New World-05

 

「300年も経つと随分と変わるもんだね。この町は僕がまだ旅をしていた頃、こんなに高い建物は無かったよ」


「もっと田舎だったってこと?」


「ん~、ちょっと違うかな。単純に低層な『家』が多くて、俗にいう会社というものや大型の商業施設が無かった」


「あの高い建物なんて、10階建てくらいだよな。やっぱり町の中を歩いてみたかったぜ」



 定食屋から見える町の様子に、シーク達は掴みどころのない都会への憧れを抱き、そしてバスターという職業がどこか都会には似合わないとも感じていた。


 0時の汽車までまだ時間はあったが、一行は少し管理所に寄っただけで駅へと戻り、いよいよ近くなったエンリケ公国国境、そしてそこから半日で着くカインズの港を目指す汽車の出発を待った。






 * * * * * * * * *





 次の日の昼、シークは港の潮の香りに興奮していた。


 エンリケ公国、カインズ。海洋国家として漁業や海運業が盛んな海の中継地だ。


 かつて別の国に支配されていたこの国は、200年前に海運を取り仕切っていたエンリケ家主導の独立戦争を起こし、公爵カインズ・エンリケを君主として建国された。まだ比較的歴史の浅い国である。


 湾に造られたカインズの港は、石畳の隙間をモルタルで埋められた平坦な舗装の岸壁が1キロメーテ以上続く、とても立派な港だ。


 シーク達の目の前には大きな商船が桟橋に接岸しており、荷揚げされて岸壁の倉庫に運ばれていく木箱、隣の岸壁には水揚げされた魚が買い付けの商人によって吟味されている魚市場があったりと、とても賑わっている。



「カインズは商売が盛んみたいだね。荷物の往来も多いよ」


「色んな物がここに集まって、ここからジルダだったり、別の大陸だったりに運ばれるのよ。一番物が多い町かも」


「へえ、でもやっぱり俺は1人で歩くのはやめとこう。ヴィエス程じゃないけど迷子になる自信がある」



 少し離れた場所には漁船よりも立派なクルーズ船が数隻ならんでおり、どうやらその向こうに見える5階建ての白壁のホテルが所有しているのだろう。


 リゾート地としても人気があり、港から馬車で20分も行けば綺麗な白い砂浜が数キロメーテも続いているのだという。その人気も頷けるほど、快晴の空を映し出す海面は濃くも綺麗で、まるで青いシートを被せたようだ。



「はぁー、本当に海ってこんなに広いんだ! それと、なんか変な匂いがするね」


「そっか、シークは海も初めてなんだよな。俺は小さい時に1回だけここから隣の大陸まで行ったことがあるぜ。海に塩や色んな物が溶け込んでて、その匂いなんだとさ」


「へえー。でも、海の魚っていいね。塩で味付けせずに食べられるそう」


「そういう発想になるのって、シークだけだと思うな」



 海についての認識を色々と改めさせられたシークは、海流の説明を受け、満ち引きの説明も受け、こうして実際に目にする事でようやく海というものが分かったようだ。海の魚の事まで考えるとは思われていなかったようだが。



「シーク、一応言っておくけれど、海水の成分は僕に付着しやすいから、もし海水浴をする事になっても僕は遠慮するよ」


「へえ、じゃあ海のモンスターは斬らない方がいい?」


「それはご心配なく。君がしっかりと拭いてくれると信じているよ、シーク」


「そこは譲らないんだね」



 頭上を飛ぶ鳶の姿を見上げ、そして周囲の景色を眺め、落ちないように水の中に目を凝らす。


 シークはまだ港の散策に飽きている様子はないが、このカインズで長居をする予定はない。船での移動を含めるなら、あと2日はモンスターとの闘いがない事になる。バスターになって初めての長期離脱だ。



「さあ、乗船の手続きが始まるから船に急ごう」


「はい! あー船賃でもう残りのお金が殆ど無くなるよ」


「エバンに着いたら1泊して、それからは野宿ね。クエストばかりこなしていると、当初の目的を達成できないし」


「あーまた干し肉と堅いパンの生活か」



 ビアンカの野宿という言葉に、ゼスタがため息をつく。しばらくしてシーク達は港の端に停泊していた船の前に並び、乗船を始めた。200名以上が乗船できるという船は個室が無く、シーク達は適当に壁際の場所を取って座る。


 最近は速度が遅い帆船や人手がかかるガレー船は減り、動力に石油を使う汽船が増えた。そのおかげで汽車程まではいかないがその半分の速度くらいの安定した航海が出来るようになっている。


