第7話 世界を隔てる一枚の向こう



 二日後。太陽の騎士団がオグリに着任する日。


 避難所と救護施設のインフラ工事を午前中に終わらせて、ルーク級は一時、宿舎に待機となった。

 三日間の工事は全体工程の前期に当たり、村の復興事業が後期となる。それは太陽の騎士団の任務が完了した後から行われるもので、そのために現在、マルクを始めとする本兵站へいたん支援班のトップ陣とサンドロスら村の役員による合同会議が宿舎一階の会議室で開かれている。

 

 そして、太陽が少しずつ西に傾きつつある午後3時頃、太陽の騎士団到着の知らせを受けて会議は一時中断。村の役員を残して、サンドロス村長と秘書のエイラはレンヤたちを迎えるために村の入り口へと向かっていった。

 

 それからさらに一時間後。太陽の騎士団の宿泊場所である公民館および救護施設がやおら慌ただしくなってくる。見れば、救護施設へと村人が徐々に集まりつつあった。先の襲撃事件で負傷した人々の診察が始まったようだ。

 

 (……あそこに今、フィオがいるのかな)

 

 その様子を、宿舎二階端の部屋の窓から覗いていたミヤビは、プレイグルで造られた白い平屋の中にいるであろう人物を想い、溜息を吐く。訓練生を卒業し、正式なビショップ級となったフィオライトは、部隊における衛生兵の役割を与えられている。ならば、救護施設での外来受診を取り仕切ってるのは彼女で間違いないだろう。

 

 「あっ……」

 

 ぼんやりと平屋を見つめるミヤビの横で、同じく窓から外の様子を眺めているチャヤが小さく声を漏らした。彼の視線に先にあるのは、避難所前のスペースに集まっている、騎士団のメンバーらしき集団だ。その中でも、長い赤毛をポニーテールにまとめた眼帯の少女を特に注視しているようだ。

 

 「もしかして彼女がチェルシーか?」

 

 チャヤとの会話の中で、チェルシーという人物は自身の右目を犠牲にしていることが明らかになっている。あのポニーテールの少女が付けている眼帯もまた右側をカバーしており、そこから彼女こそ話題の人物と睨んで訊ねると、チャヤは躊躇ためらいがちに首肯しゅこうした。

 

 「そうか。うん……アレだ、美人だな。うん」

 「……なに考えてるか知らないけど、無理して褒めなくてもいいぞ。いや、チェルシーは美人だけどさ。おれに気を使うつもりなら……」

 「いや、本心だぞ。うん、その……気が強そうで、凛々りりしいというか」

 

 簡単に心を見透かされて、ミヤビは焦ってさらに言葉を重ねた。それらは全て、窓から眺める彼女の外見に由来するものだ。

 きりりとつり上がった目尻にしわの寄った眉間みけん。ムッと引き結んだ唇など、不機嫌に見える顔立ち。一つ一つのパーツはいいのだろうが、全体的に近寄りがたい雰囲気をかもし出している。

 

 「はい、みんな整列して。今から防衛任務の概要がいようをおさらいするから」

 

 チェルシーは、パンパンと手を打ち鳴らしながら集団に向かって話し出した。すると、1人の男が軽く手を挙げつつ一歩を踏み出す。


 「待ちたまえ。なぜ新人であるキミが指揮をっているんだ? ここはナイト級として大先輩である僕、アレク=エルストが務めるべきだ。キミは下がっていろ」

 

 チェルシーを見下ろし、高圧的にすごむアレクという男。

 ミヤビは彼に見覚えがあった。そう、数か月前のエレフト山野営訓練。その事前登山の際、難癖なんくせをつけて任務を放棄した身勝手なナイト級だ。その時は烈火の騎士団に所属していたはずだが、まさか太陽の騎士団に鞍替くらがえしていたとは。

 

 「断るわ」

 

 しかし、チェルシーはアレクの視線に全く動じず、むしろ冷淡な笑みを見せつけながら言う。

 

