2‐6‐1 フォーメンションA

 結論から言えば、瞬殺された。


 前衛に出た閉人がまずジークマリアに潰された。

 槍で胸を突きあげられた後、振り下ろして地面に叩きつけられ、心臓が裂け、頸が九十度に折れ曲がる。


「閉人さんっ!」


 ジークマリアは止まることなくエリリアに向かう。

 エリリアはどうにか『怨神刃螺羅之万華鏡』で迎え撃とうとするが、


「失礼します、姫様」


 途端、真っ直ぐ向かって来ていたジークマリアが、エリリアの視界から消えた。


(下?)


 エリリアは類まれなる勘をはたらかせて目を下にやる。

 すると、ジークマリアが重心を地面すれすれにまで落とし、這うように彼女の後ろまで回り込んでいるのが辛うじて見えた。

 後ろを取られた。


(あらあら?)


 エリリアは振り返るが、“後ろに回っていたはずのジークマリアは後ろにいなかった”。

 エリリアの周りを一周し、振り向いたエリリアのさらに真後ろを取ったのだ。


「避けてください姫様!」


 次の瞬間、エリリアの額を衝撃が突き抜けた。

 ばちぃん! と、デコピンがエリリアの額に叩きこまれたのだ。


「あら、あらあらあら?」


 あまりの衝撃で、エリリアはすぐ近くに倒れていた閉人の背に尻餅をつく。

 ただのデコピンでもジークマリアの手にかかれば頭蓋を打ち抜く致命傷になりそうなものだったが、ジークマリアがエリリアにそんなことをするはずもない。。


「大丈夫ですか姫様!?」

「痛いけど大丈夫。痛いけど、う~」


 エリリアは閉人の上で額を押さえてもだえた。

 決着であった。


「姫さん、大丈夫?」

「あっ、上に乗っちゃってごめんさない閉人さん。私たち、負けちゃいました」

「仕方ないですって。テンションで押し切れるかと思ったけど全然敵わないんですから」

「マリィは強いですね」

「強すぎですよ、ホント」

「ふふふ」

「あはは」


 二人は暢気に笑う。

 というか、笑うしかなかった。


「でも、案外もう少しで何とかなるかもしれません」


 エリリアは立ち上がると、椅子にしていた閉人に左手を差し伸べる。


「さあ閉人さん、三人でご飯にしましょう。お弁当を作って来たんです」

「姫さんが?」

「もちろん」


 閉人は首が折れたまま飛び起きると、ブランブランしている首を振り乱した。


「姫さんが、俺のために!?」

「はい♪」

「俺だけのために!?」」

「自惚れるな。私たちのために、だ」


 ジークマリアはコツンと閉人の頭に拳を押し当てると、首を肩の上に据えてやるのだった。



 †×†×†×†×†×†×†



 七時半ぐらいには食べ始めているはずの朝食が、彷徨う鎧の一件で九時まで遅延してしまった。


(ちくしょう鎧野郎め。姫さんの手料理が冷めちまったらどうしてくれんだ)


「はい、これがサンドイッチでこっちがスープです。サラダはこっちのボウルから取ってくださいね。どうぞ召し上がれ♪」

「は……い……? サンドイッチ? スープ?」


 小屋に戻って来た閉人を待っていたのは、正体不明の『何か』たちであった。


 サンドイッチと呼ばれたそれは、パンに具を挟んで食べる物のはずだ。

 しかしパンは『見えず』、沸々と湧くピンク色の何かが煮立って蠕動している。

 一言で言い表すならば、『ピンク色の沸騰している四角い芋虫』である。


「……SAN値チェックいいッスか?」


 スープはそもそも液体ベースではない。

 大きなカップの底から塔のように『コンソメスープが屹立し』、試しにスプーンで突っついてみるとカチンカチンと食べ物からしてはいけない金属音がした。

 だのに、スープの塔の中では食材が浮いて上下に漂っている。


「どうやって食べんの?」


 極めつけに、サラダは『森』だった。

 ボウルの中にどう見ても樹にしか見えない小さな何かが林立し、スプーンで退けようとしても、大地(?)にしっかり根付いていて動く気配が無い。

 目を凝らすと、木々の間で何かが動いている。

 森に棲む小動物にしか見えないが、そんな縮尺の小動物は存在しない。


「サラダって何か手を加える要素ある?」

「ドレッシングを作ってかけました」

「ほへぇ」


 まるで麻薬中毒者の見る幻覚のような光景に、閉人はたじろいだ。


(ヤバい……ヤバい!(語彙力の喪失))


