も防げる、足具のラインは……深紅かな」


「私の鎧見て! 深紅と桃色のコートみたいなデザインなのに、内側にプレートが仕込んであるの! これ、ミスリルですよね!? ピンクのスカーフも可愛い!」


「俺のは……黒い鎧に白いマフラーとバックル、小手と肩当てが淡く青みがかってるぞ。こんなデザインをおっちゃんが作ったなんて!」



 若者にデザインを褒められ、ビエルゴは思わず頬が緩む。シーク達はビエルゴに促され、その場で装備を着替えを始めた。


 布部分には十分余裕がありつつ、体型にピッタリで動きやすく、あからさまに3人の為に作られている。目を輝かせながら互いと自身の装備を褒め合う3人の声を、ビエルゴは目を閉じて満足げに笑みを浮かべて聞いていた。



「勿論、強引に売るつもりはないが、命を落とさない為にお勧めする。価格は店に並べるなら110万だが、下取り含めて1つ80万まで下げる。旅に支障のない程度に頭金を払ってくれたら、残りは帰って来てからでいい」


「もちろん買います! いいよね2人共、有難うございます!」



 110万と言ったのはシーク達が恐縮しないための嘘だ。他の店では200万ゴールド出しても手に入らない。加工の難しさもあるが、材料費だけでも80万はかかっているのだ。


 3つで240万ゴールド。しかもわずか数か月でこんなにも頻繁に装備を買い直すバスターなどまずいない。けれど贅沢なことだと自覚しつつも、やはり新調すれば胸が躍る。その笑顔はビエルゴとマーシャを安心させた。


 3人は相談した結果100万ゴールドを渡し、残りをテュールの加工代金と共に支払うと約束した。深々と頭を下げ、そして追加でバルドルとケルベロスとテュールにナイトカモシカ革クロス、そしてブラッドフラワーのアシッド液を購入する。


 勿論、バルドルとケルベロスは満面の笑みだ。人間の目では分からないのが残念な程、それはもういい顔をしている。


 武器屋マークを出ると、3人は実家には戻らずに宿に泊まる事にした。明日の朝、管理所に事情を話せば、いよいよ荒地や湿地を抜けた先にある山脈を越え、東の町から別の大陸に移動だ。

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