この異世界ものは面白いですか?

土日 月

第1話 書物の女神

 ふと気が付けば辺り一面真っ白な世界で、俺の目の前には純白のドレスを着たスタイルの良い女性が佇んでいた。腰まである艶やかな黒髪。目も眩むような美貌の女性は口を開く。


「私は女神トトミィと申します。此処は召喚の間。鈴木文雄さん、私はアナタを異世界クリライエを救う勇者として召喚したのです」


 情報量が多すぎて頭がパンクしそうになった。


「な、な……ど、どうして俺がそんなことに、」

「しっ!」


 自称女神のトトミィは美しく整った顔を俺に近付けて、唇の前に人差し指を立てた。


「えっ、何!?」

「文雄さん。ここから先の言葉や行動は慎重に。そうだわ。何はともあれ、まずは異世界クリライエに行きましょう」

「いきなりそんな! そもそも俺どうやって此処に来たんだよ?」


 覚えている最後の記憶は、いつものように学生服を着て慌てて家を飛び出した瞬間だ。そこから後の記憶がない。ま、まさか俺、高校に向かう途中で交通事故に……?


「もしかして俺、死んじゃったの!?」

「今はそれはどうでも良いじゃありませんか。先に異世界に行ってからにしましょうよ」

「全然良かないよ!! 生きてるか死んでるかはメチャクチャ大事でしょ!! その他にも聞きたいこと、いっぱいあるし!!」

「いや、それはまた後で、」

「ダメだよ!! まずは俺の生死!! それからどうして勇者に選ばれたのだとか、ホントにアンタが女神なのかとか……とにかくもっとちゃんと説明してくれよ!!」


 トトミィはすぐに異世界に行きたがっているようだったが、しつこく食い下がる俺にやがて折れ、しっかりと説明し始めた。


 ……俺は死んではおらず、通学中にこの召喚の間に勇者として転移されたこと。

 ……その異世界とやらを救えば、ちゃんと日本に帰れるということ。

 ……更に自分が本当の女神であるという証拠に、背中に白い翼を顕現させて見せた。


 とにかく、転生ではなく転移だという説明を受けて、俺はひとまず安心した。大まかに現状を受け入れて安堵すると同時にテンションが上がってくる。小説サイトやコミック、アニメで話題の異世界! そこで俺は勇者として活躍出来るのだ! これってよく考えるとメチャクチャすごいことなんじゃないか!


「分かった! もう少し聞きたいことはあるけど、とにかくその異世界に行ってみよう!」

「はぁーあ……」


 興奮している俺とは逆に、女神トトミィは浮かない顔で溜め息を吐いていた。


「ど、どうしたんだよ?」

「……ステータスと言ってみてください」

「あっ! 能力値! 見たい見たい!」


 やり方は聞かずとも知っていた。俺だって異世界もののアニメやネット小説は人並みに見ているからだ。俺は元気よく「ステータス!」と叫んでみる。すると眼前の空間に俺の能力が数値化したものが映し出された。


 ――そうそうコレコレ……って、えええええええっ!?



 鈴木文雄すずき ふみお

 Lv1

 HP1.86 MP1.12

 攻撃力0.65 防御力1.05 素早さ1.33 魔力1.84



「!? 低っく!! 何で小数点付いてんの!? 攻撃力に至っては1にも満たないけど!! これ、攻撃したら相手回復するんじゃね!?」

「……回復するでしょうね」

「するでしょうね、じゃないよ!! 何で俺の攻撃力、治癒魔法みたいなことになってるの!? こんなステータスで本当に俺、勇者!? 勇者って高い能力値の者が選ばれるんじゃないのかよ!?」

「そんな一億人に一人のような逸材を探し当てるのは、神々だって大変なのです。なので昨今、召喚には文雄さんのような平均的で特に取り柄もなく面白みもない普通すぎる若者を招くようにしています」

「な、何かムカつくな……!! いやでも俺の能力値、普通よりも低くない!?」

「文雄さんの場合はとにかく印象が悪かったのです」

「意味分かんねえ!! 一体誰に対する印象だよ!?」

「読者です」


 トトミィはホコリでも振り払うような手つきで、空間に表示されている俺のステータスをひょいっと消した。そして、


「オープン・ザ・ノベル!」


 女神の凛々しい声が響き渡り、ステータスに変わって大画面で空間に現れたのは……




『小説投稿サイト カクヨミしよう』



 

 何と、見覚えのある小説投稿サイトのトップページだった!


