第32話 これ絶対罠ですよ

 次の日。


 昨日あれから図書館で再読し、結局借りて部屋でもう一度読んだ。一読目ほどではないが満足はできた。そのせいで目のれが少し残ってしまった。


 今日も今日とてエドワードからのブーケを勝手に飾られ、迎えにきたエドワードと校舎へ向かう。泣いたのかと心配されたが、怖い夢を見たと誤魔化した。恋愛小説を読んで大泣きしましたと言うのは恥ずかしい。


 隣を歩いていた令嬢が、狡猾こうかつね、とエドワードに聞こえないように吐き捨てた。わざと目をらして心配させているのだと思われたらしい。寮前でミリアを待っている間にエドワードと余計に話ができるのだから逆に感謝したらどうなの、と言ってやりたかったが自重じちょうした。


 そのまま講義室で会話をしていると、遅れてきたジョセフとアルフォンスが合流した。ジョセフにも心配されたが、以前と変わらない範囲での気づかいだった。事情を知っているアルフォンスは黙っていてくれた。ありがたい。


 すると突然、ぴたっと講義室から音がなくなった。他の生徒の視線を追って扉の方を見ると、ローズとリリエントに付き添われたマリアンヌがいた。とうとう学園に来たのだ。


 マリアンヌはうつむいて二人の陰に隠れるようにこそこそとしていた。ローズとリリエントはそのはなやかさからつね日頃から注目を集め、その婚約者たち三人も同様だが、引っ込み思案じあんのマリアンヌは自身が視線のまとになることには慣れていないのだろう。席についたマリアンヌの両脇をローズとリリエントが守るように座った。そこへ令嬢たちがそっと集まり始める。


 ジョセフは気まずそうな顔をしていた。振られた相手だ。しかも婚約までしていたのだ。そりゃあ気まずいに違いない。


 エドワードはマリアンヌの心痛をおもんばかったのか眉を寄せたが、すぐに会話を再開させた。アルフォンスは表情を変えなかった。



 昼、ミリアはいつもの庭園にいた。誰も見ていないだろうと、行儀悪く白いテーブルに両手を伸ばして突っ伏す。疲れた。とても疲れた。


 マリアンヌの周りに集まった令嬢たちは口々に慰めの言葉を寄せていた。彼女自身は微笑しながら何も話さず、返答はローズが代弁していた。昨日はジョセフに同情していた令嬢たちは、若干じゃっかんジョセフを悪く言ディスっていた。変わり身の早いことだ。


 その集団から、ちらちらちらちらと向けられる視線が鬱陶うっとうしかった。非難の視線なら受け慣れていたが、含まれている物がそれだけではないように思えた。探るような、品定しなさだめをしているような。ミリアが一人でいるときにも向けられていたので、ジョセフへの視線を勘違いしたわけではないと思う。


 ああ、甘い物が食べたい。エドワードにねだったら駄目だろうか。駄目だよな。ジョセフに頼むのはもっと駄目だ。今エドワードが誘ってくれれば喜んで行くのに。


 気を取り直し、ご飯を食べて元気を出そう、とバスケットから昼食を取り出した。


 分厚いハムとチーズが挟まったサンドイッチを前に、あーん、と大きく口を開けたとき、遠くに赤とオレンジのドレスが見えた。この距離なら大口を開けているのも見えるまい、と遠慮なくがぶりとかぶりつく。今日も美味しい。塩加減が絶妙だ。


 令嬢二人との距離を測りつつ、まだいけると踏んで二口目。


 三口目はそろそろ小さく行こうかとにらんでいると、令嬢たちの様子が変だった。まっすぐミリアの方へ向かってくる。しかもローズとリリエントだ。


 ミリアはサンドイッチを置いて紅茶を飲んだ。


 いよいよきたか、と思った。悪役令嬢ローズとの対決の幕開けである。いまだ嫌がらせの一つもなく、せいぜい小言を言われる程度だったが、やっとこの時がやってきたのだ。


 しかし貴族の人たちはどうして食事時を狙ってやってくるのか。他人様ひとさまの食事を邪魔するのはマナー違反なのでは。昼休みくらいしか一人のミリアを捕まえられないのだから仕方がないのかもしれないが。


