第120話【特別賞☆感謝SS】2 私と同じですね side ギルバート

 それからミリアと話をするようになった。


 ギルバートはミリアの話を積極的に聞くようにしていた。ミリアのことが知りたいからだ。商会の今後の経営方針や、王国にいだいている心象を聞き出せるかもしれない。


 と言っても、ギルバートが図書室に来られるときだけで、しかもミリアはすぐに眠ってしまうので、それほどたくさんの事を話せるわけではない。


 話の大半は、その日の出来事かミリアが図書館で読んでいる本、そして王国各地で流行はやっている物――ほぼスイーツ――だった。





「ミリア、昨日王太子にお茶会に誘われたんだって?」

「……なんでギルが知ってるの?」

「学園中の生徒が知ってるよ」


 ギルバートに言われたミリアはため息をついた。


「しかも断ったんだってね」

「だって王太子サマとお茶会なんて面倒じゃない。マナーもよくわからないし」


 ミリアらしい理由にギルバートは笑った。


「エドワード様はなんで話しかけてくるんだろ」


 本気で迷惑、という顔をしている。


 王太子エドワードに話しかけられてこんな顔をする令嬢は王国内でミリア一人だけだろう。その目新しさがエドワードをきつけていることに気づかないのが、またミリアらしい。


「平民の話に興味があるんだよ。庶民の生活を知ろうとするなんて、いい王太子だよね」

「……ギルって、エドワード様の話をするとき、時々親が子供を見るような目をするよね」

「そうかな」


 なかなか鋭い。よく見ている。


 親子ではなく兄弟だが。


貴族の学園こんなところに放り込まれただけでも嫌なのに、この上騒動に巻き込まれるなんて勘弁してほしい。私は静かにしていたいだけなのに。卒業までそっとしておいて欲しい」


 上流階級の世界をこんなところ呼ばわり。人脈を広げるのにも婚活するのにも家業を宣伝するのにも最適な場所なのに、まして王族と関わりがもてる機会など今をおいて他にはないというのに、ミリアにはその気が全くない。


「図書館の本が読めることだけだな、感謝するのは」


 ミリアは図書館にある娯楽小説にはまっているのをギルバートは知っていた。


「ああ、あと、ギルに会えたのも」


 そういって、ミリアはにこりと笑った。


 自分が第一王子だと知ったら、この笑顔は自分に向かなくなるのだろうか、とギルバートは寂しく思い、そう考えた自分自身に驚いた。


 たった数ヶ月で、自分は思っていた以上にミリアのことを気に入ってしまったらしい。





 ついにミリアがエドワードのお茶会に参加した日の翌日、ギルバートはさっそくミリアにその時の様子を聞いた。


「昨日のお茶会、どうだった?」

「ケーキが美味しかった!」


 真っ先に出てきたのがそれで、ギルバートはくくっとのどの奥をならした。


「着替えないで行ったんだって?」

「だってエドワード様が着替えなくても良いって言うから」


 にしても、講義室から四人で連れ立って庭園に向かったというのだから大したものだ。その方がよほど目立つということをミリアはわかっていない。


「本当は、ジョセフ様から、エドワード様のお茶会に出るお菓子は美味しいって何度も聞いていて、ずっと気になってたの。行ってよかった」


 ミリアは照れくさそうに告白した。


 なるほど、エドワードの勝因にはジョセフ・ユーフェンが絡んでいたのか。


 ジョセフの評判はあまりよくない。女性関係において。


 まさかないとは思うが、あまりにもミリアにちょっかいをかけるようであれば、対処した方がいいだろうと考えた。


 と同時に、ミリアをジョセフに任せるのもありかもしれないとも思う。スタイン家を貴族側に取り込むなら、それが一番手っ取り早い。王族エドワードに近しい人間だというのも都合がよかった。


 そのためには、ジョセフの女癖の悪さをどうにかしなくてはならない。万が一にも不誠実なまねをしてスタイン男爵の機嫌を損ねてしまったら本末転倒だ。


 ……やはりユーフェンはやめておこう、とギルバートは思った。





 昼休みのわずかな時間だけではあったが、ミリアとギルバートの交流は細々と続いていた。


 最高学年に上がってからすぐの頃。


 その日ギルバートは調子が悪かった。体調ではなく精神的に。


 貴族派筆頭である宰相のミール侯爵に話を持ちかけられたのだ。簡単に言えば、王太子の座をエドワードから奪ってはどうか、という内容の。


 はっきりと口にしたならば、それは謀反とも言える発言だ。しかしそこは宰相。言質げんちを取られない程度に遠回しに言ってきた。


 ギルバート自身は貴族派ではない。


 王国を発展させるためには平民の生活改善が必要だし、一方で今の貴族制度を壊してしまったら混乱が起きるため、貴族の特権を廃することはできない。


 ギルバートはそう考えている。言うなれば中立派だ。


 ならばなぜ貴族派のミール侯爵が寄ってくるかといえば、平民寄りの現国王と次期国王エドワードに対抗する貴族派をまとめ上げるために、貴族派を装っているからだ。


 ともすれば平民に寄りすぎる政策のバランスを取るためにも、ギルバートが貴族寄りの意見をぶつけるのは意味のあることだった。


 必要があって貴族派としての振る舞いをしているだけなのだ。


 そもそも王太子になる気などさらさらなかった。


 体が弱いからと言う理由で継承権をエドワードに譲ると宣言したあのときから、エドワードを支えていくのだと決めている。


「はぁ……」

「ため息なんて珍しいね。具合悪いの?」


 思わず漏らしてしまった嘆息にミリアが反応した。


「ちょっと嫌なことがあって」


 ギルバートがこぼすと、ミリアは目を丸くした。


「グチも珍しいね。いつも私が聞いてもらってばかりだったのに。よっぽど嫌なことだったんだね。聞くよ?」

「実はね――」


 王族がたみに弱音を吐くなど、あるまじき行為だが、ミリア相手になんの躊躇ためらいもなく話し始めてしまっていた。


「僕には弟がいて、弟が家を継ぐことになってるんだけど、周りからは僕が継いだ方がいいんじゃないかって言われるんだ。僕はこの通り病弱だから、当主には向いていないのに」


