第47話 貧民街の孤児、ですか……?

 次の日、昼に一人で庭園に行ってみると、また椅子がなくなっていた。テーブルだけ残っているというのがいやらしい。取りあえず重たいバスケットを木の側のテーブルに置いて、他の庭園を思い浮かべてみる。春の陽気の中ではどこも混んでいそうだ。


 このまま芝生の上に座って食べたいところだが、ドレスに草の汁がつくのはよろしくない。それに前日の雨で土が湿っているかもしれない。ハンカチを敷いたとしても汚れる恐れはあった。


 いっそカフェテリアに戻ってそこでお弁当を食べようか、と思っていたら、遠くから色とりどりのドレスが近づいてきた。令嬢が五人、その侍女が七人。うち一人は、昨日ミリアにぶつかってきた伯爵令嬢だった。他の四人は伯爵令嬢二人と子爵令嬢一人、男爵令嬢が一人だった。


 ミリアは視線を向けずに気づかない振りをしていたが、計十二人はまっすぐ歩いて来ると、例の伯爵令嬢が話しかけてきた。


「あら、ミリア様、ごきげんよう。こんな所で奇遇ですわね」

「ごきげんよう、みなさま」


 近寄ってきて「あら」も奇遇もないだろうという内心は、作り笑顔の下に隠す。


 すると他の令嬢たちと侍女がミリアをテーブルごとぐるりと取り囲んだ。みなうっすらとした微笑みを浮かべている。目をふさぎ、後ろの正面だぁれ、とでも言えばいいのだろうか。


「椅子がありませんね」

「そうなんです。誰かが持って行ってしまったみたいで」


 勝ち誇ったように伯爵令嬢が言うが、鈍感なふりをして困った顔を見せた。


「それでミリア様はどうなさるの?」

「このまま召し上がるのではないかしら」

「平民は道端で食べ物を買って立ったまま口に入れるらしいですわ」

「本当ですの?」

「わたくしは歩きながらと聞きましたわ」

「まあ!」


 全員が舞台俳優ばりに大げさな動作で手を口に持って行き、目を丸くした。


 ミリアは買い食いも好きだが、座らずに食事をするのは何も平民だけではない。彼女たちは立食パーティという形式を知らないのだろうか。学園のダンスパーティは立食なのだが。


「さすがミリア様、平民の生活にも馴染なじみがあるのですね」

「お忘れになって? ミリア様は元は平民ですもの、お詳しいのは当然ですわ」

「あら、わたくしったら。そうでしたわ。エドワード様とご一緒にいらっしゃるのをよくお見受けしていたので、ご実家の爵位が高いのだとすっかり思い違いをしていました」

「お父さまのご職業は商人でしたかしら?」

「領地をお持ちではないのでしたわね。あきないだけでは大変なのではありませんか?」

「だからミリア様はご実家に負担をかけないよう、シンプルなドレスを着ていらっしゃるのでしょう?」

「ご家族思いの方なのね。とてもお似合いですわ。その……曇り空のような色のドレス」


 好き勝手に言われているが、ドレスの色の例えが秀逸でミリアは感心してしまった。曇り空の色とは言い得て妙ではないか。これから使おうと思った。マーサには怒られるだろうが。


 ちなみにミリアが着ているドレスはいつものようにシンプルではあるが、光沢こうたくのあるグレーの色の中に光の加減で青色が出る、特殊な方法で織った布でできている。ミリアの手持ちのドレスの中でも特に高価な布地だ。だから普段以上に汚れを気にしていた。サンプルとして使われた布で作り、元手が無料タダなのは言わぬが花だ。


 来年の社交シーズンに向け、地味な地色に青、赤、緑の光沢を入れたものを大々的に扱っていく予定で、すでにたくさんの仕立屋と契約を終えた。つまりは流行の超最先端なのだが、時代の先を行き過ぎていて理解してもらえなかった。