 「なんだと? この僕に逆らうのか?」

 「逆らってるのはあなたでしょう? 大先輩だか知らないけど、今回のオグリ防衛、その班の班長に私を指名したのはアンナさんよ。その決定に逆らうとでもいうの?」

 「いやいや、アンナ様に逆らうつもりなど無いさ。しかし、新人のキミでは経験不足なのは明らかだ。だから、任務の指揮は僕が執った方がいいと……」

 「同じ事じゃない。点数稼ぎがしたいようだけど、そういうのは自分がリーダーに選ばれた時にやってちょうだい。ま、アンナさんがあなたを選ぶとは思えないけれど」

 「なんだと?! さっきからキミは何様のつもりだ?! 大体、僕は先輩なんだぞ! 敬語くらい使ったらどうなんだ?!」

 「聖伐軍は実力社会。女神セルフィスに奉仕ほうしするビショップ級が最上位である関係上、ほとんどのナイト級に軍人としての差が無いことはナイト級の端くれでもあるあなたなら理解してるでしょう? それでも、尊敬に値する人になら使う意義も出てくるんだけど……」

 「僕が敬語を使うに値しない人間とでも言うのか?! この僕を誰だと思っている?! 僕はあの烈火の騎士団にも所属していた男なんだぞ!」

 「だったら今すぐ烈火の騎士団に帰りなさいよ。そんなに烈火の騎士団の一員だったことを誇るのなら。自分の誇れる唯一の事が烈火の騎士団という権勢けんせいだなんて。その程度のことを自慢できる男に尊敬もクソも無いわ」

 

 澄ました顔で激昂げっこうするアレクをいなしていくチェルシー。その切れ味鋭い舌鋒ぜっぽうに返す言葉が見つからないのか、アレクは悔しそうに地団駄じだんだを踏むだけだ。

 

 「とにかく、班長は私が務める。文句があるなら今すぐ中央司令基地に帰投きとうしなさい。やる気の無いヤツがいても邪魔なだけよ。ああ、心配しないで。アンナさんには私からちゃんと伝えておくから」

 「そ、それは困る! こんなことアンナ様にバレでもしたら……」

 「アンタの都合なんてどーでもいい! やるの? 帰るの? どっち?!」

 「うぐぐぅ……!!」

 

 ついに観念したのか、アレクは情けないうめき声を漏らした後、荒々しい歩調で下がっていった。

 さらにチェルシーは、アレクを迎える彼の仲間らしき連中に言葉を掛ける。

 

 「あなたたちもよ。私に指図されるのが気に食わないならどーぞご自由に。別にいてもいなくても同じ存在だもの」

 「なんですって?!」「優秀功科こうか賞をもらってるからって言い過ぎだ!」「調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 「反論したいならぜひ、任務で。自分たちが無能ではない、と私に証明できるほどの働きを期待してるわ」

 

 徹頭徹尾てっとうてつびを冷淡な言葉で結び、チェルシーはアレクたちから目を背けた。

 

 言い争いの一部始終を見ていたミヤビは、そこで思わず呟く。

 

 「……ホントに気が強いな、あの子」

 「そりゃあ、野郎ばかりの環境でたった1人、勝ち抜いてきた女だからな。あのくらいの度胸が無いとできないよ」

 「そういうモンか……にしても、新卒のくせに防衛任務班の班長を任せられてるのか。先輩方を差し置いて……相当、期待を寄せられてるのか――」

 

 他に人材がいないからか。

 

 そうミヤビが続けようとする前に、瞳を輝かせるチャヤが顔を上げた。


 「な?! チェルシーはすごいだろ?! 子どもの頃からすごかったんだよあいつは!」

 「お、おう……」


 まるで主人を見つめる子犬のような眼差し。それを曇らすのは忍びなく思えて、ミヤビはさらなる言葉をつぐむことにした。

 

