第42話 事実にしても失礼じゃないですか?
久しぶりのギルバートとの会話で少し気が楽になったミリアではあったが、色々なことが頭の中をぐるぐる回っていて、午後の講義の途中で眠くなることはなかった。
半分上の空で受けた講義が終わるとまっすぐ自室に戻り、ソファに体を預けてぐでりと脱力した。
ジョセフとのことは、お茶会ではほんの少し触れられた程度。天秤がどうのこうの、くらい。エドワードの話が大きすぎた。このまま一緒に消えてくれればいいが、エドワードとの話が収束したらまた持ち出されるかもしれない。第一ジョセフがミリアを諦めない限りは、騒がれるかはもとかく、状況は続くのだ。
アルフォンスには、まだ何も言えてない。休み時間は自由だったのだから、話しかける機会はたくさんあった。しかし側にはいつもエドワードがいて、自分から近づくのは
違う。色々とありがとうございました、お世話になりました、の一言だけでも言うべきなのだ。何の話だ、とエドワードあたりは突っ込んでくるだろうが、誤魔化しはきくはずだ。
だが、アルフォンスが全くミリアを見てくれず、視線をそらされ続けていて、ミリアの意思は
入学以来ミリアはエドワードにずっと同じ対応を続けていたというのに。それで傷つきたくないなど、虫のいい話だった。
エドワードがお茶会に誘ってくれないだろうかとか、ジョセフに頼んでみようかと思いはするものの、他力本願だし、どのみち二人で話すことができない。ミリアが使用人を呼んでなんとか自分でお茶会を主催したとして、アルフォンスは来てくれるだろうか。
ギルバートの話を踏まえて、一度手紙を書こう。直接お礼が言いたいことも添えて。
***
「アル、お前ミリアのこと避けてるだろ。何があった?」
放課後、エドワードが一人で執務棟に向かったあと、ジョセフはアルフォンスをつかまえた。
「いいえ。特に何もありません」
「嘘つけ。ミリアの視線がアルに向かってるのはわかってるんだからな。あんなに見つめられて気づかないとは言わせないぞ」
「嫉妬ですか?」
「ああ、嫉妬だ。悪いか。こっちは正妃騒ぎのせいでミリアに声かけるのを自重してるんだ。視線くらい少しは俺にもよこせ」
今日一日、ミリアを見れば顔はジョセフに向いているのに、その視線はわずかに横にずれていたのだ。ミリアは感情を隠すのが得意ではない。アルフォンスと何かあったのは明らかだった。
見当違いの文句を言われたアルフォンスは、ジョセフに心底面倒くさい、という目を向けた。
「よこせと言われても困ります」
「んなこたわかっとるわ! で、俺のミリアになんかしたのか?」
「……ミリア嬢はいつからジェフの物になったんですか?」
「これからなる。絶対にものにする」
「ミリア嬢が聞いたら怒るでしょうね」
「ミリアの前で言うわけないだろ。――話をそらすなよ。何したんだ? もしくは何かされたのか?」
「話がそれるのはジェフが余計なことを言うからでしょう。何もありません。ただ……合わせる顔がないといいますか……」
アルフォンスはジョセフから目をそらした。
「それは何かあったと言ってるのと同じだぞ。まさか……ミリアに告白されたのか!?」
ジョセフはアルフォンスの肩に両手を置き、真剣な眼差しで問いただした。
「何を馬鹿なことを」
アルフォンスはジョセフの手を払った。近づかれすぎて
「ミリア嬢はわたしのことを嫌いのようですから、それは全くの
「嫌ってる? ミリアが? アルを? いくら
「誰が小姑ですか」
ジョセフはアルフォンスににらまれたが、謝罪の言葉はない。
アルフォンスは図書館での出来事を頭に思い浮かべた。
踏み台の上で限界まで背伸びしているミリアを見たとき、危なっかしいと思った。なぜ職員に取らせないのだと
その瞬間、ミリアの乗っていた踏み板が割れ、ミリアがバランスを崩した。その上本棚がミリアに向かって倒れてきた。
とっさにミリアを引き寄せ大事には至らなかったものの、心臓が止まるかと思った。たまたまアルフォンスがそこにいて、たまたま横から近づいていたからこそ出来たことだ。
勢い余って床に
アルフォンスを見てミリアはびくりと体を固くした。大怪我をしたかもしれないということに気がついて、今になって恐怖を
アルフォンスはミリアを安心させるよりも前に、無事を確かめることを優先させた。本棚の直撃は
だが、ミリアはアルフォンスの問いに答えなかった。ショックで声が出ないのだと思われた。アルフォンスが顔をのぞき込み、
「放して下さい!」
そう言ってミリアはアルフォンスを突き飛ばし、その場から走り去っていった。それだけ動けるなら怪我はなさそうだな、と思った。
押された拍子に後ろに突いた手をそのままに、アルフォンスは天井を
エドワードとジョセフには抱擁を許したと聞いていた。しかしアルフォンスはそれほど密着していた訳でもなかったというのに、突き飛ばして走り去るほどに嫌だったらしい。
そうこうしているうちに音を聞きつけ人が集まってきた。事情を説明して事態を収拾しなくてはならない、とアルフォンスは思考を切り換えて立ち上がった。
ミリアのことは言わない方がいいだろう、と判断した。この件をありのままエドワードに話すと怒り狂うだろうから、詳細はギルバートに報告することに決めた。ちょうど先日ミリアが見つけた不正の証拠もあることだし、責任者は相応の処罰を受けるだろう。
そして、ギルバートの公正な調査と裁きにより、責任者たちの首は飛んだ。事件を利用してカリアード家の名声を高めることにも成功し、まずまずの出来だった。ただ、ミリアはよく思っていないだろうな、とは思う。
しかし、アルフォンスが合わせる顔がないと言ったのは、図書館の件が原因ではなかった。
「ミリアは嫌いになったらとことん避け続けると思うぞ。あれは何か言いたそうな顔だった。いい加減何が合ったのか吐けよ。エドには言わないから」
「昨日のハロルド邸での騒ぎ、わたしが贈った宝飾品が発端なんです」
「ミリアに贈ったのか!?」
「……いい加減にしてくれませんか?」
ミリアミリアとうるさい。
アルフォンスが本気で不快な顔をしたので、ジョセフはふざけるのをやめた。
「悪い悪い。冗談だって。
「……ドレスの色がわからなかったんです」
「は?」
「ミリア嬢が着ていくドレス、明るい色としか言えなかったでしょう。茶会ではローズ嬢が赤系のドレスを着るのは有名ですが……」
「リリエント嬢が何色のドレスを着るのかわからなかったから、わざわざネックレスを贈って緑のドレスを着させたってことか!?」
「あそこまで助言して作法もわたしが完璧に指導したんですよ? そんなところで減点されるのは許せなかったんです」
「いくらなんでもこだわりすぎだろ。完璧主義もほどほどにしろよ。……あー、読めたわ」
ジョセフが下を向き、がしがしと頭をかいた。
「愛しの婚約者様から瞳の色のネックレスを贈られたリリエント嬢が調子に乗って、ローズ嬢をいじめたんだな。ミリアはローズ嬢を下げるために正妃にと持ち上げられたわけか。リリエント嬢の自己顕示欲は筋金入りだからな」
アルフォンスがため息をついた。
「ミリア嬢が正妃だなんて有り得ません。あのミリア嬢ですよ? 務まると思いますか? 貴族だって納得しません。出自以前の問題です」
「側室なら?」
「無理ですね。場合によっては正妃の代理として公務に出ることもあります。あのミリア嬢ですよ?」
「二回も言うか」
腕を広げて大げさに主張するアルフォンスに、ジョセフは苦笑した。だが気持ちはわかる。ミリアがエドワードの横で
「でも……実力主義派の
「そこですよ。これまでは単なる殿下の気まぐれに過ぎませんでしたし、ローズ嬢一強で結婚前から側妃をと言い出せず
アルフォンスはうなだれた。
「リリエント嬢は何も考えてないと思うぞ。ローズ嬢と違って家の事情なんて考慮してないだろ。それに
「それはそうなんですが、
「とりあえず今は静観だな。リリエント嬢へのプレゼントも気にすることはない。元はといえばエドがふらふらしているのが悪い」
ジョセフには
「この懸念についてエドには?」
「言わない方がいいでしょうね。ミリア嬢が絡むとどうも冷静ではいられないようですから」
「ミリアが権力闘争に巻き込まれるくらいならさっさと側妃にする、とか言いかねないな」
ジョセフは冗談めいて言ったが、冗談で済まないかもしれないのがここのところのエドワードだ。
「王太子としての自覚を持って欲しいのですが」
「去年まではそんなことなかったよな……。ミリアは傾国の美女だったりして」
「美女……?」
これもジョセフは冗談のつもりだったのだが、アルフォンスは顔を思い切りしかめて
「美女は違うかもしれないけど、かわいいだろ」
「可愛い……?」
ジョセフは今度は本気で言ったのだが、それもアルフォンスには伝わらなかった。
客観的に見る限りミリアは平凡な顔立ちで、劣ってはいないが優れているわけでもない。アルフォンスにはジョセフの言葉がさっぱり理解できないのであった。
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