第134話 なんとかやってます

「――というわけで、休暇の間にたまった分の仕事は大体片付きました」

「それはよかったです」


 監査室の続き部屋の応接室でミリアの報告を聞いたアルフォンスは、口ではよかったと言いながらも、その表情は明るくはなかった。


「ルーズベルト・フラインは使えますか」

「はい。とても優秀です」


 初日に根性があるというミリアの見立ては正しく、ルーズベルトはよくやってくれている。でなければ、ミリアが三日も休むことなどできなかった。


 アルフォンスは視線を手元に落とした。


「ルーズベルト・フラインはフライン子爵家の第一子で、いずれ子爵の爵位を継ぐことになります」

「はい。知っていますが?」


 突然何を言い出すのだろうか。


 ルーズベルトと初めて会ったときにはフライン領の事しか知らなかったが、さすがにもう調べている。一通りの公開情報は知っているつもりだ。


「ルーズベルト・フラインのことをどう思いますか?」

「身分やこれまでの実績を鼻にかけることなく、謙虚に学ぼうという姿勢がとてもいいと思います」


 それは初めの数日でミリアの仕事ぶりに打ちのめされたからなのだが、その事実をミリアが知るよしもない。


「彼を引き抜いてきて下さってありがとうございます」

「……よりも、ルーズベルト・フラインの方がいいですか?」


 アルフォンスは言ってから、眉を寄せた。


「え? すみません、聞こえませんでした。何よりも、ですか?」

「いえ……何でもありません」


 ミリアが聞き返したが、アルフォンスは手で口を覆い、視線をそらせてしまった。


「あ、他に人を入れるよりもってことですか? そうですね、今増えても教えるので手一杯になりそうなので、もう少し二人だけの方がいいです」

「二人だけの方が……」


 目をそらしたままのアルフォンスが、さらにぐっと眉を寄せた。


「アルフォンス様?」

「すみません。少々過敏になっていて……」


 アルフォンスは両手で目を覆い、ふーっと息を吐く。


 次に目を開けた時には、いつも通りの顔をしていた。


「――財務部の方はどうですか?」

「進めてはいますが、かんばしくはないです」

「急ぐよりも確実に進めましょう」

「そのつもりです」


 ミリアは真剣な顔でうなずいた。


「では、仕事のことはこのくらいにして――」

「ごめんなさい、これから用事があるんです」


 アルフォンスが硬い表情を緩めたのを見て、ミリアは立ち上がった。


「用事? 仕事ですか?」

「仕事――なのかな? ギルに呼ばれているんです」

「ギルバート殿下に……」


 アルフォンスの顔が曇った。


「ギルバート殿下の呼び出しを無視するわけにはいきませんね」


 友人と言えども相手は第一王子だ。休憩時間の終わりにと言われたが、早めに到着して待っていなければ。


 ため息をついたアルフォンスが立ち上がる。そしてミリアの前に来て腕を広げた。


 ミリアは当然のようにその腕の中に収まる。


 アルフォンスが頭に顔をすり寄せてきた。ぎゅっといつもよりも幾分いくぶんか強く抱きしめられる。


 とくとくと、自分よりもわずかに速い鼓動が聞こえて来る。


 私はアルフォンス様のことが好き――。


 この場所を誰にも譲りたくない。


 ミリアも、アルフォンスの背中に回した腕に、ほんの少しだけ力を込めた。




 エドワードの所に戻るというアルフォンスと共に部屋を出て、ミリアはギルバートの私室兼執務室へと向かった。


 ギルバートはミリアのためにお茶とお菓子を用意してくれていた。たった今アルフォンスが用意してくれたお菓子を頂いたばかりだったが、それはそれ、これはこれである。


「ごめんね、急に呼び出して」

「ううん、いいよ。ギルこそ忙しくないの?」


 人払いされていたので、ミリアはいつもの調子で話していた。


「ちょうど仕事が一つ片付いた所で暇なんだ。ミリアは最近忙しそうだよね。無理してない?」

「無理なんてしてないよ。仕事はこれまで通り」

「そう? ならいいんだけど。きつかったら言ってね。カリアードに言うから」


 ギルバートからはよくこの言葉をもらうが、ミリアは一度も頼んだことはなかった。アルフォンスは理不尽なことは言わないからだ。


 ギルバートに言われて困った顔をするアルフォンスを思い浮かべて、ふふっとミリアは笑った。


「それで、私を呼んだのは仕事の話?」

「いや、そっちはカリアードから聞いてる。最近お茶もできていなかったから、どうしてるかなって思って。忙しそうだったから、僕のせいにして休憩とってもらいたかったんだ。でも逆に負担かけちゃうかな。戻る?」

「今は休憩時間だから大丈夫」

「ひと眠りする?」

「それも大丈夫。講義と違って全然眠くならないから」


 学園でのことを持ち出されて、ミリアはまた笑ってしまった。


「仕事じゃないなら、何でそんなに忙しくしてるの?」

「うーん、ちょっとね……」


 こうやって元通り友達として接してくれているギルバートだったが、求婚されたのはつい一か月前だ。アルフォンスに相応しくなりたくて勉強しているとは、ちょっと言いにくい。


