特別賞☆感謝SS

第119話【特別賞☆感謝SS】1 ガチで知りませんでした side ギルバート

 ※第五回カクヨムコンテストにて恋愛部門の特別賞を頂きました。書籍化に向けて準備をすすめていきます。

 ※読者の皆様への感謝の気持ちとして特別SSをご用意しました。

 ※毎日更新していきます。





 ミリア・スタインは元平民だ。


 父親のフィン・スタインは、孤児から行商人をて商会を立ち上げ、今や国内では知らぬ者のいない程の大手に成長させた。


 商会会長としての商才や経営力はるものながら、特筆すべきはその先見の明だ。財を集めたがらず、虚飾を排して実を取る。金の使いどころをわかっている、成り上がりには稀有けうな人物である。


 商会本部を第二の都フォーレンへ置いているのがその最たるもので、フォーレンこそが商人にとっての都とばかりに動こうとしない。実際王国内で流通をになうには王都よりも都合がよく、近頃では王都に匹敵するほど賑わってきているという。


 的確な投資は金以外の利益を生む。孤児を引き取り教育させて従業員として迎える制度しかり、関税の免除を条件に街道の整備の請負い然り、技術革新への補助然り、他国との輸出入の強化然り。


 実益こそ最大手の商会には及ばないものの、王国への副次的な貢献は計り知れなかった。

 

 それは返せば一転、脅威と成り得る。


 血脈のごとく張り巡らされた流通網。流れるのは人と物資、そして情報だ。


 新興の弱小商会風情と野放しにしている間に急成長をげたスタイン商会は、反旗をひるがえせば王国に小さくない打撃を与えるだけの力を蓄えていた。


 王国あるじに歯向かわぬよう手綱たづなを着けなければならない。


 手懐てなずける事の一切を放棄していた王宮は、ようやくその必要性に思い至り、爵位という名の手枷てかせを与えた。


 フィン・スタインはこの破格の待遇に渋り一度は辞退したものの、一代限りという条件付きでんだ。

 

 その交渉をになったギルバートは、スタインの娘が学園入学の歳になる前に話がまとまり安堵していた。将を射んと欲すればず馬を射よ。愛娘まなむすめを懐柔し、適当な貴族家と婚姻を結ばせれば、商会の足枷あしかせになると踏んでいたのだ。


 当然、ミリア・スタインについては綿密に調査をさせていた。


 フィン・スタインは腹に一物いちもつも二物もかかえ、巧みな話術で己の要求を通す男だ。一方でどこまでも誠実で相手に損はさせない為、その取引で商会が幾ら儲けていようとも苦情は出ない。


 ミリアは成人前――どころか十代前半よりその補佐を務め、フィンが地方に商談に出る時はその留守を預かる程の手腕を発揮していた。従業員からの信頼は厚く、よく慕われる一方、時には冷徹とも思える判断を下す。


 部下の調査結果にはそうあった。


 だが一方で、フィン・スタインから聞いたミリアの人物像はその真逆だ。


 ふわふわの髪と美人とは言えないが可愛らしい顔立ち。甘いものに目がなく、新作が出ると並んでまで買いに行く。弟を溺愛しており、その成長を見るにつけ喜ぶと共に嘆いてもいる。出不精でぶしょうで商人同士の会合ですら出たがらない。欲がなく人並みの生活を望む。


 親の欲目があるにせよ、外と内でこうまで印象が異なる人物というのも珍しい。外面そとづらが良いと言えばそれまでだが、それだけで片付けられるほど商会会長の補佐の仕事は甘くない。


 さて自分はどの様な評価を下すのか。


 ギルバートは学園でのミリアとの邂逅かいこうの時を待った。




 とはいえ。


 体調の安定しないギルバートは入学当初から講義に出られない日々が続いていて、ミリアに会う機会はなかなか訪れなかった。


 部下からの報告によれば、ミリアは独りでいることを好み、他の貴族との交流は皆無だった。王太子の婚約者ローズ・ハロルドの誘いすら断っているらしい。


 ギルバートも引きこもっている図書室への廊下から、一人で歩くミリアを何度か見かけたことがあるが、颯爽さっそうと歩くミリアは一令嬢以上には見えず、調査やフィン・スタインから聞き及んだ話の真偽は確かめられなかった。