「エドワード様とのこと、わたくし密かにミリア様を応援しておりましたのよ」

「身分違いの恋なんて素敵でしたのに」

「仕方ありませんわ。ミリア様がどれほどエドワード様をおしたいしていても、エドワード様のお心は初めからからローズ様の元にあったのですから」


 令嬢たちはそろってほほに手を当て、寂しそうな仕草はするのだが、ちっとも顔に表れていなかった。どうせなら最後までローズの元にいてくれたらよかったのに。


「ジョセフ様とも親しいのでしょう? ミリィと呼ばれていらっしゃるのかしら」

「ジョセフ様に愛称で呼ばれたら、わたくしなんて気を失ってしまいそう」

「ミリア様はジョセフ様を愛称で呼んでいらっしゃいますけど、ジョセフ様は呼び捨てしておいででした」

「ジョセフ様は、ミリア様に愛称を許していないとおっしゃっていたそうですわ」

「あら、わたくしてっきり……」


 ちらりと視線を寄越され、ふっと鼻で笑われた。それまで淡々と聞いていたミリアだが、この仕草には少しむっとした。


 ジョセフが愛称を許していないと言った、というのは嘘だろう。ミリアが人前で呼ぶのを嫌がっているだけで、ジョセフ本人は否定しないはずだ。ミリアの耳に入ればこれ幸いと呼ぶのをやめる。それに、ジョセフは嘘をかない。逆に、俺は呼んで欲しいんだけどね、くらいのことは言いそうである。ミリアは激怒して二度と愛称で呼ばないだろうが。


 その後も、そろそろジョセフに愛想を尽かされる、元からジョセフは向けていない、アルフォンスに避けられているくせに、なぜ元平民がこの学園にいるのか、と様々なことを言われた。要するに、元平民風情が調子に乗ってんじゃないわよ、ということである。


 ミリアは微笑みでもって黙って受け流した。気分はモナリザである。


「そういえば、スタイン商会について面白いお話をうかがいました」

 

 正面の伯爵令嬢が、にぃっと意地悪そうに口をゆがめた。


 これからが本題なのか、とミリアは心の中でため息をいた。どこかで何度も聞かされたような悪口に飽きていたのだ。主題は最初に持ってこい、と教わらなかったのか。


「スタイン氏は定期的に孤児院に通っているそうですわね?」


 飛び出した言葉に、ミリアはぎくりと体をこわばらせた。伯爵令嬢はそのわずかな動きを見逃さず、肯定ととらえた。


「氏が孤児院で何をされているのか、ミリア様はご存じなのかしら?」

 

 ご存じも何も、ミリアは孤児院へ行くフィンに同行している。少なくとも志望者を引き取りに行くときはミリアも一緒だ。


 伯爵令嬢はこう言いたいのだろう。スタイン商会は寄付と引き替えに孤児を買い取っている。もしくは、孤児の引き取りを隠れみのに奴隷売買をしている。


 事実無根だ。やましいことは何もない。はっきり答えればいい。従業員として教育するために孤児を迎えに行ったのだと。


 だが、ヨートルの孤児院で兄にすがりついて泣いていた妹の光景が浮かんで、即答できなかった。


「ご存じないのなら教えて差し上げますわ」


 伯爵令嬢はミリアに近づき、耳に口を寄せた。


「氏は孤児院ではなく貧民街の孤児を売買していますのよ」

「はぁ!?」

 

 ささやかれた言葉にミリアは驚愕きょうがくと抗議の混じった叫びを返した。令嬢は一歩足を引いてミリアから離れると、勝ち誇ったような顔をした。


「証拠もございますわ」

「そんなわけっ!」

「さあ、みなさま、お昼休みが終わってしまう前に、ランチにしましょう」

「ちょっと!」

「――行きますわよ」


 伯爵令嬢はミリアの制止を無視してきびすを返した。令嬢のささやき声が聞こえなかった他の十一人は戸惑っていたが、強い言葉が彼女たちを従わせた。

 


 貧民街の孤児を売買している?


 ――そんなバカな。



 証拠?


 ――あるわけない。

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