3‐3‐4 間者

「はぁ、生き返る~」


 閉人は男湯に浸かって気の抜けた声をあげた。


「ジークマリア様サマだ。まさか三泊もゆっくりできるなんてナァ」


 閉人は湯に溶けそうになりながら呟いた。



 †×†×†×†×†×†×†



「駄目でした、キャンセルできません」


 宿のフロントに行っていたジークマリアが肩を落として帰ってきた。


「どうしたんッスか?」

「実は姫様の御休養のために少し長めに部屋を取っておいたのだが、そのキャンセルを受け付けてもらえなくてな」

「だったら折角だし、少しここでゆっくりしていこうかしら」

「となると、何日ここにいるんスか?」

「あと二日だ。今日で一泊二日を過ごしたから、全部で三泊四日の滞在になる」

「え、それめっちゃ良くないッスか?」

「そうか?」

「そうそう、折角なんだし観光しましょうぜ姫さん!」

「いえーい!」


 エリリアが陽気にイエ―イしたため、ジークマリアも肚を決めた。


「分かりました。では、そのように参りましょう。各自、貴重品の管理は怠らぬよう」

「はーい」


 かくして、温泉地での二日間の自由時間が出来上がったのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「はぁ~、生き返るわぁ~」


 閉人はさっきと同じことを言いながら湯に蕩けていた。

 現在滞在三日目の夜、今夜一泊して明日の昼ごろにナザーンを出立する予定だ。


「やっぱ旅はこういうのがいいよなぁ。殺し合いばっかりじゃ精神擦り切れちまう。姫さんも元気になったし、ずっとここでのんびりしていたいもんだぜ」

「まったくだね」

「おぷわっ!」


 突然隣で返事した男に驚き、閉人は湯の中にひっくりかえった。


「ごぼぼっ! ごはっ!」

「大丈夫かい?」

「あ、ああ……」


 閉人は体勢を立て直して声のした方を見やる。

 すると、すぐそこの隣で金髪の男が悠々と湯に揺られていた。


「お前! 死神野郎じゃねぇか!」

「やぁ、不死者くん」


 『死神』ことオプト=オーウェルが笑いながら手を振った。


「ってかアンタ、腹筋凄いな!」

「鍛えているからね、ははは。触ってみるかい?」

「い、いいのか」

「もちろん」


 閉人はバキバキに割れた腹筋を手でなぞる。


「うわっ、すげぇ!」

「本気で戦闘するとき肉弾戦メインになるからね。戦闘のプロというのはみんな最適の身体を作り上げるものさ。背中も見せてあげよう。」


 肉体自慢に興が出たオーウェルは背中を見せるが、そこには……


「ん? 何だその模様……刺青?」


 オーウェルの背に浮かんでいるのは、背中を覆う大きさの髑髏の紋章で。

 朽ちかけの髑髏に、所々に魔文字らしき記述が施された茨が巻き付いている。


「これ? 僕の家の紋章さ。それより、背筋はいきんはどうだい?」

「あ、ああ……にしてもかっけぇな」


 閉人はなおも紋章に目を奪われている。

 その様に、オーウェルは少し不思議そうに首を傾げた。


「随分ともの珍しそうに見るね。君の姫巫女殿の背中には、これよりもっと凄い紋章があるはずだよ、知らないのかい?」

「へ?」

「見た事無いの? 姫巫女の背中」

「無い無い無い! あるわけないだろ!」

「ふぅん、そう」


 オプトはニヤニヤと閉人の慌て振りを眺めている。

 閉人は少々照れつつも、眉をしかめて死神を睨んだ。


「つーか、何の用だよ」

「最初に言っただろう、通りすがりの観光客さ。ちょっと本気を出しかけてしまったから、休養に来たのさ」

「? あの後、どうなったんだよ」


 閉人の問に、オプトは僅かに眉をしかめて身体を湯に沈めた。


「『謀殺』、いただろう? アイツをグログロアで捕まえて護送してたんだけど、殺されちゃった。僕のミスだ」

「はぁ!?」

「『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』の『必殺』と『撲殺』の仕業だ。君たちにも関わる話だから、伝えておこう」


 オプトは瞑目し、数日前に自身が遭遇した敵たちについて語った。



「何だそりゃ。『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』の全部の魔術を使える奴に、魔術が利かない奴だって!?」

