第129話 嫌われているようです

 アルフォンスを見送った後、ミリアも出かけることにした。すでに外出するための準備はできていたので、ポシェットさえ持てばすぐに出発することができた。


 キースが自ら御者台に座る馬車に乗り、ミリアはカリアード伯爵邸を出た。


 カリアード邸の敷地の門から出ると、すぐ目の前の街へとまっすぐに道が伸びていた。カリアード領最大の街、コルドだ。


 馬車はコルドの中央通りを進んでいった。


 街の周囲に牧歌的な景色が広がっていても、さすがは領内で一番栄えている都市なだけはある。王都やフォーレンとは比べるべくもないが、それでも十分ににぎわっていた。


 荷馬車が行き交い、呼び込みの声が聞こえ、子どもたちが走り回っている。


 アルフォンスのきっちりとした性格から、何となく洗練されて四角四面な街並みを想像していたが、そんなことはなかった。


 こういう雰囲気は好きなはずなのに、窓から外を眺めていたミリアは居心地の悪さを感じていた。

 

 道路が混雑していても、ミリアの乗った馬車は最優先で通されていく。人々は頭こそ下げないものの、馬車の方を向いて目礼してくる。


 領主のカリアード伯爵家の馬車だからだ。たとえ紋章を見なくとも、これだけ立派な馬車ならば、貴族が乗っているのは一目瞭然りょうぜんだった。


 自分はうやまわれることを何一つしていない。ただカリアード家の馬車に乗っているだけなのに。


 この馬車から飛び降りてさえしまえば、ミリアは人ごみにまぎれてしまえる自信があった。


 街並みを見ながらそんなことを考えている間に、馬車はコルドを抜けた。


 てっきり街を案内されるのかと思っていたミリアは困惑した。アルフォンスの言っていたというのは、どこまでを指していたのだろうか。まさか隣りの街まで行くことはないと思うが。


 キースにたずねることもできたが、変な所には連れて行かれないだろう、とミリアはキースに任せることにした。


 何度目かの分かれ道に差し掛かった時、馬車が止まった。周りには何もない。ただ小麦畑や他の作物の畑が広がるばかりだ。


「ミリア様、お降り下さい」


 言われて差し出された手を素直に取り、ミリアは馬車から降りた。何か馬車にトラブルでも起こったのだろうか。


「この道を真っすぐ行くとあの村に着きます。私は所用がありますのでここで失礼いたします。帰りは村までお迎えに上がりますので」


 は?


 丁寧に言われた言葉の意味を考える前に、キースは御者台へと上がり、馬車を走らせて行った。


 ええと……?


「私、置いていかれたの?」


 去り行く馬車の背中を見ながら、ミリアはぽつりとつぶやいた。




 小麦畑の間をてくてくてくてく歩くことしばらく。ミリアはその村にたどり着いた。


 どうしたものかと村の中を歩いていく。村人には変な目で見られた。そりゃそうだ。ミリアはよそ者なのだから。


 歩きすぎてのどが乾いたので、目についた食堂に入ることにする。中に客はいなかった。昼にはまだ早い。自分でお金を持ってきていてよかった、と思った。


 とりあえず水を注文すると、おかみさんが話しかけてきた。


「父親にでもついて来たのかい?」

「そんな所です。この村で待ってろって言われて」

「そうかい。なんもない村だけどゆっくりしてきな」


 上等な服を着ているから、裕福な商人の娘とでも思ったのだろう。正解だ。だが、ミリアが貴族の端くれである事まではわからなかったようだ。それも納得がいく。ミリアには貴族らしさが皆無なのだから。


 一息ついたミリアは、村の中を見て回ることにした。 


 その辺の店に入ってみるが、生活用品しか売っていなかった。それでも品ぞろえに目を光らせ、値段を聞いたりして、頭の中でそろばんを弾く。ミリアはやっぱりミリアだった。


 とはいえ小さな村である。途中で昼食を挟んだものの、やがて一通り見終わってしまった。


「いつ迎えに来るんだろう」


 ミリアは表通りの脇道にある家のドア前の段差にハンカチを敷き、腰を下ろした。


 来ると言ったからには来るだろう。少なくともアルフォンスは来てくれるはずだ。だがそれがいつになるのかはわからない。


 見上げれば、建物と建物の間の細い隙間に太陽が見えた。まだ真上からわずかに傾いた所だ。


 はぁ、とため息をつく。


 ミリアの待遇と朝食に対するアルフォンスの反応と、今のこの状況。


 使用人たちはの行動はアルフォンスの意に沿っていない。だが、カリアード伯爵家の使用人がそんなポンコツなわけがない。


 間違いなく、ミリアはカリアード家の使用人たちに嫌われている。


「そりゃそうだよねぇ」


 ミリアの評判は最悪だ。


 王太子エドワード王太子の近衛騎士ジョセフ第一王子ギルバート、そして王太子の側近アルフォンスから求婚され、なんやかんやでアルフォンスと婚約した。


 体を使っただの弱みを握っただの、いまだに色々言われているのを、ミリアは知っている。


 納得はできないが、気持ちはよくわかる。政略的な婚約をするほどスタイン家に旨味うまみがあるようにも見えないから、裏に何かがあると思うのは当然だ。


 あのアルフォンス・カリアードが、普通人生で一枚しか切れない政略結婚というカードを、ミリア一人を王宮に入れるために使っただなんて、誰が信じるだろうか。


 しかもミリアの前は、リリエントが婚約者だったのである。比較するのもおこがましいほどの落差だ。使用人たちによく思われないのは必然だった。


 大方、ひどい扱いに腹を立てたミリアが婚約解消を申し出ればいい、とでも思っているのだろう。


 誤算だったのは、世話をされないのはミリアにとっては逆に居心地がよく、長い距離を歩かされても、田舎いなかの村に取り残されても、大してダメージになっていないという所だ。とにかく暇なだけで。


