2‐6‐3 フォーメーションBCD


「はぁ、閉人め。姫様の前であんな破廉恥な話をしおって」


 目が覚めて一番、ジークマリアは毒づいた。


「くだらん嘘だ。尻に水を? いや、ありえん……」


 何度か咳払いをしてその事を忘れようと努めた。

 尻はタブーらしい。


「そんなにショックだったの、マリィ?」

「いえ、なんと言いましょうか……」


 戸口にエリリアが立っていた。

 既に陽が落ちかけており、エリリアの顔は影に隠れている。


「姫様、醜態を曝してしまい申し訳ありません」

「ふふ、いいじゃない。マリィにも苦手なものがあったのね」

「お恥ずかしい限りです」


 ジークマリアは恥じ入りながらも、影に隠れたエリリアの顔を見やった。


「姫様……」

「なぁに?」


 ジークマリアは目を伏せた後、ギラリと刺すような眼光でエリリアを睨み付けた。


「あら、どうしたのマリィ?」


 にこやかに微笑みながらも、エリリアは額に汗を浮かべて一歩退く

 次の瞬間、ジークマリアはその腕を掴んで引き寄せた。

 鼻がぶつかりそうな距離にまで顔を近づけ、ジークマリアはまじまじと主の顔を見つめる。

 やがて、眉間にしわを寄せた。


「貴様、閉人だな?」

「……バレたか」


 エリリアは呟くと、本人がしないような具合にニヤリと口を歪めた。


「お願いします、姫さん」

「はーい」


 居間の方からエリリアの声がすると、エリリアの姿が明滅を始める。

 まるで鏡を割ったかのように、エリリアの姿から閉人が現れた。


「姫様の魔術か」

「そ。姫さんの魔術、ランク九『怨神刃螺羅之万華鏡おんしんはららのまんげきょう』にはこんな使い道もあったわけだ」


 ランク九『怨神刃螺羅之万華鏡』はエリリアにとってまだ使い慣れていない魔術だ。

 何故なら今までに四回しか使ったことが無い。


 グリモア大聖堂にて習得、即座に『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』を撃退するために一回。

