其ノ二 狐面

 納戸から戻って来たばぁちゃんは、またよっこらせと言いながら、二つの包みをコトンとちゃぶ台の上に置いた。茶色の紙(あぶら紙ていうんやて)に包んであって、ばぁちゃんがガサガサと開くと、古い油とほこりの臭いがした。


 包みの中身はキツネのお面と、まあるい小さな提灯ちょうちん玩具おもちゃじゃなくて、二つとも昔話に出てくるみたいな本物だ。白い顔に赤いひげ。目も口も赤くて、額の模様を触ったら、化かされてしまいそう。


 提灯ちょうちんは小さい、釣竿みたいなぼうと、ロウソクを立てるギザギザが付いていた。


「ばぁちゃん、おめん、ひとつしかあらへんの? そしたら、ぼくは入れてもらえへんのちゃうん?」


 ぼくはさっきまでは、そんなこわいところに行くのはいやだと思っていたのに『行けへんかも知れん』と思ったら、なんだかモヤモヤした気持ちになった。


 置いてきぼりはいやや。


「ばぁちゃんひとりで行くなんてズルいやん!」


 そう言ってぶうっとふくれて見せた。


 ぼくに甘いばぁちゃんは、きっとなんとかしてくれはる。そう思いながら、チロリと見上げると、ばぁちゃんはまた『ヒョッヒョッヒョ』と笑った。


「そうやなぁ。ほんなら、次にたぁ坊が来るまでに用意しぃひんとな」


「やくそくやで!」


 ぼくはねんのため、ゆびきりげんまんしてもらった。


 これで安心や!



 その晩、二人で夜遅くまで頑張ったけれど、そのあとも三つ目の狐火は、とうとう灯らなかった。ぼくはひとりで寝られなくなっていたので、ばぁちゃんと一緒の布団に潜り込んで、シワシワの手を握って寝た。


 ばぁちゃんの布団は庭のクチナシの花と、ニベアの匂いがした。




 ▽△▽



 その年の冬、ばぁちゃんは身体を悪くして入院した。


 何度かお見舞いに連れて行かれたけれど、だんだん小さくなっていくばぁちゃんを見るのが、なんだか怖くて嫌だった。


 点滴の管を付けた腕が、カサカサで嫌だった。ぼくはニベアを探したけれど、病院の売店では売っていなかった。


 帰りの車で必ず泣くぼくを心配したお母ちゃんは、だんだんぼくを、ばぁちゃんのお見舞いに連れて行かなくなった。



 そうして、ばぁちゃんは桜の花を待たずに逝った。




 ばぁちゃんの葬式は、よくわからないうちに終わった。ぼくはばぁちゃんが、いなくなってしまった意味が、少しもわからなかった。


 ばぁちゃんは電車に二時間乗って会いに行けば、今もあのクチナシの咲いた庭で、待っていてくれる気がした。


『たぁ坊、よう来たなぁ。ジャガイモ蒸してあるさかい、早うお上がり。ああ手ぇ、洗うんやで!』


 そう言って、いつも通り『ヒョッヒョッヒョ』って、笑ってくれはる気がした。



 夏になって――。蚊取り線香の匂いを嗅いだり、遠くに風鈴の音を聞いたりすると、あの夜の事を思い出す。


 あのぼんやりと灯った狐火や、不思議で少しきみ悪い、赤い模様の狐面。丸くて可愛い橙色だいだいいろ提灯ちょうちん




 あの夜の事は、少し怖ぁて不思議な、夏の思い出になるはずやった。



 その年の夏――。



 ばぁちゃんから、ぼく宛の荷物が届くまでは。

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