Misty Forest‐02

 

 町の外はレンガ造りで近代的な街並みとは全く別世界だった。


 真上にあるはずの太陽の光は背の高い針葉樹に阻まれて満足に行き届いておらず、薄暗くて肌寒い。遠くに目を凝らすと場違いな程に育った広葉樹も1本見える。この大森林は混交樹林となっているようだ。


 町を挟んで反対側に海があるとは到底思えないような光景に、シーク達の歩幅は自然と狭くなる。


 訪れた事があるというゴウン達の後ろを、平らではない地面に注意して歩いていると、ギャーギャーと鳴く鳥の声が聞こえる。ビアンカは背筋がゾクッとして立ち止まった。



「やだちょっと、何か怖いわ」


「不気味だね、何かお化けでも出そうな雰囲気」


「数多のモンスターを退治しているバスターが、鳥の声を怖がるとは恐れ入ったよ」


「ドラゴンすらもぶった斬るバルドルだって、猫は怖いって言うじゃないか」



 怖がっているのかいないのか良く分からない会話を続けながらも、一行は町の高い外壁が見えなくなるほどの場所まで森の中を進んでいく。


 森の中は太い木の幹に視界を遮られ、遠くが暗いせいで近くしか見る事が出来ない。こんな悪条件での戦いは初めてだ。


 地面にあるのは殆どが針葉樹の葉で、踏む度にクッションのような弾力を感じ、あまり大きな音が立たない。カサッという音も殆どなく、モンスターが襲ってくるとすればかなり近くなければ気づかないだろう。


 もっとも、そんな時こそバルドルの出番だ。



「右斜め前、数十メーテくらいの場所に何かいる」


「見えるの?」


「見えるというか、感じるね。こっちに気付いていると思う、近づいているから」



 シーク達は無意識のうちに武器を手に取って気配がするという方向へと構える。次第に距離が詰まる中、先に相手が何かを理解したのはゴウンで、ゴウン達は足を止め、シーク達に前に行くようにと指示した。



「……ウギャギャ!」


「ひっ!? わっ、ちょっとあぶなっ」


「木の裏に回る! ビアンカは飛び出した奴から串刺しにしてくれ!」



 少しずつ近寄っていると急に矢が飛んできて、その矢はビアンカの顔のすぐ左横を通過した。数本程の木の幹の先に動く影が見え、シーク達はそこから矢が飛んできていると把握する。



「ネオゴブリンだ! 3,4,5……7体!」


「武器を使うんだったわね、弓なら……接近戦に持ち込むまでよ!」



 3人は一気に距離を詰め、ネオゴブリンを間近で視界に捉える。細い手足に猫背でポッコリとした腹、頭が大きく鼻が尖っている……という点ではあまりゴブリンと大差がない。


 違いと言えば多少体が大きく、ゴブリンのような緑ではなく灰色で、腰には動物の皮で作ったと思われる腰巻をして弓を構えている事くらいだ。


 ゼスタが集団で迎え受けるネオゴブリン達の真上にジャンプし、そしてその中心にいた個体へと剣を振りかざす。



「破ァァ……二段斬り!」


「ギィィィィ!」



 痛みでのたうちまわる1体を見て、他の個体が怒りを表すように叫び、ゼスタへと一斉に弓、斧、剣で襲い掛かる。ゼスタが正面の相手を双剣で防ぐと、背後から来るネオゴブリンへとビアンカが狙いを定める。



「フルスイング! からの……串刺し!」


「ギャァァァ! ギャアアア!」


「ビアンカ真上! ……ファイアーボール!」


「シーク、ナイスだ! よっしゃ喰らえ! 十字斬り!」



 ゼスタが目の前にいるネオゴブリンの斧を弾き飛ばし、左、右と順に脇腹から肩へとバツを記すように斬り上げる。多少体が大きくても所詮はゴブリン、斬りつけられるとあっけなく倒れていく。


「木にしがみ付いてるぞ! 4、5……5体だ! 上に注意しろ!」


「俺が全部落とす! エアロ!」



 シークが詠唱し狙いを定めると、その方向に大きな風の渦ができる。地面の葉や土を巻き上げながら、シーク達の頭上の木にしがみ付いているネオゴブリン達を容赦なく幹から引き剥がし、地面に叩きつける。



「シーク、エアリアルソードで水平にぶった斬ってくれ!」


「分かった! ……エアリアルソード! いくよバルドル!」


「いつでもどうぞ」



 シークがバルドルに魔力を込めると、白と緑が交差するような模様の大きな刃が生まれる。



「いくよ……一刀両断だ!」



 シークが両手でバルドルを握ったまま左足を上げ、右脚に重心を置き、一旦体を右後ろに捻る。そこから一気にバルドルの刃をネオゴブリンに向けながら体重を左足に移し、勢いをつけて斬り付けた。


