TRAVELER-03


「いやあ~、うまくいったね」


「そうだね、あの店主さんが悪い人じゃなくてよかった。ところで、俺以外は鞘から引き抜くことも出来ないのかい?」


「僕がそう思えばね。さっきの反応だと、鞘から引き抜けなければ木刀のような扱いで通るかもしれないことが分かった」


「人前でむやみに抜刀しない方がいいかもね。さあ、村に帰るよ」



 バルドルが正式に自分の物となったことに安堵しつつ、シークは無事に買う事が出来た装備一式を通りのショーウィンドウに映しながら確認する。自分で言ってしまっては元も子もないが、よく似合っていた。


 キリッとした眉毛に少し優しそうな垂れ目、小さめのスッキリとした輪郭。そこそこ整った顔立ちの少年だ。何を着ても基本的には良く似合う。


 ただし、素材は良いのに素材そのままで、本人も素材が良いという自覚は特にない。いや、悪いとは思っていないかもしれないが、彼にとってかっこいいとは良い服、良い装備に、相応の立ち振る舞いを指す。


 他人の容姿に羨むことがあっても、それが自分と比べてどうなのかを考えた事がない。


 学生時代は制服、村に帰れば質素な倹約生活。カッコつけたい気持ちはあってもすべは無く、結果純朴少年のまま育ってしまい、容姿には無頓着だ。


 シークに恋心を寄せる者もいたというのに苦学生は色恋に疎く、また仮に周囲からの好意を自覚していたとしても、毎日2時間掛けて通うシークに余裕はなかっただろう。


 世の中はまったくもってうまく出来ていない。



「よく似合ってると思わない?」


「馬子にも衣装、鬼瓦にも化粧。まあ、装備としては駆け出しにしては十分すぎる。あの店は、粗悪品は置いてなかった」


「それは、俺の育ちにしては良すぎる装備って言いたいのかい? バルドル」


「そう捉えられるとは思っていなかったけれど、実際に駆け出しバスターとしては1、2ランク上と並ぶ装備だと思うよ。話を聞く限りではもう他の武器防具店を覗いても無駄だろうけど、どこかの町で武器防具屋に立ち寄ってみるといい」


「こんなにいい装備は、初心者用として並べてはいない、ってことかい」


「その通り。恐らくだけど、あの店主は儲けたいんじゃなくて、バスターになる若者を死なせたくないんだ」


「俺の時みたいに、気持ちが分かったのかい」


「まあ、そういうこと。値段設定もきっと安いんだと思う」



 バルドルの言う事は当たっていた。武器屋マークの品物は、同じ程度の物であれば余所の店より2割は安かった。そして、2割は質が良かった。


 確かな目利きによって、「とりあえず着られたら何でもいい」という程度の装備は置いていない。だから、最低価格の軽鎧でも定価が7万ゴールドと、値段だけを見て高い店だという印象を持つ者もいた。


 シークが買った軽鎧は今期の卒業生の中でも値段の割に逸品と言えた。いや、アイアン製品としては最上級だろう。もし他店で買ったとしたなら絶対に8万ゴールドでは買えないし、定価だってもっと高かったはずだ。



「だから、喋ったって事でいいのかな。信用できる店主だと」


「その通り。僕を触った瞬間、間違いなく良いものだと気づいていたけれど、次に彼が考えたのは、この剣なら少年が身を守れるってことだった」


「没収や、警察に通報するなんて考えていなかったってこと?」


「うん。だから駄目押しで喋ってみた。上手く言ったね」


「ハァ、俺は心臓が止まるかと思ったよ」



 シークは胸をなでおろし、バルドルを担ぐ。バルドルの言葉を聞きながら、シークは旅立ちの日にはもう一度先程の武器屋マークへと寄って、ゆっくりとお礼を言おうと思った。






 * * * * * * * * *




「ただいまー」


「おかえりなさい。卒業式はどうだった……って、シークどうしたのそんな上等な装備を」


「お帰り兄ちゃん! その防具すっごくカッコイイじゃん! 買ったの?」


「うん。卒業式はつつがなく。卒業証書はこれ。防具は友達のゼスタと一番通り装備屋まで全力疾走して買ったよ。だいぶ値引きして貰った」


「武器は? 魔術書は買えたの?」



 軽鎧を着たまま帰って来たシークに、母親は驚き、弟は目を輝かせている。装備を買ってくることは想定内でも、村の大人たちが持っているような安価な防具ではなく、きちんとした一式を手に入れて来るとは思いもしなかったのだろう。



「武器はこの剣の許可をもらったよ。装備は一式で8万。貰った支度金、全部使うことになった、ごめん」


「それはいいの、身を守るためのものだもの。もっとお金があればもっといいものが買えたでしょうに……。それより、その剣、本当に許可をもらったの?」


「兄ちゃん、ソードに転職?」


「まだ魔法使いの資格を貰ったばかりだよチッキー。この剣のお陰で、防具にお金をかけることが出来た。多分、性能はかなりいいと思う」


「それならいいんだけど……昨日もオーガ相手にしっかりと戦ったようだし」



 バスターというものにあまり詳しくないこの小さなアスタ村の人々は、バスターを傭兵程度のものだとしか捉えていなかった。


 ドラゴンや巨人などは伝説の勇者の物語、ごく一部の夢追い人が探し求める幻の財宝のようなもの。村という単位が触れる事の出来る世界はごく狭い。


 この世界に多くのモンスターがいると知っていても、実際にその恐怖に直面しておらず、情報も入って来なければ無いのと一緒なのだ。田畑を襲う害虫の方が余程恐ろしい。


 そんな村で、初心者向けとはいえ上等な装備を買って帰ってくる息子を見て、母親はバスターの基準は村の認識とは違うということをようやく知ったのだ。


 学費を出すだけで精一杯、学校の行事は幾度か欠席せざるを得なかった家庭において、装備の為に持たせた金も精一杯の金額だった。


 それで防具も武器も一通りそろえ、旅に必要なものも余りで買えばいいと思っていたのは甘かったのだ。



「おお、シークも帰っていたか」


「お帰りなさい、お父さん」


「そんなに良い装備を買ったのか、金は……足りたのか」


「うん、おかげで凄く良いものが買えたよ。友達と作戦立てて一番いいものを買えた」


「普通に買ったら幾らするんだ」


「えっと……10万ゴールド。多分、他の店で買ったらもっと高い」



 父親は10万という金額に驚く。この村で10万と言えば、各家庭が1か月で稼ぐ金よりも多い。自分の息子が歩むバスターという職業は、そんなにも高い装備が必要なのかと、母親同様にもっと金をあげることが出来たらと後悔しているようだ。



「武器は、まさかその剣か! 俺は魔法使いと言うから通学を許したんだぞ」


「えっと、ごめん魔術書を買うお金は残らなかったんだ、でも許可は出してもらった、この剣は良い剣だ」


「魔法使いは皆の後ろにいるから一番安全だと言っていただろう! 剣を手に取りモンスターに向かうというなら旅には出せん!」


「え、そんな! 大丈夫、魔術書がなくても魔法は使えるんだし、この剣を使って旅をする訳じゃない」


「ならば置いていけ、その剣があればお前は必ず使う」



 シークは父親に咎められ、確かに魔法使いになりたいという理由で通学を許してもらったのだと俯く。パーティーを組んだとして、全滅を除けばこの世界ではバスターとして後衛職の方が断然生存率は高い。


 魔法適性がなければ魔法職にはなれないが、バスターになる時、適性があればまず魔法使いを選ぶ。


 険悪なムードになり、シークも言い返せそうにない。このままでは旅に出られないかもしれないと察したバルドルは、小声で「喋るよ」と言って、家族に向かって声を発した。



「はい、既に静粛だけど静粛に。シークを旅に出してもらえないと僕が困るもので、説明したいのだけれど、いいかい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます