New World‐14

 

 その後、ビアンカはその足で病室へと戻った。部屋の中では相変わらずヒーラー達が、4時間おきに交代しつつシークに途切れることない回復魔法を掛け続けている。


 仮眠を取っていたゼスタとビアンカが朝になって目覚めた時には、順番で言えば2組目のパーティーが順番を終えるところだった。



「おはようございます。シークは……何か変化がありましたか」


「私の感覚で言えば神経系統も順調に治っているわ。今日中に目覚めるんじゃないかしら、そこで終わりじゃないけれど」


「そうですか、良かった。お疲れだと思いますし、サンドイッチやマジックポーションも持って行って下さい」



 3組目の番が始まり、しばらくして日が高く上りだした頃、ゼスタが外の空気を吸ってくると言って外出し、ビアンカもちょっと用事があると言って病院から抜け出した。


 よく見ればビアンカが両手で抱えているのはバルドルだ。


 ビアンカは町の銀行で受付に通帳を渡し、出金の許可が下りるとすぐに防具屋へと向かって歩き出す。


 ビアンカがバルドルを握った時、ビアンカが何を思っているのかを感じ取ったバルドルは、素直に連れて行かれる事にした。シークの為に何か出来ればと考えていたのはバルドルも同じだ。自分の目利きが役に立つのならと協力する事にしたのだ。


 潮の香りがする海沿いのメインストリートから1本入った道は、高い煉瓦造りの建物に挟まれて日当たりが悪い。その通りに1軒の防具屋を見つけると、ビアンカは赤い軒先を備えた木製の扉を押し開いて店の中に入った。



「いらっしゃい」


「あ、こんにちは。えっと……防具を見せて下さるかしら」


「バスターランクは」


「ホワイトです。あの、私の防具では無いのです。パーティーの男の子の防具をお願いできないかしら」



 畏まった時、もしくは周りに知り合いが居ない時、親しく話せる相手かどうか分からない時、ビアンカはどうも口調がお嬢様だった時のように戻るらしい。



「ホワイト? 見かけん顔だがもしかして、昨日管理所の放送で名前が出ていたシーク・イグニスタか」


「え!? はい、そうです。よく分かりますね」



 やる気の無い様子でカウンターに頬杖をつき、本を読んでいた少しおでこが広くなった店主は、途端に立ち上がってニッコリと笑う。接客する気になったようだ。



「ホワイト用を見る必要は無い、彼が目覚めたらこの町の管理所はブルーランクを与える。知っとるか、昨日船に乗り合わせた全員が管理所にあんたらの推薦状を出しとるんだ」


「え、推薦状!?」


「それにあの最速昇格の3人組だと知って、エバンの管理所はギリングに連絡を取った。エバン、ギリング双方が示し合わせた上で等級変更を決めとる。儂の孫が管理所におってな、昨晩その手続きで夜遅くに帰ってきよった」


「私達が、ブルー等級に……」


「さあ、とびきりの逸品を見せてやる、こっちだ」



 ビアンカは店主に連れられ、軽鎧のコーナーに向かう。そこで幾つかの店主お薦めの防具を出されると、ビアンカが悩んでいる間に今まで全く喋らなかったバルドルが口を開いた……恐らく。


 バルドルは、出来る事をやると決めたビアンカの決意に負けたくなかった。



「その一番右の灰色のプレートメイルがいい。ゾディアック合金製だし職人の目利きがいいんだ」


「やっと喋ってくれたわね。説明をお願いしてもいいかしら」


「材料の不純物が殆ど無いんだ。青い縁取りが黒髪で色白なシークにも合うし、何より艶消し処理で目立たないからモンスターを過度に刺激しない……」


「ちょっと待った、今の声、その剣か!」



 バルドルの声を遮るような店主の声に、バルドルは一瞬悟られないようにムッとしながらも素直に答える。



「そう。でも色々と説明する暇が無くてね、早く戻らないと。シークの目覚めの一番に声を掛けるのは僕だ」


「聖剣だな? 噂通りだ、本当に喋るとは」


「どうして喋るのかは分からないけど、確かにバルドルの声よ。おじ様、そちらの防具はお幾らかしら。背の高さは私より何セルテ(センチメーテの略称)か高いから170くらいあるわ」


「足具、と小手も必要なら全部で……30+10+6+8で……54万になる。だがお嬢さんが仲間の為に買いに来たとなれば、儂も店頭価格そのままなんて無慈悲な事はできん。そうだの、47万ゴールドでどうだ。最新モデルにしては破格だと思うが、どうかね」


「47万……そうね、ブルー等級だもの、そうよね」



 ビアンカは送って貰った支度金の額を考え、とても悩んでいる。バルドルも認めた装備なら間違いは無いし、新作装備が1割以上値引きされることはそうない。量産型でない場合は尚更だ。


