第49話 買いかぶりすぎです side アルフォンス

「……なるほどね」


 アルフォンスが自身の抱いた疑念とその根拠、そして今後の予測を話しきると、それまで静かに話を聞いていたギルバートが、ソーサーとカップをテーブルに置いた。


 そして握った片手を口元に持って行き、くくっと笑った。


「ミリアが……悪女ね……ふふっ」


 その仕草と、第一王子ギルバートがミリアを呼び捨てにしたことに、アルフォンスは瞠目どうもくする。


 遅かったというのか。すでにギルバートまで……。


「ギルバート殿下……」

「ごめん。カリアードが真面目に言っているのはわかっているんだ。だけど、ふふっ、あのミリアが、と思うと、どうにも可笑おかしくてね」


 笑いを止めるように、ギルバートは再びカップに口をつけた。


「スタイン家の動向は僕も追っている。男爵とは何度か面会したが、基本的にはできた人物だ。今のところは王家への叛意はんいはないだろうね」

「ですが」


 ギルバートが言い切ったことにアルフォンスは反発した。それに微笑みが返ってくる。


「今のところは、と言っただろう? 現在の王家の方針や政治はスタイン商会にとって悪いものではない。国内で自由に商売でき、輸出入の制限はあまりなく、利益が出ればそれだけ税金は取られるが、得られる恩恵を考えれば許容範囲だそうだ。各領の高い関税率は街道整備の条件で安くなっているからね」


 初期に着手した所は元を取ったそうだよ、とギルバートは面白そうに言った。


「叙爵による特権は……活用できることが少ない割に面倒事が増えたとこぼしていた。これ以上の爵位は要らないそうだ」


 そこまでの話を聞き出せる仲なのか。


 その思考は顔には絶対に表れていないはずなのに、ギルバートには見抜かれた。


「エドの苦手分野だね。あいつは腹を割ると全てさらけ出してしまう。だから僕がやるんだ」


 何てことはないように言うが、ギルバートが陰で未熟なエドワードを大きく支えているのはアルフォンスもわかっていた。


「いいかい、カリアード。商人の論理は君たち貴族とは大きく異なる。体面や権力には重きを置かない。中には権力を欲する者もいるが、フィン・スタインはそのタイプではないね。重要なのは儲かるか否かだ。王国にたて突いて反乱を起こすのは労力と費用に見合わない。陰から牛耳ぎゅうじることもね。だからスタイン家は実行しない」

「今のところは、ということは、今後はあり得るという事ですか?」

「そうだ。理不尽だと思えば行動を起こす可能性はある」


 ならば。


「そのための布石ということは?」

「ないね。彼の弱点は二人の子供だ。大事な愛娘まなむすめをそんなことに使ったりはしない」

「そんなこと、と簡単に言えるような小事とは思えませんが」

「カリアード、さっきも言っただろう。商人が重視するのは利益だと」


 ギルバートはカップに口をつけた。アルフォンスの方は、話に集中していて先ほどから一口も飲んでいない。


「スタイン商会はローレンツ王国にこだわることはないんだ。商売はどこでだってできる。着々と他国への進出を進め、今や他国の拠点は輸出入だけでなく現地での商売もにない始めている。国内外での実績もある。その気になればいつだって出ていけるだろう」

「そんな。まさか」

「どうしてあり得ないと思う? 本部をフォーレンに置いているのだって、王都よりも各地に足を伸ばしやすく関税も低いからだ。より条件がいい場所があるなら移るのは当然だろう」


 ギルバートはガラスコンポートからチョコレートを一粒つまみ、口の中へ放り込んだ。


「スタイン商会を脅威とするならば、反旗をひるがえされることよりも、商会からもたらされている恩恵を失うことを危惧きぐするべきだね。街道の整備は元より、納めている税金、雇用、基礎教育と雇用改善による平民の生活力の向上、輸出入による文化交流、技術開発への支援、孤児院への寄付。本来国が主導すべきことを、一介の商会がになっているんだ。これらが全て失われ、代わりに他国にもたらされたなら、我が国の損失はどれほどになると思う?」


 アルフォンスは、ごくりとつばを飲み込んだ。


 実力派がたびたび主張するスタイン男爵の功績。それは過去の実績を見たものだが、アルフォンスが父親から聞いた限りでは、今後もたらされる恩恵までを考慮した意見は出ていない。ましてや失った時の損失など誰が考えているだろうか。

