TRAVELER-07


「首を狙って! 左から斜めに振り下ろす! はい……よし、次は刃を上に向けて返し打ち」


「これでも……喰らえ!」


「グォォォ!」


「一度距離を取って!」


「ふぅ……もう一度首?」


「いや、あいつは右でしか攻撃をしてこない。右腕を切り落として確実に仕留められるようにするんだ」



 シークはオークを弱らせてはいるものの、もう少し時間が掛かりそうだ。


本来、オークという魔物はそれほど用心しなければならないモンスターではない。ただし、それは5人程度のパーティーを組んでいればの話。新人バスターが1人で相手するようなモンスターではない。



「剣術の、技、とか、ハァ、ハァ……少し習っておくべきだった……」


「グオォォォ!」


「うっ!? ……痛っ」



 剣を振った後に着地がぐらついたシークめがけて、オークが倒れこむような捨て身の頭突きを喰らわせる。鎧の上からでもかなりの衝撃を受けたシークは、数メーテ吹っ飛び、背中から倒れた。


 オークは満足に動かない足を引きずりながら、なおも突進の構えを取っている。



「シーク、左右どっちでもいい、合図したら転がって」


「くっ……わ、分かった、クソッ、いってえ」



 オークが再び突進を仕掛けてくるのが分かり、バルドルがシークへと回避の指示を出す。


 魔法使いとしての動きしか習っていないシークは、接近戦での回避術や物理攻撃によるダメージの与え方などは全く分からない。学生の頃には、モンスターからの攻撃をまともに喰らうという想定をしたこともなかった。


 魔法職は、攻撃を喰らって痛む体でどのように生き残るかではなく、攻撃を受けない事が前提となっている。すなわちこの状態は詰んでいると言っていい。パーティー戦であれば、後衛職が突進攻撃を受けるのは、前衛職が全滅した時だ。


 シークはまさにその魔法使いであって、武器攻撃の訓練など殆ど受けていない。実際にバルドルが何を言っているのかはわかっても、その通りに動こうとしても体が動かない。



「……今だ! 転がったら無理矢理起きる! そして目を狙う!」


「簡単に、言うなって!」



 あともう少しで倒せそうだという確信はあるが、最後のあがきを見せるオークへの攻撃は、痛む体のせいもあって鈍る。



「ハァ、ハァ……ファイアーボール!」



 シークがファイアボールを放ってから再び距離を取る。バルドルはそのまま斬り込むようにという言葉を、シークの体力を考えていったん飲み込んだ。


 一方、シークが奮闘している間、少女は息が整ってきたのか、オーク相手に善戦を続けるバスターに向き直り、深呼吸をすると槍を構える。


 オークの攻撃を喰らってよろけるシークを助けようと、そのまま駆け出す。



「えいっ!」



 槍を構えた少女は、少々気合の足りない掛け声と共にオークの背後まで近寄る。


 少女はそのまま猪突猛進型のモンスターに劣らない程、矛先に神経を集中させる。シークが弱らせたオークの息の根を確実に止めようと、思い切り突き刺した。



「ブギャアア!」


「うわあぁ涎!」


「シーク、今のうちに首を刎ねる!」


「あ、分かった!」



 少女の槍がオークの背中に突き刺さり、オークが驚きと痛みでのけ反った。それをバルドルは見逃さなかった。シークも次の一撃から少女が守ってくれたことに気付き、すぐに立ち上がってオークの首へとフルスイングで斬り付ける。


 遠心力で体も振り回されそうになりながら放たれた斬撃は、オークの太い首に半分程埋まり、オークは叫び声の途中で絶命した。



「ハァ、ハァ……やった、やった……」



 シークは心臓がバクバクするのを抑えられないまま、倒れたオークの首からバルドルを引き抜き、そして持っていたタオルで血や肉をふき取る。そこでようやく少女と目が合い、シークは少女にお礼を言った。



「有難う、おかげで倒せたよ」


「お礼を言うのはこっちです、有難うございました!」



 少女は礼儀正しく腰を90度に曲げてシークへと感謝の言葉を述べた。シークより少し背が低く、とても大きな槍を持って戦うようには見えない。バスターを目指す者はそれなりに度胸があって気が強い。それが当たり前だとしても、だ。


