2‐6‐5 蠢動

 姫巫女一行がようやく第二の継承にこぎつけたという頃のこと。

 王都ハルヴァラ、王下公安局第一会議室にて。


「よぉよぉクソッタレども、クソしながら一服してたら遅れたわ」


 王都の町並みを見下ろす高塔の円卓に一人の男がついた。

 船長服を着た縮れ毛の中年男は、右目を眼帯に隠しながらも威圧的な目力で円卓を一望した。


「あァ? 代理ばっかじゃねえかよ。いつにもまして集まりがワリーな」


 男の言う通り、王国最強の八人の平地人プレーンを指す『八神杖エイト・スタッフ』のうち、男を含めて三人しかこの場に集まっていない。


「なあ、俺が一番遠くから来てるってのにめちゃ許せんよなぁ? 『死神』?」

 円卓の対岸に座っていた黒ずくめの男、『死神』オプト=オーウェルは答える。


「別にいいと思うよ、『賊神』パトーマス。ただの定例会議なのだし。それに、実力で言えば君も代理の方らとそう変わらないだろう?」

「何だとォ? テメェの心臓ブッコ抜いて居間に飾ってやろうか!?」


 挨拶代りとばかりに『賊神』パトーマスは怒号を飛ばし、右手の鉤爪義手を円卓に突き刺した。

 ヤクザ者らしく両足を円卓に乗せ、葉巻を吹かしながらふんぞり返った。


「ふふ、相変わらず元気そうねぇパトーマス」

「テメェもな、『雷神』」

「ふふふ」


 円卓の一人、朗らかに茶を楽しんでいた婦人はティーカップから口を離した。

 フリフリの少女趣味な服を着た彼女は、あどけない少女のようにも見えるし、年輪の刻まれた老貴婦人のようにも見える。

 『雷神』バルトアリスはニコリと微笑んだ。


「王太子ギルシアン様を巡る動乱が収まらない現状、会議の面子にこだわっていても仕方がありませんよ。それに、ここにいる私たち三人って言うなれば暇人ですわよね?」

「そりゃテメェだけだ」

「パトーマスに同感です。僕も忙しいですよ」

「あら、そう?」


 『雷神』バルトアリスはクスクスと笑った。


「じゃあ始めましょうか。初見の子もいるから、自己紹介からね」


 バルトアリスが立ち上がると、彼女の姿が『ぶれた』。

 次の瞬間、参加者各々の前に紅茶の入ったカップが置かれた。

 もちろんカップはソーサーの上に乗っているが、カチャリとも音はしなかった。


「……ッ!」


 初見勢が目を瞠る中、元の場所でバルトアリスはスカートの端と端を持ち上げ、ちょこりと礼をした。


「『雷神』バルトアリス=ギナイツですわ。特技は『速く動くこと』。普段は諜報や工作に従事しておりますの。趣味はお料理全般、特にお菓子作りですわね。今日はアップルパイを焼いてまいりましたのよ」