 

「僕は表舞台に出ていないし、男爵自身が爵位を望んでいないから口を出す気はないけど、商会を排そうという動きがあれば、全力で潰そうと思っている。国を背負う王族の一員としてね」

 

 ギルバートは穏やかに言ったが、その視線は厳しかった。断固とした意思を感じる。


「だからね、カリアード――」

 

 ギルバートはアルフォンスに微笑んだ。


「スタイン男爵を、そしてミリアを絶対に怒らせてはいけない。ミリアが父親に泣きつけば、また父親がミリアに害があると判断すれば、あっという間に彼らはいなくなってしまうよ。男爵はできた人物だと言っただろう? 子供たちのことはその例外に当たる」


 ギルバートの目はやはり笑っていない。


「学園でミリアが孤立していることも、貴族から軽く見られていることも知っている。そのくらいのことでミリアは怒ったりはしないから僕は静観しているけど、何かあればそれも全力で潰す気でいる。逆鱗になり得るとすれば、そうだな……」


 ギルバートは首を傾げて目線を上げた。


「大切な人を傷つけられること、ミリアが築いてきた物を否定されること、かな。あと、目の前で食べ物を故意に無駄にすること――例えば、料理の乗った皿を床にわざとひっくり返したりしたら、かなり怒るだろうね」


 それは僕もなだめるのに苦労するだろうな、とギルバートはくすくすと笑った。ミリアの食べ物への異常な執着はギルバートも知っているのだ。

 

「ミリア嬢が築いてきた物、とは?」

「それは自分で確かめるべきだ。ミリアが持っている物は君が思っているよりも遥かに価値がある。できることなら今すぐ僕の右腕にしたいくらいだよ」

「そんなに……?」


 第一王子ギルバートの側近ともなれば要職どころの話ではない。アルフォンスも将来的には王太子エドワードの側近になるが、ほぼ同列ということだ。


 買いかぶり過ぎだ。なんたってあのミリアである。


 ようやく貴族らしく振る舞えるようになった、多少学力のある十六才の娘にすぎない。感情がすぐに顔に出て、交渉事に向くとも思えない。生徒との交流がなく、大したコネもないだろう。


 ギルバートが側近にと望むほどの価値があるとは思えない。


 だがギルバートが自分で確かめろというからには、アルフォンス自身で探らなくてはならない。


「……スタイン商会を王国に留めるために、そしてミリア嬢自身の価値を得るために、殿下の――エドワード王太子の妃に、という話はあり得ますか」

「ない」

 

 躊躇ためらいがちに聞いた問いは、あっさりと否定された。


「では、ギルバート殿下とは?」

「ないね」

 

 ギルバートは肩をすくめた。


「身分に差がありすぎますか」

「いいや、違う。エドには婚約者がいるというのはもちろんだけど、エドの側妃にも僕の妃にも迎えることはないというのは、他ならぬミリアがそれを望んでいないからだ」

「まさか」


 王族の妃だ。望まぬ令嬢がいるはずがない。


「カリアード。君は人の感情にもっと目を向けた方がいい。ミリアがエドワードを籠絡しようとしていると言ったね。それはあり得ない。ミリアを見ていればわかることだ。彼女が何を欲していて、何を嫌がっているのか、それも自分で確かめるんだね」


 ミリアの感情。確かにアルフォンスは言動ばかりに注目し、疑念を持ってしまったばかりに、ミリア個人の感情には目を向けていなかった。元より他人の感情を察するのは苦手だ。


「もしもミリアが望むなら、僕は喜んで妃に迎えるよ。スタイン家との縁も彼女自身の価値も得難いものだけど、ミリアは女性としても魅力的だ」


 アルフォンスは顔をしかめた。


 ミリアが女性として魅力的だと? どこが?


 外見も中身も特に優れているとは思えない。


 エドワードが多少なりとも惹かれているということは、魅力がある……のか?


「ミリアの魅力がわからないとはね。もったいない」


 くすくすとギルバートが笑った。


「何にせよ、ミリアときちんと向き合うことだ。そしてくれぐれも怒らせないように。エドの監視役を頼むよ」

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