第8話 責任は押し付けられるもの



 「フィオライト=デッセンジャーの名において、此度こたびの任を聖戦と認めます。今宵こよい、振るう正義の剣は全て、未来の平和のために。そして、落つる命に永久とわの安らぎがあらんことを」


 フィオライトが取り仕切る『聖戦せいせんの誓い』の祝詞のりとが救護施設前の空き地に響く。

 

 戦いの地へのぞむ者のために紡がれる、武運ぶうんいましめの言葉。それは、決して闘争こそが平和への道ではなく、あくまで大義たいぎすための戦い――すなわち聖戦であると女神の代弁者たるビショップ級によって認められる儀式での口上である。


 この誓いを経てこそ、兵士たちの剣と心に意義が宿る。

 この誓いがなければ、どんな武勲ぶくんも暴力と変わらない。

 

 「よし、それじゃあ出発だ。まずは北東部周衛基地に向かうよ。全員、車に移動」

 

 そして、聖戦の誓いを終えたアンテレナを隊長とする急襲班は、サンドロス村長たちに見守られながら公民館から出発する。フィオライトはその後を少し追いかけ、部隊の一員であるレンヤに声を掛けた。

 

 「レンくん、気を付けてね。ムチャなんかしちゃダメだよ。絶対に帰ってきてね」

 「ふっ、心配するな。どんなヤツだろうと、俺は負けない。だから、安心して俺の帰りを待っていてくれ」

 

 互いに相手を想い、別れを惜しむように強く抱き締め合う。


 その様子を二階の窓から見ていたミヤビは、誰にも気付かれないうちにそっとカーテンを閉じた。

 

 

 

 太陽の騎士団がこのオグリに来た目的は二つ。

 

 一つはチェルシー班によるオグリ防衛。

 もう一つがアンテレナ班による域外のランカラ丘陵きゅうりょうにいくつか設けられているレジスタンスの拠点の撃滅げきめつである。


 先の戦争によって多大な被害を受けた東部周衛基地の周辺に築かれた拠点を潰し、脅威を排除する。それが今回の任務の主旨しゅしであり、オグリ防衛は単に聖伐軍の体裁ていさいを守るための副題でしかない。

 

 そして、レジスタンスの拠点だが、実はすでにほとんどが壊滅しているのだという。


 それは、過去に起こった、レジスタンス軍によるオグリ襲撃に原因がある。レジスタンスは村を襲った際、人質が目的なのか、何人かの村人をさらっていったらしい。

 

 それに対して、東部周衛基地はすぐに人質救出部隊を派遣。ランカラ丘陵にある拠点を奇襲きしゅうし、見事に人質を全員救出した。それが何度か繰り返されて、拠点は二つまで減ったという。

 

 なので、アンテレナら急襲班の使命は、残りの拠点を潰した後、ランカラ丘陵を調査し、完全に脅威が消失したか確認することだ。


 レジスタンス軍は、社会的弱者が中心となって結成した経緯であるが故、基本的に構成員のほどんどが無能力者である。その上、たった二つの拠点。レンヤとアンテレナがいれば、まず後れを取ることは無いだろう。

 また、ランカラ丘陵もさして広い土地ではない。半日もあれば調査は完了するはずだ。

 

 「さすがに今回は俺の出る幕はねーかな……」

 「ん? なんか言ったか?」

 「別に」

 

 ささやきに近い声を拾うチャヤに、ミヤビはすげなく答えた。

 

 急襲班がオグリを発って間も無く、夕食の時間が訪れる。それからさらに一時間近くの間を開けて、ミヤビたちは一階食堂に向かうために部屋を出た。

 

 ミヤビはルーク級の嫌われ者である。そんな彼が、大人数が集まる所に居合わせてしまえば、ろくな事にならないのは明白である。だから、時間をずらし、なるべく人がいないタイミングを狙わなければならないのだ。

 そして、食事を受け取ったら、速やかに割り当てられた自室に引きこもる。必要な時以外はなるべく部屋から出てこない。それが、マルクと事前に決めたルールだ。

 