 言葉が紡がれるとまたバルトアリスの姿がぶれる。

 次の瞬間には一同の前に切り分けられたアップルパイの皿が並んだ。


「どうぞ、食べながら続けましょう」


 バルトアリスはゆっくりと席に就いた。


「上から見て時計回りに参りましょう、次はオプちゃんね」

「相変わらず変なあだ名をお付けになる」


 死神オーウェルは僅かに眉をしかめて立ち上がると、一つせき払いをする。


「『死神』オプト=オーウェル。普段は大罪人の処刑や役人としての法務に当たっている。この中の誰かが重罪を犯したらまず僕が行くので、どうかお見知りおきを」


 手短に済ませて座ろうとするオーウェルに、


「趣味は何をなさっていますの?」


 バルトアリスは興味津々の様子で訊ねる。


「答えなければなりませんか?」

「私はオプちゃんのこともっと知りたいわ。仲良くなりましょ、ね?」

「……」


 オーウェルは知っている。

 バルトアリスは会話の戦略とか情報収集ではなく、ただただ知りたいからと無邪気にこういうことを聞いてくる。

 困ったおばさんだ。

 一瞬口を歪めたが、仕方ないと息を吐く。


「……趣味は、『絵』を少々」

「あら意外」

「もういいでしょう。次」


 オーウェルが座ると、次に立ち上がったのは……


「初めまして。私は『械神』クリスゼン様から遣わされた『魔械人間まかいにんげん』のアルファ=マキナと申します。よろしくお願いします」


 金属質の肌に、所々から覗く端子類や計器。

 地球でならばアンドロイドやサイボーグと呼ばれる類の少女だ。

 そうした種族的特徴を除けば、見た目はエリリアやジークマリアより少し幼い程度。

 銀の髪がさらりと靡き、大仰な眼鏡の奥には幼くも聡明な光が宿っている。

 彼女は歴々たる面々に少し気圧されながらも、代理として円卓に封筒を差し出した。


「こちら、マスターからの委任状です。ええと、趣味は小説を読んだり書いたり……です」

「あら素敵。その制服はもしかして、『ラヴォン魔術学院』の?」

「はい、今は三年生です」

「あらあらまあまあ。私の娘も学院生ですの。今は五年生」

「は、はい。存じています。魔騎士科のジークマリアさんですよね」

「あら嬉しい、うふふふ。ウチの娘ったらね……」


 バルトアリスはそのまま友達のお母さんモードで永遠に話しつづけようとしたが、


「おい『雷神』よぉ、そういう世間話は会議が終わった後にしろや。まあ、自己紹介なんてやってる時点で世間話っちゃあ世間話だがな。嬢ちゃん、まあ座ってな」

「は、はい」


 パトーマスは立ち上がると、葉巻の煙を大きく吐いた。


「俺様は『賊神』パトーマス。東の海の流通と保安を任された公認の『海賊』だ。 特技は『盗む』こと。趣味は『酒と女』。以上だ」


 次の人間が立つ。

 鉄仮面に全身を覆う無骨な鎧。

 目立たないが、『八神杖エイト・スタッフ』すらおやと思う程の奇妙な迫力を纏っている。


「初見になる。『鬼神』アリザ=フォルテノンお嬢様の命により参上した、『鬼神隊きしんたい』の一番槍『彷徨う鎧』だ」


 そう、彼は大森林ジュサプブロスで閉人たちと邂逅した不死者、『彷徨う鎧』であった。


「鎧さん、御趣味はありますの?」

「強いて言うなら、育児」

「あらあらまぁまぁ。パパさんなのね! 私も娘がいて……」


 鉄仮面の隙間から僅かな失笑がこぼれる。


「それは先程聞きました、『雷神』殿」

「あら、そうだったわね」


 『雷神』バルトアリスがまた何か言おうとするが、知った顔が次に名乗りを上げて遮る。


「ハイ、次はアタシの番ネ。最近は出ずっぱりでいつもの面子はよく知ってるだろうけド、行方不明の『剣神』アルドレッド=クイーンロンドに代わり、一番弟子のリィリィ=ドランゴが出席ネ」


 椅子にくつろぐのは『旅立ち荘』の一人、ドラゴニュートのリィリィだ。


「趣味って言われたら『剣術』かナ? 最近は『踊り』の方が本業だしネ」

「あらあら、入れ替わっちゃったの?」

「そーなノ。そう言えば、最近は迷宮都市グログロアでジークマリアちゃんたちの面倒見たりもしてるヨ」

「そうそう、『旅立ち荘』に娘が世話になってるみたいね」

「賑やかになって楽しいヨ。あ、忘れないうちにコレ、『闇神』シンラの代理人のベルモォト=フラウからの委任状ヨ。迷宮潜りで来られないっテ」


 リィリィは二通分の委任状を放る。


「これで全員ネ?」

「いや」


 雷神バルトアリス、

 死神オーウェル、

 賊神パトーマスは本人が出席。

 械神クリスゼンは代理のアルファ=マキナが。

 鬼神アリザは『彷徨う鎧』が、

 剣神アルドレッドと闇神シンラについてはリィリィが、それぞれ代理出席している。


「八分の七ですわね。しかし最後のあの方は権威付けのために『八神杖(エイト・スタッフ)』に入ったようなものですし、今は王国を乗っ取るので忙しいのじゃないかしら?」


 バルトアリスは、顔は朗らかなまま冷ややかに言ってのけた。

 そう、彼らほどになれば気付いている。

 彼らの一員『闘神』ブラドールこそが王太子ギルシアン暗殺の黒幕、マギアス魔法王国を混乱に陥れた張本人だろうということに。


「その事で、一つ、よろしいかしら?」


 バルトアリスは先程までと変わらない言葉運びで『それ』を口にした。


「わたくしは『闘神』ブラドール=マギアス第一王子殿下と『敵対』するつもりでいます。『雷神』としての役目を果たす過程で、殿下は必ず私とぶつかるでしょうから。『誰がどちらに着くか』、これが私の提案する『今日の議題』ですわ。わたくし、友人とは戦いたくありませんもの」


