第3話 勧誘

「まずは、あそこで一人でぽつんと酒を飲んでいる『はぐれビッチ』のエルザさんに話し掛けてみましょう」

「経験値の高いモンスターみたいに言うなよ……」


 トトミィからお金を受け取った後、俺は露出の高いドレスをまとい、ワインの入ったグラスを気だるそうに揺らす長髪のダークエルフに近付いていく。耳が尖っていることと少し疲れた顔付きを除けば、大人っぽい感じの美しい女性である。こ、これがエルフか! ヤバい! 何か緊張してきたぞ……!


「あ、あのう。すいません。良かったら俺と一緒に冒険してくれませんか?」


 思わず敬語になってしまったが、意を決して告げるとエルザは艶っぽく笑った。


「冒険ねえ。金、持ってんのかボクちゃん」


 ボクちゃん……! 俺、勇者なのに!


 しかし深い胸の谷間と大人びたハスキーな声は俺に反論の余地を与えなかった。


「一回50000G。宿代はそっち持ちで良いな?」

「えっ。宿代?」


 意味が分からず戸惑っていると、トトミィが俺の背中をツンツンと突く。


「文雄さん。どうやら彼女は性交渉と勘違いしているようです」

「!! 俺、ちゃんと冒険って言ったよね!?」

「『夜の冒険』だと思ってしまったのでしょう」

「思うかな、普通!?」

「此処には多種多様な職業の者が集まっていますからね。冒険を共にする仲間はもちろん性処理の出来る仲間も見つかる――それがガルーダの酒場です」

「ごちゃ混ぜすぎるだろ!!」

「……どうしたボクちゃん。ビビッちまったのか?」


 ニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んでくる。トトミィの姿は俺以外には見えない。エルザには俺が一人でぶつくさ喋っているように見えたのだろう。


「い、いやあの、俺が言った冒険はそういう冒険じゃないんです! 普通に一緒に旅したりモンスターを倒したりしたいんですよ!」

「ほう。つまり抜きは無しで良いんだな?」

「無しで良いです! いやその前に『抜き』とか言わないでください!!」

「ははは。分かった分かった。じゃあボクちゃんの準備が出来たら言ってくれ。それまでアタシは此処で酒を飲んでるから」




 エルザと話した後、俺は激しく脱力していた。いや俺、勇者だよね? この世界を救う英雄だよね? 思いっきり軽くあしらわれてない? 


 既にエルザと俺の上下関係は決まってしまった気がする。やるせない気分なのだが、女神トトミィは満面の笑顔だった。


「仲間一人ゲットですね! 次は盗賊でクズのシャランさんに話し掛けましょう!」

「盗賊でクズ……話し掛けたくねえな……」

「あそこのテーブルです!」


 トトミィの指の先には、くっきりとした顔立ちのショートカットの女性が座っていた。戸惑う俺の背中をトトミィがどんと押した。はぁ、やるしかねえのか。


 躊躇いながらシャランに近付いていく。だが俺は途中で気付いてしまう。遠目には美しいと思ったのだが、化粧の濃いシャランの顔はまるで作り物のようだった。すっぴんがどんなのか分からないくらい白塗りで厚化粧の女は、辺りをキョロキョロと窺ったと思いきや、ジッと壁の一点を見詰めたりしている。俺はトトミィに小声で話し掛けた。


「な、何か挙動不審じゃない?」

「そうですね。危ない薬でも常用しているのではないでしょうか」

「!? ヤダよ俺、そんな人と冒険するの!!」

「でもシャランさんの種族は文雄さんと同じ人間。うち解けやすいかも知れませんよ?」

「そうかな……」

「とにかく行って、二人目の仲間をゲットしてください!」

「わ、分かったよ」


 エルザには小馬鹿にされていたので、とりあえず今度は舐められないよう気合いを入れつつ、俺は元気よく声を掛けることにした。


「はじめまして!」

「……」

「えっと、シャランさん。いきなりですが俺の仲間になってくれませんか?」

「……」

「モンスター退治に仲間が必要なんです!」

「……」

「あ、あの……聞いてます?」

「……」


 いくら話し掛けても、シャランは無言でじっと壁の一点を凝視していた。俺は後ろにいるトトミィに助けを求める。


「なぁ。この人、何で喋らないんだろ?」

「うーん。言葉が分からないのでは?」

「何でだよ! さっきエルザさんには通じてたろ!」

「とりあえずそのまま交渉してみてはどうでしょうか」


 トトミィに言われ、俺は一方的に話し続けた。俺の名前を告げようが何をしようが置物のように反応の無かったシャランだったが、


「……それでさ。もし俺の仲間になってくれるならこのお金を、」


 トトミィに貰った小袋から雇い賃を出したその瞬間、シャランは突然俺の腕を強く握ってきた!


