第62話 チートですが何か?

 図書館の応接室に残ったミリアは、暗くなるのを待ってから自室に戻った。


 マーサが仰天していたが、読書で泣いたと言ったら納得し、こすっては駄目だと何度言えばわかるのか、と叱られた。


 ミリアに濡らした布を渡してから、マーサが手紙を持ってきた。


 差出人はギルバートだった。


 印璽スタンプは私信用だ。


 ――読むのが怖い。


 マーサからペーパーナイフを受け取ったが、開く勇気がなかった。封筒が分厚い。何枚にも渡って、非難の言葉がつらなっていたらどうしよう。


「読まないんですか?」

「……うん。今日は疲れたから、明日読む」


 ミリアは机の引き出しの中に手紙をしまい込んだ。





 翌日、校舎に行くのがものすごく嫌だった。


 エドワードが迎えに来ないのをいいことに、ミリアはだらだらと自室で時間をつぶしていたのだが、アニーと交代しに来たマーサに部屋から追い出された。


 目のれは引いていたが、ミリアが泣いたという話はすでに広まっていた。


 これはエドワードも知ることになるだろう。幸い嫌がらせのことは噂になっていないようだから、足の小指をぶつけたことにでもしようか。


 しかしギルバートが嫌がらせのことを知ったのだから、エドワードの情報網に引っかかるのも時間の問題だった。


 早く彼女たちの弱みを握らないといけない。


 まずは明日のローズのお茶会が勝負だ。





 昼休み、庭園のテーブルにまた犬の死体が置いてあった。


 ようやくミリアが反応を見せたことに味を占めたのだろう。思考が単純すぎる。そもそも勘違いだ。


「ネズミにしろと言ったのに……」


 今度はちゃんと、埋めてあげて欲しい、と使用人に告げて、ミリアはまたカフェテリアに戻った。


 また横からちょっかいをかけられたが、昨日同様、ミリアは何食わぬ顔で応対した。馬鹿の一つ覚えという言葉をご存知ですか、と言っておいた。


 図書室には行かなかった。


 


 放課後、エルリックとの約束通り、ミリアは正門に迎えに来たスタイン家の馬車に乗り、別邸に向かった。


「姉さん!」


 馬車を降りるとほぼ同時に、エルリックが玄関から走り出てきた。両腕を広げて駆けてきたので、ミリアはその腕の中に飛び込んだ。


「久しぶり、姉さん」

「前会ってからそんなにたってないよ」

「そんなことない。長かった」 


 ミリアの両肩に手をおいて体を離し、むっとねたような顔でエルリックがミリアを見た。目線がわずかに高い。


「リック、大きくなったね」


 ミリアが手で自分の頭とエルリックの頭の高さを比べる。エルリックは数ヶ月でミリアの背を追い抜いていた。顔つきも少し大人っぽくなった。


「これからもっと伸びるよ」


 エルリックは嬉しそうだ。


 一方ミリアは、弟の成長を喜ぶと同時に、ああ、可愛かったエルリックはもういないのか……と寂しく思っていた。


「ミリア様、お帰りなさいませ」


 姉弟の再会に水を差さないようにと気を使ってくれたのか、二人の会話が一段落してから使用人が笑いながら声をかけた。


「ただいま」


 まだ玄関の外だった。そそくさと家の中に入る。


 ミリアにとって帰る家とは、フォーレンにある本邸だ。だから、ただいま、と言うのは少し変な感じがする。だが、ここにいる使用人にとっては、普段学園で暮らしているミリアが帰ってきたと思うのだし、ミリアにも自分の陣地テリトリーにいるような安心感があった。

 

 居間のソファに座ると、さっそく紹介するよ、と言って、エルリックが子供たちを呼びに行った。


 おどおどと連れて来られたのは男の子二人と女の子一人。三人とも見覚えがある。なぜなら孤児院で選んだのがミリアだからだ。


「左から、三人とも、姉さんに挨拶して」


 背の高い順だ。年齢もその順なのだろう。


 一番背の高い男の子が名前を名乗った。


「よろしくお願いします」

「冬休みにもフォーレンで会ったよね?」

「はい、見習いの店で」

「ああ、そっか。あのとき姉さんと顔合わせてたね」

「歳は?」

「十一歳です」


 アルフォンスの要望は十歳未満だったはずだ。それに、見習いの子は店での仕事を覚えるのに忙しいはず。


「この子は計算が得意なのと、二人の監督も兼ねてる」


 ミリアの疑問がわかっていたかのように、エルリックが説明をした。確かに小さな子だけでは心許こころもとない。


 ミリアは二人目、中央の男の子に目を移した。


「ヴァンです。九歳です。もうすぐ十歳になります。よろしくお願いします」


 赤髪のこの子はよく覚えている。ついこの前引き取ったばかりだ。それもアルフォンスと馬車に同乗した時の子である。忘れようもない。


「もう慣れた?」

「はい。慣れました」


 緊張はしているようだが、あの時見せていた不安な目はもうしていない。


「最後は……」


 女の子が可愛らしい声で名乗った。


「九歳です。ミリア様、よろしくお願いいたします」


 確か去年引き取った子だ。言葉はなかなかちゃんとしている。ただ、お辞儀はまだぺこりと頭を下げるだけだった。


「三人とも、しっかりやってね」

「はい」

「はい」

「はいっ」


 いいお返事だ。


 そうだ。大事なことを言うのを忘れるところだった。


 ミリアは三人を真剣な顔で見た。


「三人とも、何か嫌なことをされたら絶対報告すること。相手が貴族だからって遠慮したりしないで、ちゃんと言ってね。口止めされてもだよ。うちに迷惑がかかるって言われても、絶っっ対に報告して」


