第25話 絡繰り人形の狂乱



 一瞬で目の前を覆い尽くす、漆黒を身に纏った仮面の集団。

 

 「くっ!」

 

 ミヤビはすかさずルイワンダを振り、公民館の雨樋あまどいに先端を引っかけて、強く自身を牽引することで集団の突撃をまぬがれた。

 

 しかし、先頭にいる二体が飛び上がり、しつこくミヤビに追いすがる。その時、二体のローブが内側から開かれ、先端を両刃のナイフにした両腕が現れた。

 

 「まずい!」

 

 迫りくるナイフを前にして、公民館の屋根に飛び乗ったミヤビは、息もつかせぬタイミングで屋根を蹴り、さらに高く跳躍する。その咄嗟の判断が、二体による斬りつけ攻撃の回避を実現させた。

 

 だが、二体の動きは終わらない。両腕をブンブンと振り回しながら追跡を続行する。

 

 その一方で、壁を上ってきた蜘蛛のように8本の手足を生やした人形が、別のルートからミヤビの逃げ場を奪うように接近してくる。

 

 「くそお!」

 

 残されたミヤビの逃げ道は近くの木しかなかった。もう一度、屋根を蹴って木の枝に飛び移り、さらにルイワンダを使って近くの木へと逃げていく。

 

 「そうはさせやせん」

 

 だが、それこそゼッペルの狙い目だった。

 

 ミヤビが木の上に逃げることなど想定内だったのか。飛び移った木の幹に、蝉のようにしがみついている面長の仮面の人形。その仮面の一部がスライドし、そこから針のような飛び道具が連続で射出される。

 

 「ちいっ!」

 

 樹冠じゅかんに飛び込み、無数の針を辛うじて避けたミヤビは、早くその場から離れようと近くの木へとジャンプした。

 

 ところが、キイイィィ、と何かが削れるような甲高い音がしたかと思うと、目当ての木は突然、根元からゆっくりと倒れ始めた。見れば、胴体に高速回転する丸鋸まるのこを備えた人形が、倒れる木の傍に立っている。あれが木を切り倒したのか。

 

 そして空中に飛び上がったその人形は、落下するミヤビを、手足を大きく広げるポーズで待ち構えた。このままでは丸鋸に体を真っ二つにされて終わりだ。

 

 「そんなことっ、させるかぁ!」

 

 ミヤビは大きくルイワンダを振り下ろし、人形の頭を叩き潰す。さらにその人形を足場にして、木々の外へと飛び出した。

 

 「木の中はやべえ! どこか隠れられる場所は……っ?!」

 

 そうして広場に戻ったミヤビが目にした光景は。

 

 組み合わさって一つの形を作り出している三体の人形。二体が一体の下半身を両側から抱き着くようにして支え、中央の人形は胴体部分からポッキリと折れて上体を後ろにらせている。

 そして、その胴体の断面から伸びているのは、月光で艶やかに輝いている、黒く長い円状の砲身。

 


 ――いわゆる、ガトリング砲。

 

 

 「嘘だろ?!」

 

 「今だ!」

 

 ゼッペルの合図が木霊し、ガトリング砲が唸りを上げて弾丸を吐き出し始めた。

 

 「くそおおおお!!」

 

 引くか進むか。

 

 後ろからは他の人形が追いかけてくる――進むしかない!

 

 広場に降り立ったミヤビは全力で駆け出し、その足跡を横殴りの弾丸が辿っていく。その差は、見る見るうちに狭まっていった。

 

 そして、ついに弾丸の軌跡がミヤビの背後に達した、その時。

 

 「てい!」

 

 ミヤビは思いっきり右腕を手前に引っ張る。プツンと糸が切れる音がして、広場の三か所で土煙が沸き起こった。ゼッペルたちがキャビンの乗り込んだ隙に、ミヤビが草などに紛れさせたキューブの爆発である。

 

 「なんだこれは?!」

 

 少しでも生存確率を上げようと、前もって仕掛けておいたそれら。当然、ゼッペルが知る由も無く、視界を埋め尽くす土煙に阻まれてミヤビの姿を見失った。

 

 すると、ガトリング砲の連射も止まり。

 

 九死に一生を得たミヤビは、一帯を呑み込む土煙を突き抜けて、横転しているキャビンの後ろに飛び込んだ。

 

 「そこか!」

 

 その一瞬をゼッペルは見逃さなかったようだ。再び開始されたガトリング砲による弾丸の猛威がキャビンに襲い掛かる。

 

 「さあさあさあさあ!! どうしやしたかお兄さん!! さっきまでの威勢はよぉ!!」

 「くぅっ……! 調子に乗りやがって……!」

 

 キャビンは大型のサイズだが、木造であるため、完全に弾丸を防ぎきれるものではない。数分もしないうちに、木っ端みじんになってしまうだろう。その間に打開策を考えなければ。