「ヒッ!?」


 そして俺の手から奪うようにして金を毟り取る!


「キシシシシシシ!! 金だァァァァァァァ!!」


 血走った目で哄笑するシャランに俺はドン引きしていた。


「いやダメだろ、あの人!! 初めて喋った言葉が『キシシシ金だァ』とか、そんな仲間絶対イヤだよ!!」

「金にしか反応しないとは、なかなかのクズっぷりですね! 良いんじゃないでしょうか!」


 一体何が良いのか。この女神は冒険より、小説のことしか考えていない。しかも何だか誤解しているようで、奇抜な展開こそが読者に受けると思っている。ダメだ、もう! 溜め息しか出ない!


「じゃ、じゃあシャランさん。また後で声掛けますから」

「キシシシ……! 金だァァァァァ……!」

「!? それしか言うことねえのかよ!!」

「文雄さん。あまり一人に時間を掛けすぎると小説のテンポが悪くなります。サクサクいきましょう。次は踊り子で獣人のキャトスさんです」

「今度は獣人か。いきなり噛み付いてきたりしないよな……」


 カウンターの椅子に腰掛けていた赤毛のキャトスは、頭部に猫耳、お尻には尻尾が付いていて口元からは少し尖った歯が見える。だが、それ以外は普通の人間の格好である。うーん。何だかコスプレイヤーみたいだ。で、でもこれって本当の獣人なんだよな。


 ビッチとクズ。これまでの経緯から俺はキャトスのこともかなり訝しがっていた。なので距離を取りつつ、慎重に声を掛ける。


「あ、あの、もし良かったらこれで俺の仲間になってくれない?」


 キャトスは俺の顔と雇い賃を交互に見た後、愛嬌のある顔でにっこり笑った。


「良いニャ!」

「そ、そっか! じゃあよろしく!」

「うん! これからよろしくニャ!」


 そしてキャトスはいきなり抱きついてきた! 俺の胸元に顔を擦りつける!


「ちょ、ちょっと待って待って!!」

「ん? どしたのニャ?」


 俺は照れながらキャトスを引き離し、再び距離を置く。あ、焦ったあ! いきなり抱きついてくるんだもん! 獣人はこういう挨拶が普通なのか?


 ハグというよりは子猫が飼い主にじゃれつくような感じだった。それでも抱きつかれた時、胸の膨らみをしっかり感じたことを思い出し、俺は照れ隠しに頬をポリポリと掻いた。


 ポリポリポリ。それにしても、キャトスはあの二人より全然良い感じだな。ポリポリポリ。ん……あれ、本当に頬がかゆいぞ? い、いや顔だけじゃない! 手足もかゆい!


「体中かゆくなってきた!?」


 突然、蕁麻疹でも発症したのかと思った。だがトトミィは俺から少し離れながら納得したような顔付きで言う。


「ダニがうつったみたいですね。ホラ。キャトスさんの特質は病気持ちですから」

「!! あの子、体にダニがいるの!?」

「なかなかダニ持ちの獣人を描いた小説はないですよ! 私、興奮してきました!」

「俺はただただ、体中がかゆいよ!!」


 体中を掻きまくる俺に気付いたキャトスは、申し訳なさそうな顔を向けてきた。


「ご、ごめんニャ。もしかしてダニがうつっちゃったかニャ?」

「あ、ああ。別に良いよ。……いやホントは全然良くないけど」


 悪気はなかったのだから仕方がない。ダニが取れるか分からないが、俺は学生服の上着を脱いでバタバタと振ってみた。そうこうしているとトトミィが真剣な顔で俺を眺めていることに気付く。


「文雄さん」

「何だよ!」

「今、コメントを見たら『「~ニャ」とかテンプレすぎ』『いかにもな獣人』『聞くと虫酸が走る』などと揶揄されていました。すぐに止めるように言ってください」

「えええええええ……!」


 学生服を着た後、俺は神妙な顔でキャトスに告げる。


「言いにくいんだけど、その『~ニャ』っての取ってくれる? そして今後二度と言わないように」

「ひ、酷いニャ! その語尾は猫型獣人の特徴! それを取ったらウチにはダニしか残らないニャ!」

「あ、文雄さん。また言ってます。厳しく言って躾けてください。出来ないなら仲間には出来ないしお金も返して貰う、と」


 俺はトトミィに背後から囁かれるままにクドクドとキャトスに注意した。やがてキャトスは愛嬌のある顔を歪ませて俺にそっぽを向いて「フン」と短く吐き捨てた。


「いや、かなり気まずくなったけど!!」

「これも読者の評価を高める為です。とにかく、仲間はこれで揃いましたね」

「ん……待てよ。まだミミさんがいるだろ?」

「ミミ? ああ……文雄さんが選んだつまらない女ですか」

「おい! そういう風に言うなよ!」


 気持ちを切り替えて俺はミミに近付いていく。職業が僧侶のミミは神官服をまとい、テーブルの椅子にちょこんと座って両手でコップを持っていた。ミミは俺に気付くと、ぺこりと頭を下げた。