 ドットたちならず者冒険者たちに絡まれた時に一回。

 迷宮内『人喰いの滝』にてドットに使い一回。

 そして、『魔笛の空賊団』相手に一回。


 ここぞという勝負所に使ったもののまだその全容は掴み切れていないし、大真面目に検証するような暇も無かった。


「で、俺は姫さんに『姿』を鏡で映してもらって効くか試してもらったんだけどさぁ……何で分かったんだよ? ブラフにも引っかからなかったじゃん」

「話し方、立ち方、呼吸の仕方、大かた全部だ」

「はぁ?」

「貴様には役者の才能が無いということだ。生まれ持った天稟を真摯に磨き上げた姫様の麗らかな気品には、貴様など」

「ぐぬぬぬ……」


 悔しがる閉人の額に手を当て、ジークマリアはほくそ笑む。


「出直して来い」


 そのままグイっと閉人を押しやり、部屋から追い出した。



 閉人は部屋を出てジークマリアの視界の外に出ると、悔しそうな顔に笑みを浮かべる。


「上手くいきましたか、閉人さん?」


 エリリアに問われ、小さく頷く。


「完璧です。姫さんの作戦通り、仕込みは完璧」

「やった。私、少しは皆の役に立てたかしら?」

「もちろんです。でも、まだまだ姫さんには頑張ってもらわないと」

「はい。明日、ですよね」

「明日勝ちましょう。姫さんの楽しい日々も終わっちゃいますけど」

「いいんです。遠慮なく行きましょう」

「ええ、遠慮なく、やっちまいましょう」


 閉人は拳を握ってエリリアの前に突きだした。


「姫さんも手を握って、こう」

「こうですか?」

「そうそう。で、これを、こう」


 二人は作った拳をコツンと合わせた。


「これ、頑張る時の合図にしませんか? 俺の世界だとたまにやるんですけど」

「素敵です。はい、もう一回」


 もう一度拳を合わせると、エリリアは満足げにふふと笑う。


「では、また明日。おやすみなさい閉人さん」

「うん、お休みなさい姫さん」


 拳を離すと、閉人は振り返って歩き出す。

 小屋の戸を開き、陽の落ちた暗い闇の中に囁く。


「ビエロッチの姐さん、来てます? 来てますよね? 見張ってるんでしょ」

「はいっス」


 閉人の問いに真横から答えが返ってきた。

 恐らく、屋根の上から降りてきたのだろう。服を着たビエロッチが夜闇に佇んでいた。


「やっぱナチュラルにこっち監視してるんだ?」

「してるっスよ。閉人っちはまあどうでもいいッすけど」

「不死者なのに?」

「ウチのボスはただの不死者にはあんまり興味ないみたいっスよ」

「ふーん、まあ、所詮ただの不死者ですけど」

「で、何の用っスか?」

「それは……」


 閉人はビエロッチに作戦を囁く。


「見返りはあるんスか?」

「ジークマリアに姐さんにかけた『闇部侍臣』を解除するよう説得します」

「手伝う対価にはちょっと弱いっスよ」

「じゃあもし断ったらジークマリアにある事無い事吹きこんで姐さんをアレするように仕向けますけど」

「ぐぇ。それはマズイ」

「じゃあよろしくお願いします」

「あーい。行けたら行くっス」


 ビエロッチは気怠そうに返事をすると、ゆらゆらと森の方へ消えて行った。


「よし、これで五手。アイツに一つでも通じればいいけどな……」


 閉人は自分でいいながら、その困難さにがっくりとうなだれるのだった。



 †×†×†×†×†×†×†



 明くる朝。


『姫さんは預かった。正午になったら試練の所に来い byビエロッチ=アレクセイエフ』


 ジークマリアは枕の横に置いてあった書き置きを破り捨てた。


「閉人め。何かコソコソしていたかと思えば、今日で終わらせるつもりか」


 ジークマリアは好戦的な笑みを顔に浮かべたが。


「正午か。姫様も閉人について行っているだろうし……」


 もう一度ベッドに寝っ転がった。


「暇だ、寝る」


 ジークマリアは暢気なことを言って寝始める。

 悠長に過ぎるが、別に勝ちたいワケでもない。

 むしろ楽しみなぐらいであった。



 だのに。



「あ、あらマリィ。来たのね」


 ヘタクソな演技。

 試練の聖域にやってきたジークマリアを出迎えたのは、エリリアの姿をした誰か。

 いや、切株に腰を置き足を放り出しているところを見る限り、演技をするつもりすら無いらしい。


「姫様はどこだ、閉人」

「ここにいるわよ?」

「戯言を。それが貴様の試練に対する工夫というわけか」


 ジークマリアは悠々とエリリア?に歩み寄る。

 アンブラルの刃をその頸にあてがうと、エリリア?は閉人のように笑う。


「へへ、まだ試練を始めるなんて言ってないぜ? フライングだよフライング」

「別に試練でなくても貴様の首を刎ねるくらい、どうということはない」


 自信満々に言ってのけるジークマリアだったが、その脳裡には微かな違和感がチラついていた。


(いや、閉人は阿呆馬鹿だが無能ではない。なぜ昨夜私にタネを明かした? あれ自体が大きなブラフ……?)