「そう。だから万が一彼らに遭遇したら、『必殺』には死なない君が、『撲殺』には魔術無しで戦える『神童』が対応するようにしたまえ」

「『神童』?」

「ジークマリア=ギナイツのあだ名さ。彼女はそう呼ばれるのがとても嫌がっているから、僕は敢えて呼ぶことにしている」

「嫌なやつだな、アンタ……」

「『死神』だからね、ははははは」


 死神は高笑いをしていたが、突然ピタッと止まった。


「おっと……僕ね、入浴時間は五分ピッタリと決めているんだ、お先に失礼するよ」

「ま、待てよ! まだ色々聞きたいことが……ッ!」

「悪いけど、この後ボスとまたミーティングでね。きっとぐちぐち叱られてしまうだろう。せめて身体ぐらいは清潔にしていかないとね。じゃ」

「おい!」


 異様に手際よく服を着て、死神は去って行った。


「な、何だったんだ、アイツ……」


 閉人は口をあんぐり開けたまま、その背中を見送るのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 宿の食堂にて。


「ってな事があったわけ」


 閉人は温泉で死神に遭遇した時のことを包み隠さず話した。

 腹筋が凄かったことや紋章のこと、五分ピッタリで風呂から出て行ったことまで。


「なるほど。で、閉人……貴様はその話についてどう思う?」

「ぜひとも姫さんのお背中紋章も見たいなぁ」

「そうか、正直者だな」

「あ痛だだだ! 冗談だって! 冗談! ぐぇあッ!」


 ジークマリアに顔面を握り潰されそうになり、閉人は悲鳴をあげた。


 エリリアはその様を眺めてニコニコしている。

 ジークマリアの閉人虐待に慣れ過ぎて心配する素振りも無い。


 そのやり取りを見て、ビエロッチは悪戯っぽく笑んだ。


「ジークマリアっちの殴ったり蹴ったりって、実のところ親愛表現なんじゃないッスか? めっちゃ楽しそうッスけど」

「……は? 何を言っている?」


 ジークマリアは殺意の籠った冷たい視線をビエロッチに返した。

 閉人はと言えば、「無い無い、ありえねぇ~」と萎びた顔で首を振っていた。


「ふん、興が醒めたな」


 ジークマリアは閉人の顔から手を離すと、何事も無かったかのように手を拭った。


「た、助かった……」


 閉人は九死に一生を得たとばかりに心臓をバクつかせていた。

 

「……エリリアっち、この子らこれでいいんスか?」

「ふふっ、良いと思います」

「マジっスか」


 そこで料理が運ばれてきたため、会話は中断された。


「お、蟹だ!」

「森蟹ですな」

「森に蟹がいるのか」

「いるに決まっているだろうが。ところで、姫様の分も私が殻を剥きましょうか?」

「ううん、私も剥いてみたいから大丈夫」

「分かりました。では」


 四人はそれから森蟹の深緑色の殻と格闘し、白身をほじくり出すのに集中し始めた。


 蟹を食べる時は無言になる。

 無口は世界を跨いでも変わらない事実なのであった。



「はぁー、食った食った」


 夕食を終え、閉人は夕涼みに出ていた。

 王国北部では珍しい温泉街、その所々から蒸気が噴き出て、濛々と夜空に上っていく。


「グログロアも煙が良く出てるけど、迷宮なんかじゃなくて温泉がありゃいいのにな」


 そんな事を思いながらぶらついていると、ふと足湯を見つけて立ち止まる。


「そういえばまだ入ってなかったな」


 足をつけてみれば蕩けるように温かく、涼しげな夜風と相まって心地よい。


「こういうのもいいな……」


 極楽気分で星空を見上げていると、


「痛ぇ!」

「あだぁ!」

「ぎょえぇ!」


 夜闇をつんざくように悲鳴と暴力音が響いてきた。

 閉人の真後ろ、かなり近い。


「もしかして……」


 振り返ってみると、ジークマリアが観光客らしきチンピラたちを一蹴していた。


「てめぇ! 女のくせして何曝してくれとんじゃボケェ!」


 チンピラの頭格らしいドラゴニュートの男ががなり立てる。

 しかし、背に槍を負ったジークマリアはそよ風にくすぐられたほども動じていない。


 閉人は、足湯に癒されながらのほほんと呆れていた。


(テディ=ドドンゴやイルーダンの奴らに比べれば、チンピラなんざ何て事はないんだな)