「あのさ。俺の仲間になってくれない?」

「え……。わ、私なんかで良いんですか?」


 あどけない声の初々しい反応が返ってくる。ミミは頬を少し赤く染め、目を輝かせた。


「よ、よろしくお願いします! 雇い賃に見合った働きが出来るか分かりませんが私、精一杯頑張ります!」

「ああ! よろしくな!」

「はいっ!」


 ふと目頭が熱くなった。性交渉と勘違いされず、キシシシと笑わず、体にダニもいない。何て素晴らしい仲間なんだろう!


「ど、どうしたんですか?」

「いや……何だか感動しちまって。グスッ」


 ミミは涙ぐむ俺に優しく微笑んでいる。ようし! ようやくまともな仲間が見つかったぞ! ちょっとやる気出てきた!


 しかし、トトミィはつまらないものを見るような目で俺達を眺めていた。


「文雄さん。今のくだり、全ッ然面白くなかったですよ」

「うるさいな! いいんだよ、面白くなんかなくても!」

「それでは文雄さん。早速このメンバーを連れて武器屋で装備を整えましょう」

「おう!」


 何はともあれ、これで仲間と一緒に冒険に出発出来る。俺のテンションは少しずつ上がっていた。ミミを連れて、待たせていたエルザとキャトスに合流する。だが……


「あれ? シャランさんは?」


 盗賊のシャランは先程までいたテーブルにいなかった。


「トトミィ。シャランさん見た?」

「いえ。トイレじゃないでしょうか」

「ああ、そうか」


 ……それから三十分待っても一時間待ってもシャランは帰って来なかった。俺は仲間に囲まれながらテーブルを拳で思い切り叩く。


「いや速攻で金パクられたんだけどォ!!」


 するとダークエルフでビッチのエルザが呆れた顔を見せた。


「シャランに引っかかったのかよ。アイツは変装の達人で逃げ足は超一流だ。二度と見つかんねえぞ。だっせえな、ボクちゃん」


 獣人でダニ持ちのキャトスも首の辺りを掻きながら言う。


「そうだよ。アイツはこの町で有名な盗賊。知らなかったの?」

「盗賊ってのは知ってたよ!! けど盗賊って敵からアイテム盗んでくれるとかそういうのだと思ってたんだよ!!  畜生!! アイツ、マジでクズじゃねーか!!」


 ムカついて大声で怒鳴り立てた後、トトミィを睨む。そうだ! お前が選んだ仲間のせいで俺はこんな目に遭ったのだ! 少しは反省してるのかと思いきや、トトミィはアゴに指をあてながら言う。


「これはこれでアリですね」

「!? ナシだろ!!」

「ものは考えようですよ、文雄さん。仲間一人と雇い賃は失いましたが、意外な展開で小説としての面白さはドンドン上がっている筈です」

「いやドンドン酷くなってんじゃねえ!?」

「代わりの仲間を入れたいところですが、これから装備を買うお金を考えるともう余裕がありません。気持ちを切り替え、ここはこのメンバーのままいきましょう」






 トトミィに諭され、俺はエルザとキャトスとミミを連れてガルーダの酒場を出た。キャトスが尻尾を揺らしながら俺の方に近付いて来る。


「それで何処に行くの?」

「えーと武器屋かな。場所、分かるか?」

「だったらこの近くにあるよ! ウチが案内するね!」

「そうか。よろしく」

「さっきはダニうつしちゃってごめんね! せっかく冒険するんだから仲良くしようね!」

「ああ、そうだな」


 俺はキャトスに微笑む。キャトスは俺が言った通り、語尾に『ニャ』を付けるのをやめてくれた。ダニを体に飼っていることを除けば、ミミの次にまともかも知れない。


 だが、皆には姿の見えないトトミィが俺の耳元で不意に囁く。

 

「文雄さん。『誰が話してるか分かりにくい』『やっぱりネコ耳獣人の語尾にはニャがあった方が良い』というコメントが散見されました」

「……マジか」


 俺はキャトスに真剣な目を向け、肩に両手を当てた。


「やっぱり語尾に『ニャ』を付けてくれ」

「!! アンタ、噛み付かれたいの!?」


 こうしてキャトスと俺の仲はまたしても微妙になってしまったのだった。

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