 人間は自らの危険を感じると、とにかく仲間を作ろうとする。

 閉人はジークマリアの方を見やった。


「……ッ!」


 虫嫌いの彼女なら、こんな冒涜的光景に拒絶反応を起こしているものと思ったが、


「いただきます、姫様」


 もぐもぐもぐ。

 何食わぬ顔でピンク色の芋虫に頭からがぶりついている。


「なっ……え!?」


 閉人の驚く様を横目に見て、ジークマリアは眉をしかめた。


「動じるな、閉人。姫様が作られた料理は我々俗人の理解を遥かに超越している。ガタガタ抜かさず拝領しろ」

「……」


 ジークマリアは言い、スプーンでスープをつつく。


「ちなみに姫様、このスープはどのように頂けばよろしいんでしょう?」

「ふふ、巻き取って食べるのよ」

「なるほど」


 ジークマリアはスプーンの背でカチコチになったスープ塔の壁面を撫でると、塔は飴の様に蕩けだす。

 水飴のようになったスープを器用に巻き取ると、ジークマリアはスープの塊を口に入れる。


(いや、何から何までおかしいだろ!? 正気なのは俺だけか!?)


 閉人は、幻かを見たかのように唖然としてそれを見つめていた。

 正気度は削れに削れ、発狂寸前だ。


「相変わらず、姫様の作るスープは独創的ですね」


 ジークマリアは言う。

 あまりに不味いのでフォローしているのかと閉人は勘ぐったが、ジークマリアの顔はそういうやせ我慢の顔ではない。


「閉人さん、御気に召しませんでしたか?」


 エリリアは閉人をちらと見た。

 ゴクリと、閉人の喉が鳴る。


(そうだ、姫さんの手料理だぞ、姫さんに恥をかかせるな! 仮に食べて死んだとしても、姫さんに殺されるなら本望……ッ!)


 閉人は恐る恐るピンク色の芋虫(サンドイッチ)の胴を掴み取る。


「ぴぎゅ、ぴぎゅー」


 芋虫は閉人が掴む握力で内部の空気が漏れたのか、本物の芋虫のような呻き声を上げている。

 加えて、閉人の手から逃れようとうねうねと身体をよじっている。


「いただきます!」


 閉人は一思いにその頭に齧りつく。

 すると……




 サクッ


「ッ!?」


 閉人の歯に、唇に、舌に、鼻に、まるで焼きたてのパンに齧りついたような触感と食欲をそそる香りが伝えられる。

 さらに噛むと、トマトハムチーズなどの具材の瑞々しい旨味が口いっぱいに広がる。

 なんということはない、ただのサンドイッチとして閉人に咀嚼されていた。


「普通に美味い……美味しいですよ、姫さん!」

「あら嬉しい。と言っても、私はパンに具材を挟んだだけですけど」


(じゃあ何でこんなメタモルフォーゼしちゃってんですか!?)


 内心で突っ込みながらも、閉人はサンドイッチを平らげる。

 確かにパンに具が挟まっているだけだが、何故か普通のものより美味い気がした。


(とにかく、姫様の手が入るとこんなサイケデリックな見た目になるのか。お姫さまだもんな、そーいうこともあるよな(???))


 閉人は一人ごち、深く考えないようにした。


「不敬だぞ、閉人、姫様の作った物が美味くないはずがないのだ」


 ジークマリアは釘を指すと、どう見ても森にしか見えない森(サラダ)にフォークを突き入れる。


「ああそうだ。せっかく姫様も参戦されるのだから、朝食後の訓練は姫様にも参加していただきましょう」

「私も? やったー!」

「ちょっと待てジークマリア! 朝食後って何だッ!? 飯食ったらまた訓練!?」

「そうだが?」

「どういうスケジュールしてんだよ!?」

「朝食前に基礎体力作り、朝食後に組手、昼食前に柔軟、昼食後に基礎体力作り、おやつ前に組手、おやつ後に座学、夕食前に体術基礎、夕食後に組手、就寝前に柔軟、就寝後は……」

「就寝後は寝てんだから何もできないだろ!」

「ふん、冗談だ。『就寝後』だけはな」

「げぇ……」

「ふっ」


 ジークマリアは冷笑すると、森を食うのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 そして、


「姫様が訓練に参加される事になったので、まずは二人のコンビネーションがどれほどのものかを確認します」

「コンビネーション?」

「ええ。閉人と姫様が組む以上、陣形を組み意思疎通を図りながら戦うのが肝要です」

「陣形っつったって、二人で陣形?」

「ああ。基本はこうだ」


 ジークマリアは閉人の襟を引っ張ると、エリリアと自分の中間まで連れて行く。


「閉人が姫様の盾になり、姫様が魔術で閉人を援護する。これが最も効率的です」

「んー確かに」

「そうですね。私も前に出られれば良かったけど、剣のお稽古も苦手でしたし……」

「え? 姫さん剣習ってたの?」

「ええ。姫巫女の嗜みとして、4歳の時から」

「へぇ~」


 この調子だと話がエリリアの習い事の話になりかねない。

 ジークマリアは咳払いした。


「コホン。とにかく、閉人は何があっても私から姫様を守ることだ。完封しろとは言わんから、私を一秒でも長く食い止めろ」

「ああ」


 いつもは一秒でやられている閉人であるから、難しい課題である。


「という訳で、訓練その一『鬼ごっこ』。私が鬼になって姫様にタッチしようとしますから、閉人は身体を張って私を止めろ」

「よし、分かった。耐える目標は?」

「三十秒と言ったところか。それ以上は恐らく二人の体力が持つまい」

「よぉし、頑張りましょうね、姫さん」

「え、ええ……」


 エリリアは何故か不安げに頷いた。


「どうされました、姫様?」

「ええと、マリィ……一つ質問をしてもいいかしら?」

「どうぞ」

「その……『鬼ごっこ』ってなあに?」

「……」

「……」


 二人は沈黙し、僅かに顔を見合わせた。


「姫さん分かんないみたいだし、今日はお休みにしないか?」

「抜かせ。姫様、鬼ごっこというのはですね……」


 説明省略。


「という遊びです」

「まあ、とても面白そうな遊びだわ! 街の子供たちはそういう遊びをしているのね!」

「ええ、そうなんです。姫様もてっきり知っているとばかり」

「遊ばせてもらえなかったんだなぁ、姫さん」


 二人してエリリアの肩に手を置くのであった。


「とはいえ閉人、訓練は予定通りやるからな。休憩なしで一時間、姫様を守り続けろ」

「ほらまたそういうこと言い出す~」

「口より身体を動かせ。始めるぞ」

「ひぃっ!」

「頑張りましょう、閉人さん!」


 この後一時間半に渡り、閉人はジークマリアの無尽蔵の体力にドつきまわされて地獄を見ることになる。

 エリリアも汗だくになってしまうような過酷な訓練だったが、心なしか三人とも楽しそうであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 その日の晩、


