第83話 紳士とは言えませんね
アルフォンスが父親から帝国の
「――ほう? それで、わたしからの手紙を開封したと?」
ミリアが机に仕舞い込んでいた手紙を、押し入った騎士が開封したことについて聞いたのだ。
「この
「それは……」
騎士団長は大量の脂汗を流していた。隣にいる副団長も同様だ。
二人はその役職柄、ギルバートがただ病弱で柔和なだけの王子でないことは知っている。
だが、ここまで怒りを
日々鍛練を積み、王国内でも指折りの実力を持つと自負していたが、
「答えよ」
「……その通りです。ギルバート王子殿下」
団長は震える声で答えた。
「王族の私信を覗き見るとは。お前たちは
「そのようなことは、決してっ!」
「誰が発言していいと言った!」
「も、申し訳、ありませんっ! ですが……!」
「黙れ」
なんてことをしてくれたんだ、と団長はミリアの部屋に行かせた隊長を呪った。
確か伯爵家の出だった。男爵令嬢風情がと思っていたに違いない。騎士団に入って長いのにまだ家格にこだわっているとは。
ミリア・スタインは王太子殿下と近しいという噂があったのだから、万全を期して自分が行くべきだった。
「そもそも――」
威圧感が増し、ギルバートの存在が大きくなっていくように感じた。
「
団長はごくりと喉を鳴らした。これは自身の失態だった。
「第三騎士団から報告が行っているものと――」
「言い訳は要らぬ。理由を明確に答えよ」
「第三騎士団が、ミリア・スタインの身柄を押さえる準備をしていると聞き、て……手柄を立てようとしました。申し訳ございません」
「王家への忠誠より
団長は黙るしかない。そう思われて当然だった。
「此度の案件が終わり次第、
「はっ!」
励め、というのは功績次第ではこの失態との
自分の首は皮一枚でまだ繋がっている、と団長は安堵し、同時に身を引き締めた。ここまで上りつめたのに、第三騎士団との喧嘩で地位を失ってたまるか。
「それと――」
ギルバートの圧がいっそう増した。
「ミリア・スタインを丁重に扱うように。
王子二人のお気に入りとして調査の手を緩め、その結果不正を見逃すようなことは許されないということだ。
が、一方で丁寧な扱いも必要だ。
部下には
「かしこまりました」
「侍女の扱いにも気をつけよ。わかったら下がれ」
「失礼いたします」
団長と副団長の二人は深々と礼をして退出した。
次は第三騎士団か。
ギルバートは重たい頭を上げて、第三騎士団のトップ二人を呼べと命じた。
*****
翌日、アルフォンスは重たい足を引きずってギルバートのもとを訪れた。皇子が帰国したのに、まだ学園には通えない。
「エドは
「はい」
「顔色が悪いな。何かあったか?」
「いいえ」
顔色が悪いのは婚約の件のせいだが、それは帝国から陛下への打診が先だと言われたのだ。
「ギルバート殿下の方がよほどお加減が悪いように見えますが」
執務席に着いているギルバートはひじ掛けに片ひじをつき、
「お前だから言うが、正直、今にも倒れそうだよ。
ギルバートは、視線を向けるのですらつらい、といった様相だった。
「まずは、今朝もたらされた各地の報告に目を通して欲しい」
ギルバートが机の上の書類の山に目を向けた。
「ギルバート殿下、その前に、国外への情報統制ですが――」
「もう遅いよ。
大罪人とはよく言う、とギルバートはため息と共に吐き出した。
「さあ、早く報告書を読んでくれ。僕はもう横になりたいんだ」
アルフォンスは書類に目を通し始めた。
ギルバートはアルフォンスが読み終わるまで座って待っているつもりだったようだが、耐えきれずに寝台に入っていた。よほど具合が悪いのだろう。
「ミリア嬢に協力を求めるのが最適かと思います」
「やはりそうか。しかし容疑者に頼ったとなると証拠能力を問われる」
「ですが、最短で解決するにはそれしか」
「……わかった。そろそろミリアも書類を持ってこいと言っている頃だろうね。根回しは僕がしておく。ミリアとの証拠検証を任せる」
「それが……」
「なんだ?」
アルフォンスは気まずげに言いよどんだ。
「先日ミリアの機嫌を損ねたと言っていたが、まだ片がついていないのか? 状況が状況だ。ミリアだってこだわらずに協力してくれる」
「それとは別件で」
「別件? さらに怒らせたのか?」
侍従が下がるのを待って、アルフォンスは自白の決意を固めた。
「ミリア嬢に、口づけを――」
「貴様っ!」
ギルバートは一瞬固まったのち、アルフォンスの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
が、すぐに手を離す。そして、はぁと、ため息をついた。
「……今は怒る体力がない。後で覚えておけ」
「今のは願望だ。気にするな」
ギルバートが手の平を振った。恥ずかしげもない様子が再びアルフォンスを驚かせる。
「で、ミリアを怒らせたということは、同意を得ていなかったのだな? なぜそんなことをしたんだ」
「寝ぼけていました」
「どうしてミリアの前で寝ぼけるようなことになる。……ああ、説明しなくていい。聞きたくない」
それより、とギルバートがアルフォンスに怪訝な目を向ける。
「なぜお前は平然としているんだ。ジョセフ・ユーフェンが唇を許されたといって……いや、逆にユーフェンが許されたなら、なおさら他の男に許すわけがないだろう」
「ミリア嬢が誰にでも唇を許すような女性だと思っているわけではありません」
アルフォンスは誤解されては
「そういう意味ではない」
ギルバートが首を振り、信じられない、という顔をした。
「婚約者でもない令嬢に口づけたんだぞ? 責任を取って結婚しろと言われてもおかしくない振る舞いだ。お前、本当にアルフォンス・カリアードか? 紳士であることをやめたのか?」
アルフォンスは目を開いて固まった。
――責任。
かぁっと顔に熱が集まっていく。
アルフォンスは口を押さえて顔をそらした。
「おいおい、何だその顔は。まさかお前までミリアに
ギルバートが呆れ返った声を出した。
「いえ、違います。ミリア嬢がどうということではありません」
自分のやったことの重大さを自覚したのだ。
軽く考えすぎていた。というか、その重みを考えていなかった。ミリアに嫌な思いをさせた、ということにしか思考が向いていなかったのだ。
令嬢に突然口づけをするという暴挙に出たことが、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。
しかもそれを他人に指摘されるなど。穴があったら入りたい。
ジョセフが廊下でミリアを力づくで
「ミリアには誠心誠意謝るんだな。信頼して頼めるのはお前しかいない。――僕は根回しに行ってくる。お前はしばらくここを出るな。目に毒だ」
ギルバートはだるそうに寝台を下りて、寝室を出て行った。侍従が開けた扉を抜ける前にしゃんと背を伸ばし、王子としての顔を作ったのはさすがだった。
アルフォンスは自分の何がどう毒なのかわからなかったが、聞き返すどころではなかった。
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