第26話 彼こそ私の友人です side ジョセフ

 翌日、エドワードは午前中にミリアを昼食に誘って断られ、デザートを用意すると再度誘って再度断られた。にも関わらず、昼休みのカフェテリアで、エドワードはミリアの隣の席に強引に収まった。


 昨日の出来事はとっくに広まっていた。ミリアは噂の内容は気にしていなくても、注目を浴びたことには腹を立てているはずだ。それに加えてこの自分勝手な行動である。腹にえかねたミリアが爆発するのではないかとジョセフはヒヤヒヤしていた。


 嫌そうにしながらもミリアがエドワードを受け入れてほっとしたのもつか、なんとそこへローズが入ってきた。自分たちも一緒に食事をしたいと言うのだ。ちょうどアルフォンスが料理を頼みに席をはずしていたときで、六人掛けのテーブルに七人が集まってしまった。


 エドワードは断るつもりだったのだろうが、先にミリアが席を立った。結果、エドワード、アルフォンス、ジョセフの三人と、それぞれの婚約者、ローズ、リリエント、マリアンヌの計六人で食事をとることになった。


 錚々そうそうたる顔ぶれである。


 六人で個室で食べることならよくあるが、カフェテリアでは初めてのこと。というか、カフェテリアを利用するのでさえ、エドワードたちは昨日に続いて二度目だし、ローズたちは初めてだった。


 他の利用者は何事かとささやき合い、ミリアが席を譲ったことが伝えられていった。伝言ゲームに憶測や期待が混ざって事実が改変されていくのは時間の問題だった。


 これはローズによる牽制けんせいなのである。ミリアに対しては小娘風情が調子に乗るな、エドワードに対しては遊びはここまで、というわけだ。


 ローズを前にしたエドワードもそうだろうが、マリアンヌを前にしたジョセフも気まずい思いをしていた。


 マリアンヌがジョセフに想いを寄せているのは知っている。しかし、ジョセフの女遊びについて何も言ってこなかったため、マリアンヌのことを気にしたことはなかった。


 だが、今はマリアンヌの目を見ることができない。遊びではなく、本気でミリアのことを好きになってしまったからだろう。自分は意外に真面目だったんだな、と自嘲じちょうした。




 次の日からエドワードはミリアに避けられた。話しかけようとすると逃げられ、昼はカフェテリアに来なくなった。


 ローズの登場はエドワードが意図したものではなかったが、ミリアにとっては全てエドワードのせいだ。二日連続でカフェテリアで騒ぎを起こしたエドワードが避けられるのは自業自得だった。


 周りの目があるところでは平静をよそおっていたエドワードだが、アルフォンスとジョセフしかいないところでは、だんだんと焦燥しょうそうを明らかにしていった。


 その様子から、アルフォンスもエドワードの気持ちに気づいたようだ。


 二、三日後の昼休み、全く政務しごとが手につかないエドワードを見かねて、アルフォンスが書類を取り上げた。


「ミリア嬢なら庭園にいますよ」

「知っている」

「行ったらどうです?」

「行けるわけがないだろう!?」


 エドワードはアルフォンスから書類を引ったくった。


「このままでいいんですか?」

「いいわけがない! だが、どうしたらいいのかわからない……」


 エドワードは泣きそうな顔をして頭をかかえた。


「昼食後にどこへ行っているのか調べさせましょうか?」


 アルフォンスの言葉に、ジョセフはぎくりと顔をこわばらせた。


 ミリアには恋人ギルバートがいるのだと伝えるべきか迷っていたが、結局言えないでいた。なぜ知っているのかと聞かれれば図書室のことを話さなくてはならない。ギルバートは報告していいと言っていたが、自分からは話したくなかった。


 それに、ギルバートのことを言ったところで何になるのか、という思いもある。まだミリアをどうしたいのか聞けていなかったが、それも意味はないと思い始めていた。エドワードは露骨な態度をすでにとってしまっていたが、はっきりとミリアに告白することはできないのだ。エドワードは王太子で、婚約者ローズもいるのだから。


