2‐6‐2 予想外×5

 彷徨う鎧の襲撃から十日後。

 すなわちエリリアが試練に参加し、鬼ごっこ訓練が始まってから十日が経った日のこと。


「行くぞっ!」


 ジークマリアは訓練用の魔槍アンブラルを手にエリリアへと攻め込む。

 槍の穂には幾重にも革と布が巻いてあったが、ジークマリアが持つとそれだけで必殺の威力を持っているように見える。


「させるかよ!」


 閉人の腕から骨が枝状に分かれ、ジークマリアの行く手を塞ぐ。

 白く艶のある骨からは血まみれの棘が茨のように生え、有刺鉄線のように細く長く伸び、絡み合って網状のバリケードを構築する。

 少しでも触れて血が体内に入れば一撃必殺となる、毒の壁だ。


「そうだ! 点より線、線より面を使え」


 口ではそう言いながらも、ジークマリアは一切怯まない。

 アンブラルを地面に突き刺し、棒高跳びの要領で骨肉のフェンスを飛び越える。


「マリィ、跳んだわね!」


 エリリアが額に七芒星を浮かべてほくそ笑む。


「ランク十、魔術『虚神何何之比翼憐理きょしんかなんのひよくれんり』!」


 エリリアの手から放たれた一対の翼が鳥のように羽ばたき、ジークマリアめがけて飛ぶ。


「くっ!」


 ジークマリアは槍で翼を振り払おうとするが、翼は魔術の視覚効果に過ぎない。

 槍をすり抜け、ジークマリアの身体に翼が着弾する。


「この魔術は翼を授けて自由に飛ばせるのよ! 飛んでけー!」


 瞬間、ジークマリアの身体は重力に逆らってエリリアとは反対方向にぶっ飛んでいく。

 手加減はしているものの、流石のジークマリアも受け身を取るのに精一杯だろう。


「やった!」


 エリリアは喜びかけた。

 だが、違う角度からそれを見ていた閉人だけは、


「駄目だ姫さん! 下がって!」

「へ?」


 ジークマリアの手品に気が付いていた。


「ランク四、魔術『闇部侍臣シェイドマン』」


 飛ばされたのは具現化したジークマリアの影。

 ならば、本体は?


「はい姫様、捕まえました」


 いつの間にかエリリアのすぐそこに迫っていたジークマリアは、主の肩にタッチした。

 ジークマリアはふぅと息を吐き、エリリアは驚きの声をあげる。


「まあっ! 全然見えなかったわ」

「ええ、見えないように動きましたから」


 事もなげに言う。


「ちっ、もう少しだと思ったんだけどな。今の何秒?」

「23秒だ」

「くぅーっ、惜しいな!」

「ああ、あともう一手詰められていたら三十秒を回っていただろう」

「倒せるまではまだまだ遠いか」

「ふむ……あと五手、同時に詰めるぐらいでくれば傷一つくらいは付けられるかもしれんな」

「けっ」


 閉人はすねてその辺の石を蹴った。


「そもそもさ、三人で鍛える事に意味あんのかよ。俺と姫さんでこうして作戦立てて練習しても、試練の時に対策されちまうだろ?」

「いや……つい最近気づいたのだが。試練の時に戦っているのは私であって私ではないようなのだ」

「?」


 ジークマリアは顎に手を当てた。


「私も感覚でしか分かっていないのだが、試練を初めてこれで一月、私と『試練での私』の思考にずれが出てきている気がするのだ」

「? 最初は一緒だったの?」

「ええ。何と言えばいいのか、例えば閉人が私を地面の下から攻撃してきた事があるんですが、次以降戦う時に『試練の私』はその攻撃をまるで警戒していないのです」

「そんな事分かるのかよ」

「ああ。感覚は明瞭としているからな。目の動きや動きの選択から見て間違いない。地面からの攻撃を『試練の私』は忘れている。あるいは記憶する機能がそもそもないのかもしれん」

「ほーん。何回挑んでも相手は成長しないってことか」

「そういうことだ」

「?」


 エリリアはどうにも分からない様子で首を傾げた。


「つまりですね姫様、訓練に『私』が参加して姫様の手の内を見たとしても『試練の私』は対策を取れない、ということです」

「このままでいいんすよ。希望が見えてきましたね」


 エリリアは一拍置いて。


「……うん?」


 首を傾げた。


(姫さん、分かってないけどカワイイ)

(ああ姫様、首をかしげる姿もなんと可愛らしい)


