第40話 女って……怖いですね

 政略結婚が当たり前の貴族社会。家の為に他家と婚姻を結ぶのは子どもの義務だ。恋だの愛だのは許されないし、許されるとしても家の利益を損ねない範囲でのこと。とはいえ、乙女であれば誰だって、愛し愛される関係には憧れるし、恋い慕う男性と添い遂げられたらと思うものだ。だからこそ、愛されていることは一種のステータスとなりうる。


 リリエントは婚約者アルフォンスに愛されているというステータスでもって、優位を誇示しマウントをとりにきた。


「マリアンヌ様だって、ジョセフ様の多少の火遊びくらい、悠然と構えていらっしゃればよかったのですわ。浮気は殿方の甲斐性かいしょうとも言いますでしょう? それだけ魅力があるということです。なのにあのユーフェン家との縁談を棒に振ってしまわれるなんて」


 リリエントは片手をほほに当て、はぁ、と残念そうな、半ばあきれたようなため息をついた。自分の婚約者アルフォンスは浮気なんてしないけれど、という心の声ふくおんせいが聞こえてくる。


「一言相談して下さればよかったのですわ。そうしたら、ジョセフ様のお気持ちを気にして早まった真似をしないよう説得して差し上げたのに。ねぇ、ローズ様」

「え、えぇ……そうですわね……」


 ローズの顔はひきつっていた。


 この二人はいつもマリアンヌとともに三人ひとセットでいたため仲が良いと思っていたが、どうやらそれはミリアの勝手な想像だったらしい。


 と思いきや、周りの様子を見るに、お茶会に呼ばれる程には親密な彼女たちにしても、これは驚くに値する事態のようだ。


 考えてみれば、三人はローズを中心にまとまっているように見えていたけれども、家格はローズとリリエントは同じ侯爵家。親の役職は財務大臣と宰相。論じるまでもなく宰相の方が上なわけで、リリエントがローズに付き従うのはおかしな話だ。


 唯一にして絶対、ローズとリリエントの地位を大きく分けるもの、それがローズの王太子エドワードの婚約者という立場だ。伯爵令息であるアルフォンスの婚約者では到底勝ち得ない。将来的にはその差は王妃と伯爵夫人まで広がる。


 もしかすると、リリエントはその鬱憤うっぷんをずっと抱えてきたのかもしれない。プライドの高いリリエントのことだ、同格のはずのローズが自分の上にいるのを、そして今後ずっとそこに居続けるのを内心忸怩じくじたる思いで見ていてもなんらおかしくはない。


 貴族社会での地位はくつがえすことはできない。だが、令嬢――いや、夫人たちも含めた女社会では、婚約者や配偶者に愛されているというステータスは何物にも勝るとも劣らない。それも相手は眉目秀麗びもくしゅうれいなアルフォンスである。これまではローズもエドワードから愛されていたかもしれないが、今は違う。立場は完全に逆転していた。下克上げこくじょうである。


「ローズ様も、エドワード様のお気持ちに振り回されることなく、泰然としていらっしゃればよろしいのです。ローズ様は名門ハロルド侯爵家の血を引いていらっしゃるのだもの、エドワード様だって、お世継ぎはローズ様の間にもうけたいとお考えに違いありませんわ」


 わざわざ、お世継ぎ、と強調する念の入れようである。ローズは何も言えないようだった。


「ところで、ミリア様はジョセフ様とエドワード様、どちらをお選びになるのかしら? お二人を天秤に掛けるなんて、前代未聞でしてよ」


 久しく女同士のつきあいの陰の面から離れていたミリアは、女ってこえぇ、と完全に第三者目線でいたのだが、突然矛先ほこさきが自分に向いて焦った。同時に令嬢方の視線もミリアに向いた。ついでにローズの怒りも向いた。


「選ぶだなんて、そんな、恐れ多い! エドワード様とは何もありませんし、ジョセフ様とはお友達ですから」

「照れなくてもよろしいのですよ。殿方から愛されることは女の幸せですもの。お二人は学園のみならず、デビュー前から社交界でも大人気。そのお二人から想いを寄せられるなんて、ミリア様はさぞかし素晴らしい魅力をお持ちなのでしょうね」

「魅力なんて、そんなんじゃっ。私、見ての通り、元平民で礼儀も知らない有様ですし……」

「いいえ。本日拝見したところ、貴族令嬢わたくしたち遜色そんしょくない作法でしてよ。ねえ、みなさま?」


 令嬢たちはおずおずと頷いた。

 褒められたのだと思うのだが、素直に喜んではいけない気がする。


「エドワード様に相応ふさわしくあるよう、努力なさったのね。あら、ジョセフ様の方かしら」


 やはり喜んではいけなかった。このお茶会に限っていえば、エドワードの為でもジョセフの為でも全くなく、ただ侯爵家に招待されたからには粗相の無いように、との一心だったし、基本的な礼儀作法についても学園生活で必要だったから仕方なく身につけただけだ。


「ジョセフ様とは最近とみに親しくなられたようですが、いつから特別な関係になられたのかしら?」

「特別な関係などでは決して……。お友達になったのもつい最近です」

「あら、でも、愛称でお呼びになっているのでしょう?」

「いいえ! あれはエドワード様たちがお呼びしているのを聞いていたので、失礼ながらうっかり言ってしまっただけです。ジョセフ様が私に許すわけがないじゃないですか」

「ついうっかり呼んでしまうほど呼び慣れているということかしら? それとも、同じ呼び名が口から出てしまうほどにエドワード様と一緒に過ごしていらっしゃるの?」

「どっ、どちらも違いますっ!」


 リリエントの追求は厳しかった。想定問答の通りなのにも関わらず、ローズへの謀反むほんで調子を崩されてまったミリアは防戦一方になっていた。


「わたくしごときがお二人のことを並べて語るなどおそれ多いのですが、あえて個人の見解を言わせて頂くと、ジョセフ様よりもエドワード様をお選びになった方がよろしいと思いますわ。ジョセフ様は恋多きお方ですもの、いくらミリア様がジョセフ様を夢中にさせる魅力をお持ちでも、気持ちが離れてしまうことはないとは言い切れません。その点エドワード様なら次期国王となるお方ですし、何より一途いちずですもの。生涯ミリア様を愛して下さるに違いないわ。そう思いませんこと、ローズ様?」