 そんなどうでもいいことを考えていると、ローズとリリエントが目の前まで来た。ミリアも立ち、ご機嫌よう、と作り笑顔の挨拶あいさつわす。


「どうぞ座って下さい」

「いいえ、すぐに済みますわ」


 そうですか、とミリアだけ座るわけにもいかない。立ったまま話すことになった。


「ミリア様にお伝えしたいことがあって参りましたの」

「何でしょうか」


 目の前の金髪碧眼へきがんの超美人からどんな罵倒ばとうが飛び出すのかと、少し期待してしまった。


 完璧な微笑ほほえみ顔のローズ横で、リリエントはさっとミリアの全身を眺めると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。こちらは平凡な茶色い髪と目を持ちながらも、同じく超美人である。ローズが悪役令嬢らしいきつめの美人なら、リリエントさらにきつい美人だった。ミリアを見下す目は、かつてのアルフォンスにそっくりだ。さすが婚約者。


「五日後にうちでお茶会を開きますの。ミリア様もぜひいらして」


 罵倒ではなかった。


「お茶会、ですか」

「ええ、王都の別邸で。内輪うちわの集まりですから、気楽にいらして下さいね」

「えぇと、私は――」

「ハロルド家から正式に招待状をお送りしましたわ。ミリア様がお部屋に戻られる頃には届いていることでしょう」


 ご遠慮します、という決まり文句は言わせてもらえなかった。


 ハロルド侯爵家からの正式な招待状。それは、男爵令嬢ミリアには容易に断れないことを意味していた。王太子エドワードさえしなかった禁じ手だ。逃げられない。


「わたくしもご招待頂きましたの。ミリア様とお話できることを楽しみにしていますわ」


 にんまりとリリエントが笑った。


 用はそれだけです、と言って二人は去ろうとした。


「どうして急に私を?」


 引き止めるよういたミリアに、だって、とローズが振り返ってにこりと笑った。


「ジョセフ様の婚約者になるかもしれない方ですもの。これから仲良くしてくださいましね」


 目が笑っていなかった。



 茫然ぼうぜんとしたミリアは、二人の姿が見えなくなってから、へなへなと椅子に座り込んだ。


 ローズにお茶会に誘われてしまった。都合よくエドワードが誘ってくれないかな、などど不埒ふらちなことを考えた罰なのだろうか。


 なんとか断れないかと思うも、重病になるか大怪我するくらいしか思いつかない。仮病はすぐに露見するだろう。なにせ寮暮らしなのである。医者を呼ばれたらすぐバレる。大騒ぎしそうな男が一、二名いるのも厄介やっかいだ。


 侯爵家より優先すべき用事があればいいのではないか。そう、例えばフィン危篤きとくになるとか。


 いい案に思えたが、これもすぐ嘘だと判明するだろう。電話はなくても追々おいおい情報を集めることはできる。それに虚実にしろ身内を不幸にするのは嫌だった。


 侯爵令嬢ローズより偉い王太子様エドワードとの約束を入れればいいのだ、と思ったが、婚約者のお茶会に被せるのはそれはそれで問題だった。そんなことをしてミリアを欠席させたら、余計こじれるだけだ。


 ミリアの人脈でいうと、あと第一王子様ギルバートという手札てふだがあるが、ここでいきなりギルバートが出てきたらそれこそ大変なことになる。


 侯爵家の招待状の前ではしがない男爵令嬢のミリアは無力だった。諦めて行くしかない。変な扱いをすればスタイン男爵家じっかに迷惑がかかりかねなかった。すでにこれ以上かけたところでと思うくらいに迷惑をかけまくっているような気もするが、噂はあくまで噂でしかない。書状で残る物には細心の注意が必要だった。


 ジョセフが茶会は着替えて行くものだと言っていた。相手は王太子エドワードではないが、侯爵令嬢ローズからの招待だ。しかも屋敷でやると言う。


 何を着ていけばいいのか。どんな話をしたらいいのか。どう振る舞えばいいのか。手土産は必要なのか。


 エドワードを除く初めてのお茶会である。考えてみるとわからないことだらけだった。


 食べるのを再開したサンドイッチは何の味もしなかった。あんなに美味しかったのに、と涙が出そうになる。食べ物を粗末にできないので、もそもそと全部食べきった。


 とりあえずギルバートに相談することにして、ミリアは足取り重く図書室に向かった。


 ギルバートはいなかった。



 

 部屋に戻ると嫌でも招待状を見なくてはならない。こういうときは現実から逃避するに限る。エドワードがお茶会を開いてくれることはなく、放課後、ミリアは図書館にいた。


 恋愛系の続き物を読み終えたので、次は冒険物にしようと一冊を手に取り、閲覧席へと向かう。数冊まとめて持って行きたい所だが、それをやるとぶっ続けで読んでしまうので、強制的に休憩を取るために一冊ずつ持って行くことにしているのだ。


 ファンがいるからシリーズものになるのだ。ならば面白いに違いない、と期待してテーブルについた。


 さぁて、と革張りの表紙をめくろうとするとふと視線を感じ、見ると知り合いがいた。図書館と会うといえばこの人、お馴染みのアルフォンスだ。


 ミリアが見ている中、アルフォンスは何も言わずに正面の席へ座った。今日は手ぶらではなく、どさりと書類の束がテーブルに置かれた。


 じっと見つめていてもアルフォンスは無言のままだ。ミリアに見向きもせずに書類を繰り始めた。


「アルフォンス様、何かご用でしょうか」

「いいえ」


 アルフォンスはちらっと目を上げ、答えるとすぐに目線を落とした。


「他にも席はたくさんいていますよ」


 相変わらず閑散としている。座席は選び放題だ。


「そうですね」


 今度はミリアを見ることもしなかった。


 一体何をしにきたのか。また人間ミリア観察か。悪趣味な。


 ミリアから席を移動するのはしゃくだったので、アルフォンスの存在は無視することにした。本の世界に入ってしまえば周りなどどうでもいい。百面相を見せたのだからそれが二百か三百になっても大差ない、と開き直った。


 そしてミリアは、アルフォンスのことを本当に全く意識せずに一冊読み終えてしまった。ぱたりと裏表紙を閉じてから、正面の気配に気づいてどきっとしてしまったくらいである。


 アルフォンスはミリアのことを見ていなかった。書類にさらさらと筆を走らせている。表になっていて……どうやら何かの収支報告書のようだ。


 広げられた書類のうち、ミリアの目の前にあった一枚、そこに書かれている数字を何とはなしに眺めていて、違和感を持った。並んでいる数字の割に合計の桁数が合っていないように見える。


 逆さまだから見間違いか、とよく見てみるがやっぱり変だ。一のくらいを足して検算し、誤りであることを確信した。


「アルフォンス様、これ、間違ってますよ」

のぞき見ですか」

「すみません……」

 

 見ていた書類を指で示すと、顔をしかめられた。親切のつもりだったが、目の前で広げられているとはいえ、他人ひとの書類を見るのは良くないことだった。


 アルフォンスはミリアが指した書類を取り上げて、目を通した。視線が流れていくのが速い。


「確かに……誤っていますね」


 感心した声だった。おとがめなしになりそうでほっとした。


 ミリアは次巻を取りに行くために立ち上がった。別の席で読むことにしよう。また空振りになるかもしれないが。


「こちらはどうですか?」


 ミリアが足を踏み出す前に、アルフォンスが別の書類を一枚差し出した。


「私が見てもいいんですか?」


 言いながらミリアは受け取って、立ったままさっと目を通す。支出報告書か請求書のようだった。項目と数字だけ写してあるようで、何かの事業のものだ、ということしかわからない。木材やら石材やら運搬うんぱん料やら人件費やら。


「合ってそうですけど……」


 ざっと概算してみる。先ほどのような桁数誤りはない。一の位の合計は正しい。それ以上の計算は暗算では無理だ。


 それより、この値段……。


「ペンがないと正確な数が出せません」


 本腰を入れて確かめるつもりはないので、それだけ言ってアルフォンスに返した。今度こそ続きを取りに行こうと歩き始めるが、やはり言っておこうと思い、足を止めた。


「相場よりだいぶ高い石を使っているようですね。スタイン商会うちならたぶんもっと安くできますよ」


 書かれている内容通りなら、通常の二、三倍はしているのではないだろうか。特殊な石か、特別な加工がなされているなら話は別だが。


 アルフォンスは厳しい顔でミリアの顔と受け取った書類の間を何度か交互に見た。実家の売り込みを良く思わなかったのだろう。しかもどこのなにとも知れない書類だ。アルフォンスと直接関係あるのかも定かではない。


 小言を言われる前にミリアは書架に向かった。


 別の席に座ろうとしたら、アルフォンスはもう居なかった。やっぱり空振りした。




 ギルバートに相談できなかったので、部屋に戻ってからローズのお茶会に参加する旨の返事を書いた。せめてアルフォンスに相談すればよかったと悔やむが、後の祭りだった。

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