2-6-6 ふたつめ

 ふと気が付くと、俺はまた舟に乗っていた。

 灰色の空に、どんよりとした空気、ほの暗い河の流れ。

 舟は小さくて脆そうだ。

 いまにも川の流れに圧されて流れ出そうとしている。


「そうか、俺はまた死んだのか……」


 何となく憶えてる。

 ジークマリアを倒した後、また気を失っちまったんだ。

 確か、アラザールを倒した時も、ここに来た。

 あの時はこの夢の中で姫さんとチューできそうだったのに、醒めてみればクシテツさんがなぁ……いや、あんまりアホなことを考えてても仕方ねぇ。

 とは言いつつ、夢だし。


「前みたいにお見送りはいるか?」


 振り返ると、すぐそこ、舟の上にジークマリアがいやがった。

 近い。

 超近い。


「おわっと、ビックリしたぁ!」


 でも、ジークマリアはいつもの調子じゃあない。

 うるっとした目でこっちを見つめてきやがる。


「何だよ、そもそもお前にやられてここにいるんだからな? つーか、前回もお前のせいじゃん?」

「……」


 ジークマリアは突如閉人を抱き寄せた。

 彼女は鎧を着こんでいるから、無骨な感触が閉人をゴリゴリと締め付ける。


「……なぁ、夢ってさ、見てる奴の無意識の欲望?みたいなのが出てくるって言うじゃんかよ。これって……」


 ゴリッと、ジークマリアの肘が閉人の脇腹を突いた。


「あいたたた。夢の中でも怒られるのか。それとも、これも俺が望んでる……? いや、俺はそんなドM野郎じゃねぇから!」


 叫んだが、この夢を見せているのは自分の脳だ。


「はは、まさかな」


 閉人は夢の為すがまま、ジークマリアを抱き返した。



「……突然何をする?」


 現実に抱きしめていたのは、ビエロッチの兄にしてエルフ族長のウルティモアだった。

 エルフ、しかもイルーダンやビエロッチの兄だけある。

 老いて少年の姿に戻っていてもなお、美少年としてどこにだしても恥ずかしくない瑞々しさに満ち溢れている。

 そんな彼が、イルーダンによく似た敵意剥き出しの瞳で閉人を睨み付けていた。


「離れろ、不死者」

「す、すいません……」


 前はクシテツ相手だったので冗談で済んだが、ウルティモア相手ではそうもいかない。

 閉人はしゅんとしてベッドに戻った。


 閉人が寝かされていたのはエリリアたちと過ごしたあの小屋ではないようだ。

 部屋にはウルティモア、エリリア、そして呆れ顔のジークマリアがいた。

 ビエロッチはいない。


「何をやっている。せっかくウルティモア殿が試練突破を祝に来てくださったというに」

「……変な夢を見たんだよ」

「どんな?」

「秘密」


 閉人は紅くなってぷいと向こうを向いた。

 ウルティモアは一つ咳払いをした。


「……こほん、取り敢えず、めでたいことだ。姫巫女エリリア=エンシェンハイムよ、我が姉エルフラウの遺業を継いでくれたことに感謝する。そして、よくぞ森の試練を突破した、おめでとう」

「ありがとうございます」

「して、あの試練を、仲間と戦う事を強いるある意味残酷とも取れる試練、あれを何と見た?」

「それは……」


 エリリアは一つ呼吸をすると、視線を落とした。


「私は弱いままでは、二人に守られるだけのか弱いただの女の子ではいけなかったんです。マグナ=グリモア……きっと、大きな力を使いこなすには自分で決めて、自分で戦わなくてはいけない。でなければ、私はきっと二人とは離れては生きていけない……」


 言いかけて、エリリアはふっと笑みを漏らした。


「そんな事を思ったりもしました。けれど、二人は……マリィと閉人さんは、私がちょっと頑張ったくらいじゃ追いつけない二人で……」


 エリリアが右手をジークマリアに、左手を閉人に差し出した。


「この試練で分かった事は、とても簡単なことです。一人ではできないことも、大事な仲間と頑張れば成し遂げられる。私には、二人がいてくれる。とても単純で、でも、大切なこと……」