 にこりと笑ったその顔は、リリエントとは思えないほど慈愛に満ちていて、だがその仮面の下に、にやりと毒々しい笑みを浮かべているのが透けて見えた。


 ローズは膝の上の手をぎゅっと握り、唇をきゅっとんだ。表情を取り繕えないほどに動揺しているようだ。無理もない。後ろから刺されたも同然なのである。これではプライドは木っ端微塵みじんだろう。


 とうとう、ローズの目から、ぽとりとしずくが落ちた。


「ひどい……ひどいわ、リリエント様……わたくしがエドワード様のことをお慕い申し上げているのをご存じだというのに。エドワード様はわたくしのことを婚約者として大切にして下さるけれど、それ以上には見て下さらないわ。それでもいつかはとずっと願っていたのです。ですが、エドワード様は別の方を好きになってしまわれたわ。この気持ちがわかりまして? わたくし、マリアンヌ様のお気持ちがよくわかります。他の女性を見つめる婚約者をずっと見ていなければならないのですもの。これほどつらいことなどありません」


 流れる涙を拭うこともせずに、ローズは胸中を語っていく。


 なんと、ローズはエドワードのことが好きだったのだ。プライドをへし折られただろう、などというミリアの推測は大きく外れていた。ローズの真意を探るというミリアの目的は達した。そして望むべくもない状態だ。エドワードのことを想っているのなら、ミリアの王妃ハッピーエンド回避という最終目的と合致する。


 だがそれは、同時にミリアの心をさいなんだ。ローズの心をえぐったのはリリエントの言葉だが、この状況を作り出したのはミリアだ。ローズの涙はミリアの罪だった。

 

 そのむくいだろうか、ローズが濡れた目でミリアを見て、とんでもないことを言い出した。


「マリアンヌ様がお気持ちに区切りをお付けになったように、わたくしも心を決めようと思います。エドワード様がミリア様を愛していらっしゃって、正妃にとおっしゃるのであれば、わたくしは反対いたしません。わたくしは側妃にと言われても、エドワード様と結婚することさえ叶わなくても、そのお言葉を受け入れます。ミリア様、どうかそのときは、エドワード様を幸せにして差し上げて下さい……!」


 感極まるようにつぶったローズの目から、ひときわ大きな涙がこぼれた。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 そこは悪役令嬢らしく負けない宣言をしてもらわないと困る。


 ミリアはなじられる覚悟も、平手打ちビンタを受ける覚悟もしたのだ。ローズが指輪をしておらず爪もそれほど長くないようだから、叩かれても顔に傷がつく心配はない、などと思っていたくらいである。


「私、エドワード様とローズ様の間に割って入ろうだなんて思っていません。エドワード様のことは――畏れ多いですが――好きではないのです。それに……エドワード様も、私に妃にだなんて言ったことはないんです。ローズ様を正妃にと望んでいるに違いありません」

「ミリア様、ローズ様のことをお考えになれば、そうおっしゃるのも無理はありませんわ。ですが、ご自分のこともお考えになってもよろしいと思いますの。エドワード様へのお気持ちに素直になってはいかがです? エドワード様の愛を公私ともに一身に受けることのできる立場――正妃として迎えて欲しいとエドワード様におっしゃってみてはどうでしょう? 真実の愛の前では、誰も止めることなどできませんわ。ねえ、みなさま?」


 リリエントが半ば強制的に令嬢たちを頷かせた。


 さっきとは言っていることが違う。ミリアは側室か愛妾にしかなれない、ローズが正妃になるのは間違いない、と言っていたではないか。それなのに、なぜミリアが正妃になりたがっていて、希望すればなれそうな空気になっているのだ。


「ですから、私はエドワード様と結婚する気なんて――」

「おかわいそうに……。男爵令嬢、それも一代貴族だという立場がそう言わせるのですね。でもご安心なさって。わたくしたちはミリア様の味方ですわ。真実の愛を貫いて下さい」

「あのですね――」

「わたくしが、わたくしが悪いのですね……。エドワード様を婚約というかせで縛りつけてしまっているのですから。ですが、ミリア様、わたくしはまだ一縷いちるの望みを捨てきれないのです。エドワード様から婚約解消を言い渡されない限りは、このはかない希望にすがっていたいと思うわたくしを許してくださいまし」

「許すも何も――」

「誰も悪くなどありませんわ、ローズ様。恋とはままならないものですもの。身をお引きになるのは、お気持ちの整理がついてからでも遅くはありませんわ」


 ローズはリリエントの言葉に、わっと泣き出した。ようやく侍女からハンカチが渡される。


「お二人とも、どうか私の話を――」


 ミリアはなんとか否定をしようと声を張り上げた。が、それは空振りに終わる。なぜならば、あろうことかローズが席を立って走り去ってしまったからだ。


「ローズ様、おかわいそうに……」


 ぽつり、とリリエントがつぶやいた。

 その顔がにやりと笑っていたのを、ミリアは見ていない。


 唐突に主催者がいなくなってしまったお茶会は、なし崩し的に解散となった。ミリアの話を聞いてくれる令嬢は誰一人としていなかった。

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