 少女は銀髪に近い黒髪をポニーテールにしていて、少しきつそうな眉と正反対に、柔らかで大きな目は見る者を吸い込みそうだ。タマゴ型の綺麗な輪郭もそれらを良く映えさせていて、シークは少女の事をとても可愛いと思った。



「その、私……今日バスターになったばかりで、ラビ(ウサギに似た肉食モンスター)の群れを追い払うっていう依頼を受けていたんですけど、巣を潰して報告しに町へ戻ろうとしたらオークが襲ってきて」


「俺達はそのオークの退治に来たんです」


「そのオークがこのオークですか?」


「それはちょっとよく分からないけど、まあ倒したからいいかな。とりあえず町に戻ろう」



 シークは「よし!」と言ってその場を離れようとする。が、少女は慌ててそれを止めた。



「あの、オーク退治はクエストではないんですか?」


「あ、クエストだよ。だからちょっと助かっちゃった、有難う」


「写真は、撮ったのですか?」


「え、写真?」


「倒した証拠、持って帰らないと完了報告出来ないと思うんですけど……戦利品でもいいのかな」


「あ~、そっか。倒しただけじゃ嘘ついてるかもしれないって思われるのか、どうしよう、写真機なんて持ってない」



 クエストの報告は、余程誰にでも分かるような結果が出ているのでもない限り、終わりましたとただ告げるだけでは完了とは見なしてくれない。


 そんなシークの姿を見て、少女は少し笑って声をかける。気負う相手ではないと思って安心したのだろう。



「もしかして、私と同じ新人?」


「あ、そうです、今日これが初のクエストで。俺はシーク。シーク・イグニスタです」


「私はビアンカ・ユレイナス。なんだ、ホッとしちゃった。良かったら私の写真機貸すけど」


「あ、ありがとう。写真機も買わなくちゃ……」



 シークは退治の証拠にと、草がまばらに生える地面に、オークと一緒にバルドルを並べる。そして確かに自分が片付けたのだと分かるよう、1枚写真を撮った。数秒経つとその場で1枚のポラロイドが出てくる。


 楽しみに待っていたシークに、ビアンカは少し申し訳無さそうに声をかけた。



「あの……写真機のレンズ、蓋ついてますけど」


「え!」








 * * * * * * * * *






 町に戻り、シークとビアンカはバスター管理所へと寄って、そしてそれぞれの報酬を受け取った。


 シークはビアンカに助けてもらったため、報酬を分けようかとも言った。だがビアンカも、オークから守ってくれたシークへの恩返しにならないと言って、受け取らなかった。自分では倒すことが出来ないのに、報酬だけ貰おうとする性格ではないらしい。



「ラビの巣退治3000ゴールド……オーク討伐……6000ゴールド!」


「これだけ貰えるなら有難いと思った方がいいのかな」


「どうだろう、6000ゴールドあれば、とりあえずその日の食事と宿代にはなるから助かるよ。今日はお互い災難だったけど、明日から頑張ろう」


「あっ、あの!」



 ビアンカはその場を去ろうとするシークへと慌てて声を掛ける。まだバスターが窓口やロビーに沢山いる時間帯で、予想外に響いたその声が一瞬静寂を生んでしまった。



「明日も、一緒にクエストやりませんか!」


「えっ!?」


「あ……あの、わ、私1人じゃ何も出来ないのが分かったし、君さえ良ければ、一緒に来てくれると……」



 あまり今まで女の子と関わりがなかったシークは、ビアンカの申し出に驚く。ただ、今日のオーク戦を振り返れば、1人で戦いが厳しいのは明らかだ。


 オーク1匹で6000ゴールド、それを何体も相手に出来る力量を付けなければ稼ぐ事も出来ず、実績を積むことも出来ない。それならば人数を増やし、楽に倒せるほうがいい。


 応募は出したものの、パーティーの募集を出せていないシークにとっては、同じ力量の仲間を作る事は願ってもない事だった。

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