 二人がほっこりとエリリアを見つめる。



 そんな時であった。


「うぅぅ……アァァ…………ッ!」


 森の茂みから、何やら呻く声がする。


「ッ! 姫様、お下がりを」

「何だ、またアイツが来たのか?」


 ジークマリアを前衛に、中距離攻撃が出来る閉人がエリリアを庇う。

 カンダタを構え、様子を探る。


「何発か撃って燻り出すか?」

「いや待て閉人、これは……」


 ジークマリアは魔槍アンブラルを茂みに向けて突き入れた。


「何の用だ」

「うぅ~助けてぇ……」


 茂みから這い出してきたのはビエロッチだった。

 珍しく服を着ているが、身体はボロボロで肩には矢が刺さっている。


「ビエロッチさん大丈夫ですか?」

「うぅっ、エリリアっち助けてー……」


 白魔術の魔導書を開いて駆け寄るエリリアに、ビエロッチは縋りつく。


「落ち着いてください。どうしたんですか」

「うぅっ…… 食べ物盗もうしたら殺されかけたんッス……」

「はぁ?」


 三人は?を頭に浮かべた。


「だってぇ、術は使うなってマリアっちに脅されてたし、ウル兄のところには雰囲気的にもう頼れないし……」


 ビエロッチの腹が、潰れたカエルのような腹ぺこ音を鳴らす。


「姐さん、実はけっこう倫理観ゆるキャラ?」


 閉人はエリリアに指示でビエロッチの肩の矢を抜く。


「あ痛ァッ!」

「はい、閉人さんはそのまま押さえててくださいね。消毒しますよ」

「ぎゃあっ」

「白魔術かけますよ」

「ひゃー暖かいっス~癒される~」


 癒されていくビエロッチを忌々しげに見下し、ジークマリアは舌打ちした。


「人様から盗むくらいなら働かざる者は飢えて死ね。姫様の温情を噛み締めろ」

「ぐぇぇ手厳しいっスよ~」

「勝手についてきた分際でほざくな。どうせ裏でコソコソ何かをやっていたんだろう」


 ギクッ!


 擬音が飛びだしそうな反応をすると、ビエロッチはそっぽを向いた。


「……はぁ」


 追及するのもアホらしくなったのか、ジークマリアはため息を吐く。


「閉人、飯でも作ってやれ」

「いいのかよ」

「弱き者飢えた者に施さずして騎士は務まらん」

「……そう言えば、温泉止まった時の金もお前持ちだったんだっけ?」

「奴め、いつか八つ裂きにしてやる」

「うへぇ」


 閉人は呆れ気味に頭を振るのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「閉人っちの料理……個性的な味っスね?」


 閉人の作ったチャーハンをバクバク食いながらビエロッチは言った。


「不味いって言ってくれていいっすよ、姐さん。これでも前の世界じゃ自炊してたんすけどね。食材が違うとあんまりうまくいかないんすよ」

「ふーん、そう言えば不死者の人って異世界から来てるんすよね? どんなトコなんすか?」

「あ、それ気になります!」

「確かに、貴様のようなヘタレがどんな世界にひり出されたのか、気になるところだ」

「ひでぇな。でも、まあ良い所だよ。シャワーもウォシュレットもあるし」

「……そう言えば貴様、いつも『シャワー浴びたい』とか『ウォシュレットが無い』とかほざいているだろう。どういう意味なんだ」


 意外なジークマリアの食いつきに、閉人は目を丸くする。


「えーっと、シャワーはこう、水道に繋がってて……水がシャワーっと出る。それで身体を洗うと気持ちが良いって感じ」

「お風呂に入ればいいんじゃないっスか?」

「そういうんじゃなくて、水も時間も節約してサッと浴びれるのが忙しい現代人にピッタリ! みたいな?」

「ウォシュレットとは何だ?」

「……お尻を水で洗ってくれる」

「そんな物いつ使うんだ……いや、いい。今理解した」


 ジークマリアは呆れた目で閉人を見た。


「自分の尻も自分で拭けんのか……」

「イヤほんと、やってみれば分かるから。こう、便座の下のとこからブシューっとさ」

「……」


 ジークマリアは視線を落として数秒後、


「……破廉恥だ」


 小さく呟き、顔を背けた後、突如鼻血を吹いて卒倒した。


「マリィ!?」

「……何を想像したんっスかね?」

「尻か? 気が強いしやっぱり尻が弱点なのか?」

「というか、鼻血吹くとか古典的ッスね」

「けけけ、今度はボラギノールの話をしてやる」


 閉人とビエロッチはジークマリアを介抱しながら好き放題を言うのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 そんなこんなであるから、その日はもう休むことにした。

