TRAVELER-02


「8万か。ん~……」



 毎年予算オーバーで買えずに諦める若者を見てきた店主は、金が足りないものは仕方がないと言おうかとも考えていた。


 だがせっかく1番に駆け込んできた若者に、何の協力もなしに諦めろと告げるのはあまりにも酷だとも思っていた。


 そうするうちに、店主はふとシークが背中に剣を背負っている事に気付く。



「おい、お前さん。その背中の剣はどうした」


「あっ、え~っと、その……」


「この店に来る前に、どこかの武器屋で登録したのか」


「いや、まだ登録していないんです、実はその、通学途中の森で拾いまして」



 シークはまずいなと顔をしかめて入手の経緯を説明する。朝に結局お湯で綺麗に洗った鞘と柄、それにしっかりと拭いた刃は、豪華な装飾が施されている訳ではないにしろ、とても初心者向けとは思えない威圧感があった。武器の専門家とも言える武器屋の店主の目に留まらないはずがない。



「ちょっと見せて貰えないか。お前さんのような初心者が持っていい剣だとは思えん」


「……あー、では、とりあえずそのカウンターに置きますね」



 シーク以外が持とうとするとバルドルは嫌がって、絶対に持ち上げられない重さになる。なのでシークは自らカウンターへと運んだ。店主は不審そうに鞘や鍔、そして柄の部分を鑑定し、そして鞘から剣を引き抜こうとした。



「……おい、これは剣が引き抜けん。もしかすると、レプリカか」


「え?」


「それに、持ち上げようとしても……びくともせん。どうなっている」


「え~っ……と。どうなって、いるんでしょうねえ……」



 シークが欲しがっている黒い軽鎧一式と雰囲気の合う黒みがかった鞘。シークが今朝綺麗に洗ってやったところ、柄と鍔の部分は汚れを落とすと赤く、剣は透き通るような反射と輝きを見せた。


 どんなに目利きの悪い者でも超一流の剣だと分かるだろう。この店主に見せたなら、間違いなく初心者には渡せないと言って没収、警察に渡ってしまう。


 しかし店主が持ち上げられないのは想定通りだが、鞘から引き抜けないという展開は予想しておらず、シークはおかしいと思いながらバルドルを手に取り、鞘から引き抜こうとした。



「ハァ。せっかく僕がプライドを捨てて、見た目だけのレプリカになりきっていたのに。ここで刃を抜かれちゃあ名演技も台無しだよ」


「ちょ、ちょっと何喋ってんだよ!」


「君はこの剣を使えるのは俺しかいない、なんて台詞は吹っ飛んで、このまま取り上げられちゃう! って心配しか頭にない。そりゃあ嬉しいけどね、旅が出来なくなるのは困るんだ」



 いきなり喋りだした剣に、店主も奥さんも、そしてゼスタも驚く。いや、それが当たり前の反応だ。特に奥さんは口に手を当てたままピクリとも動かない。



「おいシーク、お前その剣、今……」


「いったい、どういう仕掛けなんだ……この剣が喋っているとでも」


「剣が喋ったらおかしいかい? そりゃああなた方は喋らない剣しか知らないかもしれないけれどね。喋らない人間には驚かないのに、喋る剣には驚くって、僕には理解できないな」


「意思を持つ武器……」



 店主はボソリと呟き、店の奥から本を1冊持ってくる。そして早く装備を持って来いとシークとゼスタを急がせると、店の奥へと案内し、色々なアンティークに囲まれた居間のテーブルに着かせた。



「あの、まさか……通報?」



 シークはバルドルの正体に気付かれて、通報でもされるのかと不安で仕方がない。手にはまだ会計を済ませていない先程の軽鎧一式。ゼスタも選んだ装備一式をテーブルの上に置いている。店主が椅子に腰かけると、店の扉が開いたことを告げる鈴の音が鳴り響いた。



「わたしが行きます。あなたはお茶でもどうぞ」



 奥さんは店へと出て、他の店を諦めて早々にこの店に辿り着いたであろう若者の接客を始める。その後に続いてまた鈴の音が鳴り響くと、店内は急ににぎやかになったようだ。店主はあまり時間は無いな、と言いながら本を広げてシークへと問いかけた。



「さて。君はこの剣を拾ったと言ったね。どこで拾ったんだ」


「町と、俺の住んでいるアスタ村の間にある森の中です」


「そんな所にあったのか! 剣よ、お前はあの意思を持つ武器か」



 バルドルは店主に話しかけられ、本に載っている挿絵がやや気に入らないという顔を誰にも悟られないようにして、更に考える仕草をした後、「多分そうだね」と答えた。



「すると、勇者ディーゴの持っていた聖剣とはおぬしの事か」


「そうだね」


「持ち主に自身の名を呼ばせ、主とする……そう聞いている。いや、武器屋鍛冶屋の間でのおとぎ話みたいなもんだ。こうして実物に出逢うとは、長生きはするもんだな。聞いていた通りの素晴らしい剣だ。持ち主以外には使えないという話も本当か」


「そう。早い話が僕はシークを認めた。だからもう僕はシークのものになった。人間がどういうルールを作ろうが変わらない」



 店主は少し考え込み、そしてシークに提案した。



「先程の装備一式は8万ゴールドでいい。そっちの坊主も少しまけてやろう。この聖剣は俺が許可を出してやる」


「え、ほんとうですか!」


「ああ、まさかこの店で勇者ディーゴの聖剣を見ることが出来るとは」


「僕は、今はシークの聖剣だけどね」


「やったぜ! 良かった、俺も金はギリギリだったんだ。けど、剣が……喋るなんて知らなかった。俺の双剣も喋るのかな」



 ゼスタはチラリとバルドルへと視線を向ける。それに気づき、バルドルは特に間を置くこともなく「その剣はそこそこ良い剣だけど、喋らないね」と言った。



「君は8万、そっちの坊主は双剣と防具を合わせて18万。初心者にしちゃあ十分すぎる装備だ。とりあえず持ち運びはきついだろうからここで着てしまいなさい」



 シークとゼスタは代金を渡し、その場で早速着替えを始める。暫くして許可されたことを証明する刻印が入った小さなプレートを渡された。これでもし何かを言われても許可されているとして堂々としていられる。



「本当に、良いものを見ることが出来た。本当に存在しているとは。もっと良く見ていたいが……そろそろ売り場が戦場になりそうなのでな」


「あの、本当に有難うございました!」


「許可をどうも。僕の主が世話をかけた」


「また来てくれ」



 店主の後に続いて装備一式がそろったシークとゼスタが登場すると、その場の者達は驚く。先客がいたとは思わなかったのだろう。


 店で初心者向けとしてはピカイチの装備が既に先客に売れてしまったのだと知って、更に慌てている。


 ゼスタの防具を見て「同じものは無いのか!」と詰め寄る青年、シークが魔法使いだとは気付かずに何故ロングソードに魔法使い用の軽鎧なのかと首をかしげる少年、とにかく皆が少し悔しそうにシークとゼスタを見ている。


 この数をこの店主と奥さんで本当に捌けるのか心配ではあったが、恨めしそうな若者たちの視線を浴びながら店主に一礼し、店を後にした。



「全力で走って来てよかったな、やっぱり他の奴らは別の店に寄った後に来ているみたいだった」


「他にも良さそうな装備はあったし、十分だと思う」


「さてと、一度俺は親に報告に行く。お前とパーティーを組めたら楽しそうだったんだけどな、親戚のおっちゃんが俺を面倒見てくれるんだと」


「そうか、残念だな。俺も一度村に帰らないといけないし、送別会に出る金も残ってないや」


「俺も。貰った有り金を装備で使い果たしたって言ったら叱られるんだろうな……その喋る剣、今度ゆっくり見せてくれよ」


「その喋る剣とは酷いね、バルドルという名があるのだけれど」



 2人してバルドルの抗議に笑い、そして帰宅した後で親に何と言われるかを想像して身震いする。



「じゃあ、ひとまずお別れだ。元気でな、シーク」


「ゼスタも、次会う時はお互い強くなっていようぜ」



 シークとゼスタは寂しい気持ちをぐっとこらえ、しっかりと握手をし、抱擁した。新しい装備に身を包んだ友人が背を向けて歩き出すと、シークも村へと帰るために西の門へと歩き出した。

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