Vow-08


 廊下での立ち話を早々に切り上げ、皆は食堂のテーブルにつく。


 牛乳と目玉焼きと、羊のハムでダシを取ったスープ、それに水分を少なめにして密度が高い生地で焼かれたカチカチに硬いパンが出てきて、シーク達はパンに必死にかじりついている。


 それをリディカが笑いながら「スープに浸して食べるのよ」と教えた。


 食事を終える頃には外もすっかり明るくなり、皆は戦闘に必要の無いものを宿に預け、村の北へと向かった。坂や険しい階段を登り、ようやく北門に辿り着いた時、シークは村と麓の荒野を振り返って見下ろす。


 その目には小さく見える南の門、色鮮やかな赤、青、黄、緑などの屋根が重なって視界に入ってくる。


 また、村の路地では見かけなかった猫の姿があちこちの屋根の上に見えた。モンスターを警戒しなければならない村の外に比べると、我が物顔で移動できる村の、更に人間にも邪魔されない家々の屋根は猫にとって楽園なのだろうか。



「うわ~っ!」



 シークは思わず声をあげて、首を左右に振って景色を眺めた。


 はるか麓に見える茶色と緑が入り混じった荒野と、糸のように細く映る青白い川、遠くの山々、それらは村が宙に浮いているのではと錯覚するような風景だった。


 村の東側、左手にある塀沿いには、南北で標高差がある長い斜面に東西数十メーテ程の牧場があり、牛、羊、馬、豚などが放し飼いになっていた。



「凄い景色! 観光地になっている理由が分かるわね。展望台まで行かなくてもこの絶景なんだもの」


「高所恐怖症には無理な景色だな。見ろよ、屋根の上に猫がいる、あっちにも!」


「僕は猫は苦手だ、あいつら僕の鞘で爪を研ごうとするんだ」


「俺は猫大好きなんだけど、バルドルの傍には近づけないようにしないといけないかな?」



 ゼスタの声にバルドルが反応する。おそらく、一度や二度、鞘が猫の爪研ぎにされたことがあるのだろう。きっと出来るものなら身震いだってしているはずだ。


 一方、シーク、ゼスタ、ビアンカの3人は猫が好きなようで、手が届くものなら撫でたいとすら思っていた。



「『可愛い猫には爪がある』んだよ、シーク。あんな凶悪な獣は類を見ないね、近寄らない方がいい」


「綺麗な薔薇……ってやつのアレンジかい? そりゃ、爪はあるけど……自分が苦手だからって、俺に避けろというのはちょっと違うと思うよ」


「ごもっとも。でも猫の手も借りたいくらいの時は、僕の手を貸してもいいよ。爪も立てないし役に立つ」


「見えないよ。俺にはバルドルの手も、妖精も見えない」



 何かにつけて話が脱線するシーク達にゴウンが豪快に笑う。これからモンスターを倒しに行くような状況とはとても思えないが、この2週間ちょっとを、きっとこうしてやってきたのだろうと大目に見ていた。


 だが、この調子だと出発するまでに時間がどれだけあっても足りない。ゴウンは大きな手を二度叩いて、出発しようと声をかけた。



「この辺りはまだ標高も1500メーテ程で、空気もそんなに薄い訳じゃない。でもここから更に標高は高くなっていく。年配の旅行者が標高2000メーテの展望台で高山病にかかって倒れたという話も聞く。できるだけ体力は温存してくれ」


「分かりました」



 皆は返事をすると、少し麓よりもペースを落としながら、これも訓練だと思いながらシーク達は山道を歩き始めた。そのうち1時間も歩けば多少息は上がってくる。


 とそこで、先頭を歩いていたカイトスターが、手の平を向けて止まれと合図した。静かに指差すその先は少し開けたがれきの平坦な場所だ。そこにはシーク達が今まで見たことが無いモンスターがウロウロとしていた。


 全身が灰色の長い毛に覆われ、顔まで隠れていて、所々汚れて縮れている。モップの先のようでもあり、毛玉人形とでも呼ぶのが相応しい見た目だ。


 そいつが瓦礫を踏みしめる音が微かに聞こえて来る中、ゴウンが小声でシーク達に指示を出す。どうやらそのモンスターを倒せという事らしい。



「戦った事はあるかい? あのモンスターを知っているか」


「いえ、知りません、戦った事もないです。ゼスタとビアンカは?」


「俺もない、見たのも初めてだ」


「私も勿論戦った事は無いわ。それに、あの毛玉みたいな生き物はモンスターなの?」



 新人3人は知らないと言って首を振る。その様子を見たゴウンは、次にバルドルへと視線を向けた。バルドルはその意味が分かったようで、小さく咳払いをした後、目に前にいるモンスターの解説を始めた。



「イエティ、だね。もっと北にいる熊の一種と混同されることもあるけれど、まったく違う種だ。長い毛のせいで武器での攻撃が遮られ、仕留めるのは骨が折れる。火に弱く、寒さにはめっぽう強いよ」


「じゃあ、最初に毛を刈って攻撃を確実に当てるようにしようかな。ゼスタ、ビアンカ、いける?」


「行けるぜ。でも、自分より格上のモンスターだよな?」


「でも、やるしかないわ。もし強いのなら、見てくれている人がいる時に戦うべきよね」



 シーク達はいつもの戦法で行くと決めて頷き、ビアンカが勢いよく駆け出した。そして足場の悪いがれきの上をものともせず、迷いのない一振りでイエティの足を狙う。まずはいつものように転倒させようというのだ。


 イエティの体格はオーガと然程変わりない。そのフルスイングはイエティの足へと綺麗にヒットし、足払いは成功かと思われた。



「フルスイング!」


「ウゴォォォ!」



 イエティの足にビアンカの槍による足払いが命中し、イエティはその場でよろける。


 しかし確かな手応えを感じていたビアンカは、その場に倒れ込まないイエティに「えっ?」と驚きの表情を見せる。そしてビアンカはオーガよりも格段に強いモンスターであることを確信した。



「槍が折れるかと思った、こいつ、強いわ!」



 いつもは足払いで転倒した隙を狙い、双剣で急所への攻撃を仕掛ける握って背中や肩を狙っていくゼスタも、何かがおかしいと気づく。ビアンカは、初撃はいつも自分の出せる全力でいくと宣言している。


 ということは、その攻撃が普段の半分程の威力しか出ていないのではなく、イエティが打たれ強いという事だ。


 次に飛び出したゼスタは動揺しながらもイエティの背後にまわり、死角から攻撃をしかける。


 他人の攻撃で相手を確認するだけでなく、実際に自分の力がどれだけ役に立つかを知っておくのは決して悪い事ではない。今の状況で繰り出す事ができる全力の技を、ゼスタもまた、イエティへと仕掛ける。



「双竜斬! 切り落とし! ……硬いな、多分肉は殆ど切れていない!」


「ゼスタ、あたしがイエティの攻撃を妨害するから、邪魔な毛を刈っちゃって!」


「おっけい、シーク、いけるか? ガードは任せろ!」


「ああ、いける! 火傷に気をつけて、バルドル」


「お気遣いどうも。まず左腕から狙って、ビアンカがイエティの右にいるから、左手での防御を崩すつもりで」



 ビアンカとゼスタを殴打しようと呻り声を上げて暴れるイエティを、ビアンカが槍で翻弄し、ゼスタが両手の剣を交差させて使い防御する。通常、双剣は刃渡りが短くいわゆる「短剣」と呼ばれるものを使うが、ゼスタの使う剣はそれよりはやや長い。


 一度刃を相手に向ければ、たとえ押し負けても、押されたその分刃が当たり、長い傷を与える事が出来る。



「魔力を溜めて……ファイアーソード!」


「グギャァァァ!!」


「いける、確かに炎に弱いみたいだ! 肌が見えたところを狙ってくれ!」



 シークが炎を纏ったバルドルで斬りつけると、切り口がそのまま炎に触れて体を覆う体毛が内側から燃える。思わず痛む左腕を庇うイエティは、良く見えない顔をしっかりと上げ、鋭い歯が並ぶ大きな口を開けた。


 顔の実際の大きさは体毛のせいでわからないが、その口は人間のものよりもはるかに大きい。薄汚れた灰色の毛からのぞく赤い口と並んだ鋭い歯がなんとも不気味だ。



「俺はこのままお前の攻撃のタイミングを作る! ビアンカも隙があれば攻撃に回ってくれ!」


「分かったわ! シーク、もう一度フルスイングした後狙って! 私も続くから!」



 イエティは大きな口を開けてどこまでも木霊しそうな低く大きな叫び声をあげ、今度は殴打ではなく体当たりを仕掛けてきた。背丈が2メーテ程あるイエティは、足場が悪い山に棲みついているために足腰が強い。


 おまけに阻止しようとしても、足払いは繰り返せば相手も慣れてしまい、効果は半減していく。



「フルスイング……だめ、効かない! 私ゼスタの援護に回るから、シークお願い!」


「分かった! いくよバルドル!」


「早めに頼むぜ、……くっ、足場が、踏ん張り効かねえ!」



 ゼスタは歯を食いしばって何度も右肩を使ったタックルを入れられるのを剣で弾き、そしてガードをする。流石に新米バスターでは押される一方で、ビアンカがすかさず踏ん張りを助けようと後ろから支えた。


 慣れない瓦礫の中では上手く踏ん張る事が出来ず、ゼスタは完全に押されていた。

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