第66話 いやマジそんな展開いりません

 ギルバートにミリアを託された翌日、アルフォンスは気が進まないながらも、皇子おうじとの恒例の茶会のあと、図書館に行くつもりだった。


 書類仕事の対価ケーキはまだ渡していないし、これからずっと手伝わなくていいと言ったわけではない。


 三日前にジョセフが図書館に行ったときはミリアはいなかったと言っていたが、その次の日は図書館でミリアと過ごし、剣術の鍛練たんれんを無断欠席したという。


 アルフォンスが行かなくても、ミリアの図書館通いは続いているのだ。自室にこもっていてくれた方が安心だが、そうするとフォローができなくなってしまう。放課後には嫌がらせがないのなら、図書館にいてくれるのは助かる。


 昨日、ハロルド邸で茶会が開かれて二人の図書館でのことが言及されたそうで、リリエントが猛抗議してきたが、アルフォンスは適当にあしらった。


 定期的な茶会の約束をさせられたが、仕事を理由に毎回断るつもりでいる。今後図書館へ行くことも、第一王子ギルバートからの特命だと言えば渋々納得していた。


 理解があって助かる、と一言いえば自尊心が満たされ機嫌がよくなるのだから楽なものだ。甘味かんみを必要とするミリアよりもさらに扱いやすい。


 ミリアというわかりやすい教材のお陰で、アルフォンスは女性との接し方を学んでいた。


 しかしその予定は、皇子おうじの一言によって変更を余儀なくされる。




「スタイン商会会長の娘が王都の学園にいると聞いた」


 ぎくりとエドワードとジョセフの肩が揺れた。


 その様子を見て皇子おうじが目を細める。


「ミリア・スタインと言ったか。スタイン商会は我が帝国にも進出してきている。商会の娘がいるなら繋いでもらえないか」

「クリス殿。ミリア・スタインは一介の男爵令嬢で、帝国の皇子が興味を持つほどの娘ではない」

「エドワード殿三人とも親しいと聞いたが? そこまで言われると逆に興味が湧く。一介の男爵令嬢ならば、呼び出すのも容易たやすいだろ?」


 にやり、と皇子おうじが笑った。


 エドワードが困った顔をアルフォンスに向ける。


「クリス様、ミリア嬢……ミリア・スタインは元平民で、礼儀作法が身についていません。王国の貴族としてクリス様の前に出すのははばかられます」

「わかった。それを頭に入れておこう。無礼な振る舞いをされてもとがめないと約束する」


 皇子クリスは大きくうなずいた。こちらが断りたいのをわかっててやっているのだ。


「……では、後日」


 エドワードが折れた。ミリアを説得させるのには苦労するだろうが、皇子おうじの要望なのだから、断られたら王宮からの正式な招待として呼ぶしかない。


「いま会いたい」


 無茶を言う。


「……クリス殿。今すぐというのは厳しい。明日にしよう」

「なぜだ? もうすぐ学園の講義が終わる。待ちかまえていれば捕まるはずだ」


 調査済みだった。


「ミリア嬢にも予定がある」

「エドワード殿からの呼び出しなら応じるだろう」


 そこで応じないのがミリアだ。


「何を気にしている。……ああ、服装か? 王国の貴族というものは面倒だな。帝国ではうるさく言わない。ボクも気にしない。――ミリア・スタインが下着姿であろうと裸であろうと」


 皇子おうじの下品な冗談に、エドワードがあからさまに顔をしかめた。隣のジョセフの手が膝の上で握りしめられる。アルフォンスも眉間にしわが寄るのを自覚した。


 三人の剣呑けんのんな様子に肩をすくめた皇子は、失礼、と一言謝罪して続けた。


「エドワード殿は気にくわないかもしれないが、今回はボクからの頼みということで大目に見てくれないか」


 エドワードがアルフォンスを見た。助けてくれと目で言っているが、国賓こくひんたっての頼みである。今までの経験から、この皇子おうじが引き下がるとは思えなかった。アルフォンスは首を振った。


