Interference-12

 

「何をしている!」



 もう一人の職員も椅子から立ち上がって近づき、バルドルを持ち上げようとするが、バルドルはシークの膝の上から1ミリメーテ(1ミリメーテ=0.1センチメーテ=0.001メーテ)だってずれることなく、浮き上がる事もない。



「どうなっているんだ……」


「あの、『右に座っていた職員』さん。君達はあまり聖剣バルドル、つまりは僕の事について詳しくないようだけれど」


「何が……だ、くっそ、何故持ち上がらない! ぐぬぬぬっ……!」


「あーあ、持ち主以外は誰も扱う事が出来ないって、伝わっていないのかい? シーク、僕って今どんな風に語られているのかな」


「あーごめん、俺はバルドルと聞いてピンと来なかったくらい疎いから」



 シークは伝説の内容は絵本程度の知識しか持っていない。村では読み聞かせ絵本で話が伝わっているだけで、専門的な書物や、伝記の類は村の書物庫にも無かった。シークの親も、バルドルと聞いて聖剣を思い浮かべなかった事から、伝説の詳細な内容までは知らなかったと思われる。



「とりあえず、僕がシークに相応しくないという事を、何を根拠に言ったのか教えていただきたいね」


「だから調べさせろと……ふんっぬ!」


「シーク以外が僕を扱う事は出来ないんだよ」


「これでは調べられん……重たいのか、固定されているのか、何だこれは……!」


「ハァ、ハァ、そ、その剣をこっちのテーブルに置いてくれないか」



 職員の男達は肩で息をしながらシークにバルドルを前方の机の上に置くようにと言う。


 今まで背徳感を抱えたまま続けてきたモンスター退治。シークはようやく正々堂々とやる事が出来るのではと、むしろ希望を持ち出したところだ。


 段々と焦りや不安ではなく自信の方が勝って来たことで、シークの心には余裕が生まれる。シークは大人しく職員の言う事に従い、バルドルを持ち上げてそっと机の上に置いた。


 やや疲れた表情でよし、と意気込む職員が机に近寄り、バルドルの鞘に手を掛けた。どのようにして刀身の成分を調べるのかは分からないが、職員の表情は明るい。


 勿論、決してシークを捕まえてやろうとか、そういったつもりでバルドルを調べるのではない。不審に思った事を調べられるという安堵だけだ。その安堵も、バルドルを鞘から引き抜こうとしたところで動揺に変わり果てた。



「ん、あれ? 抜けない、抜けないぞ」


「は? 貸してみろ、これ……んっ! どこかで留め具が噛んでいるのか」


「ちょっと君、鞘から抜けないんだが」



 シークに向かって職員が鞘からどうやって抜くのかを尋ねるが、当然のように鞘には何の仕掛けもない。



「あの、先程バルドルが言いましたけど、持ち主以外が操る事は出来ないんです。何も仕掛けは無いんです」


「操るって、持つ事も、剣を抜く事も出来ないのか」


「そのようですね、その、俺は扱えるのでその辺よく分かりません」



 慌てて職員が棚からバスター規則の本を取り出して、このような場合にどうすればいいのかを調べ始める。材質不明な場合、聖剣である場合……残念ながらバスターの規則は法律のように作り込まれてはいない。


 シークがバルドルを使用し、もしそれが拾った物であろうと盗難届が出ておらず、聖剣であろうと素材が分からない場合、違反になるのか。脱法的だと言われても、それでも違反だとする根拠が何もない。



「それで、俺は違反しているって事になるんでしょうか」


「……違反だと断定する事は出来ません」


「規則違反じゃないって事ですか?」


「まず聖剣であるという証拠がありません。盗難届も出ていない場合……これは念の為警察にて確認をいたしますが、まあバルドルさんが自ら主張されていますから、盗品の可能性も無いでしょう。とすると残るは素材に関する違反になります」


「まあ、素材はどうなんでしょうね……」



 シークはバルドルの素材をバルドルから聞いただけで、実際に調べた事は無く、調べる手段も持っていない。そのため実は何なのかを正確に把握して使っていた訳ではなかった。



「これがバスター規則に載っている素材一覧です」



 そう言うと、職員はシークではなくバルドルの近くに本を置いた。真っ先にナイトカモシカ革クロスを見つけ出したように、文字を理解しているバルドルは暫くその規則の1ページを読んで自分の素材との照らし合わせを行っていた。その表にはこう書かれてあった。