 そう思った次の瞬間には、チンピラたちはまとめてどこかに吹っ飛ばされていた。


「おーい、ナンパでもされたのか?」

「ああ。食後の運動にもならん」

「あんなのにいちいち絡まれてたら大変だな」

「まったくだ。美しく生まれついてしまった罪深さを痛感する」


 冗談交じりにため息を吐く。


「つーか、何でここに? 姫さんは?」

「部屋でお休みになられている。『影』がついているから大丈夫だ」

「だから槍持ってんのね」


 ジークマリアの持つ『魔槍アンブラル』には魔術『闇部侍臣シェイドマン』が込められている。

 ジークマリアはこれによって自身の影を分身として操る事が出来る。


「丁度いい。お前に聞くことがある」


 ジークマリアは閉人の向かい側で湯に足をつけた。


「閉人、姫様が我を失われた時のことを憶えているか?」

「姫さんが……? いつだっけ?」

「イルーダンの館でイヴィルカイン=フォーグラーと対面した時、姫様は正体不明の力を振るい、あの老魔術師を圧倒していた。その時のことだ」

「確か俺、その時はイヴィルカインのジジイに操られてたんじゃなかったっけ」

「そうだったな。で、貴様はそこから脱出する過程で姫様の精神世界に潜入し、姫様を助け出した」

「ああ。だけど、今さらどうしてそんなときの話をするんだ?」

「……姫様の精神世界で、誰か他の人間を見かけなかったか?」

「どういうことだ?」

「姫様は、ご自身の中に他の誰かがいると仰っていた。ここ数日の変調はそれによるものらしい」

「姫さんの中に、もう一人……?」

「そうだ。今はまだ姫様一人の予感に留まるが、いつか命取りにもなりかねん」


 ジークマリアは相当それを危険視しているらしい。

 閉人は頭に手を当てた。


「しかしなぁ……そう言われても姫さんの他には金属のマネキンみたいなのがいっぱいいただけだしなぁ」

「むぅ。他には何か?」

「すっげぇ寒かった」

「……貴様を当てにした私が愚かだったか」

「いや待て、そもそも場所が神殿みたいな場所だったぞ。ステンドグラスがこう、ドジャーっとあってさ。姫さんはそこで泣いてたんだ」

「神殿……王都のグリモア大聖堂か?」

「知らねーよ。行ったことないし」

「むむぅ」


 ジークマリアは行き詰まりを感じて大きく息を吐いた。


「まぁいい。情報交換できただけでも良しとしよう。帰るぞ、閉人」

「えー、俺はもう少しゆっくりしていくよ。お土産のハーブ饅頭買っておきたいし」

「……そうか、なら貴様に任せるとしよう」

「へ? 何の話?」


 ジークマリアが答えるより先に、閉人は嫌な気配を感じて辺りを見回した。


「誰だ?」

「へっへっへ、ついさっきはよくもやってくれたな」


 さっきの連中が手にナイフだの釘棍棒などを持ってやって来ていた。

 どうやら、ジークマリアに仕返しするつもりらしい。


「立ち直り早いな。さっさとやっちゃってくださいよジークマリアさん」

「うむ」


 ジークマリアは生返事をすると、チンピラたちではなく閉人の方に向かっていく。


「な、何だよ」


 閉人が訝しんだ瞬間、


「きゃー、たすけてだーりん!」


 ジークマリアは閉人の腕に抱きついて空々しい黄色い声をあげた。


「何のつもりだよッ?」


 閉人が小声で訊ねると、


「修行の一環だ。こいつら程度、軽く蹴散らしてみせろ」

「はぁ?」


 ジークマリアは悪びれもせずに言ってのけると、


「じゃあな。魔術は使うなよ」


 いつの間にか姿を消していた。


「あいつ、俺に押しつけやがった……ッ!」

「おぉい? カノジョの責任はカレシが取るもんだよなオォォイ?」


 チンピラたちはジークマリアが消えた怪奇現象に気付きもせず、閉人を取り囲む。


「あーもぉ分かったよ! やってやらぁ!」


 閉人は腕まくりすると、足湯から上がって啖呵を切った。


「やってんやんぞゴラァ!!!」

「湯に沈めたるぞおんどりゃあ!!!!!」

「しゃっしゃっしゃオラァァァァァっ!」

「返り討ちにしてやるテメェらゴラァァァァァァ!」


 閉人とチンピラたちは近所迷惑な奇声を上げながら十数分に渡る死闘を繰り広げたのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「ハァ……ハァ……勝って来たぞこん畜生!」