 「それじゃあ防衛任務の概要を話すわ。今回、守るのはこの辺境の地にあるオグリ。敵はレジスタンス。東の方角から、主に10~20人の小隊でやってくることが確認されている。移動手段は主に馬。ただ、村人を連れ去る際には大型の車両も確認されているわ」

 

 一方、下ではチェルシーが淡々と会議を進めていた。

 

 「それで、私たちの任務は、アンナさんたち強襲班が域外にあるレジスタンスの拠点を全て壊滅させるまでの間、オグリを防衛すること。先に行われた人質救出作戦でほとんどの拠点を潰し、残ってるのはあと二か所と考えられているから、事後調査も兼ねて約二日間。それまでの期間、オグリを守り抜くのが私たちの役目」

 「そもそも、オグリが今後も襲われる可能性はあるのか?」

 

 話の途中で、アレクが苛立った口調で訊ねた。

 

 「すでにオグリはこれまで三度も襲撃されている。この回数は、現在、活発化しているレジスタンスが各地で行っているテロ活動の中でも特に高い数字。襲われない、という保証はどこにも無い以上、警固けいごするのは当然のことよ」

 「……ふん」

 

 理路整然と弁を立てられ、アレクは面白くなさそうにそっぽを向いた。

 

 「……まあ、仮にレジスタンスの隊がこちらに向かっているとしたら、道中でアンナさんたちとかち合うことになると思うから、可能性は低いけどね。だけど、オグリを救いに来て、それなのにヤツらの襲撃を許してしまうことになれば太陽の騎士団、ひいては聖伐軍の名折れ。だからこそ、私たちはここにいる」

 

 そして、チェルシーは隣にいる淡い赤髪の優男に顔を向けた。

 

 「ラフィ。お願い」

 「分かりました」

 

 声を掛けられたラフィという男は、懐からトランプを取り出すと、その束の半分以上を宙に放り投げた。

 

 「我が従兵となれ! 『五十四式兵団パーティテーブル』!」

 

 ラフィが叫んだ瞬間、上空に舞うカードたちは発光と共に大量の煙を放出する。間も無く、煙の中に無数の人影が生まれ、ガシャン! とそれらは地面に降り立った。

 

 そうして集団の前に現れる、♠と♦と♣と♥の頭部を持つ兵隊たち。その身体的特徴と一連の流れから、彼らはカードが変化したものだろう。

 

 「なんだアレは……カードが兵士になった?」

 「五十四式兵団パーティテーブルだよ」

 

 疑問を呟くミヤビに、窓を覗き込みながらチャヤが言う。

 

 「兵士になるカード、54枚で構成されたトランプ型のアルニマだ。歩兵や弓兵とか、いろんな職種があるんだぜ」

 「へぇ……たった1人で54人分の用途別の兵力をまかなえるわけか。なかなか便利なアルニマだな」

 

 感心するミヤビの視線の先で、チェルシーが口を開いた。

 

 「オグリ防衛はラフィの五十四式兵団を主軸にする。各標章スートにつき1,2,3,4,5,6,7,8,9、計36体。1,2,3の歩兵は村周辺の巡回。4,5,6の槍兵そうへいと7,8,9の弓兵は村の四方に展開して、村の防衛。さらに――」

 

 チェルシーは再びラフィを一瞥いちべつする。その目配せを受け取ったラフィは頷き、♠の10のカードを手に持った。それに多くのマギナを注ぎ込み、宙に投げる。

 

 ボウンと煙が発生し、中から登場したのは体長が五メートルはあろうかと思うほどの巨人だった。そいつを親指で指し示し、チェルシーは言う。

 

 「レジスタンスが来ると思われる東側にはこいつもつけるわ。先輩方にはこのトランプ兵団を率いて現場指揮を執ってもらいたいの。ちょうど4人いるしね」

 「すでにみなさんの指示通りに動くよう、設定プログラミングしています。さあ、動け」

 

 ラフィが腕を振るうと、トランプの兵団はスートごとに分かれてアレクたちの後ろに移動する。ちなみに、巨人はアレクの兵団についた。つまり、彼が重要な東側を担当することになったようだ。

