第141話 させたとは思ってないです side アルフォンス
「アル、いい加減にそのため息をやめろ」
シャルシン国への道中、馬車の中で何度もため息をついているアルフォンスを見かねて、エドワードが文句を言った。
「殿下のせいです。どうして私が同行しなければならないんですか? 父上が行っているのに」
「またそれか。何度も言うが、アルはわたしの側近だ。わたしが外交に行くのだから同行するのが当たり前だろう。逆に聞くが、来なくていい理由があるのか」
「仕事があります」
「わたしの補佐がお前の最優先の仕事だ」
エドワードが呆れたように言うと、アルフォンスは目をそらして黙った。アルフォンスが言いくるめられるのは珍しいのだが、正論すぎて何も反論できない。
「アルがそんなにふてくされてるのは珍しいよな。何かあったのか? どうせミリア絡みだろ」
ジョセフがにやにやとしながら言うと、アルフォンスは、はあ、とまた大きなため息をついた。
「ミリア嬢と言えば、ずいぶんと変わったな。
「茶会で? 二人でですか?」
「ローズもいた。そんな顔でにらむな」
アルフォンスが人を刺し殺せるのではないかというほどに鋭い視線を向けたので、エドワードは両手をわずかに上げて、椅子の背もたれにぴたりと体をつけた。
その隣に座っているジョセフは、王太子を
「俺はミリアと二人になる時もあるぞ」
きっ、とアルフォンスの視線がジョセフに移った。ジョセフは全く動じない。アルフォンスはミリアがローズとお茶会をしていることも、そこにジョセフが同席していることも知っている。
「ミリア頑張ってるよな。ぐんぐん成長してる。特定の場面に限れば、つい三年前まで平民だったとは思われないだろうな」
「いや、まったくだ。あれなら他の令嬢に引けを取らない」
「リアは一体何を考えているんでしょうか。どうして急に令嬢教育なんて」
「どうしてって……」
アルフォンスの苦しそうな声を聞いて、エドワードが眉を寄せた。
「昨日もリアは貴族街で――」
「ああ、噂になってたな。アルとミリアがデートしてたって」
デート、という言葉にアルフォンスがわずかに反応を見せたが、すぐに眉をしかめ直す。
「リアから貴族街に行きたいと言ったのです。あんなに楽しそうにドレスと宝飾品を作らせて、しかも私にねだって下さるなんて、おかしいです」
「令嬢としてはしごく普通のことだろう? まあ、ミリア嬢らしくはないと思うが。――それともこいつは
エドワードの言葉の後半は、ジョセフに向けたものだった。
「令嬢らしく振舞っているのは、リアの想い人のためなのでしょうか。その男に気に入られようと……」
アルフォンスは
「気に入られるかどうかというより、将来を見越してではないか? いずれ名家の夫人になろうというのだから、そういう振る舞いも必要になってくるだろう」
「夫人に!?」
エドワードが何気なく言った言葉に、アルフォンスは激しく反応した。動いている馬車の座席から立ち上がり、エドワードの顔の脇に、ドンっと両手をつける。
「相手はリアを選ばないのではなかったのですか!?」
「え、いや、選んだのはミリア嬢の方というか……」
「エドは相手を知っているのですね? どこの誰ですか?」
「知っているも何も――」
「いえ、今は聞くのはやめておきます。聞いても何もできませんから。戻ったら教えて下さい」
アルフォンスは席に戻り、口に手を当ててぶつぶつと呟き始めた。
「やはりスタイン家よりも家格が上の子爵家か伯爵家でしょうか。リアにあそこまでさせるほど厳格な家ということは侯爵家もあり得ますね。最近婚約が破談になったり離縁が決まった人物はリアとは接点の薄い者ばかりですが、まだ発表されていないというだけの可能性も……。リアが夫人に向けての準備をしているということは、もう求婚をしたということなのでしょうか。よくも私の知らぬ間に……。家を潰せば……いえ、リアは家や身分など気にしませんね。だとするとやはり本人を……」
アルフォンスが
「何を言っているんだこいつは」
「ミリアには好きな男がいると思ってるんだ」
「アルのことだろう?」
「そのことにアルは気づいてない」
「そんな馬鹿な。ミリア嬢はアルに特別な愛称まで許しているんだぞ? 悔しいがミリア嬢はどう見ても……というか二人はどう見ても想い合っているだろう」
「ところがミリアもアルの気持ちに気づいてない」
エドワードは絶句した。
「……言ってやるべきではないか?」
「面白いから黙ってようぜ」
「お前もたいがい諦めの悪い奴だな」
「まだギリギリ婚約前だ」
「そう言えば、ミリア、カリアード領でのこと愚痴ってたぞ。使用人に嫌がらせされたって」
「おい」
にやにやしながら言うジョセフの脇腹を、エドワードが小突いた。
アルフォンスは顔を
その反応を面白がり、ジョセフがさらに爆弾を投げる。
「アルがやらせたのかも、とも言ってたようなー?」
もちろん嘘である。
「私が!? させるわけないでしょう!」
「事実はどうであれ、ミリアがどう感じたかの問題だろ?」
「そんな……」
アルフォンスの顔が真っ青になった。
「リアの誤解を今すぐ解かなくては。まさかそんな風に思われていただなんて。だから最近リアがよそよそしかったのですね。私がそんなことをするはずがないと分かって頂かないと。そして改めて不手際の謝罪を――」
「待て待て! 扉を開けるな。馬車は動いているのだぞ。おい、ジェフ、アルを止めろ!」
「離して下さい」
アルフォンスが馬車から飛び降りようとしたので、さすがのジョセフも焦った。
「落ち着け、アル! ここでアルが仕事を放り出して戻ったら、それこそミリアに嫌われるぞ」
「くっ……。そうかもしれません……。しかしそれではどうすればいいというのですか。何日もこのままにしておくわけには……!」
アルフォンスはジョセフにすがるように聞いた。
「とりあえず、次に寄った街で手紙を書けよ。誠心誠意言葉を尽くして、プレゼントも一緒に送ればいい」
「そうですね。それしかありませんね」
真剣にうなずくアルフォンス。
プレゼントは何がいいか、とアルフォンスはまたぶつぶつと独り言を始めた。菓子がいいか、それとも今なら宝飾品の方が喜んでもらえるだろうか、
「なぜこれほどダダ漏れなのにミリア嬢には伝わっていないのだ? あのアルフォンス・カリアードがここまで動転するくらいなんだぞ?」
「好きだって言ってなかったりして」
「まさか。この様子だと会うたびに言っていてもおかしくない」
「さすがにそれはないか。求婚したときには言ってるだろうし。ミリアが信じてないとか?」
「これでか?」
「現にミリアは気づいてないからな。ミリアにはこんな醜態さらさないんだろ。好きな女の前ではかっこつけるだろうし」
「
「同情なんてすることない。俺たちはアルに出し抜かれたんだからな。少しは苦しめばいい」
「諦めきれないお前にも同情する」
「どうも」
と、アルフォンスがはっと顔を上げる。
「殿下さえいなければ戻れるのでは?」
「お前、目が本気だぞ!? わたしを害すればそれこそミリア嬢と会うどころじゃなくなるからな!?」
「そうでした。それは困ります」
「……お前、自国の王太子と婚約者のどちらが大事なんだ」
「リアに決まっていますが?」
即答したアルフォンスに、聞いたわたしが馬鹿だった、とエドワードは言った。
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