 閉人とジークマリアは、それぞれエリリアの手を取った。


 二人も、エリリアの言ったことについては思い当たる節がある。


 閉人は、エリリアに気を遣ったつもりになって一人でジークマリアに挑み続けたが、あれは迷走だったのだと気付いている。

 ジークマリアにもっと早く教えを乞うていれば、エリリアと力を合わせていれば、そんな気持ちもあった。


 ジークマリアも同様で、自らの体力を削って閉人を勝たせようと画策したが、それは二人の力を信じていなかったという事なのだ。


 思えば、三人で力を合わせてからはあっという間だった気がする。


「姫さん」

「姫様」

「うん」


 エリリアは二人の手を握り、目を閉じた。


「ありがとう、二人共……」



 その様を見つめ、ウルティモアは額に手を当てた。

 三人の会話に心を打たれたとか、泣きそうとか、そういうのではない。


 ただ、疑問に思ったのだ。

 これは、そういう試練だったのだろうか、と。

 三人が落ち着いてきた頃に、ふと訊ねる。


「姫巫女よ一つ訊ねてもよいか」

「はい」

「この試練には……亡き我が姉、エルフラウ=アレクセイエフの亡霊が一枚噛んでいた。仲間と戦わせる試練だと聞いた時、なんと残酷な試練を課すのかと思ったが……これは、困難ながらも優しい試練であったか?」

