第161話【番外編】湖畔にて

※書籍が発売されて一年が経たったので一周年(?)記念の番外編。。


※サポパス限定でもう一つ番外編を公開しています。ホワイトデーの時期でもあるので書籍電子版限定SSの「ミリアの手作りお菓子」の対になる「アルフォンスの手作りお菓子」を書きました。電子版読んでいなくても楽しめます。




 予定を合わせてとった休日、ミリアとアルフォンスは近くの湖畔こはんに遊びにきていた。


 ミリアが育ったフォーレンの近くには湖があったので、湖畔の風景には馴染みがある。弟のエルリックとずぶ濡れになって遊んだものだ。


 が、好きな人と来るというのはまた違うわけで。


 馬車から降りる時からミリアは緊張していた。


 デートだよね。デートだよ。初めての、王都の中じゃない遠出のデート。


 すでにカリアード領のコルドにも行ったのだから、遠出はとっくに済ませているはずなのだが、デートだけを目的とした遠出は今回が初めてだった。


「どうかしましたか?」


 さっきまで馬車の中で普通に話をしていたミリアが、馬車を降りた途端に黙り込んだのを見て、アルフォンスは顔を硬くした。


「寒いですか? なら私の上着を着て下さい。それとも馬車に酔ったのでしょうか? 少し休みますか? もしも散策をする気分でないのなら、このまま帰るのでも構いません」


 まくし立てるように言われて、ミリアは口元を緩めてアルフォンスを見上げた。


「いえ、何ともないです。ちょっと緊張しちゃって」

「緊張?」


 何をいまさら、というように、アルフォンスがわずかに首をかしげる。


「遠出のデートは初めてだなって思って」


 へへへっとミリアが照れくさそうに笑うと、ぱちっとまばたきをしたアルフォンスが口を覆って顔をそらせた。


「リアにそう言われると、私も緊張してきました。そうですね。デートなんですね」


 後半はみしめるようにつぶやく。


 こういう反応を見ると、アルフォンスの気持ちが伝わってきて嬉しくなる。


 自分もアルフォンスのことは言えない。


 ただ会って出かけるだけでこんなに浮かれてしまうなんて、恋とは不思議なものだ。


 これまでしてきた恋は、本当の恋ではなかったんだろうな、と思う。


 そしてこれが最後の恋だとも。


「アル、手を繋いでもいいですか?」

「もちろん」


 はにかんで言うと、アルフォンスは目を細めてミリアに手を差し出した。


 指を絡めるように繋ぐと、アルフォンスの顔がさらに嬉しそうに緩む。貴族らしくないこの繋ぎ方を、アルフォンスも気に入っているのだ。


 平民街でしかしないこれは慣れなくてドキドキするけれど、アルフォンスが喜んでくれるのは嬉しい。


 二人でおしゃべりをしながら、湖畔に沿った道をゆっくりと歩く。


「静かですね」

「他には誰もいませんから」

「そうでした」


 ここは王都から一番近い湖だから人気があるかと思いきや、王領のために通常は立ち入りが禁止されているのだ。


「どうやって許可を取ったんですか?」

「リアと行きたいとエドに許可を求めたら、快く許してくれました」


 エドワードを名前で呼んだということは、友人として私的に頼んだのだろう。


「ジェフは嫌そうでしたが」

「ああ……」


 ふっと鼻で笑うアルフォンスに、ミリアは苦笑を返した。


 すっかりミリアへの未練をなくしたエドワードとは違い、ジョセフがまだミリアのことを引きずっているのを、ミリア自身も感じている。


 近々婚約をすると聞いているが、どうなることやら。


 アルフォンスはミリアの手をぎゅっと強く握った。


「ジェフに渡す気はありません」

「私だって、クリスに渡す気はありませんよ?」


 意地悪く言うと、アルフォンスは気まずそうな顔をした。


「もう二度とないとは思いますが、万が一、次また求婚があったとしたら、リアは私と逃げて下さいますか?」

「帝国の皇女から?」

「帝国の皇女から」

「いいですね。クリスとかくれんぼなんて、子どもの頃以来です」


 ミリアはくすくすと笑った。


 アルフォンスが立ち止まり、ミリアの両肩をつかんで自分の方を向かせる。


「私は本気です」

「本気で平民の生活ができると思っているんですか?」


 さすがに生粋きっすいのお貴族様には無理だろう。


 だからミリアがアルフォンスに寄り添うことにしたのだ。


「リアといられるなら平気です」


 心外だ、というように、アルフォンスが言う。

 

「私は――」


 ミリアが歩みを再開した。


「逃げるよりも、一緒に戦って欲しいです」


 はっとアルフォンスが目を見張る。


「それは……そうですね。その通りです」

「外堀を埋めるのはカリアード家のお家芸でしょう?」

「手段を選ばないのはスタイン家のお家芸ですか?」


 苦い顔をされた。


 ミリアが婚約破棄を宣言したことを思い出したのだろう。


「商人は欲望に忠実ですから」

「今の欲望は?」

「アルと一緒にいることと――」

「いることと?」


 嬉しさ半分、不安半分といった様子でアルフォンスが聞き返す。


「お腹が空きました」


 思いがけない言葉に、アルフォンスは目をまたたかせた。


「……では、ランチにしましょうか」

「ぜひ」


 バスケットを持って後ろを静かについてきた使用人に合図すると、すぐさまランチの用意がととのった。


 これがアルフォンスにとっての普通なのだから、やっぱり貴族から抜け出すのは難しいだろう。


 私がカリアード家に相応ふさわしい令嬢にならなくちゃ、とミリアは決意を新たにした。

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【Web版】乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい 藤浪保 @fujinami-tamotsu

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