 ミリアは眉を寄せた。


 そしてしばらく考えるそぶりを見せてから口を開いた。


「……そうだね。ギルは当主には向いてない」


 目線を合わせてきっぱりと言われたギルバートは、その言葉がぐさりと胸に刺さったことに驚いた。体が弱いから国王には向いていない。それは、言われ言い慣れた言葉だ。


 ミリアはギルバートの体が弱いことを必要以上には気にしない。気遣ってはくれるか、れ物に触れるような扱いはしなかった。ギルバートが図書館に来るときは調子のいいときだ、とわかっているからなのだろう。


 そのミリアに体の弱さを弱点だと言われたことが意外だったからだ、と自己分析した。


「……だよね。期待されても困るよ」


 ギルバートは心の内を顔に出さないようにして、困っている、という顔を作った。


「期待されるのは仕方ないよ。ギルは優秀だもん。その弟さんがどれだけ優秀なのかは知らないけど、ギルに継いで欲しいって言われるということは、ギルの方がまさっているんでしょう?」

「うーん。弟の方が得意な分野もあるよ。僕が長男だからってのも大きいと思う」


 ミリアがため息をついた。


「それ。男だから、一番上だから家業を継ぐって発想、なんなの。一番向いてる人が継げばいいじゃない。無能に継がせるなんて馬鹿じゃないの」


 ミリアの表情と声から嫌悪感がありありと見て取れた。


「ミリアは商会を継ぎたいの?」


 いい流れだ。今後ミリアが商会にどのように関わっていくつもりなのかがわかる。


「私? 全然。全く。リックが継ぎたいって言ってるから継げばいいと思ってる。私には会長になる素質もやる気もないもん」

「やる気もないの?」

「ないない。やりがいは感じるけど、まとめ役なんて面倒くさいでしょ。リックがいてくれてよかったよ。じゃなきゃ継がなきゃいけなかったかもしれない」

「かもしれない? 弟がいなかったらミリアが継ぐしかないよね? ミリアっていうか、結婚相手が」

「えー。他の人が継げばいいじゃん。私より優秀でやりたい人いるでしょ。相手だって継ぐためにわざわざ私と結婚する必要なんてないよ」


 ミリアは何でもないことのように言った。


 子供が家業を継ぐのは当然のことだ。ましてやスタイン商会のような大きな家業を、他人に譲ると言うのか。


 王族であるギルバートには持てない発想だった。


 革命か簒奪さんだつでもない限り、ギルバートは生まれてから死ぬまで「王族」であり続ける。ましてや血族でもない者に王位を譲るなどあり得ない。


「ギルも継ぎたくないんでしょ。体のことを抜きにしても」

「え?」


 継ぎたく、ない?


「ギルもさ、私と一緒。一番偉い人になるより、その人を補佐するのが向いてる。全部自分で細かく見たくなっちゃうでしょ。そういう人はトップには向いてない。偉い人はね、部下を信じて、上がってきたほんのわずかな情報だけから物事を判断しないといけないの。でも私とギルは、細かい情報が欲しいよね。あと前面に立つのも苦手でしょ? それも私と同じ。表舞台には偉い人に立ってもらって、裏でこそこそしてるのが好きな引きこもりタイプ」


 おどけるように言ったミリアだったが、ギルバートは笑うことができなかった。


 全部自分で細かく見たくなる。

 前面に立つのが苦手。


 その通りだった。しかし考えたことはなかった。


 継げないから継がない。

 できることが王太子エドワードの補佐しかないからそれをやる。


 そこで思考が止まっていたのだ。


 そうか。自分は王位は継ぎたくないし、補佐がしたいと、エドワードを支えていきたいと心から思っているのか。


 世界が開けたような感覚がした。洞窟から抜け出して、青空の下、地平線まで広がる野原に出たような。


「そうかも、しれない……」


 でしょー、とミリアは笑った。


「弟さんが継いでくれるなんてラッキーだよ。だから継げって言われても、気にせずヤダって言ってればいい。それとも弟さんは継ぎたくないって思ってるの?」

「いや……初めは戸惑っていたけど、今は頑張ってる。たぶん本人もやりたいと思ってるんじゃないかな」

「じゃあ、二人とも幸せだ。よかったね」


 そう言ってにこりと微笑ほほえんだミリアは、片手で目をこすった。


「ごめん、話しすぎちゃったね。寝ていいよ」

「ううん、聞けて良かったよ」


 ミリアはテーブルの上に突っ伏すと、あっという間に眠ってしまった。


 腕の上から少しだけミリアの寝顔が見える。


 安心しきっているその顔を見て、ギルバートは目を細めた。


 ミリアはギルバート自身ですら知らなかった気持ちを言い当て、憂いを払ってくれた。


 ギルバートが、ミリアをスタイン家の娘としてではなく、ミリア個人として見るようになった瞬間であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る