 だが、ビアンカが今受け取っている支度金は40万ゴールド。勿論新人の旅立ちの為に準備したにしてはかなりの金額とはいえ、移動費で殆ど無くなった個人のお金を足してもあと2万ゴールド足りない。


 そうしてビアンカが悩んでいると、店の扉が開き、チリンチリンと鈴が鳴る。他の客が入ってきてもまさか欲しい物が被ることは無いと思うが、追加で親に頼むにも、明日まで残っている保証もない。



「ビアンカか。何してんだ」


「……えっ、ゼスタ!?」


「お前それ、まさかシークの?」



 後ろから声をかけられて跳び上がりそうな程驚いたビアンカが振り返ると、そこにはゼスタがいた。


 ゼスタもビアンカと同じように、シークへのプレゼントとなるものがないか、管理所に一番近いこの店にやって来たのだ。



「……そうよ、あの防具はもう使えないでしょ? 私、どうしても新調してあげたくて」


「幾らするんだ」


「……47万ゴールド」


「47万!? 足りるのかよ」


「……お願い、あと2万ゴールド出して貰えないかしら!」



 ビアンカはシークの為に買おうと思った経緯をゼスタに話して聞かせる。自分の金で買うというビアンカの意志は固く、ゼスタは全て聞いた後でその思いを汲んだ。


 ゼスタは魔力増幅効果のある装飾品を買うつもりだったが、その資金を防具に充てるためビアンカに渡し、ビアンカは店の主人に支払いを済ませる。


 麻袋にシークの装備を入れた2人は、急ぎ足で病院へと戻ることにした。



「あっ」


「どうしたんだ? バルドル」


「シークが目覚める、急いでおくれ」


「え、分かるの!?」


「僕を何だと思っているんだい。主の気配はすぐに分かる」



 病院のロビーに着いた時、バルドルがシークの気配の変化を感じ、すぐにゼスタとビアンカにそれを伝えた。にわかに信じがたいが、バルドルははっきりと言い切る。


 麻袋を抱えているゼスタがビアンカへ先に行くようにと促すと、ビアンカはバルドルをしっかりと握って病院の廊下を走り出した。



「こら! 病院の中では走らない!」


「ごめんなさい! でも緊急なんです!」



 行きと同じように怒られながら、ビアンカは2階へと駆け上がり、シークが入院している南向きの病室の扉を勢いよく開いた。



「シーク!」



 ビアンカは部屋に入るなりそう大声でシークの名を呼び、ヒーラーの間に分け入ってバルドルをシークの枕元に置いた。1組目のヒーラー達の番だったのか、老婆が顔中の皺を深く刻みながらニッコリと笑い、シークの体内の魔力が流れ出したと伝える。



「もう目覚めるだろうよ、この子もよう頑張ったわい」



 ビアンカがもう一度発しかけた声を飲み込み、ちょうどゼスタが病室に着いて扉を閉めた時、バルドルがゆっくりとシークへ話しかけた。



「おはよう、シーク。気分はどうだい」


「ん……バルドル? あれ、ここは」



 シークのまぶたが動き、静かに目が開く。光が眩しいのか一瞬目を閉じるも、顔色は良くなっていく。覚醒していく中でシークはまたゆっくりと目を開けて、南向きの窓がある左側へと首を傾け、バルドルの姿を確認した。



「ここは、ベッド?」


「あんまり眠りこけて起きないものだから、病院に連れてきたのさ」


「眠り……!? そうだ、ウォータードラゴン! みんな無事か!?」



 シークが意識を手放す直前まで戦っていたウォータードラゴンを思い出し、勢いよく半身を起こす。


 しっかりと起き上がったシークに対し、ヒーラー達は上手くいったと喜び、ビアンカは溢れる涙も声も抑えきれずにシークに抱きつく。ゼスタも後ろで静かに涙を拭っている。



「えっ、あれ? ウォータードラゴンは」


「ゴウンさん達が手伝ってくれて無事に倒したぜ」


「ふ、ふぇっく、背中潰されて、頭、血が出て、大変だったんだから……!」


「状況飲み込めてないけど……ビアンカ、心配有難う。ゼスタも、ごめんな」


「一番心配していたのはバルドルだ。な? バルドル」



 シークがベッドからバルドルをそっと持ち上げ、シーツがかかった自分の膝の上に置く。見た目に変化など全くないが、自分を心配してくれていたと知ると、少し可愛い奴だと思えてくる。



「まったく、君は300年も眠っていたんだから」


「……バルドル、幾ら俺が目覚めたばかりでも、流石にそれは信じないよ」

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