第124話【特別賞☆感謝SS】6 帰れるものなら帰りたいです side エルリック

 ミリア・スタインは元平民だ。


 父親のフィン・スタインが一代男爵の爵位をもらったせいで、貴族の学園へ通うことになった。


 それを聞いた時のエルリックの衝撃は計り知れない。


 幼い頃からずっと側にいた姉が王都へ行ってしまうというのだ。三年も。帰って来られるのは半年に一度の長期休暇の間だけだという。


 父親が男爵になるという話を聞いたときは、ふーん、としか思わなかった。貴族と言われてもピンとこなかったし、何かが変わるわけでもない、と父親が言ったからだ。


 真っ赤な嘘だった。大ありだった。ミリアがいなくなるなんて聞いてない。


 だが、嫌だとも行かないでとも言えなかった。エルリックは聞き分けのいい子なのだ。だだをこねてミリアを困らせたりはしたくない。


 ミリアが王都へと向かうその朝、エルリックは身を切られるような思いで見送った。




 エルリックは姉であるミリアを崇拝している。


 ミリアは優しい姉であり、温かな母親であり、見習うべき先輩だった。ミリアのような完璧な女性はいないと思っている。


 自分が弟であることはくつがえせない。だからせめて仕事では追いつきたかった。


 だが、いくらエルリックが努力をしようとも、経験を積もうとも、ミリアはその遙か先へと行ってしまう。


 ミリアが王都へ行ってしまってから、エルリックはミリアの偉大さを再認識した。姉と同じ役をこなすことができない。


 三歳も違うのだから、と周囲は言ったが、慰めにはならなかった。ミリアがエルリックと同じ年齢のときには、すでに会長ちちおやの補佐役を立派にこなしていたのだから。


 半年間、王都に行く用事を作ることができなかった。


 商談があると言って出て行く父親を見る度に恨めしく思った。父親が帰ってくると、ミリアの様子を根ほり葉ほり聞いたものだ。


 手紙を何通も出した。ミリアは律儀に返事を書いてくれた。けれどもそれだけではエルリックの寂しさは満たされなかった。


 待って待って待って、最初の冬季休暇の初日にミリアが帰ってくると手紙で知った時には、興奮して眠れなかった。もちろん前日も眠れなかった。


 途中まで出迎えに行きたい程だったが、あいにく仕事があった。放り出して行ったらミリアは怒るだろう。ミリアは仕事の鬼なのだ。


 荷物を置いたらきっと商会に来る。


 当日、エルリックはそのときが来るのを今か今かと待っていた。


 父親の執務室でそわそわしているのを他の従業員に笑われたが、それどころではなかった。半年ぶりに会えるのだ。


 しかし、夜になっても、ミリアは現れなかった。


 何かの事情で帰られなくなったのか。まさか途中で事故にでもあったのではないか。エルリックは気が気ではなかった。


 なのに父親は、そのうち帰って来るだろう、事故があれば知らせが来る、と鷹揚おうように構えていた。信じられない態度だった。大事な娘が帰ってくるというのに。


 とうとう我慢できなくなったエルリックは、さっさと仕事に見切りをつけて、屋敷へと戻った。連絡が来るとしたら屋敷の方が早いと考えて。


 なんとミリアはすでに屋敷にいた。


「姉さん!?」


 居間のソファでくつろいでいたミリアを見たエルリックは、頓狂とんきょうな声を上げた。


「あ、リック。ただいま」

「お帰り、姉さん。着いてたんだ」

「うん。昼過ぎにね」

「商会に顔出してくれたらよかったのに……」

「そのつもりだったんだけどね、疲れてさっきまで寝ちゃってたの」


 へへっとミリアは笑った。


 心配に心配を重ねていたエルリックは、いつもの笑顔を見て安心し、その場にへたりこんでしまった。


「え、どうしたの!? 大丈夫!? 具合悪い!?」


 ミリアがソファから立ち上がってエルリックに駆け寄った。


「ううん、大丈夫。ちょっと気が抜けて」

「そんなに仕事きついの……? 父さんに言ってあげようか?」

「仕事は大丈夫」

「本当に? なんだかんだで父さんスパルタだからね。無理なら無理って言うんだよ? 倒れたら元も子もないんだから」

「父さんは厳しいけど、仕事は楽しいよ。大丈夫。早く姉さんみたいになりたい」

「リックはそのままでいて欲しい……」


 ミリアがつぶやくように言ったが、そういうわけにはいかない。エルリックは早く追いつきたいのだ。そしてミリアに頼られたい。


 立ち上がればエルリックの背はミリアの肩までしかない。だが身長はそのうち伸びるだろう。だから今やるべきことは、やはり少しでも早く仕事を覚えることだ。


 エルリックは決意を新たにした。


 翌日に、半年ぶりに復帰したミリアの仕事ぶりを見て、くじけそうになるのだが。



 

