New World‐09

 


「お前らを助けた彼らには、エバンに着いたら治療を受けさせる。ロングソードの子は恐らく病院で治癒術専門の魔法使い《ヒーラー》を10人雇って足りるかってところだ。見舞いついでにカンパでもしてやれ、彼らのようなバスターはそう多くない」



 カイトスターは客室を出ると真っ直ぐに医務室へと向かった。白く塗られ、赤い十字が書かれた扉を開くと、刺すような薬品の匂いが廊下へと漏れてくる。


 5床のベッドのうち、3台は手前からビアンカ、ゼスタ、シークの順で使用されており、シークのベッドの周囲だけはカーテンで覆われていた。


 船医が1人机に向かって何かを書き記していて、見舞いのゴウン、リディカ、レイダーは狭い部屋の空いたベッドに腰掛けていた。



「ビアンカちゃん、肩の違和感は消えたかい。ゼスタくんは出血が止まったようだね」


「あ、はい。もう肩は動かしても大丈夫そうです。打撲は時間が立てば治るそうなので」


「色々と助けて貰って感謝しています、俺達だけだったら船ごと沈められていました」


「君達だけで戦う必要はないんだ、時間稼ぎをしてくれたおかげでみんな無事だよ。こちらこそ有難う」



 ビアンカもゼスタも、自分達以外にバスターが居たにも関わらず、誰も戦いを手伝ってくれなかったと恨む気持ちは少しもない。それどころか、自分達が力不足なせいで、ゴウン達に迷惑をかけたとすら思っていた。


 お人好しなシークにつられ、自然とそのような志を持つようになったのだが、普通はそこで自分達の手柄や他人への不満を口にしてもおかしくない。



 ゴウンやカイトスター達は、この3人の行動に、今日乗り合わせているバスターの一体何人が刺激され、心を入れ替えてくれるだろうかと心配になる。


 そしてゴウンは、ベッドを囲むカーテンを開け、防具を脱がされて上半身に包帯をぐるぐると巻かれ、仰向けに寝かせられているシークへと目をやる。



「まだ起きないか」


「ああ、こう言っちゃ可哀想だが、エバンに着いても大森林の調査なんて無理だろう。骨の位置だけは船医が戻してくれた、リディカが『ヒール』と『ケア』を交互に掛け、応急処置はしている」



 ヒールは体力を回復させる、俗に言うダメージ回復魔法であり、ケアは怪我治療や毒素の浄化などに使用される治癒魔法だ。


 シークは骨折や頭部の強打で継続的に体力にダメージがあるため定期的にヒールを掛け、骨については船医によって折れた部分を元の位置に固定、リディカのケアによって繋ぎ目の修復がなされていた。


 しかし、万能な魔法を用いたとしても、臓器の異常、精神の治療など、複雑なものは対応出来ないため、それ以上の治療には外科手術が必要となる。


 また、治癒魔法の効果は「老化」や損傷によるものに含まれず、あくまでも現状維持、その人の本来の状態に戻すだけだ。


 ヒールやケアで肌のシワが消える事も無ければ、失った四肢が復活する事もなく、また症状が固定した怪我が消える訳でもない。



「そりゃあ、俺達だって初めて遭遇したようなウォータードラゴンを、バスターになって1ヶ月で相手したんだ、俺はエバンに着いたら真っ先に管理所で3人の昇格を推薦するね」


「倒した時の写真なら倒す瞬間のものを船員の方が撮ってくれているわ。アングル的に倒れているとはいえ3人も入っていたから証明にはなるはず」


「船医さんよ、シークくんは完治しそうかい」


「船から降りて検査をする必要はありますが、命の危険はないでしょう。もっとも、術後に優秀な治癒術士をどれだけ確保できるかで随分と変わってはきますが……」



 治癒術士はヒールやケアと並行し、プロテクトなどの一定のダメージを防ぐ効果がある魔法や、身体強化の魔法を重掛けする。シークの自己回復力を高めると同時に、ダメージを上回る速度で体を修復させるのだ。