「お、おい!! これって国内最大級の小説投稿サイトじゃん!!」


 俺が読んだことのあるネット小説の大半は、このサイトに投稿されたものである。漫画化、アニメ化した投稿作品も多くあり、様々なジャンルの小説が投稿されているのだが、圧倒的に異世界ものが多く、それ故ここで書かれている小説は「しよう系」などと言われ、揶揄されることもある。

 

 暇な時に見る小説投稿サイトのトップページが、この召喚の間で目の前に大きく広がっているのは何というかシュールな光景だった。


「それでは文雄さん。次の文章を読んでください」


 トトミィがぱちんと指を鳴らす。トップページが消えて、今度は空間にビッシリ一面、文字が現れた。



『鈴木文雄は異世界クリライエを救う為に女神トトミィに勇者として召喚された日本の高校生である。平均的な身長、平均的な顔立ちのこの若者は召喚されるや否や、様々な質問を女神に繰り返し聞き始めた。まずは自分が転生したのか転移させられたのかどちらなのかということ。更には女神のことさえ本物かどうか疑ってかかり……』



 とりあえずそこまで読んで仰天し、トトミィを振り返る。


「待てよ!! これって俺の話かよ!?」


 美しい女神は少し険しい顔で俺を見詰めていたが、やがて表情を緩めて笑顔を繕った。


「はい。これはアナタの物語。そして私は『書物の女神』なのです」

「書物の女神!?」

「『勇者の冒険を瞬時に文章化し、それを小説投稿サイトに転送。読者からの評価をアナタのステータスに反映させる』――これが書物の女神である私の能力です。つまり読者の高評価が多ければアナタの能力値は上がり、低評価だと下がるということです」

「じゃ、じゃあ俺の初期ステータスが低かったのは……」

「そうです。これを見てください。……オープン・ザ・コメント!」


 トトミィが片手を伸ばして叫ぶと、今まで空間を埋め尽くしていた文字が全て消え、代わって短い文の羅列が表示された。




『導入部分が長ぇえ』

『つまんない』

『テンプレテンプレ』

『はよ異世界いけや』

『おもんな』




「!! 辛辣なコメントが表示された!?」

「……これは文雄さん。アナタのせいなのです」

「お、俺の?」

「読者は早く主人公が異世界で活躍する物語が読みたいのです。にも拘わらずアナタときたら何もない召喚の間で、此処に来た経緯を私に事細かく聞いてくる始末です」

「いやだって、そりゃあそうでしょ! いきなりこんなことがあったら普通……」

「気持ちは分かりますが、そういった質問なら異世界に行ってからでも全然間に合った筈です。いやむしろ質問という形式をとらず、異世界で出会う人達との会話の中で、読者にアナタの疑問を知らせていくのが良い小説技法なのです」

「しょ、小説技法!?」

「たとえば私から異世界の現状を聞くより、現地に行って苦しんでいる人達に会って、直接話を聞く方が自然で臨場感も増すでしょう? とにかく物語の導入部分である序盤はあまりつべこべ語らず、サラッと流す方が良いのです」


 トトミィは何だか小説の技法について語り出した。何故だ。俺は異世界を救う為に召喚されたのではなかったのか。だがトトミィの文章化能力が真実なら、俺のステータスは俺の物語を読んだ読者の評価で決まる。つまり世界を救う為に、トトミィの小説技法を聞いておくのは大切なことかも知れなかった。


「登場人物の容姿や性格、置かれている状況、主人公の目的――作者が読者に知らせたいことは山ほどあります。でも、そんなものをいきなり序章に全て詰め込んでしまえば、それだけでもう一章が終わってしまいます」

「はい……何だかすいません……」

「とにかく最初は『読者の興味を引くこと』。それだけを考えるのです。ジャンルは違いますが、サスペンスや推理ものでも序盤でいきなり殺人が起こったりするでしょう? ああやってまずは読者の興味を引きつけるのですよ。詳しい説明や人物紹介などは後回しでも良いのです」