 グレー等級……一般岩石、アイアン鋼、木材


 ホワイト等級……ガーラル鋼、不銹鋼、アルテナ合金、人工ミスリル、グレー等級相当品


 ブルー等級……ゾディアック合金とハルモニア合金、セラミック類、ホワイト等級相当品


 オレンジ等級……ミスリル鋼、プリズム鋼、ブルー等級相当品


 パープル等級……ダマスカス鋼、魔鋼、ダイヤモンド、オレンジ等級相当品


 シルバー等級……オリハルコン、クリスタル合金、パープル等級相当品


 ゴールド等級……上記全てを含む、その他全ての素材



「ダイヤモンドを除く宝石、珊瑚・動物の牙等の生物精製品はグレー等級より使用可、主成分が等級相当を満たし、かつその他の成分が10%未満の場合は主成分を等級相当とする……なるほどね」


「ここに書かれていない素材もいっぱいありますよね」


「ああ、もっと沢山ある。だがその殆どが合金ととして使われるため単体で使えないし、そもそもここに挙がっていない素材、特に金属については加工技術が無いか、主成分と成り得ないものだ」


「えっと……バルドル、どうかな」



 バルドルは素材表と自分の素材の照らし合わせが終わり、自分がこれで言えばどれに当てはまるのかを宣言した。



「うん、僕はこの表で言えばグレー等級から使えるね」


「えっ!?」



 シークはどういう事なのか分からず、バルドルへと聞き返す。



「僕の素材について、君にしっかり伝えた事は無かったかもしれないけれど、全体の30%を占める心鉄はアダマンタイト100%、刀身はアダマンタイト85%、ミスリルが6%。その他にブラックドラゴンの鱗3%、ブルードラゴンの鱗2%が使われているんだ。心鉄と言っても、実際は練り合わせに近くて、2枚、3枚を合わせる構造とは違うけれど」


「えっと、えっと……ちょっと待って。それってつまりどういう事?」



 名前を知っているだけで詳細を知らないアダマンタイトや、ドラゴンの鱗と言われてもシークは全く理解できない。ましてやその製造法を語られて、頭に入る訳がない。


 シークはバルドルを机の上から取って鞘から抜き、透き通るような鏡面の、どこか赤みを帯びても見えるその姿をじっくりと眺める。


 アダマンタイト自体がアダマントの甲羅という不均一な組織の材料だ。


 そんなアダマンタイトを実用的にする為、一枚鍛えではなく、アダマンタイトに他の材料を混ぜ込み、事実上武器としては最強の硬度と粘土を両立させた銘刀を、どれだけ語ったところで、その凄さがこの場で伝わるとは思えない。


 シークの問いかけに答えたのは、バルドルではなく諦めたようにため息をついた、最初左側に座っていた男の方だった。



「アダマンタイトは『アダマント』という、甲羅を持つ伝説のモンスターから獲れる素材です。すなわち、生物精製品なんですよ。ブラックドラゴンも恐らく現在確認されていないモンスターです」


「あ、生物精製品はグレー等級より使用可、って」


「そういう事です。ミスリルは6%、恐らくはドラゴンの鱗と混ぜ合わせ、アダマンタイトの繋ぎ材として使用されているはずです。大抵のものは、同じ素材100%で作るよりも強度が増すのです。主成分が85%もある中、ミスリルは心鉄を除いても10%未満ですから問題になりません」


「そういう事か! つまり、俺は強すぎる剣を使っているけれど、違反していた訳ではない、ってことですね」


「はい。念入りに調べさせて頂きたいのですが……バルドルさんは絶対に協力してくれなさそうですね」


「刀身にシーク以外の手垢がつくのは御免だよ。シークの手元に戻してくれる保証もないからね」



 職員はバルドルが嘘をついている事も考えたが、その可能性は低いとしたのか、「分かりました」と言って頷いた。そして、シークとバルドルに向かって頭を下げて謝罪をした。

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