 閉人はくたくたの顔でエリリアたちの部屋に顔を出した。


「当たり前だ。この私が稽古をつけてやっているのだぞ。魔術を使わずともあれぐらいは倒してもらわんと困る」

「だからってよぉ、半分はお前が喧嘩を売ったようなもんじゃねえか」


 文句を垂れながらも、閉人は自分がちょっとだけ戦えるようになっていたことに驚いていた。


「まぁ、今の貴様なら二歳の頃の私と同程度には戦えるだろう」

「二歳の頃からチンピラに絡まれてたのか?」

「そんな訳なかろう。その頃は猪が相手だった」

「うわぁ……」


 閉人は引きに引いてしまい、文句を言う気力も失せた。


「もぉ寝る! おやすみッ!」

「うむ」

「おやすみなさい、閉人さん」


 閉人はふらふらと部屋を去って行った。



「ふふふ、マリィったら面白い。本当に猪さんと力比べしてたの?」

「恥ずかしながら……」


 エリリアに問われると、ジークマリアは僅かに赤面した。


(あら、本当に本当だったのね。私の騎士は凄いわ!)


 エリリアは何故か嬉しくなってしまい、その日はどうしてかウキウキ気分で眠った。


 一方閉人は猪と二歳のジークマリアに襲撃される悪夢を見てうなされた。

 猪……グレイトタスクの呪いなのかもしれない。



 †×†×†×†×†×†×†



 翌日。


「どうした閉人。温泉でゆっくりしたというのに疲れた顔をして」


 旅支度を整えたいつものジークマリアが訊ねる。


「誰のせいかわかってんのかてめぇよ~」

「心当たりがないな」

「けっ!」


 ナザーンの門前に立った姫巫女一行の中で、閉人だけは青い顔をしていた。


「閉人さん、眠れなかったんですか?」

「そうなんだよぉ、俺の心配してくれるのは姫さんだけよォ……」

「よしよし。頑張りましょうね、閉人さん」

「はい! 姫さんの為ならば!」

「はい、もう大丈夫ですね」


 閉人を軽くいなすと、エリリアは進行方向を指さした。


「さあ皆さん、行きましょう!」

「はい」

「了解ッス」

「応!」


 かくして、一行は温泉街ナザーンを出発。

 いよいよエルフたちの待つ『大森林ジュサプブロス』に突入するのであった。




 『断章のグリモア』

 その50:閉人の日記(ナザーン編)


 畜生、あの雌ゴリラめ~!

 俺にチンピラどもを押し付けといてなぁに姫さんとくつろいでやがるんだ!

 この怒りだけは日記に書いておかないと収まらねぇ!

 クソ眠いけどな!


 そもそもだ!

 ラースリーの時にも書いたが、俺に対する加減とか優しさとかいうものが無いんだアイツは。鬼か悪魔かジークマリアかってんだ。

 さっきも、折角絡んできた奴らを倒してきたのに、

「当然だ」

 とか言いやがって。

 俺には全然『当然』じゃねぇんだっての!

 お前はサイヤ人なのかもしれないけど、俺は戦闘力5のゴミなの、分かるか!?


 それに、組手するたびに俺の事ボコボコにしておきながら


「私の勝ちだ。なんで負けたか明日まで考えておけ。たかが組手、そう思っているなら明日も私が勝つだろう。じゃあ、いただいて行くぞ」


 とか言って俺のお小遣いを巻き上げてきやがる。


 鬼! 人でなし! サディスト! 槍を持ったゴリラ!


 はぁ……何だかマイナスの事ばっかり書いちまった。

 オマケに姫さんのカワイイエピソードでマイナスを相殺しておこう。


 今日の夕飯、蟹の殻を剥いてる時のことだ。

 みんな蟹の殻むきに夢中になって無言だったが、姫さんは手先が器用で一番早く殻を剥き終えたんだ。

 先に食べ始めるのも億劫だったんだろうな。

 剥き終わった殻を眺めて他の三人を待っていたんだけど、突然……


「かにかに~♪」


 指に蟹のはさみを嵌めて、チョキチョキしたのだ。


「ッ!」

「ッ!!」

「ッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!!!????」


 あまりの可愛らしさにジークマリアは鼻血を出した。

 ビエロッチの姐さんは殻を落として絶句した。

 俺は心臓が止まった。


「……ごめんなさい、何でもないですっ!」


 姫さんは俺たちの反応を見ると真っ赤になって俯いた。

 思い出すだけでも尊い。


 一生この人について行こうと思いました。



 追記

 この日記を書いた直後、ゴリラと猪に襲われる夢を見た。

 ジークマリアの祟りに違いない。

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