其ノ三 ばぁちゃんの宝物

 夏休みを前にしても、七月は雨ばっかりだった。止んだ思っても重そうな雲がもっさり空を隠して、お日様なんて忘れてまいそうだった。


 その土曜日を、ぼくは留守番をしながらゴロゴロと寝転がって過ごしていた。


 雨の日って、なんであないに眠うなるんやろうな?


 ばぁちゃんからの荷物は、そんなぼくの目を、ぱっちりと開いた。


 本物だった。一年前の、元気やった頃のばぁちゃんから届いた荷物だ。


『タイムカプセル郵便』というらしい。指定した未来へ送ってくれる。


 郵便局は、なかなか粋な事をしてくれるもんやな!


 一年間、郵便局の倉庫で保管されていただけだ。ばぁちゃんが一年後のぼくに届くように、そう申し込んだだけだ。


 ぼくかて、そんくらいはわかっとる。


 せやけど、ぼくにはまるでその荷物が、時間とか季節とか色んなもんを超えて、元気なばぁちゃんから直接ぼくの元へ届いたように思えたんや。



 ばぁちゃんからの荷物に、手紙は入っていなかった。代わりに入っていたのは、一本の使い込んだカセットテープ。


 ばぁちゃんの家にあったや!


 ばぁちゃんが『ラジカセ』って呼んでいたやつや!


 茶の間で縫い物する時や、台所で洗い物をする時、ばぁちゃんはよく『ラジカセ』を聞いていた。録音した音楽や落語が聞けて、ラジオにもなる大きな機械だ。


 ぼくは『カシャコン』というカセットテープを差し込む感触が好きで、何度もやって遊んでいたら、ばぁちゃんに『壊れてまうやろ!』と、叱られた事がある。


 テープのピラピラした部分が不思議で『なんでこんなんで音聞こえるんやろう?』と引っ張ったら、ピラーっと長く出てきてしまった。


 なんとか元に戻そうと頑張ったけど、ピラピラはくしゃくしゃになってしまった。そーっと振り向いたら、ばぁちゃんに『なんや、たぁ坊、したんかいな』と言われた。


『てんご』はイタズラのことだ。


 ぼくはまた叱られるかと思った。でもばぁちゃんは、そのテープを丁寧ていねいに伸ばしてから、巻き直してデッキに入れた。


 それから二人で美空ひばりの、ふにゃぁーへにゃーて、伸びて聞こえる歌を聞きながらゲラゲラ笑った。


 いや、ばぁちゃんは『ヒョッヒョッヒョ』て、笑うとったな。


 ラジカセは、確か録音も出来たはずだ。ばぁちゃんは、コレに声の手紙を録音してくれたのかも知れない。


 ぼくはラジカセを持っていないので、先に荷物の中身を確認する事にした。


 ダンボール箱の中のプチプチをのけけると、新聞紙や色紙に包まれた、ばぁちゃんの宝物がいくつも入っていた。


 手回しのオルゴールや、瓶に入った小さな貝殻、カブト虫の形のブローチ、きれいなしま模様の石ころ、フタの付いた懐中時計、外国の騎士が持つようなさや付きの飾りナイフ。虹色の小さなカタツムリの殻。


 どれもこれも、ぼくが欲しがったものばっかりや。


 ぼくはやっと、人がこの世からいなくなるという事が、どういう事なのかわかった気がした。


 ばぁちゃんは宝物、もういらんのや。持って行かれへんから、みぃんなぼくにくれたんや。


 ばぁちゃんはもう、どこにもおらへんのや。



 ぼくはグズグズと泣きながら、手回しのオルゴールを鳴らした。泡が弾けるような音が、湿気の多い部屋の空気を長く震わせた。


 ふと見ると、ダンボールの一番底の方に見覚えのある油紙がある。


 ドキンと心臓が鳴って、ひゃっくりが出て、途端に涙が引っ込んだ。


 ぼくはそうっとダンボールの中から、古い油紙に包まれた、二つの包みを取り出した。


 あの夜の、ばぁちゃんの家の茶の間の光景が、目の前を何回も通り過ぎる。油紙の臭いと、蚊取り線香の匂いが頭の中に漂った。



 風に揺れた縁側の風鈴が、チリーンと一回、鳴った気がした。

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