 しかし、転機が訪れる。


 入学して数週間がたったある日、朝からの不調から脱したギルバートが図書室に行ってみると、いつもは真っ暗になっているはずの室内の奥に、ランプの光があった。


 軽くため息をつく。


 入学当初は時折生徒が図書室にやってきていた。彼らはギルバートがいるのを見て遠慮して出て行き、やがて図書室はギルバート専用の場所だという認識が出来上がった。


 生徒が利用すべき場所を独占しているのは申し訳ないが、図書室にある本は図書館にもあるものばかりだし、生徒には他にも居場所はあるだろう。暗くて静かな図書室は、調子を崩しやすいギルバートにとって居心地がよかった。


 この来訪者はそれを知らずに来たのだろうか。貴族の間の情報の回りは早く、すでに周知の事かと思っていたが、それでも来るという事は、目当ては第一王子ギルバートなのかもしれない。


 面倒なことにならなければいいが。


 引き返そうとも考えたギルバートだが、姿を見せ、邪険に扱えば今回限りとなるだろう思い、ランプに火をともして足を進めた。


 そこにいたのは一人の令嬢で、ギルバートが積んでそのままにしていた本に隠れるようにして、閲覧席で突っ伏していた。


 気分が悪いのかと、ギルバートは素早く歩み寄った。


「寝てる……?」


 近づくと、その令嬢がすぅすぅと規則正しい寝息を立てていることがわかった。体調が悪いとはとても思えない、気持ちのよさそうな寝息だ。


 誰もいないからと油断したのだろうか。こんなところで令嬢が一人で眠ってしまうなんて。


 顔を横に向けているため寝顔まで丸見えだ。無防備極まりない。


 起きた時に男がいたら、それもそれが第一王子ギルバートだったのなら、ショックを受けるだろうと思った。ギルバートに吹聴する気はないが、傷がついたと感じるかもしれないし、無礼を働いたと感じてしまうかもしれない。


 そっとその場を離れようとしたのは、紳士として当然だろう。


 だが、ここでその令嬢が、ミリア・スタインだということに気が付いた。ランプの光の中では特徴的なピンクブロンドの色はわかりにくいが、ふわふわのくせ毛やシンプルすぎる服装には見覚えがあった。


 若い娘としても褒められたものではないが、元平民であるならば、まあ、わからなくはない行動だと思った。


 目が覚めたときに第一王子ギルバートがいれば、驚き慌てはするだろうが、自身に傷がついたとは考えないだろう。ローズ・ハロルドへの態度からすると、礼を失したとさえ思わないかもしれない。


 また、とっさの振る舞いにはその人物の本質が出る。ミリアを評価するにはいい機会だと思った。

 

 ギルバートはミリアが目を覚ますのを待つことにした。

 