 

 「キミはどうするんだ?」

 

 そのことを察して、不快そうに表情を歪めるアレクがチェルシーに訊ねる。

 

 「私は急襲班の連絡に備えて村に残るわ」

 「なるほど。面倒な役目は先輩に押し付けて、自分はラクをしようってことか」

 「あらぁ? 部隊の監督という任をほっぽり出して前線に出る指揮官なんて聞いたことが無いわ。その程度の理解度しかないなら、やっぱり指揮官なんてやらない方が賢明けんめいよ? あなたにとっても、軍にとっても」

 「ぬぐぐ……」

 

 腹いせに当てこすりを放つアレクだったが、容易くチェルシーに返り討ちに遭って悔しそうに歯噛みした。

 そんな彼を見て、呆れるように溜息を吐き、チェルシーは続ける。

 

 「急襲班との連絡係は基本的にラフィがする。経過報告は班長である私の務めだから村に残らないといけないの。それ以外では、私は公民館近くの火の見やぐらの上に待機してるわ。そこからなら村の外の様子も一望できるし、私の能力であなたたちの支援もできるしね。分かった?」

 「ふん……」

 「……分かってくれたようね。じゃあ、みんなそれぞれの持ち場へ向かって! 今回の任務、絶対に成功させるわよ!」

 

 暗い面持ちのアレクたちを追い立てるようにチェルシーは両手を強く打ち鳴らし、会議の終了を告げる。

 

 そうして散り散りになっていく集団から目を離し、ミヤビはチャヤに訊ねた。

 

 「チェルシーの能力ってなんだ? 第二世界サカムツキの人間だから、アルニマ使いで間違いないんだろうけど」

 「ああ。弓矢だよ。ほら、チェルシーの背中にあるアレ」

 

 チャヤはチェルシーを指差す。それまではこちら側を向いていたので分からなかったが、アレクたちを見送っている今なら彼女の背中を観察することができた。

 

 筒状の物と、大きく湾曲した弓が背中に抱えられている。ということは、筒状の物は矢筒やづつか。


 「あの弓は唯恋弓キューピッドって言って、さっきも話した通り、チェルシーの右目を素材として造られてるんだ。チェルシーはまず敵を左目でロックオンする。そして、矢に自分のマギナを込めて放つと、その矢はロックオンした敵に当たるかマギナが尽きるまで飛び続けるんだ」

 「要するにホーミング機能か。なるほど、それなら火の見櫓の上からでも遠く離れたアレクたちを支援することができる、ってわけだ」


 合点がいって、ミヤビは大きく頷いた。その後、小さく問いかける。

 

 「それにしても、ずいぶんと詳しいな。チェルシーはともかく、あのラフィというヤツのも」

 「ああ……一応、同期だし。ラフィも同郷だしな。でも、他の同期たちの能力も知ってるよ」

 「なんのために? チェルシーのためか?」

 「いや、そんなんじゃ…………憧れかな、たぶん」

 

 「憧れ?」と聞き返すミヤビにチャヤは頷いた。

 

 「うん。おれはドジで手先も器用じゃないし、要領も悪いからさ。せめて、戦う力があったら…………それでも多分、役立たずなんだろうけど。せめて、あいつと一緒に戦う……まではいかなくても、サポートくらいできたらなぁ……って」

 「…………そうか」

 

 窓ガラスに手を当て、切なく揺れる瞳にチェルシーの後姿を映すチャヤ。ミヤビは、そんな彼の背中に優しく手を添えた。

 

 

 きっと、この薄い一枚をへだてて世界は成り立っている。

 

 ミヤビとチャヤ。

 そして、外にいる人々。

 

 どんなに手を伸ばしても、冷たく硬い壁が目の前を塞ぐ。

 ほんの少し……あとちょっとの力があれば、それは突き破ることができるのだろう。

 


 だけど、そのほんの少しが、2人には遥か遠くの現実なのだ。





 


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