 そんなミヤビの都合に完全に巻き込まれているのがチャヤだが、意外にも彼は、これに関してはあまり文句を言わない。

 まあ、中央司令基地に配属されたばかりで、同期もほとんどいない彼には、共に食事を取るほどの親交がある人間はまだいないのだろう。その痛ましさを、ミヤビの監視、という役割で誤魔化ごまかすことができている側面もあるようだ。

 

 その切なさ、虚しさに同情しながら、2人揃って階段を下り、人気の無い一階廊下に出た時だった。


 「なにやってんだお前!」

 

 どこからか怒鳴り声が聞こえてきて、ミヤビたちは立ち止まる。

 

 声は後ろの方向から聞こえてきた。振り返ると、階段の裏にある出入口に傍に二つの人影が揺れている。さらに視界を横にずらすと、ドアの端から険しい顔をしたマルクと俯いているキスカが向かい合う光景が現れた。


 マルクは手の平サイズの細長いアルニマのような物を目の前で揺らし、キスカに言う。

 

 「オレ、言ったよな? これをアンナたちに渡せって。ちゃんとお前に伝えたよな?」

 「は、はい」

 「だったらどうしてこれがここにあるんだ? あ? 説明してみろ」

 「ち、違うんです。オレ、ちゃんと渡そうとしたんです。でも、その時はアンナさんたちは会議中で……それで、いろんな話を聞いてたら、その……」

 「これの存在を忘れてたってか? 馬鹿じゃねえの? お前、これがどういう物か知ってるよな?」

 「はい……そ、それは、開発部の人たちが作った『スライマボム』という試作品で、今回の任務で使ってもらうために用意したもので……」

 「そうだよなぁ? このピンを抜いてから地面に投げると爆発して、取り付いたものを離さない『繊維体せんいたいスライム』の培養ばいよう組織を周囲に撒き散らすアルニマ。主に民間人の暴動を鎮静化するのに効果が期待され、無能力者の多いレジスタンス軍が相手の今回の任務におあつらえ向きだから、実用データを収集するためにアンナたちに使ってもらう、って話だもんなぁ。オレ、そう説明したもんなぁ?」

 「す、すみません……本当にすみませんでした……」

 「は? 何その、とりあえず謝っとけ的なカンジ。お前、この場をやり過ごすためにテキトーに謝ってない? なめてんの? あ?」

 

 青い顔で謝罪を繰り返すキスカ。そんな彼を、持ち前の陰湿いんしつさでネチネチと追い詰めていくマルクの話術はさすがとした言い様がない。

 

 「うっわー……マルク工廠長、マジギレじゃん。あの人が怒るとあんなカンジなんだ……」

 

 マルクの本性を知るミヤビにとっては馴染みのある姿だが、彼を英雄の1人と信じ切っているチャヤからすれば衝撃的な光景だったようだ。幻滅したような口振りで、怒り続けるマルクを凝視していた。

 

 「ったくよぉ……てめーが太陽の騎士団の一員だから、ってことで連絡係に任命したのによぉ。ぜんぜん役に立たねーじゃねえか。チャヤの事わらってる場合か」

 「すみません……」

 「だからテキトーに謝ってんじゃねえよ。分かってんの? データが取れなかったら開発部のジジイ共から文句を言われるのはオレなんだぞ? それも、急襲班のヤツらが使わなかったならまだしも、渡し忘れたとか……言い訳にもなんねえ」

 「……すみ、ません……」

 「だーかーらー……ん?」

 

 なおも謝罪を続けるキスカにうんざりした様子のマルクが顔を他所に向けた時だった。期せずしてミヤビたちと視線がぶつかり、彼の不機嫌な表情はさらに怒りで強張る。

 

 「なに見てんだテメーら!」

 「ひぃっ」

 

 その形相に悲鳴を上げるチャヤ。ミヤビはすかさず彼の肩に手を回し、押すようにして歩き出す。

 

 「申し訳ありません。すぐに行きます」

 「いや、待て」

 