 そのためには昼夜を問わず、常に複数の種類の魔法が常にかかった状態に置くのがベストだが、完璧を求めようとするとそれだけ術者の数も、交代人員を含め増やす必要がある。



「俺達で出来る支援はしよう。船から降りたらすぐに治癒のクエスト発行だ。エバンにバスターがある程度居るといいんだが」



 シークの心配をしてくれるゴウン達に、ゼスタが頭を下げる。



「すみません。不甲斐ないと思うけれど、こうやって勝てない相手を知ることが出来ただけでも収穫だと思います。俺達、本当にゴウンさん達に弟子入りして良かったです」


「弟子か……そう言われると照れるな」


「せっかくだから師匠として言わせて貰うか。君達は本当に良くやった、未知のモンスターに立ち向かう気概、そして使命感、的確な判断。その全てを誇っていい」



 レイダーがニッコリと笑ってビアンカとゼスタに声を掛けると、少しホッとしたのか、ようやく2人の顔には笑みが戻った。



「ところでバルドルくん。とても大人しいけれどどうしたんだい」



 先程から一言も喋らないバルドルに、ゴウンが心配になって声を掛ける。


 まさか聖剣が気絶する事は無いだろうと思いながらも、ピクリとも動かない、いや動くことが出来ずに無言を貫かれると、喋る事が出来なくなったのではないかという不安がよぎる。



「バルドルはシークに庇って貰ったのがショックみたいで、落ち込んでいるんです」


「バルドルのおかげで、私達は役に立つことが出来たんだし。シークもすぐ良くなるわよ」



 自分が持ち運んで貰いたいと希望した時は他人にも持ち上げられるらしく、この医務室へと一緒に運んでもらった後、バルドルは一言「シークの横に置いて欲しい」とだけ告げ、その後は全く喋っていなかった。


 バルドルもまた心優しい。ロングソードは持ち主の手足となるためにある。それなのに自身の為に持ち主が体を張ったとなれば、バルドルが抱くシークへの申し訳なさと己の悔しさは計り知れない。



「シークが目覚めたらバルドルも調子を取り戻すだろ。シークの事を心配して、そんで落ち込んでんだろうな」


「バルドルくん。君のお陰で3人が助かったんだ、今は目覚めを信じてやろうじゃないか」



 そうゴウンが伝えると、シークの横に置かれているバルドルが、心なしか重苦しい空気を身に纏うのを止めた気がした。相変わらず喋る事は無かったが、己よりもまずはシークの事を考えることにしたのか、シークの眠りを妨げないように、自身が盾にでもなったかのようにどっしりとその場を守っていた。



 コンコン……


 リディカが時折ヒールとケアを唱えつつ、その他の者でシークやゼスタ達の看病をしていると、ふと入り口の扉がノックされる。カイトスターが扉を内側に開くと、その場には1人の商人と5人のバスターが立っていた。



「何だ」


「あ、あの、彼らの容体は如何でしょうか」


「2人は無事だ、1人はまだ目覚めていない」


「あ、お、俺達はその、あんたに言われた事を色々考えたんだ。確かに自分の事だけしか考えていなくて、そのうちなんとかなるんじゃないかと、思っていたのは事実だ」


「戦いが終わった時、助かった事だけしか考えてなかった。誰かが終わらせてくれた、それを意識すらしていなかったんだ」



 商人とバスター達は部屋の中へ向かって腰を90度に曲げて一礼をする。



「申し訳ございませんでした!」



 しっかりと、そしてはっきりとした口調で声を揃えて謝るその6人に、カイトスターはため息をついて、中へと案内した。それぞれが持ち物や金を用意しているのか、カイトスターに支援になればと渡そうとする。


 カイトスターは首を横に振ってビアンカとゼスタの方を向き、渡す相手が違うだろうと言う。



「あ、あんた達のお陰でみんな助かった、有難う、本当に有難う!」


「腰が抜けて戦えなかった俺達を許して欲しい!」


「まだ経験も浅い君達が頑張っている時、俺達はそのうちモンスターはどこかに行くんじゃないかなんて思ってじっとしていた。君達を見習う事にするよ、俺達が忘れていたバスターの心を見せてくれて有難う。少ないが、受け取ってくれ」



 商人とバスターからゴールドと有用なアイテムを手渡され、ゼスタとビアンカは驚いてカイトスターの方を向く。



「貰っておけ、役に立つと言ってもその方法は様々だ。彼らは奮闘したお前達の手助けをする事でその役目を果たす。そういうことだ」


「で、でも……」


「受け取ってくれ、そうじゃなきゃ何も出来ずに震えていた俺達の気持ちが治まらねえ。命は懸けられない、それに比べたらこれくらい、足りないくらいだ。必ずそこの兄チャンを治療するのに役立ててくれ!」

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