 言い切った。

 『八神杖エイト・スタッフ』を二つに割る恐れもある発言にアルファ=マキナやリィリィは眼を瞠ったが、当の死神と賊神は飄然としている。


「お好きになさってください。僕は僕のルールに従います」

「俺も興味ねぇなぁ。国がひっくり返ろうと俺は賊だからな」


 どちらもふわっとしている。

 だが、バルトアリスには十分な答えだったようだ。


「十分でしてよ。わたくしのスタンスははっきりさせました。どう解釈していただいても構いませんし、それ以上のお返事も要りません。ただ、その時が来たらわたくしは『やる』。それだけお心に御留めくださいな。そこにいる使い魔さんも、ね?」


 バルトアリスが会議室の扉を見やった瞬間、火薬が弾けるような爆裂音と白光が辺りを襲った。

 目が見えなくなるほどの光ではないが、音の方は凄まじい。

 吹き飛んだ扉の先には抉る様な焦げ跡と奇妙な刺激臭だけが残っていた。


 オーウェルが問う。

「……使い魔は殺れましたか?」

「いえ、逃げられてしまいましたわ。雷はあまり効かない相手だったようです」

「そうですか。警戒されてますね」

「丁度いいハンデです。宣戦布告は済ませましたし、ね」


 死神と言葉を少々交わすと、バルトアリスは再び席に就いた。


「皆さんも、この一件は持ち帰っていただけると嬉しいわ。近々大きな動きがあることは『八神杖エイト・スタッフ』の誰もが肌で感じているはずですから」


 そう言ってバルトアリスは微笑み、話を終えた。


 彷徨う鎧は、鎧の中でひとりごちた。


(意外に戦略家だ、バルトアリス=ギナイツ。自己紹介から場を仕切り気味だったのは、どうやらさっきの議題を通す雰囲気を作るためだったようだ。流石に、マリアの母親か)


 などと考えながら、鉄仮面の上から紅茶を啜った。


「会議の本題に入ろう。バルトアリスさんに任せていては時間がいくらあっても足りないから僕が仕切る」


 死神オーウェルが仕切ると、先程までの十倍速で時間が進みあっと言う間に議題は消化されていく。



「ふぅ、まあこんなものかな。では解散で」


 宣言すると、オーウェルはふぅと息を吐いて座席に深々と倒れ込んだ。


「ふぅ、やっと終わったネ。アルファちゃんだっケ? この後ヒマ?」

「は、はい。あとは明日、護衛の友人と学院に発つだけなので」

「じゃあさ、ご飯食べてかなイ? 近くに美味いバンケーキ屋があるネ」

「ご一緒してよろしいんですか? もしいいなら、そ、その、一緒に王都に来てる友人も呼んでも……?」

「もちろんいいヨ。あとはねーさんを……」


 リィリィが振り向くと、バルトアリスがすぐそこにいた。


「わたくしもご一緒してよろしいかしら?」

「何、後ろで控えてたの? そんなことしなくても誘ったのニ」

「だって、わたくしあんな過激なお話をしたから怖がられると思って……」


 バルトアリスはもじもじしている。

 素なのか、それとも自分の味方を増やす演技なのかは微妙なところである。

 リィリィにとってはどちらでもよかった。


「じゃあ今日は新人ちゃんを怖がらせた罰デ、ねーさんの奢りネ」

「もちろん奢りますわよ。こんな可愛いらしい子に自腹を切らせるなんて考えられないわ」

「ネー」

「ねー」


 二人の視線がアルファ=マキナに向けられる。


「え、あの、何ですか?」

「ふふ、『械神』も貴女みたいに可愛げがあったら素敵ですのに」

「ホントそれヨ。クリスゼンからこんな可愛い子が生まれてくル? 奇跡ヨ」

「は、はぁ……?」


 そんなに『八神杖エイト・スタッフ』の中でマスターの評価は低いのだろうか?


