Vow-14

 

 女性職員から手渡された魔術書に、シークは感動して何度もお礼を言った。ようやく魔術書を手に入れたシークは、魔法使いとして必ず亡くなった若者の分までバスターとして頑張ると心に誓う。


 そしてそんな心の内とは裏腹に、誰にも取り囲まれないようコッソリとバスター管理所を後にした。


 積もった土埃が払われ、綺麗に拭かれた魔術書は、よく見ればとても品のある代物だった。深紅に染められた革のカバーをめくると、中は木を原料とした紙ではなく、綺麗に整えられた羊皮紙のコーデックスになっていた事に気づく。


 白い羊皮紙の表面はすべるように滑らかで、黒のインクで規則正しく手書きされた魔力増幅術式が何ページも続いている。



「僕もタダ、魔術書もタダだね」


「……ズルしたみたいな言い方はやめてよ。そりゃあ魔術書も買わずに、聖剣を拾って旅を始めた魔法使いだけどさ」


「君はすなわち迷える武器達を救う、『救武器主』って事さ、シーク」


「救世主でいいじゃん」


「まだ世界を救ってもいないのに、救世主とは大きく出たものだね」


「……救武器主でいいよ」



 流石に等級が高い魔術書ほどのページ数はなく、また多くの術式が簡略化されているものの、一般的な魔術書が普通の紙で作られる事を考えればかなりの上等品に値する。


 シークは、この魔術書を手に入れて冒険を始めたバスターが、どれほどの期待を背負い、夢を抱いていたのかが痛いほど分かった。



「大切に使わせてもらいます、元持ち主さん。でも驚きの展開だよね。これは新手の詐欺じゃないかな、使用料取られるとか」


「君は手当たり次第に疑うが趣味なのかい? 僕は、実は槍なんだよとでも言えば面白い展開なりそうだね」


「……へえ、実は俺も本当は剣術士なんだ」


「僕の名前、本当はマルドルなんだけど、バレていないよね」


「俺の名前も、実はクーシだよ」


「それはさっき確かに『違います!』って言ってたもんね」


「そう、そして実はイグニスタですらないんだ、槍のマルドルさん、あれ、包丁だっけ」



 最近驚くことが多過ぎて、夢でも見ているのではないかと不安になるシークに、バルドルが訳の分からない嘘をついてみせる。それにシークも乗っかって次第に収拾がつかない会話となっていく。



「君はモンスターを斬っているつもりだろうけど、その瞬間は僕の頭が当たっているんだ。だから君は常に頭突きで倒している事になる」


「え? 俺はいつも君が蹴りを入れているのかと思ってた。足が長くて羨ましいよ、バルドル」



 アスタ村へと向かう2人の嘘合戦は、シークが「君は『本当つき』ではないようだね」とトドメを刺すまで続けられた。






 * * * * * * * * *






 いつも通り2時間程歩いた所で、1人と1本は長閑でどこからともなく香る草の匂いに包まれた、懐かしのアスタ村に到着した。


 久しぶりと言ってもたかだか3週間程空けただけの実家では、シークのただいまという声が聞こえたと同時に母親が走り寄ってくる。



「お帰りなさい! 急にどうしたの」


「んと、今日は休みにしようって事になったから帰って来たんだ」


「『お母さん』さん、どうもね」


「いらっしゃい、えっと、バルドルさん」



 シークの母親はバルドルの声に一瞬ドキッとするも、そう言えばと思い出してバルドルにも声を掛けた。リビングの一番奥の壁にはシークの表彰状が、家には無かったはずの額縁に入れて飾られている。


 すぐ左手の土間の台所からは鶏ガラのスープの良い香りがしていて、お腹が空いていないのに食べたい気分になる。



「さ、座って座って!」



 夕飯の支度だったのか、母親は鍋をかけたかまどの火を弱くして、シークと向かい合うようにして椅子に座った。


 これはこの3週間、いったいどんなことをしていたのかをガッツリと聞く気でいるという事だ。


 シークはゼスタとも一緒に旅をし、また表彰されてしまった事、北東のイサラ村まで行った事、そしてベテランのシルバーバスターであるゴウン達にバスターとして鍛えて貰っている事を伝えた。


 生憎、どのようなモンスターと戦ったという話をしたところで、バスターではない母親には通用しないのだ。一通りシークの話を聞き終えると、母親は「成程」と頷き、今度は自分達のこの3週間の事を話しだした。



「あなたとゼスタくんが出発して暫くしてからよ、時々バスターの方がうちを尋ねるようになってね。パーティーに加入させたいから連絡を取ってくれないかとか、どのような旅をしているかを知らないかとか……」


「え、そんな人が来てるんだ、ごめん、迷惑だね」


「そんな事は無いわよ。村に宿泊したり、ここの小麦で作ったパンを買ってくれたり、ちょっとだけ村としてもいい思いをしているみたい。そんな風に地道に活動して、評価されているから評判になっているって事なのね」