 三人はミリアの気迫に気圧けおされたのか、無言で頷いた。


 一番年上の男の子と目を合わせる。


「あなたは一番お兄さんなんだから、二人のことをちゃんと見て。何かおかしいと思ったらどんな小さなことでも報告して」

「はい」


 男の子はごくりと唾を飲み込んでから返事をした。


 次は女の子だ。


「あなたは女の子なんだから、特に気をつけて。嫌なら嫌って言って、二人に助けを求めるんだよ」

「……はい」


 最後は中央の男の子。


「ヴァン、あなたは、二人が、お兄さんぶって我慢しすぎたり、恥ずかしがって黙っていたりしないように、ちゃんと見ててね」

「……はい」

 

 下の二人はよくわかっていないような顔で返事をした。年長の子だって、まさか、小児愛者アルフォンス悪戯いたずらされないように注意しろ、と言われているとは思っていないだろう。


「どうしたの、姉さん。やけに真剣だね」

「こんなに小さな子を派遣するなんて初めてでしょう? 心配なの」


 エルリック相手でも、さすがに他人ひとの性癖を勝手に暴露するわけにはいかない。ミリアは誤魔化した。


「大丈夫だよ。昨日と今日僕が見てたけど、三人ともちゃんとやってたよ」

「じゃあ大丈夫かな。――でも本当に、何かあったら報告、忘れないでね」


 念には念を、とミリアは三人に最後の念押しをした。


 姉さんは心配性だなぁ、とエルリックが苦笑していた。




 三人を解放し、ミリアはエルリックとお茶を飲みながら姉弟の会話を楽しんだ。


 エルリックはお土産としてピア・ミルキのフォーレン支店限定のクッキーを買ってきていた。ミリアは手を叩いて喜んだ。


「父さんは元気?」

「元気だけど、最近北の国境付近に行ってることが多くて、ほとんど家にいないよ」

「ふぅん。忙しいんだね」


 常々思っていたが、会長だって自覚はあるんだろうか。


「すぐ外のシャルシン国に温泉が出たんだ」

「温泉!」


 ローレンツ王国には温泉がない。一番近くても馬車で五日くらいのところにある。実際は友好国のみ通って行くため七日はかかる。国外ということもあって、ミリアも今まで一度も行ったことがなかった。


 それが、北の国境のすぐ側から湧いたという。フォーレンからなら二日で行ける。国外であるが、隣国のシャルシン国は友好国であり、商会の付き合いも長い。


 行きたい。是非とも行きたい!


 露天風呂はあるのだろうか。タオルを頭に乗せてのんびりしたい。裸ではなく水着を着るのだろうか。いいやもう何でも。温泉に入れるのなら。


「温泉街を造るから建材や工員が必要なんだって。軌道に乗れば食材やお土産が売れるようになるからって張り切ってた」


 温泉街!


 浴衣ゆかたで温泉をはしごしながらお土産屋さんを冷やかして、夜はお刺身を食べながら日本酒を飲んで……。


 どんどん夢は膨らんでいく。浴衣も刺身も日本酒も存在しないのだが。


「僕も一度行ったけど、すっごい臭かった」


 匂いを思い出したのか、エルリックが、うえぇと顔をしかめた。硫黄泉のようだ。


「あと、触れないくらいお湯が熱い。水混ぜないと入れないね」


 いやいや、水で割ると成分が薄まってもったいないから冷やそう。湯もみをすればいい。草津温泉みたいに。ただしばらく外を流すだけでも冷える。


 今まで現代チートはしないようにしていたが、これだけはこだわりたいと思った。なんたって温泉である。温泉なのである。


 さりげなくフィンにアドバイスをしなければ、とミリアは心に誓った。


 話はカリアード家への話へと移る。


「アルフォンス・カリアードに初めて会ったけど、いけ好かない奴だね」

「こら、お客様をそんな風に言わないの」

「だってさ、ずっとこっちを見下してるような疑っているような目で見て、商人なんて信用できないって感じだった。最後までにこりともしなかったよ」

「そりゃあ、仕事を頼むんだから、ちゃんと働けるのかとか信用できるかとか、見るに決まってるでしょ」

「そうだけどさぁ……」


 アルフォンスのことをよく知るミリアは、その態度には納得がいった。アルフォンスは家が貴族派に属していて、礼儀にはかなり非常にめちゃくちゃ超あり得ないほどうるさいが、仕事に関しては能力を重視し、個人的にはどちらかと言えば実力派寄りだ。


 つまり子供たちが要件を満たすのかを厳しく見ていたのだ。エルリックが見下されたように感じたのは、ただそういう目つきなだけで。


 笑わないのは仕様デフォルトである。


「でも、高いんでしょ?」

「それはもう!」


 エルリックが得意げに笑った。いい商談ができたときのフィンにそっくりだ。


「わざわざ子供を雇いたいなんて変な人だよね。うちの方針に賛同したのかな?」


 それはね、小児愛者ペドフィリアだからだよ。


 この三人が能力だけでなく趣味の基準も満たしたのだとしたら……少年好きショタコンであり少女好きロリコンでもあるのか……。


 三人にもう一度言い聞かせておくべきか、とミリアは思った。

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