「もちろんです。だって、私は今、従者二人の事をより好きになれましたもの」

「そうか……」


 ウルティモアは一人ごちるように小さく頷くと、エリリアの頭を軽く撫でた。


「次代の姫巫女が貴殿のような心優しき者で良かった。姫巫女一行の無事を祝すべく、今宵は我が邸にて祝宴を取り開こう」

「ありがとうございます、ウルティモア様」

「うむ。まだ試練が明けたばかり、よく休むがよい」


 ウルティモアは踵を返すと、部屋を出て行った。



 †×†×†×†×†×†×†



 祝宴の後のこと。


「はー、食い過ぎ呑み過ぎで頭全然回らねぇわー」


 小屋の中で閉人はへらへら笑いながら騎士将棋の駒を動かした。


「ぐぅっ……!」


 ジークマリアは盤を見つめたが、閉人の小狡い戦術に翻弄され、圧倒的不利であった。


「えー? 最強のジークマリアさんにこんな簡単に勝っちゃっていいんすか~www?」

「黙れッ!」


 ジークマリアはギリギリと屈辱を噛み締める。

 やはり、ここから巻き返すのはほぼ不可能だ。


「あれぇ? 俺また試練突破しちゃいましたぁ~~w?www??wwww????」

「ぐぅぅぅぅぅッ! 貴様ァ……ッ!」


 ジークマリアは今すぐ閉人の脳髄を滅茶苦茶に磨り潰したい衝動に駆られたが、ゲームの勝敗で暴力に出るのは騎士道違反も甚だしい。

 正しいことが好きなジークマリアには出来ない事だった。


 そんな時、


「むにゃむにゃ、どうしたの二人共?」


 エリリアが起き出してきた。


「ああすみません姫さん。こいつが俺に負けたからってがなり立ててて」

「貴様も酔っぱらって声がデカいではないかっ!」

「あらあら」


 エリリアは欠伸をこらえながら将棋盤を眺める。


「マリィ、負けそう?」

「恥ずかしながら」

「じゃあ、手伝ってあげる」


 エリリアはそう言って、ジークマリアの膝の上に座った。

 普段はそんな事しないが、寝ぼけ半分だ。


「姫様、危ないですよ」

「うーん……マリィ、支えて」

「え? は、はい」


 シートベルトと化したジークマリアに腹と肩をホールドされながら、エリリアは盤上を睨む。


「むにゃ、こうしましょう」


 そう言って、ものすごく適当な感じで駒を動かした。

 一応、ルール的には正しい一手だ。


「はは、姫さん駒の動かし方も知ってるんだ?」

「はひ、マリィが指してるのをよく見てましたから」


 エリリアは眠そうにぐったりとジークマリアに身体を預ける。

 見目麗しい乙女二人が絡まっているが、介護にしか見えない。


「閉人、姫様を待たせるな」

「あ、ああ」


 急かされた閉人は改めて盤上を眺めたが……


「ん?」


 一手前までは完全にジークマリア不利の状況だったはず。

 だが、一カ所違うだけの今の盤は、全く別の空間になっていた。


「まさか、姫さん……ッ!」


 いや、まぐれだ。

 閉人はそう自らに言い聞かせたが、


「……三十秒」

「わ、姫さんが対局時計になってるッ!?」

「……四十秒」

「もしかして一分将棋か、これ!?」


 閉人は慌てて盛り返しの一手を打つ。

 次の瞬間、エリリアは一手を返してくる。


「ぐっ……!」

「凄い、あの状況を姫様がひっくり返していく……」


 十数分後、


「参りました。煮るなり焼くなり好きにしてください」


 閉人はエリリアに土下座していた。

 調子こいていた閉人の土下座だったわけだが、ジークマリアはそんな事は既にどうでもよくなっていた。


「姫様、もしや……私を今まで気遣って…………?」


 もしや、今までとんでもない才能を自分に気を遣って隠していたのだろうか。

 そう思うと、ジークマリアは申し訳なくなってくる。


「姫様、私の事も煮るなり焼くなり好きに……」


 ダブル土下座。


 この夜の一戦こそがエリリアの才能の覚醒。

 『エリリア最強伝説』の幕開けであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 そして翌日。

 姫巫女一行はエルフの里を発とうとしていた。


「え!? 昨晩のこと憶えてないの!?」

「? 何かあったんですか?」

「姫様、本当に、本当に、憶えていらっしゃらないのですか?」

「マリィまで? 私、本当に何のことか分からないのだけど」


 閉人とジークマリアは顔を見合わせた。


「無自覚の才能ってことか」

「よかった、姫様に無理強いをしていたわけではなかったのか」

「なあ、昨日のことは……」

「うむ……」


 二人は頷き合うと、すっとぼけた。


「あーごめん姫さん、昨日見た夢と現実がごっちゃになってたわ」

「ええ。たまたま偶然同じ夢を見ていたようです」


 苦し紛れの言い訳に、エリリアはくすりと笑んだ。


「二人で同じ夢を見たんですか? やっぱり仲良しさん?」

「え、ええ……まぁ?」

「そういうことにしておきましょう」


 二人はごほごほと咳払いした。


 そんな一行の前に、ウルティモアがやってきた。