 その僅かな溜めの間に、至近距離から1体が弓を放とうとするも、その腕をゼスタが真上から右手の剣を振り下ろして斬り落とす。



「シーク今だ!」


「破っ!」


「ギャッ……」



 ドサッという音と共に2体のネオゴブリンがそれぞれ胴体、首を真っ二つにされてただの肉片になる。バルドルと風の刃が合わさったその切れ味は凄まじく、硬い骨の感触などまるでない。



「クリーブアンドエンド、って技さ。それを縦に振り下ろすのがブルクラッシュ」


「なるほどね。ビアンカ、真横だ!」


「大丈夫、これで終わりね! エイミング!」


「ウグ……ブグッ」



 ビアンカが溜めを用いた超高速の突きを繰り出し、1体に槍を貫通させる。槍を引き抜いてネオゴブリンを蹴り飛ばすと、周囲は静けさを取り戻した。



「これで……全部かな」


「どうかしら、でも変よね? ゴブリンってこんな少数の個体で規律良く行動する種じゃないはず」


「……仲間を呼ばなかったね、それに逃げもしなかった」



 少しパターンとは異なる現れ方は自分達を奇襲する為だったのか、と考えながら、シークは拭いきれない違和感を抱いたまま辺りを見回す。


 が、目視では何も感じる事が出来ない。シークはダメ元だと言って風の渦ではなく刃を作り出す「エアロカッター」を唱え、木の間を縫うように魔法を駆け抜けさせた。



「グググ……」


「今、何か声が響いた?」


「シークくん! いったん退くんだ!」


「えっ!? あ、はい!」



 何かが聞こえたような気がしたシークが、不審そうに先の方へと目を凝らす中、入れ替わるようにゴウンが先へと走っていく。カイトスターが続き、レイダーは矢を1本準備した。



「モンスター?」


「周りに注意してこっちへ! 囲まれるぞ!」


「え、囲まれる!?」


「3人とも、私から離れないで。何かあったら攻撃じゃなくてガードに専念する事。絶対に守ってちょうだい」


「リディカさん、な、何が来ているんですか」



 シーク達は辺りを見回すが、モンスターらしき姿は見当たらない。


 まさかお化けかなどと本気で思っているシーク達とは対照的に、バルドルはその気配に気付いているようだ。



「僕たちは囲まれたようだね」


「えっ?」



ゴウンが頷きながら大きな木の根元に立ち、レイダーはシーク達の少し前方でその木のある方へと弓を構えている。



「シーク、周囲に何かおかしな点がある事に気付かないかい」


「おかしな点? えっと」


「もしかして……おいシーク、ビアンカ、武器を構えろ! まずいぞ囲まれた!」


「囲むって姿は……何か変よ、まさかこれ全部……」



 ゼスタとビアンカも気づいたようで、武器を握る手に力が入る。


 おかしな点と言われて最後まで気づかなかったシークも、辺りの異様な雰囲気だけは感じている。


 少し後ずさりした時にカサッという音がし、シークがふと足元を見ると、それまで無かったはずの広い葉っぱが数枚落ちていた。


 改めて周囲を確認すると、ある程度は日が差し込んでいた筈の森の中が、とても暗くなっている事に気付く。そして、空が見えない頭上の様子を見てシークはハッとした。



「……そういうことか、気づいたら周りが全部、広葉樹になってる!」


「幹に近づかないで! 木の洞(うろ)に見えるのは口よ! 飲み込まれたら潰されて養分だからね!」


「これ、周り全部がウォートレント? シルバーランクモンスター……」


「ネオゴブリンはウォートレントから逃げていたんだわ!」


「木の幹にしがみ付いていたのは、俺達を狙うんじゃなくて、木の上に逃げていたからか」



 違和感の正体が分かると同時に、辺りは洞窟を風が抜けるような、低い笛のようにも聞こえる音が鳴り響く。ゴウンが「来るぞ!」と叫ぶと、風など吹いていないのに視界にある広葉樹の枝が一斉に揺れだした。



「そう、広葉樹に見えるのは全部ウォートレントよ! ウォートレント自体は実体のないモンスターで、音もなくゆっくりと木に乗り移るの! ウォートレントが飼っているマイコニドにも注意して!」


「マイコニド!?」


「とりあえず、針葉樹がセーフゾーンって事ですね!」


「バルドル、俺達でウォートレントを倒せるかい」


「無理だね。君達の力では樵夫の一振り程の傷も付かない。彼らに任せるしかないよ」

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