 しかし、そろそろ午後の講義が始まるという時分じぶんになってもミリアは目を覚まさなかった。


 これでは遅刻してしまうのではないか、とさすがに思ったギルバートはミリアに声をかけた。


「ねえ、きみ」


 ミリアはこたえない。


「そろそろ起きないと遅刻するよ」


 やはり起きない。


 やや躊躇ためらわれたが、起こさないよりは、とギルバートはミリアの肩を軽く叩いた。


「ねえ」

「ふぇ?」


 起きた。


 ミリアは視線の定まらない顔でギルバートを見た。


「遅刻するよ」

「えっ!?」


 ギルバートが言うと、ミリアはガタンと音を立てて立ち上がった。


「ヤバいっ」


 椅子を戻したミリアは、廊下へと続く扉の方へと足早に去って行った。ギルバートのことすら気が付いていない様子で。ランプも残したまま。


「起こしてくれてありがとう!」


 いや、図書室を出る直前に叫んで行ったから、誰かがいたことは認識していたようだ。それが誰だかはわかっていないような口調だったが。


 ギルバートはミリアの肩に手を置くような形のまま固まっていた。風のようにいなくなってしまったことに呆気あっけに取られていたのだ。


「あれが、ミリア・スタイン……」


 なるほど、フィン・スタインのげんは本当のようだ。




 それからギルバートはたまにミリアの寝顔を見るようになった。それは決まってギルバートが昼過ぎに図書室に行ったときだ。


 ギルバートが先に来ているときはミリアは来なかったのだ。どうやら図書室にギルバートがいるとわかると、入って来ないらしい。


 初めは恥じらっているのかと思いきや、起きた時にギルバートがいてもそんな素振りは見せない。相手が第一王子ギルバートだからおそれ多いという感じでもなかった。


 自分で起きて、黙って出て行く。


 たまたまミリアが眠る前に図書室に来られたギルバートは、疑問をぶつけてみた。話をしたのはこれが二回目――起こした時を一度目と数えていいのであれば――だ。


「ねえ、ここの扉を開けてすぐに出て行く人がいるんだけど、あれはキミ?」

「……うん」


 ミリアは言いにくそうに答えた。


「どうして入ってこないの?」

「邪魔だと思って。図書室は本を読む場所だから、横で私がお昼寝してるのはよくないかなって」


 その意識はあったのか、とギルバートは逆に驚いてしまった。邪魔だということではなく、図書室は昼寝をする場所ではないという所に。


「ここはあなたの他は誰も来ないからちょうどよくて。暗くて静かだし」

「入って来ていいよ。邪魔じゃない」

「いいの? やった!」


 ミリアは手を叩いて喜んだ。そんなに昼寝がしたいのか。


「邪魔になったら言ってね。すぐにいなくなるから」

「わかった」


 ならないよ、と言わなかったのは、今はミリア・スタインを見極めるのに都合がいいが、その後はギルバート本人が積極的に関わる気がなかったからだ。他の令息を適当にあてがったあとは離れるつもりだった。第一王子ギルバートが特定の生徒――それも令嬢と特別な交流を持つのはよろしくない。


 ミリアはそれだけ確認すると、さっそく眠る体勢に入ってしまった。


 やはり全く恥じらいの気持ちはないらしい。ランプの光しかない真っ暗な部屋の中、男と二人きりでいるというのに。


 ギルバートは男と思われていないのか。第一王子ギルバートが令嬢に無体を働くわけがないと確信しているからなのか。


 何も考えていないのだろうな、とギルバートは思った。


 前者は自分で認めたくはない――いくら体格に恵まれていないとはいえ――し、ミリアはギルバートを第一王子だと気が付いていない疑惑があったのだ。


 でなければ、自分にあんな気安い態度でいられるはずがない。




 ギルバートの疑問はすぐに解消した。


 互いに不可侵でいた二人だったが、ある日ミリアが、突然話しかけてきた。


「ねえ、今さらなんだけど……名前を教えてくれない? 私はミリア・スタイン」


 ギルバートの外見は目を引く。弟の王太子エドワードほど目立つわけではないにしろ、金色の髪と緑色の目を持つ自分の顔はそれなりに整っているし、なにせこれでも王族の一員だ。貴族の中で第一王子ギルバートの顔を知らぬ者はいない。


 ――この娘を除いて。


 まさか本当に知らなかったのか。


 予想が当たると思っていなかったギルバートは、思わず笑みをこぼした。


 ミリア・スタインの素性を知るには、王子だと構えられるよりずっといい。


「ギル」

「ギル……何? ごめんなさい、私、貴族になったばっかりで、あまり詳しくないの」

「ただのギルじゃだめ?」


 ローレンツと名乗ればさすがにミリアにもわかってしまうだろう。ギルがギルバートの愛称だというところで察してしまうだろうか。


 しかしミリアは、椅子に座るギルバートの上半身をさっと眺めてから、得心とくしんしたようにうなずいた。王子だとわかりながらも、知らぬ振りをしてくれるのかもしれない。


「わかった。ギル、よろしくね」


 まさか呼び捨てにされるとまでは予測できなかったギルバートは、くすくすと笑いながらミリアに手を出した。


「よろしくね、ミリア」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る