 

 「とにかく、俺は時間さえ稼げればいいんだ。稼いだその分、チャヤも遠くに逃げられるし、レンヤたちも来てくれるはず。後は、俺も生き残れれば文句ないが……へっ、どうも今回は難しいらしい。いよいよ年貢の納め時ってか……うっ?!」

 

 その時、絶え間ない銃撃によってキャビンの一部が崩れ、全体が大きく揺れた。ミヤビは慌てて個室の方へと身を寄せていく。

 

 「ん?」

 

 そこでミヤビは、90度に傾いた個室の中に取り残されている人物の存在に気付いた。座席にもたれかかるような体勢で横たわっている1人の女性。

 

 「女……? 人形……だったらヤツが操っているはず。じゃあ、本物の人間? このキャビンの中にいるってことは、レジスタンスに寝返った村人の1人? 横転で気を失ったのか?」

 

 ついくせでその人物についての考察を始めてしまうが、項垂れているので顔が分からないし、そもそも今は他の事に気を回している場合ではない。

 

 「今は自分のことで手一杯だ。とにかく、弾が尽きるまでここに隠れて、なるべく時間を――っ?!」

 

 長期戦を前提に置いて策を練り始めるミヤビだが、事態は彼の想像をさらに超えていく。

 

 

 ――闇の彼方から微かに聞こえてくる唸り声と、地響き。

 

 

 「……まさか」

 

 いつの間にかガトリング砲の銃声が止んでいるのは、ゼッペルもまた、その存在に気が付いたのか。

 

 ミヤビは踏み荒らされた町並みの奥を見据える。永遠に続いていると思うほどの漆黒の中で、巨大な影が確かにうごめいていた。その正体を悟ることができないミヤビではない。

 

 「そんな馬鹿な……戻ってきやがったのか?!」

 「こいつはついてる! 冷静になったのか、まだ暴走してるのか。とにかく、オニキスバイソンが戻ってきた!」

 

 驚愕するミヤビに対し、ゼッペルは快哉の声を上げる。当然だろう。この展開は、ミヤビとゼッペルの立場を完全に逆転させてしまったのだから。

 

 これで、ゼッペルは域外への逃走手段を取り戻すことになる。ならば、ゼッペルの中でフィオライトたちの誘拐計画が再燃することは必須。

 一般人とほぼ変わらない肉体を持つチャヤが、女性2人を抱えてどこまで逃げられるのか。たとえ、どこかに隠れたとしても、これだけ大勢の人形が相手では敗色濃厚なかくれんぼに過ぎない。 


 もはや、時間を稼ぐだけでは駄目だ。なんとしてもゼッペルを食い止める――彼を倒すしか選択肢は無くなったのである。

 

 「――――っ! こうなったら、一か八かだ!」

 

 ルイワンダを固く握り締め、ミヤビは覚悟を決めると、キャビンの影から飛び出した。目指すは、広場の中心に立つ、複数の人形に守られているゼッペル。行動を起こすのなら、ガトリング砲が停止している今しかない!

 

 「甘いなぁ、お兄さん」

 

 だが、すでに精神的な勝者となったゼッペルは冷静だった。速やかに腕を振り、その動きによって彼の周囲にいる人形の一体が高く跳躍する。

 

 次の瞬間、人形の手足がひじひざの辺りから撃ち出され、それらは空を切ってミヤビへと駆ける。

 ミヤビは回避しようと試みるが、不用意に接近したことがあだとなった。飛んできた手足に体を捉えられ、空中に引っ張られて人形の懐に受け止められた。

 

 「うああああああああ!!!」

 

 そして、人形が発する強力な電撃。全身に激しい痛みと熱が駆け抜けて、ミヤビは思わず悲鳴を上げる。そのまま人形と共に落下し、地面に体を打ち付けた衝撃でルイワンダが手から離れてしまった。

 

 放物線を描くルイワンダはカランカランと地面を跳ねていく。それを踏みつけて止めたのは、ゼッペルだ。

 

 「残念だったねぇ。お兄さんの奮闘もここまでだ」

 

 勝ち誇った顔でミヤビを見下ろし、ゼッペルは言う。

 

 「無事にオニキスバイソンも帰ってきた。後は、巫女様を連れていったもう1人のお兄さんを捕まえれば、なんとか任務を達成できそうだよ」

 「くうぅ……っ」

 「さて、それじゃああっしはもう彼の後を追うとしよう。お兄さんは、生かしておくと厄介そうだから、とどめを刺させてもらいやす。悪く思わないでおくれよ」

 

 そして、両腕をナイフにした人形がミヤビの傍に立ち、片腕を高く振り上げた。



 「じゃあ、ここでお別れだ。お兄さん」

 




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