「いや、そんな大したことは何もしてないんだよ。他のバスターはむしろ何してるんだよって」



 シークはまさか自分達がそんなにも話題になっているとは知りもせず、まだ新人として皆と差が無い1人のバスターに過ぎないつもりでいた。


 だがどうやら周りはそう見てはくれていないようで、実家にまで尋ねられるという事は、有望株は早めに手の内に置きたいという事だろう。


 ただ、実力を認められたのか、それとも評判と知名度で言い寄られているだけなのかが分からない。何と言われてもシークは余所のパーティーに入るつもりはないし、これからビアンカやゼスタと別れて旅をするつもりはなかった。


 そうこうしているうちに、夜には友人の家に遊びに行っていた弟のチッキーも帰ってきて、家の中はとたんに賑やかになる。


 久しぶりに兄が帰ってきた事で興奮したチッキーは、自分が何日の何時に何をしたという報告から始まり、次にはその時にシークが何をしていたかを尋ねる……という会話をひたすら続けた。


 そんな中で畑から帰ってきた父親は、参ったとでも言うように机に伏せているシークと、目を輝かせてその肩を揺すり、まだ何かを話そうとしているチッキーを見て事態を察し、豪快に笑う。



「シークを倒すなんて、強いね」



 バルドルはいつになく真顔で言い放った。おそらく、真顔だった。


 次にいつ帰ってこれるか分からないと思うと、寝る間も惜しくなる。一家はいつもより少しだけ夜更かしをし、楽しそうな笑い声は家の外にまで響いていた。




* * * * * * * * *




 次の日、シークはゆっくりとする間もなく日の出と共に村を出発した。


 数人の友人が見送ってくれる中、気恥ずかしそうにそっと手を振りかえすシークの姿は、モンスターとの闘いで見せるような「バスター」ではなく、1人の普通の少年だった。



「さー管理所までまた2時間だ。君は毎日毎日よく飽きもせず歩いていたね、僕ならとても無理だ」


「それは、歩けないって事は考慮しないで、ってこと?」


「気持ちの問題だよシーク。そりゃあ流石に暇だろうから『魔法使いシーク、参上!』なんて叫んでもみたくなるだろうけど」


「え、何で知ってるんだよ! まさか……バルドルの耳にも、あー耳あるのか知らないけど、聞こえてた?」


「もちろん。『ファイヤー!』って、僕もようやくシークの弱みを握る事が出来たということかな」



 学校に通っていた当時の自分の恥ずかしい掛け声や、自分が考えた良く分からない適当な呪文などが、森の中ではバルドルにすべて聞かれていたという事だ。


 シークは耳が真っ赤になっている。それを見ながら、バルドルはとても悪そうな笑みを浮かべているのだろう。


 これでは常にドキドキしながら旅をしなければならないと思ったシークは、これからビアンカやゼスタにその話をしようと考えてるはずのバルドルへの牽制を考えた。


 そして森に差し掛かるとおもむろに道を外れ、森の中へと入り込んでいった。



「どうしたんだい? ひょっとして茂みで用を足すつもりかな」



 シークはバルドルの問いに答えることなく、そのまま進んでいく。そしていつかバルドルを見つけた場所まで行くと、その時あった通りにバルドルを木の幹に立てかけた。



「ちょいと、あの、シークさん?」


「バルドルが俺の恥ずかしい過去をバラすつもりなら、俺はそれを全力で阻止しなきゃならない」


「えっと……それと僕が見覚えある場所に置かれている事と、どう関係があるのかを伺っても?」



 シークはバルドルをじっと見つめ、そして悲しそうな表情を作って目を伏せる。



「人間は『口封じ』という方法があるけれど、君に口は見当たらない。つまり、口封じが出来ないってことだ。それならこうして、君とお別れをするしか秘密を守る方法がない」


「いやいやいや! 昨日ビアンカやゼスタとは絶対にパーティーを解散しないと言った口で、今日は僕をここに置くというのかい? 『木の幹に聖剣は立てられぬ』でも『聖剣の口に戸は立てられる』『何枚でもOK!』って言うじゃないか!」


「言わないよ……どこだよその口は」



 焦ったような声色で、まだ余裕があるような珍回答を出してくるバルドルに思わず笑ってしまったシークだが、念押しのように「分かっているよね?」とバルドルへ声をかけた。バルドルは(多分)いつになく神妙な面持ちで頷いている。



「じゃあ、行きますか」


「是非お供させて下さい、シークさん!」


「調子がいいんだから、まったく」


「僕はいつだって絶好調だよ。さあ、昨日の噓つき大会の続きでもしながら、楽しく向かおうじゃないか」


「その調子じゃないよ……」

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