「は、はぁ。なるほど」


 得意げに語るトトミィに気になったことを聞いてみる。


「あの……ちなみに俺の小説のタイトルってどうなってるの?」

「それは安心してください。私が一生懸命考えましたから」


 トトミィは、にこりと優しく微笑む。


「それでは表示してみますね……オープン・ザ・タイトル!」


 そして映画のスクリーンのように目の前に大きく表示されたタイトルを見て、俺は腰を抜かすほど驚いた。

 




『鈴木文雄の異世界ミラクル大冒険 ~おもしろいよ!見てね!~』





「!! タイトル、ヤバない!?」

「えっ……だって見た瞬間、どういう物語か分かるようにした方が良いでしょう? だから『主人公の名前』と『異世界』というキーワードを入れて分かりやすく……」

「だからってこんな酷いタイトル見たことないよ!! あとサブタイが語りかけてくる!! 『おもしろいよ』とか自分で言っちゃダメでしょ、絶対!!」

「お、おかしいですね」


 トトミィは胸元に手を入れ、どうやって収まっていたのかそこから一冊の本を取り出した。その表紙を見て俺は愕然とする。そこには『誰でも書ける優しいライトノベル』と書かれていた。


 !? 待て待て待て待て!! 書物の女神なのにどうしてライトノベルの入門書読んでるの!? さっき言ったうんちくも全部その本の受け売りなんじゃ!?


 俺の初期ステータスが低かった一因はこの女神の文章力のせいもあるのではないだろうか。トトミィに対する疑念がふつふつと沸き上がる。そんな気配を感じ取ったのか、トトミィはこほんと咳払いした。


「い、言われてみればあまり良いタイトルではない気がしてきました。とりあえずサブタイトルは削除します。そしてタイトルの最後に(仮)を付けて……はっ!?」


 突如、トトミィが顔色を変える。同時に俺も気付いてしまう。『カタカタカタカタ』とパソコンのキーボードを打つような音が召喚の間に木霊していることに。トトミィの視線の先――開きっぱなしだったコメント画面に文章が次々と記されていた。

 



『いつまで同じ場所にいるんだよ』

『くだらねえ話をグダグダと』

『主人公さっきから何やってんだ』

『まったく話、進んでねーじゃん』




「いけないっ! 召喚の間でダラダラしすぎました!」

「な、なぁ。これってつまり俺達の会話全部、読者に読まれてるってこと?」

「いいえ! 読者は私の冒険文章化能力や、会話の具体的な内容までは知りません! そういうメタ的な発言は純度の高い異世界小説とは言えないので自動的にカットしているのです! なので私達がそうした会話をしている時、読者には『鈴木文雄がブツブツと何かくだらないことを呟いたり、召喚の間をゴロゴロ転がっていた』というように、うまいこと文章化されて伝わっています!」

「!! 俺、ブツブツ独り言を言いながら、猫みたいに転がってるの!?」


 そんなことを話している最中もどんどんとコメントが書き込まれている。




『はよ行けや』

『テンポ悪すぎ』

『もう切るわ』




 おしとやかに見えたトトミィは、コメントを見て「ヒィ!」と甲高い声で叫んだ。

 

「き、切られるうううううっ!! 早く!! 今すぐ異世界に行きましょう!!」

「切られる、って?」

「読者が読むのを止めるって意味ですよ! もう! そんなことも知らないんですか! 一体何を考えて生きてるの!」

「!? 俺、酷い言われよう!!」

「とにかく急いで!! 序盤で読者に切られることは、剣で切られるよりもっとずっと痛いんです!! じゃあ異世界への門、出しますね! はい、ドーン! ホラ出た! 通って、早く!」

「呪文とか無いんだ!? 今の小説技法、酷くない!?」


 それでもトトミィは開かれた門に向かって、俺の手をぐいと引いた。扉の向こうでは、ぐにゃりと空間が歪んでいる。波打つような異空間に躊躇無く突入しながら、トトミィが弾むような声を出す。


「さぁ頑張って異世界クリライエを救いましょう!! 読者の評価を常に念頭に置き、動向を充分に気にしながら!!」

「ええええええええええ……!!」


 こうして書物の女神トトミィと俺の、不安しかない異世界冒険が始まったのだった。

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