 帆船なら数日かかるところ、2日ほどあればエバンまで着いてしまうだろう。



「うええ、なんか、揺れてない?」


「海の上だからな、揺れるもんだよ」


「船が走り出したらもっと揺れるわ。嵐の時なんて船がひっくり返りそうになるそうよ」


「俺、汽車の揺れでもグッタリだったのに……」


「乗り物に慣れていないから仕方ないわね。私も得意って訳ではないけど。船からはずっと遠くに陸地が見えるだけだから、ずっと寝ていてもいいわ。吐きそうになったら甲板に行って海に吐いちゃえばいいし」


「考えたくないや、今のうちに寝ちゃおう」



 シークは船酔いというものの説明を受け、かなり怖がっている。そんな姿にゼスタとビアンカは笑い、気にすると酔うぞと脅している。


 ゴウン達は慣れたもので、寝やすい体勢を作る為に鞄を枕の代わりにしたり、厚手のタオルを敷いたりしている。防具は脱ぎ、もうラフな格好になっているのを見て、シーク達も真似をしだす。


 船が出港すると、船が進んでいる感覚と視覚で酔う事を避けるため、シークはバルドルを抱いてきつく目をつぶって横になっていた。


 ところが。



「ねえ、大丈夫? ほら、水あるから」


「ん~……無理、もう嫌、船から降りたい、私もう吐くものないのに……うぇっ」


「何で俺じゃなくてビアンカが船酔いしてるんだよ。ああ~もう、ゼスタ一回横になれって」


「無理、横になったらそのまま死にそう、うっ……もう吐き気か何か分かんねえ……ウエェェ」



 シークは数時間後、ビアンカとゼスタの介抱をしていた。2人が船酔いでダウンしてしまったのだ。


 まさか自分が介抱する側に回るとは思っていなかったシークは、水を渡したり背中をさすったりと、船内を駆けずり回っていた。



「まさかシークが船酔いしないとはね」


「俺も自分でビックリだよ。バルドルは船酔いはしないのかい」


「振り回されても音を上げない僕に対しての愚問だよ、シーク」


「振り回し方が足りないかな、酔うまで試してみるとか」


「……そうして君も酔うか、疲れて寝込んでしまえばいいのに」


「はい、できた。また氷を割るよ」


「聞いてるの? ……はあ、氷を割る道具にされるなんて、僕も酔ったと言って看病される側に回りたいよ」



 シークは時々コッソリと氷魔法のアイスバーンを甲板で唱える。借りたタライの中で凍った水を氷として使うという器用な技をやってのけ、バルドルはその氷を自慢の硬さと鋭い刃で叩き割る。氷枕に使うのだ。


 シークとバルドルが献身的な看病をしたおかげで、夜には、2人はだいぶ気分が良くなっていた。真っ暗な海を見ながら食事を摂るのも忘れていた、とシークはお腹をさすり、最後の氷が入ったタライを抱えて客室へと戻った。


 次の日、ゼスタとビアンカは横になっていれば吐き気が来ないくらいには回復し、リディカは今日は私が看病をしてあげるからと、シークを気遣ってくれている。


 ゴウン達はというと、朝から酒を飲んで寝ていた。


 しかしそれを非難するような事は出来ない。他にすることが無いのだ。


 シークも何をしていいか分からず、甲板にバルドルを背負って上がり、船の進行方向から右手のはるか遠くに見える陸地をただぼーっと眺めていた。


 快晴と潮風、銀色の波、いい気分を味わうには絶好の条件だが、それが何時間も続けば流石に飽きる。



「シーク、日課の腕立て伏せは?」


「終わったよ」


「腹筋は?」


「それも終わった」


「ジョギングは……流石に迷惑だね」


「バルドルも腹筋なんてどうだい」


「生憎カッチカチでね、間に合っているよ」



 周囲の人払いをしたとしても、さすがに素振りをする訳にもいかない。しりとりをやったが5分で飽き、シークは甲板で廃人のようにグダグダしていた。その時だった。


 甲板の上で船員が慌ただしく動きだし、Tシャツと短パン姿で床に座り込んでシークも、客室に戻るようにと言われる。何かあったのかと訊ねると、モンスターが現れたのだと告げられた。


 シークはバスターとして役に立つならと、船員が数人固まって指し示す方向へと目を向けた。



「……海面が、波とは違ううねり方をしてる」

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