 アルファはそんな事を考えながら、『剣神』代理と『雷神』の自称『女子会』に引きずり込まれていくのであった。



 一方、男性陣はというと、


「乾杯」


 死神オーウェル、賊神パトーマス、そして『彷徨う鎧』の三人が杯をぶつけ合っていた。


「おい『死神』、てめぇ初手からソフトドリンクたぁ俺様をナめてるのかァ?」

「ナめてなどいない。僕はアルコールを飲むと次の日頭痛がして何もできなくなる。分かるかい、苦手なんだよ」

「酒は魂の潤滑剤だ! だからテメェにはダチがいねぇんだよ」

「はは、海賊が余計な世話を焼くかい。そういう了見だから男にしかモテないんですよ」

「抜かせ! 色白のヒョロガキがッ!」

「ははは、肝臓を傷めて勝手に死ぬなら、あなたに死神は要らないな」


 国を動かす現役の怪物二人が、何だかんだ言いつつも飲み明かしている。

 その様を眺めながら彷徨う鎧は自分の酒を鉄仮面の隙間からストローで吸う。


(ウチのお嬢も相当なものだが、こいつらも中々だな。ブラドールが国を乗っ取ろうとする気持ちも、何となく分かるような気がしてきた)


 仮面の奥で僅かに歎じた彷徨う鎧だったが、悪い気はしないのであった。


(さて、今頃姫巫女一行は第二の継承を終えている頃か。しばらくは奴らに手が出せなくなる。今はまず、ブラドールを始末しなければ……)




 『断章のグリモア』

 その65:女子会について



 王都ハルヴァラ人気店『天使のふわふわ』にて


「まぁまぁ、なんて美味しいんでしょう。リィリィちゃんったらどうしてこんな素敵なお店を知ってるの?」

「王都で修行してた頃によく来てたネ」

「もしかして、彼氏とデートとか?」

「はぁ……何でわかるノ?」

「あらごめんなさい、まさか本当にそうだとは思わなくて……」

「まあいいヨ、今となっては笑い話ネ。というか、別れ話を出されたのもこの店だった気がするネ」

「あらどうして? リィリィちゃん、とっても素敵な子なのに」

「剣術が自分より上手いのが気に喰わないんだっテ。ムカついたから道場でボコボコにしてやったヨ」

「あらあら」

「酷い男もいるものですね」


 アルファ=マキナがシロップたっぷりのパンケーキを切り分けながら呟いた。


「アルファちゃんはどう? 学院で好きな子とかいるの?」

「え? でも私、七大種族じゃありませんし……」

「そんなことねぇ、大人に成ったら気にならなくなるわよ? で、男子たちはこう言うの、「あーあ、あの子気立ても良いし可愛かったのに、どうしてアタックしなかったんだろう?」って。男子はおバカだからね、女の子がアタックしなきゃ魅力なんて気づいてくれやしないのよ」

「そういうものですか?」

「そういうものよ。ね、リィリィちゃん」

「そうかもネ。少なくとモ、男が馬鹿ってところハ大賛成」


 アルファは感じ入った様子で小さく頷いた。


「あの……実は私、一緒に王都に来ているレオンくんのことが……」

「すみません、遅れてしまいました!」

「ッ!」


 遅れて現れた平地人の青年が一礼する。


「自分はアルファの護衛任務実習に就いております、ラヴォン魔術学院魔騎士科三年、レオン=フィリオンドールと申します。此度はお招きいただき……」

「堅苦しくしなくて大丈夫ヨ」

「へ? しかし、『雷神』殿やそのお連れ様の御前で……」

「いいのよ、レオンくん。ふふ、アルファちゃんもとても礼儀正しい子で感心していたところです」

「ッ! そうですか、ありがとうございます!」

「さあさあ、ここのケーキは焼き立てを取りに行くシステムだから、取って行ってらっしゃい」

「はい、失礼します!」


 スタスタと歩み去っていくレオンをよそ目に、リィリィとバルトアリスはずいとアルファに顔を寄せた。


「今のがそのレオンくん?」

「はい……」

「脈ありネ」

「え?」

「そうねえ。でもあの子、お堅く見えるけど彼女が出来たらふにゃふにゃになっちゃうタイプだわ。私の主人に似てる。しっかりと手綱を握らないと」

「え、ええ?」

「取り敢えずアタックするネ、今日の宿でも帰りの馬車でも、手でも握ってやればイチコロヨ」

「でも、するのはチューぐらいにしておくのよ。お尻とか触ってきたらちゃんと引っ叩くの」

「ナメたこと言ってきたらフォークで刺す位がちょうどいい躾けネ」

「えええええぇ……?」


 二人の正しいのかよく分からない恋愛アドバイスが終わった頃、レオンが特大のパンケーキを持って帰ってくる。

 この時のアドバイスが吉と出るか大凶と出るかは、そのうち分かる。

 なぜならば、次の継承の舞台は……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます