第71話 好意を、利用してしまいました *R15

 ※R15(性描写あり)



 翌日の放課後、ミリアは学園のサロンに来ていた。ジョセフに招待されたのだ。


 アルフォンスと約束をしていたのだが、これはアルフォンスも承知していることだそうだ。それどころか、ジョセフが時間を作れたのはアルフォンスのお陰なのだという。


 好きな人アルフォンス他の人ジョセフとのお茶会のサポートをされるなんて――。


 ミリアは嬉しそうに話すジョセフに笑顔を向けながら、胸の痛みをこらえていた。




 苦い気持ちで始まったお茶会だったが、ミリアは楽しんでいた。


 久しぶりの気楽なお茶会だ。お菓子は美味しい。紅茶も美味しい。ジョセフと話すのも楽しい。


「ねぇ、ジェフ。お願いがあるの」


 一頻ひとしきり笑ったあと、ミリアはジョセフに言った。


「何? ミリアの頼みなら何でも聞くよ」

「二人だけになれない?」


 ジョセフは、ミリアの涙に関係があるのかと思い、人払いをした。


「ジェフ、私、まだ気持ちにはこたえられないの。それでもよかったら……抱きしめてくれない?」


 ミリアは上目遣いにおずおずと言った。


「もちろんいいけど、どうしたんだ?」


 ジョセフはすぐに立ち上がり、ミリアの横に来た。困惑した表情をしている。


「ただ、して欲しいと思ったの」


 ミリアが立ち上がり、両腕を広げた。


 ジョセフはミリアが拒否する余地を残すようにゆっくりと距離をつめ、柔らかく抱き込んだ。


「ミリア」


 耳に落とされる甘やかな声。


 ミリアは、ジョセフのしっかりとした腕とその声に、ときめいていた。アルフォンスの事が好きだというのに、現金なものだ。


 ミリアは人恋しかった。


 毎日続く嫌がらせはエスカレートしていて、ミリアが肉体的に傷つくことさえいとわないといった様相になってきていた。そこまで他人ひと嫌われているのかと思うと心がきしんんでいく。


 ミリアが無言でジョセフの背中に腕を回すと、黒い瞳が嬉しそうに輝いて、目が細められた。眉尻が柔らかに下がり、ジョセフがぎゅっと力を入れてきた。


「ミリア、ミリア、ミリア」


 何度もミリアの名前を呼ぶ。ミリアの心臓の音が高なっていく。


 ジョセフは一度言葉を切り、決心したように腕に力を込めた。


「ミリィ」


 信じられないほど甘い声と顔だった。ミリアの体にびりびりとしびれが走る。


「ジェフ、そこまでは許してない」

「ミリィ、ミリィ……」


 ミリアの制止も構わずに、ジョセフはミリアの愛称を呼び続けた。言いながら、ミリアの頭にキスをし、顔にもキスを落とし始めた。


「ジェフ、待って」

「ミリィ」


 こめかみ、おでこ、目元、頬。ちゅっ、ちゅっ、と音を立てて唇が触れていく。そこからどんどん熱が広がっていった。


 やがてキスは首筋へ落ちていく。


「ミリィ、ミリィ……」


 ジョセフが何度も同じ場所に口をつけ、そのうち長く口づけるようになり、夢中でミリアの名前を呼ぶ。


 それは甘い毒だった。


 世界中がミリアの敵になっているような錯覚と叶わない恋に痛む心に、ジョセフの声がゆっくりと染み渡っていく。


 後ろに回った腕が、ミリアの背中をい回り始めた。なでるように、抱きしめるように、強弱をつけながら動いていく。


「ジェフ、駄目だってば。やめて」


 ミリアが、首から肩にかけてのラインを甘噛みするジョセフの胸を押すと、ジョセフは口を離した。


 上気し、とろりと潤んだミリアの目を見たジョセフは、ごくりとのどを鳴らした。わずかに口を開け、伏し目がちに、ミリアの口へと近づいてくる。


「だめだよ」


 ミリアはそれを軽く手で押さえて止めた。


「……口にはしないから」


 つらそうに目を細めたジョセフが、ミリアの口の横にちゅっと口づける。ためらうように、しかし何度も。


 口づけは一度首筋に戻ったかと思うと、キスを落としながらゆっくりと上っていき、また口元にされた。


 はぁ、とミリアが声を漏らした。体に力が入らない。体重はほとんどジョセフに預けていた。


 もう、このまま流されてしまった方がいいのかもしれない。


 ぼんやりとした頭で考えたことがわかってしまったのだろうか、ジョセフが突然ミリアの口にキスをした。


 ミリアは抵抗できない。


 反応を確かめるように、二度、三度とキスが重ねられていった。角度を変えて、何度も何度も。そして次第に深くなっていく。


「んっ、はぁっ」

「ミリィ、ん、好きだ、ミリィ、好きだっ」

「ジェフ、やめて。んっ」


 ――やっぱりこのひと、キスが上手い。


「はぁっ、んっ、んっ、んぁっ」

「好きだっ、ミリィ、ん、ミリィ、んっ、好きだっ、好きだ……」


 ジョセフがぐいぐいと腰を押しつけてくる。それじゃあ、初めてのお嬢様は引いてしまうだろう、と思った。それとも、キスにとろけてそれどころではないのだろうか。


 頭の中はぐずぐずに溶けてしまいそうなのに、一方でそんなことを考える余裕があるのは、経験ゆえか。


 冷めている頭の片隅は抵抗しろと言ってくるが、体には力が入らない。


 ジョセフの片腕がミリアの体を支えている。もう片方の手は背中からわき腹へと回り、ゆっくりと這い上がってきた。


 それは胸の膨らみへと到達する直前、ぴたりと止まり、またわき腹をなでて背中へと戻っていく。


 しばらくして、ミリアの口腔こうくう内をめ尽くしたジョセフが、まだまだ足りないといったように、名残惜しそうに口を離した。


 つぅっと唾液が糸を引く。はぁ、というどちらの物とも思えない熱い息が、互いの口の間に漏れた。


 ジョセフが親指でてらてらと唾液で光るミリアの口をぬぐった。自分の口も、ぐいっと手のこうで拭う。ミリアの口紅が、その手に赤く移った。


「ミリィ、俺の物になってくれ……」


 ジョセフがぎゅっとミリアを抱きしめて、ため息をくように、熱くかすれた声で言った。


 何をやっているのだろう、とミリアは唐突に思った。


 ジョセフの好意を利用し、さらに心の隙間を埋めようとして、キスを許すなんて。何が何でも止めるべきだった。それこそ股間を蹴り上げてでも。


 抱擁ほうようを求めたことで、ジョセフをあおってしまった。


「私、ジェフにはこたえられないの。ごめんなさい。抱きしめて欲しいなんて、言うんじゃなかったね」


 ミリアがジョセフの胸を押すと、ジョセフは腕を解いた。だが、下がろうとはせず、二人の間にはわずかな隙間しかない距離のままだ。


「……ごめん。俺が悪い。浮かれてた」


 ジョセフがうつむく。


「ミリィ、好きなんだ。応えてくれなくてもいい。利用してくれていい。だから、俺だけにしてくれないか」


 ジョセフはミリアのピンクの目をのぞき込み、懇願するように言った。黒い瞳には、ミリアが、ミリアだけが映っている。そしてまた強く抱きしめた。


「ジェフ、もうだめ。あと、ミリィって――」

「わかってる。今日だけ、今だけ、許して欲しい」


 ジョセフはまた、ミリィ、と呼び、好きだ、と繰り返した。

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