 ジークマリアを寝かしつけ、各員だらだらして過ごす。

 そう決めたはずだったが。


「閉人さん、頭、重くないですか?」

「まるで羽のようですよ、軽い軽い」

「よかった。もう少しこのままでいいですか?」

「もちろん。つか、逆にいいんすか?」

「?」


 午後、気絶から醒めた閉人の腹を枕にエリリアが寝ていた。

 驚いた閉人が腹筋をビクつかせると、エリリアも目を覚まして今に至る。


「姫さん、風邪ひいちゃいますよ。毛布持ってきますか」

「お願いしてもいいですか?」

「もちろん」


 閉人は傍らに置いてあったカンダタを手に取ると、ヒョイと荷物に向けて撃った。

 荷物からはみ出していた旅用の毛布に着弾すると、復元力によって形成される血の紐で引っ張る。


「どうぞ、姫さん。血は全部とれてるから、はい」

「ありがとうございます、閉人さん」


 エリリアは毛布を広げる。


「閉人さんは寒くないですか? 一緒に入りませんか」

「ははは、ありがとう姫さん。でも、アイツにぶっ殺されちゃうからやめときますよ」

「ふふ、マリィはちょっとヤキモチ焼きなところもありますから」

「まぁそうでしょ。っていうか、姫さんの枕になってる時点で世界中を敵に回してる気がするんですけどね」

「そんなことないですよ」

「ありますって。何だか一人だけ得した気分です」


 穏やかな午後の風が小屋を通り抜ける。

 王国の北西にあるこの森は比較的寒冷だが、今日は妙に暖かな風であった。


「私、今とっても楽しいです」

「こうして俺を枕にしてるから?」


 おどける閉人に、エリリアは笑って首を振る。


「三人で(ビエロッチもいるけど)こうして穏やかに過ごしている時間、好きなんです」

「俺も姫さんの枕になるの好きかも」

「本当ですか?」

「もちろん」

「……変態さん?」

「いやいや、普通ですって。男はみんな女の子たちの枕や椅子になりたいもんです」

「えっ?」

「あ、いやすいません冗談です」


 閉人は誤魔化しつつ、一つ咳払いをした。


「あーでも、姫さんが楽しいって笑ってくれるのは嬉しいなぁ」

「閉人さんも嬉しいんですか?」

「ええ。ちょっと前にジークマリアと話したんスけどね」

「何のお話ですか?」

「旅よりも姫さんを優先しようって話。アイツにとても、俺にとっても、姫さんが第一だからさ、ちょっとドジ踏んで足止め喰らってても姫さんが楽しそうにしてくれてるならそれはそれでいいと思ったんです」

「……そうですか」

「そ。だから、楽しいって言ってくれて嬉しかったなあ。姫さんがそうしたいなら、ずっとこのまま森に居候してもいいかな、なんてさ」

「素敵ですね、本当に……でも、駄目なんです…………」


 エリリアがふるふると首を横に振るのが、腹の感触で分かる。


「私……お母さんとお父さんに会いたいんです」

「え、どういうこと?」


 エリリアは、大きく息を吸って、吐いた。


「私が親元から離されたのは、マグナ=グリモアの姫巫女に選ばれた三歳の時でした。それ以来、私は両親と会う事を禁じられているんです」

「はぁ? 何でさ?」

「エンシェンハイム家が決めた事です。私が甘ったれることの無いように、愛情深い親からは離して育てなければならない、と」

「ひでぇ……」


 閉人は眉をしかめた。


「継承を完成させた時、私を二人に会わせてくれる約束なんです。今の私がいるのは、三歳までの記憶の中で『愛されていた』という実感があるから。だから、私、どうしても……」


 エリリアは言葉を手探りに選ぶように口にした。


「ごめん姫さん、勝手なこと言って」

「いいえ。今まではマリィにしか話した事のない秘密でした。マリィの忠告であまり人には話さないようにしていたんです」


 エリリアは寝たままくるりと閉人の方に身体を向ける。

 人差し指を唇に当て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「だから秘密ですよ、閉人さん。三人だけの秘密です」


 閉人はきょとんとした後、赤面した。

 エリリアが辛い過去や悲愴な決意を抱いていることを知った痛み、そしてエリリアと秘密を共有したという事実が、珈琲に一滴たらしたシロップのようにむず痒い。

 閉人は紅くなりながらも、言った。


「俺は……何があったって、姫さんの味方ですから」

「ふふ、ありがとうございます、閉人さん」


 エリリアはゆっくりと起き上がった。

 寝転がって乱れた髪を軽く手で直すと、今日の日差しのように笑った。


「さあ閉人さん。楽しいばかりでうかうかしていてはいけません。何か試練のためになる事をしましょう」

「そうですね。じゃあ……」

「じゃあ?」

「姫さんが使える魔術、いろいろ一回試してみませんか」



 ジークマリアは『あと五手』だと言った。

 閉人の脳内にはいまのところ『三手』。

 残りの二手は、どうにもエリリアの側に在るような気がしてならなかったのだ。




『断片のグリモア』

 その62:試練中のジークマリアについて


 彷徨う鎧は現在のエルフラウ=アレクセイエフを『森そのもの』と言った。それと同じことが試練中のジークマリアにも起きている。

 仮想人格。ジークマリアの思考を読み取り、森の巨大なネットワークの一部を用いて戦闘用のAIを構築する魔術程度、エルフたちの手にかかれば造作もない。彼らは長らく『森』という巨大なコンピュータを扱ってきたデータサイエンティストなのだから。

 今問題になっているのは、その学習能力だ。

 ジークマリアの仮想人格に学習能力はない。

 試練中までデータを取って仮想人格を組み替え続けるのは森のランニングコストが高くなるし、べつに最強の仮想戦闘人格を作ることが試練の目的ではないからだ。

 一回作った人格を使い続けるのが森の出力を最小限にする落としどころなのだ。

 それに、ボスキャラが主人公たちの動きに合わせて強くなるようではいつまで経ってもクリアできないではないか。まあ、最近のゲームはそれこそAIでプレイヤーレベルに対応してボスの強弱が調整されるらしいが……

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