「なんでまだここにいるんスか?」


 森の聖域に一つの影が浮かぶ。

 ビエロッチだった。

 小さな切り株に腰掛けた男が問いに答える。


「ここでロストした肉体を回収しておこうと思ってな。八十年振りか、ビエロッチ」


 男、彷徨う鎧は訊ねる。


「そうっスね。エル姉ちゃんが死んでから、もうそれだけ経つッスか」

「会って行かないのか」

「冗談、森の事はジブンの方がよく知ってるんスよ。ここで会えるのは姉ちゃんじゃない」

「そうか。まあ、お前が理解していないはずもないか」


 彷徨う鎧の仮面にひびが入っているせいか、彼の音が奇妙に響く。


「なあビエロッチ」

「何スか?」

「東、ゴロシュキンの港街まで飛ばしてくれないか。荷物は全部虫に持たせたから、あとは身体だけだ」


 ビエロッチは僅かに眼を見開いた。


「まあ、いいッスよ。でも、条件があるッス」

「何だ」

「『素顔』を見せてくださいッス」

「……」

「いいッスよね? “お互い飼われた狗同士”、腹を割って話できるようにしておきたいッスから」

「ふ、いいだろう」


 彷徨う鎧はヘルメットのように頭蓋を覆う仮面のヒビに手をやり、砕いた。

 ひしゃげた鋼鉄の破片がバラバラと剥がれ落ちる中、その奥の素顔を月光が照らしだす。

 ビエロッチだけが、その顔を見ていた。

 そして、薄く笑みを浮かべる。


「ふーん、今までその顔と『掛け持ち』でやってたんスか。騙されたッス、感心しないッスよ」

「何とでも言え。この素顔を知るのはエル先生とボリ=ウム、それに俺の上司だけだ」


 彷徨う鎧は自らの顔に手を添える。

 すると、顔の肉が不死の能力で形を変え、全く別の顔を作り出していく。


「そうそうたる面子ッスね。その悪巧みの仲間に入れ、と?」

「腹を割ろうと言ったのはお前の方だ」


 彷徨う鎧の言葉に、ビエロッチは低く笑った。


「いいッスよ。お互い世界の平和のために頑張りましょうッス」


 ビエロッチは彷徨う鎧の唇に、自らのを軽く当てた。


「ランク7、空間魔術『知恵者猫大跳躍フライング・プッシーフット』」


 彷徨う鎧は服だけ残し、その場から消え失せる。

 後に残ったビエロッチは、月を見上げ、


「あは、あはは、あはははははは……」


 嬉しいような楽しいような、それでいて寂しいような、そんな笑みを漏らした。




 断片のグリモア

 その61:エリリアの料理について


 エリリアの料理はラリった麻薬中毒者が見る幻覚のような姿を纏う。

 魔術ではない、エリリア個人の才能である。

 食べてみればなんてことは無いと分かるのだが、そのあまりの冒涜的な光景に直視する事すらできないものもいる。

 エリリア本人にはそう見えないらしいが、皿に盛る、加熱する、調味料をかける、混ぜる、切る、挟む、あらゆる調理行為をエリリアがしても料理はそうなるらしい。


「だから姫さん、今まで作ってなかったんですね」

「そうなんです。学校の調理実習で気絶したり吐いてしまったりする子がいっぱい出てきてしまって……」

「うーん、確かに中高生には刺激が強すぎる」

「ですから、今までは料理をしないようにしていたんです。でも……」

「でも?」

「今の閉人さんなら食べてくれるってマリィが言ってくれたから、久しぶりに料理を作ったんです。ね、マリィ?」

「……姫様、それは言わない約束でしたよ」

「あら、そうだったわ」

「ふーん、そうかい。少しは俺と姫さんの仲をこと認めたってことだな? 明日にはコウノトリが飛んでくるかもなぁ?」

「図に乗るなたわけ。久しぶりに姫様の料理が食べたくなったから貴様をダシにしただけだ。明日から貴様の飯は腐葉土にする」

「虫扱いするなって!」

「はいはいそこまでよ二人共。お昼ごはんが出来ました」

「おおっ! ……って、皿の中で宇宙人が回転してる……」

「お肉と野菜のソテーです」

「む、皿の向こうに夕焼けが見えて、誰かが私に手を振っています」

「それは今朝のスープを温めたのよ」

(なぜ朝と違う幻覚が……?)


 こんな感じでコズミックホラーテイストの食事が繰り広げられるが、試練が終わる頃には誰も気にしなくなってしまうのであった。

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