 しかし、遅かった。巻き込まれたくないのなら、見つかる前に退散するべきだったのだ。

 無駄に好奇心を働かせた結果、ミヤビたちはマルクに見つかり、宿舎裏に誘われる羽目になってしまった。そうして人目のつかない場所まで移動した後、マルクはスライマボムを詰め込んだ袋をミヤビに差し出した。

 

 「お前たちに新たな任務を与える。このアルニマをただちに北東部周衛基地にいる急襲班に持っていくんだ」

 「え? 今からですか?!」

 「当たり前だ」

 

 平然とマルクは頷く。

 

 「でも……じ、自分たちはまだ、食事をしていなくて……」

 「なんでだ? 夕食の時間はとっくに始まっている。遅れたのなら、それはキミたちの責任だ。軍人たる者、いついかなる時でも任務を受けられるよう、万全の体勢を心掛けなければならない。違うかい?」

 「そ、それは……」

 

 返答にきゅうするチャヤ。正鵠せいこくを得たマルクの発言にぐうの音も出ないようだ。

 たとえそれが、明らかにキスカのミスを自分たちに押し付ける行為であると分かっていても。

 

 そして、困り果てたチャヤは視線をミヤビに投げかける。お前から説得してくれ、とでも言いたいのだろうか。ミヤビは小さく嘆息たんそくして、マルクに訊ねた。

 

 「……一つ、お伺いしたいことが。北東部周衛基地までの移動手段は車ですか?」

 「バカを言え。こんなことで、ましてやキミたち2人だけを運ぶのに軍用車両を使えるものか。早馬のための馬があるだろう」

 「しかし、馬では間に合うかどうか微妙です。いえ、たとえ軍用車両であったとしても今からではもう……」

 「間に合うかどうか、など聞いていない! オレは行け、と命じているんだ!」

 

 ミヤビの意見を潰し、マルクは声を張り上げる。

 

 「……分かりました」

 

 そこに彼の真意を見たミヤビは、議論の不毛ふもうさを思い知り、袋を受け取りって早々に歩き出した。

 

 「おい、亡霊?!」

 「おら、どうしたチャヤ。お前は亡霊の監視役だろうが。さっさと行きやがれ」

 「…………っ」

 

 全ての元凶のくせして、マルクという後ろ盾を得たキスカは、まるで他人事のようにチャヤを追い立てる。これで責任の所在が自分から離れたと思っているのだろうか。

 

 そのあまりの身勝手さに、チャヤは思わずキスカを睨み付けてしまう。すると、キスカの無責任な笑顔が渋面じゅうめんに変わった。

 

 「あ? なんだその顔。文句あんの?」

 「い、いや…………工廠長……」

 

 だが、立場上、キスカに強く出ることができないチャヤは、最終的にマルクにすがった。

 その情けない眼差しを受けたマルクは、腕を組み、キスカを一瞥いちべつする。

 

 「やめないかキスカ。元はと言えばキミが原因だろう」

 「う……っす。すいません」

 

 途端に勢いを失うキスカ。反対に勝気に笑うのはチャヤである。

 

 だが、チャヤの反撃はそこまでだった。

 キスカへの叱責は二言で終わり、マルクはすぐにチャヤに視線を流す。

 

 「さて、早くミヤビを追いかけるんだ。チャヤ」

 「え?」

 「え、じゃないよ。キスカの言う通り、キミはミヤビの監視役なんだから。彼の後を追いかけなくてどうする」

 「そ、そんな……っ」

 「それに、レンヤくんがいる急襲班の許へ彼だけ向かわせるわけにはいかないからね。スライマボムの受け渡しはキミが行うんだ。分かったね?」

 

 チャヤを冷たく見下ろし、マルクは命じる。その威圧感に逆らうことなど出来ず、チャヤは「はい……」と頷くしかなかった。

 

 「キスカ。ミスをした罰だ。彼らの出発の準備を手伝いなさい」

 「ういっす」

 

 そして、キスカにも命令を下したマルクは、さっさと宿舎の中に入っていったのだった。







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