 お見送りだろうが、その手には緑の布に包まれた長物を持っている。


「姫巫女殿にこれを。エルフの業物『魔弾弓まだんきゅうアレク』だ。持ち主の魔力を具現化し、自由自在に放つことが出来る。邪魔にならなければよいのだが……」

「とんでもありません。ありがとうございます、ウルティモア様」


 エリリアは弓を受け取ると、両手でしっかりと持つ。


「これから魔王国は大きく揺れ動き、あるいは貴殿らを中心に大きな渦を作ることになるだろう。長久武運を祈る、気を付けて行け」

「ありがとうございます。また、いつか」

「ああ。議会で会う事もあろう」


 一行は一礼すると、踵を返して森を抜け、水没した外縁森へと足をかける。


「……どもッス」


 その途中にビエロッチがいた。


「見当たらんと思ったら、こんなところにいたのか」

「えへへ、そうなんスよ。お兄にはもうお別れは言ったし」


 ビエロッチはエヘエへ言いながらジークマリアにすり寄る。


「で、閉人っちとも約束したんスけど、ジブンに仕掛けてた『闇部侍臣(シェイドマン)』、解除してくれないっスか?」

「約束? 閉人、どういうことだ」

「あーいや、試練で姐さんに協力してもらう代わりに、俺からも頼むって約束で」

「ふむ……」


 ジークマリアは眉をしかめたが、少しして、


「くく、はははは!」


 突如、笑い始めた。


「ビエロッチに仕込んだ分身なら、とっくに解除したぞ」

「へ?」


 閉人とビエロッチは目を真ん丸にした。


「考えても見ろ。あの魔術で出せる分身は最大一体。ビエロッチに仕込んだ後も試練で普通に分身は使っていただろう。その時には既に解除している」

「あー」

「えぇッ!? そうだったんスかぁ!?」

「くく、骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだな」

「そんなー」


 割と本気で悔しかったらしく、ビエロッチは両手両膝をついてうなだれた。


「気を落とさないでビエロッチさん。ナザーンでまた温泉に入ってのんびりしましょう?」

「いや、ちょーありがたいお誘いなんスけど、この後結構予定が詰まってて……」


 ビエロッチは残念そうに呟くと、一行から数歩退いた。


「じゃ、ここで失礼するッスよ。旅立ち荘の皆にも宜しくっス」


 ビエロッチは手を振ると、次の瞬間には服を残してどこかへと飛んで行った。


「脱ぎ捨ててった……」

「放って置け。そのうち土に還る」

「うーん」


 気を取り直し、一行は森を後にする。


「そう言えば、温泉もう一回寄ってくってマジですか?」

「行きたいです。ねぇ、マリィ?」

「……するとしても、一泊だけですよ」

「いえーい!」



 かくして、姫巫女一行は第二の継承を終え、ナザーン経由でグログロアへの帰路に就く。


 残る継承は、

 ドワーフ、

 平地人、

 ヴァンパイヤ

 マーメイド、

 ドラゴニュートの五つ。


 果たして次はどんな旅になるのか。

 乞うご期待。




『断章のグリモア』

 その66:第二章終了時の閉人たちについて


【名前】黒城閉人

【年齢】22

【冒険者名】コクジョウ=ヘイト

【体力】卓球中級者級

【知力】ほぼ大卒

【魔力】前よりはちょっと扱い方に慣れた。

【装備】魔銃カンダタ、使い慣れた鉈

【魔術】『瀉弾血銃』、『瀉血地獄沼』『無限骨肉戦争』

【特性】不死、睡眠障害、『守護者』

【備考】血を操る戦法をよく使うため、最近無性に『血界戦線』を読み返したくなっている(異世界なので無理)



【名前】エリリア=エンシェンハイム

【年齢】16

【冒険者名】エリザベス=フォン=ハウ=ローゼン=パーク四世

【体力】旅にも慣れ、山道もスイスイ

【知力】成績優秀

【魔力】姫巫女級

【装備】フィガロの笛、学院の杖、白の魔導書、『空の断章』、魔弾弓アレク

【魔術】白魔術一般、『呼霊』、『街角超会話』、『神芝居』、『怨神刃螺羅之万華鏡』『天■■承■■■魔……器……、『虚神何何之比翼憐理』、『■■■■■■■■■』

【特性】マグナ=グリモアの姫巫女、休学中

【備考】閉人とジークマリアのために作った料理が突如走り出してどこかに逃げて行ったしまったことがある。


【名前】ジークマリア=ギナイツ

【年齢】17

【冒険者名】ジーク=ナイツ

【体力】ドンキーコング

【知力】戦闘においては頭が切れるが、ゲームは大の苦手

【魔力】普通

【装備】魔槍アンブラル、聖鎧シャイニング、投げナイフ

【魔術】『闇部侍臣』『魔装』『解装』

【特性】グリモアの騎士、休学中

【備考】実は結構暑がりなので温泉では温めの湯に入るようにしている。また、とんでもない高温の風呂にも平気で入っていくエリリアを心の底から尊敬している。

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異世界継承譚マグナ=グリモア @sedda

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