 その違和感は決して確信に変わらなかった。

 そのように、一片の疑問も持たせないように演じているのだ。

 ……エリリアが。


「マリィ」


 エリリアはゆっくりと立ち上がる。

 その一言で、ジークマリアは全てを察した。


「姫様ッ!」


 逆だったのだ。

 閉人がエリリアを演じているのではない。

 エリリアが、『エリリアを演じる閉人』を演じていたのだ。


「私、こういう才能もあったみたい」


 エリリアは、ジークマリアに抱擁した。

 避けることも防ぐこともできない。

 なぜならばエリリアはアンブラルの穂先に手を添えており、槍をどちらに動かしても彼女の手に傷がつく。

 それだけは駄目だ。

 試練で魔術に身体を乗っ取られていようが、それだけは、出来ないのだ。


「マリィ、大人しくしていてね?」


 地面の草地から、赤い物が染み出して水たまりを作る。

 閉人の血が、ジークマリアの足に、腿に、胴に、ナメクジのように這い上がり動きを封じていく。


「はい、もう大丈夫だよ姫さん。危ないから離れて」

「はーい」


 木陰から閉人が這い出てきた。


「気配を感じないと思ったが、貴様、なぜ……」

「へへ、心臓と肺を止めてたんだよ。死んでる奴の気配は感じられないだろう?」

「……ちっ」


 ジークマリアは足を動かそうとするが、ブーツが完全に閉人の血液に絡め取られていて動かない。


「お前を倒すために五手、考えてきたぜ。『これ』は姫さん立案だけど。なぁ、たった一手でこのザマかよ。今までの苦労って何だったんだ? 」


 閉人は大袈裟にがっかりして見せて煽る。

 だが、ジークマリアはまだまだ余裕だ。


「そう落胆してくれるな。負けるにしても、あと四つを見てからだ」


 瞬間、魔槍アンブラルがぶんと鳴り、二筋の閃光がジークマリアの足元を斬りつけた。

 両脚のブーツを切り裂いてジークマリアは血の池を脱出する。

 血塗れの草地に槍の石突を立て、傾けた柄に軽業師のように乗って見せる。

 まるで竹馬。

 ジークマリアの卓越したバランス感覚と身体能力が可能にする曲芸だった。


「そんな状態で戦えんのか?」

「私を誰だと思っている! 来い、『闇部侍臣シェイドマン』!」


 影の分身を血塗れの草地に立たせる。

 影には血が上手く絡まない。

 閉人にもジークマリアにも理屈はよく分からないが、分身は血に足を取られる事無く動けるようだった。


「騎士たる者、騎乗戦闘にも長けていなければならない」


 ジークマリアは分身の背に乗る。

 背に腰掛け、両脚は分身の両手の上に乗せられた。

 鐙はある。

 無いのは鞍と手綱だが、ジークマリアにとっては大したことではない。

 正面から見れば、ジークマリアが真っ黒な馬の半身を持ったケンタウロスであるかのようにも見えるだろう。


「いざ!」


 アンブラルを振るい、ジークマリアは閉人の方へと駆けてくる。

 平時とほとんど変わらない速さに、閉人は舌を巻く。


「一人騎馬戦か。ぞっとしないぜ」


 だが、その顔もまた余裕に満ちている。


「巻き上がれランク五、『瀉血地獄沼(レッドサンクチュアリ)!』」


 一瞬であった。

 試練の聖域は閉人の仕込んでいた血液によって真っ赤に包まれた。


「赤い霧だと!? くっ!」


 ジークマリアは鼻と口を押えた。

 閉人の低く笑う声がする。


「血を霧状にして撒いてやったのさ。呼吸すれば俺の血が口に、喉に、肺に入っちまうぞ。このインチキ技が第二手だ」

「姫様まで巻き込んだか!?」

「姫さんは俺の近くにいるんだぜ? ちゃんと調節してるっての」

「よかろう!」


 血の霧が晴れていく。

 一度爆発的に散布したとしても、すぐに舞い散ってしまう性質のものらしい。

 薄れゆく赤の中で、ジークマリアは影を見つける。

 肺の中の空気を使い切り、叫ぶ。


「閉人ォッ!」

「なぁに、マリィ?」

「ッ!?」


 エリリアの声、閉人の癖……

 その条件にあてはまるのは、閉人だけではない。


「どちらが姫さんで」

「どっちが俺か分かるか?」


 霧が明け、一つの影が二つに分かれる。

 エリリアの姿をしたのが二人、声もエリリア、口調と身ぶりの癖だけは閉人のもの。

 お互いの特徴を摺合せ、閉人とエリリアは全く判別不能となってしまった。


「攻撃できないだろう?」

「万が一姫さんを殴っちまったら一大事だもんなぁ?」


 二人は揃ってジークマリアに向けて歩み出す。