「駄目だ! ミリア嬢のことは調べるな!」

「ですが……」

「これ以上嫌われたくないのだ」

「殿下……」


 アルフォンスはエドワードのことを案じているように見えて、実の所は政務の進み具合を気にしていた。どうにかならないか、とジョセフを見る。


 ジョセフは、やれやれとため息をついた。


「エド、ミリア嬢は仕事ができる男が好みだぞ」


 ミリアの男の趣味を聞いたことはないが、どちらかと言えば仕事ができる方が好きだろう。ダメ男を養いたいというタイプとはほど遠い。


 適当な言葉だったが、エドワードは、そうだな、と言って政務に身を入れた。


 執務室を出てアルフォンスと二人きりになると、ちょっといいですか、と廊下の端に連れて行かれた。


「殿下は本気なんでしょうか」

「みたいだな」


 アルフォンスはひたいこぶしを当ててごんごんと叩いた。


「どうしてミリア嬢なんですか。ローズ嬢はどうするんです?」

「俺に聞くなよ」

「殿下に聞くと変な決心をしそうで」

「それは、あるかもな……」


 エドワードには思い込んだら一直線な所がある。


「だからと言って、王太子妃にしたいとは言い出さないだろう。言ったところでエド一人でどうこうできることじゃない」

「ミリア嬢にその気がなさそうですしね」

「エドが求婚しても、ご遠慮します、と断るだろうな、ミリア嬢なら」


 ギルバートもいる。


「食べ物で釣られないかが心配です」

「さすがのミリア嬢でもそれはないと思うぞ」

「だといいのですが……」


 アルフォンスは本気で心配しているようだった。ミリアをなんだと思っているのか。


「ギルバート殿下に相談した方がいいでしょうか」


 再び出たギルバートの名に内心ぎくりとしたが、ジョセフは素知そしらぬ顔をした。


「なんでここでギルバート殿下が出てくるんだ?」

「ギルバート殿下の話なら聞くかもしれません。それに、ミリア嬢と親しくしているようですから」

「知っていたのか!?」

「何をです?」


 大声を出したジョセフに、アルフォンスは怪訝けげんな顔をした。


「ミリア嬢が……ギルバート殿下と交流があることを」

「もちろん知っていましたよ。殿下に近づく素性のわからない人間ですから当然調べています。ミリア嬢は毎日昼食後に図書室に通っています。ギルバート殿下は毎日訪れているわけではないようですが、交流はあってしかるべきでしょう」


 ミリアは身元のはっきりとした貴族令嬢なのだが、アルフォンスが言っているのはそういうことではない。貴族になりたてで、本人の人となりも実家と他家の繋がりも何もかもがわかっていなかった人物、という意味なのだろう。


「それならなんでさっきは調べさせようかとエドに言ったんだ?」

「勝手に調べたと言ったら殿下が怒りそうだったので」


 アルフォンスはしれっと言った。


「じゃあ、あのことも知っているのか」

「あのこと?」

「その……ミリア嬢とギルバート殿下が、恋人だっていう……」

「恋人? そんな情報は入っていませんが。その根拠は?」


 アルフォンスが眉を寄せた。


 根拠?


 ジョセフは図書室でギルバートと会ったときの事を思い出し、根拠と呼べるほどはっきりとしたものがないことに気がついた。状況から推測しただけに過ぎない。


 だが、あの状況で長くただの友人でいられるものなのだろうか。ジョセフなら間違いなくいたしている。


「そっちこそ、恋人まで発展していないという根拠はあるのか?」

「ミリア嬢から聞きました」

「は?」

「ミリア嬢が、ギルバート殿下は大切な友人だと言っていました」

「いつ!?」

「冬の休暇に入る前に」


 ついこの前じゃないか!


 ということは、ジョセフがギルバートに忠告された時にはまだ友人だった可能性が高い。


「だ、だとしても、今もなお友人関係のままでいるとは限らない」

「それは否定できません。そこまでリアルタイムに情報を得ることはできませんから。しかし、ギルバート殿下は聡明な方です。元平民の男爵令嬢にうつつを抜かすことはないでしょう。退屈にいて置いているんでしょうね」


 アルフォンスは肩をすくめた。


 休暇を挟んだわずかな期間に恋人になってしまった、という可能性は否定できない。ギルバートとの事を隠すためにミリアが嘘をついた可能性も否定できない。


 だが、すでに恋人同士なのだと、卒業を機に正式に婚約することさえあり得るのではないかと思っていたジョセフにとっては、それが憶測でしかないとわかったことが、途方もなく嬉しかった。


「ジェフは大丈夫ですよね?」

「何が?」

「……何でもありません」


 アルフォンスが何か言いたそうだったが、ジョセフにはどうでもよかった。

 

 ミリアを手に入れるチャンスがまだ残されている。

 心を押し殺さなくてもいいのだ。


 ミリアが欲しい。

 誰の手にも渡したくない。


 どうか俺の手を取ってくれないだろうか。

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