 隣のジョセフは無表情だった。内心はひどく嫌がっているのだろう。好きな女をわざわざ他の男に紹介するような真似まね、したくないに決まっている。


「わかった。呼んでみよう」


 エドワードが王太子としての立場を優先したことは評価したい。




*****


 放課後、ミリアは図書館に行こうと講義室を出たところで、エドワードの使いだという男に捕まった。


「……ええと、もう一度言ってもらえます?」

「王太子殿下がスタイン嬢をお呼びです。帝国からの使者の方がお会いしたいと」

「……意味が分かりません」

「現在、王宮には帝国の使者の方がいらっしゃって――」

「知ってます。言葉が理解できなかったわけではありません」


 ミリアは律儀に説明しようとした使いの言葉をさえぎった。


 だが意味は分からない。帝国の使者というのはすなわち第一皇子おうじだ。なにゆえミリアに会いたがっているのか。意味不明である。


 王宮になど行きたくないのだが。ドレスはどうすればいいのだ。自室にそんないいドレスはない。学園のパーティ用の夜会服でもいいのだろうか。


「……向こうが来ればいいんじゃないですかね?」

「は?」


 エドワードの使いはぽかんと口を開けた。


 会いたいなら皇子おうじの方から来ればいいんじゃないか、と言ったつもりだったのが、こちらは言葉が理解できなかったらしい。


 お茶会の令嬢は驚いてもそんな顔をしなかったぞ。教育がなってないんじゃないか。


「準備ができません」

「そのままで構わないとのことです」

「構いますよね」


 これですよこれ、とミリアはドレスのスカートをつまんで広げた。


 使用人はミリアの頭の先からつま先まで眺めて困惑の表情を浮かべた。


「……構わないとのことです」


 構うって書いてあるぞ、顔に。


「後日改めて、ではだめでしょうか」

「今すぐ来て頂きます」


 ミリアの肩ががしっとつかまれた。


 逃げようと及び腰になったのがわかったのか、突然強引になった。


 そのまま逆の手でミリアの手をつかまれ、エスコートする形になる。


 なぜに学園の廊下でエスコート。しかも夜会の時のような正式な。手が腰ではなく肩に回っているが。


 他の生徒たちの目が集まる。いや、元から集まっていた。視線の圧が高まっただけだ。普段から見られ過ぎていて鈍感になりつつあるのかもしれない。


「……行くので放してもらえませんか」

「ご理解頂けて何よりです」


 正門に迎えに来ていた馬車は馬鹿みたいに豪華だった。




 王宮に着いてみれば、門兵も、廊下ですれ違う人々も、みなミリアに変な目を向けてくる。小声でスタインと言っているのが聞こえた。髪の色からすぐにわかってしまうのだ。自分はよほど有名人らしい。


 ……うん、知ってた。


「こちらです」


 言われて止まったのは、金色の装飾が入った両開きの扉の前。当然のように護衛が二名立っている。


 片方は王国の騎士で、よろいの紋章から、王太子エドワードの近衛騎士であることがわかった。もう片方は詰めえりの軍服のような服装で、鎧をつけていない。肩についているのは帝国の紋章だ。


 近衛騎士はミリアを一瞥いちべつしただけだが、軍人の方はじろじろと失礼な視線を無遠慮に向けて来た。危険な人物でないか観察しているのだろう。ミリアは危険人物には見えなくとも、不審者なのは確かだった。


 騎士が扉を小さく開け、内側で同じように立っている騎士に到着を告げると、内側から扉が大きく開かれた。


 そこは温室のようなサロンだった。天井にまで窓があり、そこかしこに南国の植物が植わっていた。室内にいながら庭園にいるような環境だ。


 中央のテーブルに座っているのは、金色の長髪、黒色の短髪、銀色の長髪の青年。言わずもがなエドワード、ジョセフ、アルフォンスだ。


 三人とも服と髪型がキマっている。一度に目に入れるとキラキラさで目が潰れそうだ。特にアルフォンスは見ないようにする。


 そこにもう一人、藍色の髪の小柄な青年がいた。


「ミリィ!」


 その青年は、ぱっと立ち上がると、ミリアに向かってかけてきた。


 入って来たミリアに視線を向けていたエドワードら三人が、目を丸くして皇子おうじを見た。


「クリス!?」


 見知った顔だった。


 ミリアが名を呼び、両手を広げたクリスがミリアに抱きつこうとした瞬間。


 ミリアがクリスの片腕をつかみ、足を引っかけて、床に組み伏せた。


「わわっ、ごめん、つい――ひっ」


 慌ててミリアが腕を放すと、ぎょっと顔をこわばらせた。剣とサーベルの計五本が座り込んだミリアに向けられていた。


「やめ――」

「下がれっ!」


 驚いたエドワードが制止するよりも先に、クリスがミリアの肩に両腕を回して叫んだ。


「彼女はボクの大切な人だ。かすり傷ひとつ付けてみろ。直々じきじきに首をはねてやる」


 サーベルがぱっと引かれた。


 騎士たちは剣先を向けたままだ。命令できるのはエドワードだけだからだ。


「……宣戦布告と取るぞ?」


 クリスが騎士たちをにらみつけた。それでも彼らは動かず、青ざめたエドワードが手を振ったのを見てようやく離れた。


「ボクを引き倒すとはね」

「ごめんなさい。クリスの顔を見たら練習を思い出しちゃって」

「腕がにぶってなくて何よりだ。でも次はベッドの上にしてくれ」


 クリスがミリアを助け起こすと、床じゃ固いもんね、とミリアは見当違いな返答をした。


「それで……クリスはどうしてここにいるの? 私、帝国のおう……使者さんに呼ばれて来たんだけど。あ、ご挨拶しなきゃ。……あれ?」


 ミリアはクリスの服装を見た。簡単に言えば軍服だが、その色は深い藍色で、胸の階級章は確か帝国軍の将軍の中で一番上のもの、つまりは大将を示すものではなかったか。


「ミリィ、ボクがその――」

「嫌。聞きたくない。やめて」


 ミリアは自分の両耳を押さえた。


 やはりミリィはミリィだな、と皇子は笑っていたが、笑い事ではなかった。


 こんな乙女ゲームみたいな展開は要らない。一時期家に預けられて共に育った幼なじみが帝国の第一皇子だなんて、そんなシナリオまっぴら御免である。


 ……第一皇子、ねぇ。


 ミリアは胸の階級章を再び見て、ため息を押し殺した。

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