 待ち続けた半年間。その間は一日一日を長く感じていたのに、ミリアが帰ってきてからの日々はあっという間に過ぎ去った。


 王都に戻る日の前夜、エルリックはベッドの上でこっそりと涙を流した。またあの半年を耐えなければならないことが苦痛だった。


 再会の喜びを知ってしまったエルリックは、次の半年間待つことができず、王都に行く用事を無理矢理作ってミリアに会いに行った。


 そしてミリアの様子を知る手段が互いの手紙だけなのに物足りなくなり、商会の情報網の中に独自のルートを作り上げ、ミリアのことを逐一報告させることにした。


 そのことは父親フィンに筒抜けで、あまりのシスコンぶりに呆れられていたのだが、仕事にいかされるのならばいいか、と放っておかれたのだった。




 情報を収集するようになってからわかったのだが、学園でのミリアの評判はかんばしくなかった。


 元平民の評判など良いわけがないが、中でも気になったのは、王太子とその側近たちとの噂だ。


 どうやらミリアは王太子にちょっかいをかけられているらしい。たびたびお茶会もしているようだ。


 王太子とお茶会。


 平民ならば一生あり得ないだろうことなのだが、きっとミリアはデザートにつられたのだろう、とエルリックは見抜いていた。姉は甘い物には目がないのだ。


 ミリアの弱いところを突いてくるとは、さすが王太子と言ったところか。


 それでも、ミリアは結婚に夢を見るようなタイプではないし、貴族となったことを喜んではいなかったので、エルリックは安心していた。


 事態が急変したのは、最後の冬休みに帰省してきたミリアが王都に戻った後のこと。


 王太子の乳母兄弟であり近衛騎士候補の男が、突然ミリアと肩を組んだというのだ。平民でさえ男女で組むことはないというのに。


 さらに、王太子がミリアの手に口づけを落としたとのこと。昼間の食堂で。非常に長く。


 男性が女性の甲に口づけるのは貴族間の挨拶としてよくあることなのだと、エルリックは学んでいた。だが、噂の広まり方からして、報告の内容が異常なことなのだということはわかる。


 エルリックはさっそく真偽のほどを問いただす手紙を書いた。


 しかしそれをミリアに出す前に、今度は王太子たちとその婚約者たちが食事をしている所にミリアが割り込もうとして、王太子に同席を断られた、という報告が舞い込んだ。


 卒業を目前に、スタイン家は本格的に王太子に取り入ろうとし始めた。


 一気にそういう噂が広まったようだ。


 スタイン家にはそんな思惑はない。少なくともエルリックは父親からもミリアからも聞いていなかった。


 だとすると、ミリア個人の考えなのだろうか。まさかとは思うが、ミリアは王太子のことを……?


 エルリックは頭を振り、その考えを追い出した。


 報告者は学園にいるわけではない。漏れてきている噂を拾っているだけだ。ねじ曲がって伝わっているに違いない。


 どうせ、ミリアが食事中のエドワードに話しかけ、後にしてくれ、と言われたくらいのことなのだろう。


 だが、今までとは様子が違っていることはわかった。


 ミリアに聞くのは少し待った方がいいかもしれない、とエルリックは書いた手紙を引き出しにしまった。


 すると数日後、とんでもない報告が飛び込んできた。


 王太子の近衛騎士候補の男が、ミリアに抱きついたらしい。公共の場で。断りもなく。無理矢理。


 それを王太子が止め、ミリアをかばうように抱きしめたのだという。そしてミリアは嫌がることなく腕の中に収まっていた。


 この時点で報告書を握る手に力が入りすぎ、真っ二つに破いてしまった。


 続きを読めば、スタイン商会とミリアへのあまりにもひどい誹謗中傷の言葉が並んでいた。


 曰く、スタイン家は娘を使って王太子のみならずその側近までもを取り込んだ。

 曰く、ミリアは体を使って二人を手込めにした。

 曰く、他の令息にも同じ手を使っている。

 曰く、スタイン家は娘を王妃にしようともくろんでいる。

 曰く、既成事実を作るべく王太子と日夜子作りに励んでいる。


 エトセトラエトセトラ。


 とてもミリアには見せられない内容だ。


 報告者も困惑している、と書いていた。


 体を使ってだって? ミリアがそのような事をするわけがない。


 王太子や近衛候補がミリアを好きになるのはわかる。ミリアは魅力的なのだ。美しく洗練された貴族令嬢の中にいたって、色あせることはないだろう。


 しかし、一万歩譲ってミリアが王太子か近衛候補に心を寄せることはあったとしても、そんな手段を取るものか。


 エルリックはすぐさま父親の執務室へと向かった。バァンッと勢いよく扉を開け放つ。


「父さん!」

「ああ、リック。報告を読んだんだね」


 どうやら父親も報告を受けとったようだ。当然だろう。商会会長でありミリアの父親であるフィンが情報を集めていないわけはないのだから。


「姉さんがこんなことするはずがない!」

「そうだな。何かの間違いだろう」

「今すぐ姉さんを呼び戻そう! あんなところに姉さんを置いておけない!」

「それはできない」

「どうして!」


 きっぱりと切り捨てた父親に思わず食い下がったエルリックだったが、貴族の子女が学園に通うのは貴族の義務だ。そむくことはできない。


 それはエルリックにもわかっていたので、黙った父親にそれ以上言えなかった。


「ミリィは商会うちのことを心配しているだろう。手紙を出すよ」

「僕は心配だから姉さんに会いに行く。止めても行くから」

「そう言うと思ったよ。明日の分の仕事を終わらせたら行ってもいい」

「ありがと、父さん」


 エルリックは自分の執務室に戻ると、急いで手紙を書き始めた。ほとんどが関係者に対する文句になってしまったが、聞きたいことはミリアから直接聞けばいいだろう。

 

 最後に翌日会いに行く旨を書き添えて、父親に渡してくれるように従業員に渡した。フィンが一緒に送ってくれるはずだ。


 そして何としてでも終わらせるという鬼気迫る表情で、仕事に取りかかった。

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