 まあ、アルフォンスの家の使用人に嫌われている、という事実はぐっさりと心に刺さっているわけだが。


 はぁ、とミリアは再びため息を吐いた。


「おねえちゃん」


 突然話しかけられて、ミリアが顔を上げると、ボールを持った女の子と、その服のすそをつかんでいる小さな男の子がいた。


「なぁに?」

「何してるの?」

「お迎えを待ってるの」

「暇なら一緒に遊ぶ?」

「いいの?」

「うん!」


 笑顔が返ってきて、ミリアは立ち上がった。小さい子の面倒は、弟のエルリックの世話で慣れている。


「私はミリア。あなたは?」

「エマ。こっちは弟のマーク」

「エマにマークね。よろしく」

「よろしくね!」


 三人はボール遊びを始めた。


 マークはまだ上手くボールが蹴れないようだった。ミリアがマークを抱き上げてボールを蹴らせると、マークはキャッキャッと笑い声を上げて喜んだ。


 そのうち他の子どもたちも混ざり始め、ミリアが遊び疲れて休んでいると村人が寄ってきて、手紙の代読と代筆を頼まれたり、王都の様子を聞かれたりして、時間はあっという間に過ぎた。


 太陽が傾いた頃には、村長が弾くリュートの音色にみんなでダンスをするまでに盛り上がった。


 と、そこへ、血相を変えた村の男が走ってきた。


「大変だ! カリアード家の坊ちゃんがお越しになった! 村長、早く来てくれ!」


 アルフォンス様だ!


 ミリアが村の入口の方を見れば、男のすぐ後ろにはもう馬車が来ていて、ミリアたちの前で止まった。


「ミリア嬢!」


 飛び出してきたのは予想通りのアルフォンス。ミリアに駆け寄ってきたかと思うと、その体を抱き締めた。


「こんな所にお一人で……。本当に申し訳ありません。怪我はしていませんか?」


 アルフォンスは体を離してミリアの全身を眺めた。


 突然抱きしめられて目をぱちくりとしていたミリアが、ようやく我に返る。


「怪我はありません。私は大丈夫です」


 ミリアは慌ててアルフォンスを押しのけつつそう答えたが、アルフォンスはミリアの服の汚れに目を止め、目を鋭くした。ボールが当たったり、マークにつかまれたりして、ミリアのスカートには泥が付着していたのだ。


「これは、みんなと遊んでいただけです。何かあったわけじゃありません」


 ミリアに言われて、アルフォンスはようやく周りに人がいることに気がついたようだった。


 そこに村長が帽子を胸に進み出る。


「ようこそお越しくださいました、アルフォンス様。この村の村長です。そちらのお嬢様がカリアード家のご関係の方とは知らず、失礼を致しました」


 アルフォンスがミリアの肩を抱く。


「ミリア嬢はスタイン男爵家のご令嬢で、私の婚約者です」


 村人たちが目をむいた。


「お貴族様であらせられましたか。それは存じ上げず、まことに失礼いたしました。処分ならいかようにも」


 処分って!


 そうは思っても、ミリアにも覚えがあった。お貴族様という言葉。貴族を普段から見なれている王都の平民であってもかしこまるのだ。ましてや領民であれば、カリアード家は自分たちの命運を握る絶対権力者だった。


「アルフォンス様、私はみんなと遊んでいただけです。何も悪いことはしていません」

「わかっています。さあ、帰りましょう」


 アルフォンスはミリアを馬車へとうながした。


 ミリアはそれに従い、馬車に乗り込む。


「お世話になりました。楽しかったです」


 窓からお礼を言ったが、さっきまで一緒に笑い合っていたはずの村人たちは、ミリアにおびえた目を向けてきた。


 何もわかっていないマークだけが、ミリアに手を振ってくれていて、ミリアは手を振り返した。エマが手を上げかけたが、母親に止められていた。


「ミリア嬢、重ね重ね申し訳ありません。本当に、我が家の使用人はどうしてしまったのか……。お恥ずかしい限りです」


 アルフォンスは、使用人たちの態度の理由に思い至っていなかった。


「いいえ、お陰で楽しい時間を過ごせました。こうしてアルフォンス様が迎えにきて下さいましたし。お仕事が終わるの、早かったですね」

「ええ、最速で片付けてきました」


 アルフォンスはふいっとミリアから視線をそらした。


 使用人に対して怒っているのもあるだろうが、ミリアが無事だとわかった今、村人たちと一緒に遊んでいたことが気になりだしたのかもしれない。


 静かに待ってればよかったかな。


 ミリアはこっそりとため息をついた。

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