 歩き方もエリリアが閉人に合せているようだ。


「くっ……」


 ジークマリアは両方を血眼になって見比べるが、どちらの動きも品の無い閉人のそれだ。

 ジークマリアは大きく息を吐いた。

 エリリアが、あれほど守ろうとしたエリリアが、こと戦闘においてジークマリアを翻弄しているのだ。


「姫様、貴女にこのような才能があるとは、不肖ジークマリア=ギナイツ、感激の至りです。なんと素敵な才能でしょうか」

「ふふ、役者さんになれるかしら」

「姫様が望むならば、絶対に」

「嬉しいわ、マリィ」


 嬉しそうにはにかむエリリアだったが、


「姫さん、素が出てない?」

「あ!」


 エリリアはエリリアの姿の閉人と目を見合わせる。

 ジークマリアはニヤリと笑んだ。


「なるほど、そちらが姫様でしたか。で、貴様が……」


 ジークマリアに見竦められた閉人は、エリリアの顔でニヒルに笑むと数歩下がる。


「いや、でもさ。褒められると素が出ちゃう姫さん、めっちゃ可愛くない?」

「閉人、それは間違いだ」

「はぁ?」

「姫様は常にどんな時も可愛らしい。特定の時だけに限る答えは×だ」

「自動車免許の問題集かテメェは!」


 閉人はエリリアの後ろに隠れると、血の気の無い顔で叫ぶ。


「第三手目! 姐さん!」

「はいよッス!」


 どこからかビエロッチの声がする。

 第一手はエリリアの演技による攪乱。

 第二手は血の霧を巻き二人の区別をつかなくさせる、これも攪乱。


 正常な判断力を奇策で削った次は……


「奴が来たところで何だッ! 私の背後に現れてみろ、瞬く間も無く八つ裂きにしてくれる!」

「近づかないっスよ」

「何っ!」


 見てみれば、ビエロッチは閉人とエリリアの更に後ろ、聖域の端っこで『服を着たまま』地面に触れている。


「ランク七、『知恵者猫大跳躍フライング・プッシーフット』。ジブンの触れている『生物』を転送するっス」


 ビエロッチの触れていた何かが、認識と実存の境界を彷徨った結果、瞬間移動した。

 ビエロッチはただ笑み、ジークマリアの反応を窺っている。


(何を飛ばした? 地面の中に何が……)


 ジークマリアの頬に影が差す。


「まさか!?」


 その場にいた全員が空を見上げる。


「巷じゃ武術の達人ってのは雨も躱せるって言うが、実のところはどうなんだろうな?」


 次の瞬間、ビエロッチが空中に移動させた質量、閉人が地中に染みこませておいた大量の血液が重力に引かれて聖域全体を穿った。




『断片のグリモア』

 その63:エリリアの才能について


 それは、試練が終わってからしばらくしてからの事である。

 帰りの温泉街ナザーンにて、ツインベッドの片方にエリリアとジークマリア、もう片方に閉人がごろ寝していた。


「物語の読み過ぎでしょうか。たまに、私以外の人になってみたい、他の人生を歩んでみたいという気持ちが強くなることがあるんです。それで、小さい頃は周りの人の真似ばかりしていたように思います。家の者には気持ち悪がられていましたけど」

「いやいや全然キモくなんかないって姫さん。姫さんに完コピできるぐらい観察されてたと思うと、むしろ嬉しくなっちゃうな」

「本当ですか?」

「だって、姫さんが俺のこと知りたいって思ってくれてるんでしょ? げへへへ、俺も姫さんのこと色々見て知りたいな~」

「姫様に触れるな閉人、酔っ払いめ」

「うるせぇなぁ~、てめぇだけの姫さんじゃねぇんだぞ?」

「かと言って貴様のものでもないぞ」

「何だァ? テメェ……」

「ふん、事実を言ってやったまでだ」

「まぁまぁ二人共。私は二人のものだから、喧嘩しないで、ね?」

「……」

「……」


 閉人とジークマリアはしばし顔を見合わせた後、エリリアの方を向いた。


「姫様、貴女が優しいのは理解していますが、あまりそういうことを言ってはなりません」

「そうです、俺たち相手なら毎秒言ってくれてもいいですけど、他の人に言っちゃ駄目ですからね」

「え、ええ……」


 閉人もジークマリアも、何だかんだ言いながら他の人間に取られるくらいなら互いに手を組む不思議な独占欲で動いている。


「分かりました……じゃあ、閉人さんがマリィにお腹を貫かれて悶絶している時の物マネをしますね」

「え、今そういう流れだった?」


 そんなこんなで、一行の夜は更けていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます