encounter-04


 シークを慕ってくれる5つ下の弟は、シチューが冷めてしまうのではと心配になる程、とても寂しそうに俯いている。


 いつから旅に出ると明確に決めているわけではないが、仲間内には既にパーティーと呼ばれるグループを作る約束をしている者もいる。


 シークはどうするかを明確に決めていた訳ではないのでパーティーを組む約束は誰ともしていない。その時点で皆よりも出遅れていると言ってもいい。バスターとして仕事を始めるのは早い方がいいのは間違いない。


 いくらシークが優秀な魔法使いとは言っても周りは殆どが年上だ。何組かには誘われていたが、シークはどうにもよく知らない人たちと組むということに抵抗があった。


 バスターの話だと、若年パーティーの中で最年少の者が1人だけいると、その子が色々と気を使う場面も多いらしい。



「出遅れたくないし、時々は帰ってくるよ。毎日帰ってこないだけ。最初は毎日帰ってくるかも」


「そうして。お父さんも少し手伝って欲しいみたいだし」


「えー! 畑は僕のって言ったじゃん!」


「畑はお前が継ぐので決まりだよ、チッキー。そういえばお父さんは?」


「集会。村の端の小麦畑で害虫が見つかったんだって」


「そっか、明日から駆除だろうな、卒業式くらい来てほしかったけどな」



 シークは「行けたら行く」と言ってくれた父親の言葉に期待をしていたが、どうやら明日は1人で行かなければならないようだ。シークの家のような小さな農家は、害虫で畑が駄目になれば1年の収入が無くなってしまう。卒業式よりもずっと畑が大事なのはシークも理解していた。


 シークの実家では小麦を育てていて、質の良い小麦が取れる村として有名なアスタ村の、平均的な広さの畑しかない。とすれば全滅の可能性は高くなり、小麦がこれから一気に育っていくという時に湧く害虫がもし作物を荒らせば、また植え直しても間に合わない。


 穂を好む害虫もいるため1年を通じて油断は出来ないが、他に金を稼ぐ手段と言えば町への出稼ぎしかない。村という低収入で質素な生活が当たり前の世界において、平均的な家庭は蓄えで生きていける程の余裕がないのだ。


 父親と畑の心配をしながらの食事もおおよそ済んだ頃、玄関の扉が開いた。木製の扉がギイィとなり、床の軋みと靴音に続いて父親が入ってくる。


 やや疲れが見える短い黒髪と面長な顔の父親は、農作業で荒れた大きな手を洗ってテーブルにつく。集会は終わったようだ。



「おかえり!」


「おかえりなさい、あなた。集会はどうでした?」


「ああ、あまり良くないな、見つかった害虫は1匹や2匹では無いらしい。夜風に乗ってここまで飛んでくるのも時間の問題だ。俺は今から畑に網をかけに行く」


「僕も行く!」


「俺も行くよ、ごちそうさま」



 害虫の侵入を防ぐための網を張る為に、シークと弟のチッキーは急いで食器を片づけて父親の後に続く。裏の庭にある納屋で網を手に取ると、シーク達は一緒に少し離れたところにある畑へと、網が絡まないよう慎重に運んだ。



「そういえば兄ちゃん、僕が部屋にご飯って言いに行った時、誰と喋ってたの」


「えっ!? いや、誰とも喋ってないけど」


「ご飯を食べるかどうか聞いてなかった? ネコでも見つけたの? おかあさんに見つかったら怒られるよ」


「ね……ネコが窓の外にいたから、ちょっと話しかけただけ、何でもないよ」



 バルドルとの会話を聞かれていた事に冷や汗が出たシークは、弟の追及にも曖昧に答え、畑へと目の細かい網をかけはじめた。


 もしも自分がいない時に家族の誰かに話しかけたら、独り言を言っていたら……そう思うと気が気ではない。悪い事に慣れていないシークはとても困ったように度々家の方を振り返っていた。



 1時間程かけて4つある畑に網を全てかけ終えたシークたちが、最後に端を石や杭で固定していると、カンカンカンと村の鐘が鳴らされる音が聞こえてきた。


 村の中央に1つ、東西南北に各1つずつ見張り台があって、火事やモンスターの襲来などの非常事態には鐘が鳴らされる。今この瞬間に鳴っているという事は、何かの非常事態という事だ。



「モンスターだ! モンスターが東に出た!」


「子供たちは家の中に入れ! 宿屋か酒場にバスターが来ていたらクエストを出してくれ! 大人は武器を持って集まるんだ!」


「チッキー、帰ろう」



 モンスターが出たと聞き、シークは急いで帰るようにチッキーを促す。


 モンスターの襲来は時々ある事だ。家畜や果物、もっと凶暴なものは人を襲う為にやって来る。ただ、もう何十年、何百年とあって慣れた事だからか、大人たちは急ぎながらも冷静だ。


 ここで言う大人とは15歳以上の事で、シークはこの村でいう大人に含まれる。シークは弟を守るように全力疾走する弟の後を追って家に入っていく。



「お母さん、モンスターが来てるから戸締りを! 俺は部屋の窓閉めたら行ってくる」


「危なくなったら逃げるのよ」


「分かってる」



 シークは駆け足で自分の部屋へと戻り、木製の扉を開きっぱなしにして粗末な革の鎧を箪笥から取り出した。



「シーク、何かあったのかい? それに鐘の音が聞こえてきたけれど」


「モンスターが現れたんだよ。村の東の門の近くらしいんだ」


「それって僕たちが夕方通った門のこと?」


「そう。この家からそう遠くないし、最悪畑を踏み荒らされるかも」


「いつの時代もモンスター対策は難しいね」


「300年前も……こんな感じだったのかな」


「そうだね、ディーゴがどこかの村に泊まった時、こんな事があったよ」



 シークは革鎧を着終えると、膝まである革のブーツを履きだす。そして部屋の壁に立てかけてある長柄の槍を手に取って、バルドルに「行ってくる」と声を掛けた。



「シーク、ちょっと待っておくれ」


「なに、急いでるんだけど」


「その槍、もうすぐ折れてしまうよ。柄の部分にヒビが入っている。それで戦うのはまずい」


「え? そんな事分かるの? 武器同士だから分かるのかな、でもうちにはこれしかないよ」



 バルドルは、やれやれと思っているのを悟ってはくれないだろうと思い、わざとらしくため息をつく。



「ハァ、幾ら君が剣に興味が無いと言ってもだよ。槍を扱うのなら剣だって選択肢に入れてくれてもいいじゃないか」


「あ、そうか君がいたね。でも生憎……」


「使えない槍と使える剣、どっちを選ぶんだい? シーク」



 バルドルの言葉に、シークは一瞬ためらう。槍が折れてしまえば何の役にも立たないばかりか、下手をすれば自分が危ない。かといってバルドルを持っていくのは、非常事態だから大目に見て貰えるとしても、後で叱られる覚悟がいる。



「こんな時ですら必要とされないなんて、嫌だなあ」



 バルドルの淡々としつつも残念そうな声に、シークはハァとため息をつき、バルドルを手に取った。そして紐を肩から斜めにかけて背負う。



「俺がモンスターと対峙する事なんて今まで滅多に無かったから、戦闘は期待しないでね」


「あ~久しぶりの戦闘だ! 腕が鳴るね!」


「聞いてるのかよ、だいたい剣の腕ってどこなのさ」



 部屋の扉を開けると、心配そうな母親と弟の姿があった。2人は手に槍を持っていない事を不思議そうな目で見ている。その2人にチラリと背中の剣を見せると、驚いた顔で何故そんなものを持っているのかと問いかけてきた。



「帰りがけに拾ったんだ! 槍が折れそうだからとりあえず代わりに持っていく!」



 家族のきょとんとした目に、それ以上の説明はせずシークは家を出る。西の山の端に日が隠れて暗くなった村の通りを、大人たちがそれぞれ持ち場の門へと向かっている中、東の門を目指して駆けていった。







 * * * * * * * * *






「バスターは居ない! 今日は俺達だけで退治しなければならん! 門の前を固め、絶対に突破させるな!」


「「おぉー!」」



 シークが急いで駆け付けると、東の門の前では大人たちが既にモンスターを確認し、まさに向かって行こうとしていた。武器を構える大人達の顔は険しく、緊張が伺える。それはバスターという頼もしい味方がいないというだけではない。


 今回の襲撃が、よくいるイノシシ型のモンスター「ボア」ではなく、小太りの鬼と形容される「オーガ」だからだ。村の者達は数えるほどしか退治の経験が無い。


 暗闇では分かり難いが、確かにオーガが腕を振り回しながら近づいてくるのが見える。シークは思わずバルドルを握る手に力が入ってしまう。傍に寄って来た同年代の村の少年も動揺しているのか、シークの肩を突いてくる。



「シーク! ちょっと、あれどうすんだよ」


「わ、わかんないよ!」


「お、俺達が退治なんて出来るのかよあれ……」



 ベテランのバスターなら苦戦をする相手ではないが、ここにいるのはせいぜい力自慢の農家くらいだ。付近の大人も少年も戸惑っている。


 オーガは赤黒い体をした2足歩行の太った鬼で、動物タイプよりもやや知恵が働き、力も強く厄介なモンスターである。

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