 ううん、こういう態度は逆によくない。ちゃんと言わなくちゃ。


「アルフォンス様に少しでも相応ふさわしくなりたくて、勉強してるの」

「カリアードに?」


 意外にも、ギルバートは驚きはしたものの、落胆しているようは見えなかった。


 自意識過剰だったと気づいて恥ずかしくなる。自惚うぬぼれがすぎたようだ。


「あ、ギルってダンスは踊れるよね」

「ダンス? もちろん踊れるけど」

「時間があるときでいいんだけど、ステップを見て欲しいの」

「ああ、カリアード家で踊ったんだっけ」

「知ってるんだ……」


 ミリアはしょんぼりと眉を下げた。


 ギルバートが知らないはずはないのだった。ミリアのあの酷い出来のダンスの話は、あっという間に社交界を駆け巡ったのだから。


「女性が上手く踊れないのはリードする男側の責任なんだから、ミリアが気にすることないよ」

「そういうレベルの問題じゃないの」


 ミリアがソファから立ち上がって簡単に踊ってみせた。


「なるほど」


 ギルバートから苦笑する。これをアルフォンスのせいにするのは無理がある、と思ったのだろう。


 それくらいミリアのステップは酷かった。


「学園にいた頃、ジェフとは踊れるようになったんだけど、その時よりも下手になってると思う」


 記憶を取り戻す前のことだが、ダンスのテストで落第しそうだとエドワードのお茶会で三人にこぼしたミリアは、ジョセフにパートナーをしてもらえることになった。


「ユーフェンなら力とバランスで何とかしそうだね」

「そうなの。リズムを外しそうになるとぐいって体ごと動かされて、時々体が宙に浮くくらいだったよ」

「それは……ダンスと言えるのかな?」

「見た目はそれなりだったみたい」


 練習中はアルフォンスが眉間に指を当てながら「なんとかなるでしょう」と言い、テストでは講師がため息交じりに及第点をくれた。


「今少し見るよ。お茶の時間が終わるまではまだ時間があるから」

「本当? ありがとう」


 ギルバートの手拍子に合わせて、ミリアはステップを踏んだ。


 所々でアドバイスをもらう。


「すごい。先生よりわかりやすいよ」

「ミリアは感覚派だね。体が覚えるまで反復練習をするといい。それに速い曲の方が踊りやすいと思う」

「わかった。やってみる」

「よければ、僕があいてる時は付き合うよ。相手役がいた方がいいでしょ?」

「本当? ありがとう」


 ミリアが笑いかけると、このくらいはいいよね、とギルバートは呟いたのだが、ミリアには聞こえていなかった。




 ギルバートの部屋から戻ってからは、書類を片付けるのに没頭する。


「――様、ミリア様~」

「わっ、何?」


 突然視界にひらひらと振られる手が入ってきて、ミリアは驚いてのけった。


「軍部の方がお見えです」


 見れば、入口の所に騎士が二人来ていた。


 どうやら集中しすぎてルーズベルトの声が聞こえていなかったらしい。


 ミリアが机の上の秘密文書を裏返したのを見計らって、ルーズベルトが二人をミリアの前に案内した。


「何の御用でしょう? お約束はしていなかったと思いますが」

「監査の書類の書き方で不明な点がありまして、副室長どのにおうかがいをと参りました」

「それでしたら、あちらのフラインが対応します」


 ミリアはルーズベルトを手の平で示した。


「こちらへどうぞ」

「いえ、副室長どのにお伺いを立てろと言われておりまして」

「書類についてはフラインも精通しております」

「いえ、副室長どのにと」


 なんでそこでこだわるの。


 私は忙しいんだからベルンに聞いてよ。


「俺だって好きで男爵の娘風情ふぜいに……」


 もう一人の騎士がぼそっと言った。どこの誰だかは存じ上げないが、いい所のお坊ちゃんなのだろう。


 うわー……めんどくさっ。


 そうは思ったが、ミリアは折れることにした。ままある事だ。言い合いをしている時間こそがもったいない。

 

 室長アルフォンスを出せと言われることもある。ならエドワードの部屋に行けよで追い返しているが。


「要件をお聞きします」


 ミリアは書類を鍵のかかった引き出しに放り込んで机の上にスペースを作り、にこりと作り笑顔を浮かべた。




 面倒なやりとりもこなしつつ、ミリアは終業の時間と同時に仕事を切り上げた。


「はい、とっとと出る!」

「俺、終わってないんでもう少し残りたいです」

「私が帰りたいから駄目」


 渋るルーズベルトの背中を押して部屋の外へと追いやったミリアは、ポケットから取り出した鍵で扉に錠を下ろした。


「明日早く来ます……」

「よろしくね~」


 朝に弱いルーズベルトががっくりと肩を落として言ったが、朝に強いミリアにはその悲壮感は伝わらなかった。


 アルフォンスが迎えに来ていなかったので、ミリアは適当に馬車をつかまえて、一人で屋敷に戻った。


 その後は、ひたすらレッスンだ。ミリアの苦手な芸術分野の講義を受け、礼儀作法を習う。後は言葉遣いの矯正きょうせいだ。


 ミリアは懸命にそれらをこなしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る