2‐1‐3 宴会

「ふんぎゃ!?」


 夜中、『旅立ち荘』での宴会途中にそれは現れ……

 次の瞬間には拘束されていた。


「何だ貴様、変態か?」


 全裸のビエロッチ=アレクセイエフがジークマリアに捕まっていた。

 首根っこを掴まれてじたばたしているが、ジークマリアの拘束はこ揺るぎもしない。


(エルフの森に野生のゴリラ襲来! って感じだな、こりゃ……)


 閉人は酒に酔い潰れながら経緯を眺めている。


「だっははははははは! こりゃ傑作だわい!」

「腹がよじれるネ!」


 リィリィとグレンもベロベロに酔って笑い転げている。

 ビエロッチ、ピンチである。


「吐け。何処の手の者だ」

「あ、怪しい者じゃないっスよぉ!」

「だったら何で服を着ていないんだ」

「グェッ!」


 ビエロッチは痛いところを突かれつつ、頸をキリキリと締め上げられている。

 全裸で『旅立ち荘』の宴会に飛び込んできたので、仕方ないと言えば仕方がない。


「お、お助けッス!」


 命からがら瞬間移動し、寝起きのジュゲムの背に隠れた。


「服を着ろ、服を」


 土産の火酒をちびちびやりつつジュゲムは呆れていたが、


「よしてやってくれ、こいつは『旅立ち荘』の身内だ」


 ようやく肝心なことを言ったので、ビエロッチはどうにか一命を取り留めたのであった。

 ビエロッチは一糸まとわぬ身体でジュゲムの背に張り付きながら、なおもジークマリアに怯えて震えている。


「こ、殺されるかと思ったっス……」


 青い顔をしているビエロッチをよそにグレンとリィリィはまだ笑い転げている。


「こいつらぁ~」


 何わらっとんねん!

 と言わんばかりの顔でビエロッチは威嚇したが、酔っぱらいに何を言っても無駄なので諦め、


「ジブンも呑むッス」


 ジュゲムの杯を奪い取って酒を飲み始めた。


「服を着ろ。ひっ付くな。服を着ろ」


 ジュゲムの淡白な申し立ては再三にわたって無視され、全裸のエルフを加え、ただでさえ種族豊かな宴が混沌へと落ちていった。



「あらあら、いつの間にか何だか凄いことに……」


 席を外していたエリリアが戻ると、閉人とジークマリアの間に座った。


「大丈夫かい、姫さん?」

「ええ、もう大丈夫です」


 エリリアは微笑んだ。

 マグナ=グリモア継承の旅、その次なる目的地を授かるべく、エリリアは今まで『夢見の儀』に臨んでいた。

 それが明けた今となっては元気な物で、火酒の杯を取っては楽しそうに、


「カンパーイ!」


 と、やっている。



(楽しそうだなぁ、姫さん)


 閉人は、心の底から楽しそうにリィリィやジークマリア達とおしゃべりに興じているエリリアを眺めて歎息した。


 バードマンの里フェザーンでの『魔笛の空賊団』との戦いは辛く厳しいものであった。


 きっと、これからの旅もそうなのだろう。

 今までも辛かったし、これからも辛い。

 それを見据えてなおひた向きに笑顔を作るエリリアに、閉人は壮絶で優しく、そして悲劇的な何かを感じられずにはいられなかった。


 そんな事を思いながらちびちびとボリ=ウム酒を飲んでいると、


「で、実の所どっちの方がタイプなんだ?」

「ヒェ!?」


 耳元に囁かれ、閉人は小さく飛び上がる。

 振り返ると、ジュゲムが薄暗い顔を真っ赤にして閉人に寄って来ていた。


「な、何すか、いきなり!?」

「何もクソもない。あの二人の内、どちらが君のタイプなんだと聞いている」


 ジュゲムは酒臭い息を吐きながら再度訊ねてきた。

 言葉はしっかりとしていなくもないが、どこか舌が追いついていない感じがする。


 酔っているのだ。


「そ、そんなこと言われても。俺、二人の下っ端だし……」


 閉人は肩をすくめるが、ジュゲムは顔を酔いで赤くしたまま続ける。


「いいか閉人。『出会い』というものの回数は人生の中で限られている。その中で真に尊敬に足る相手など、数えるほどだ。異性に関して言えば、一人いれば御の字というのがこの世の摂理なのだ」

「は、はぁ……」


 ジュゲムは酒の勢いに乗って熱弁をかますが、閉人にはその真意がよく分からない。


「分からんか。つまりだ、閉人」


 ジュゲムは閉人にズイと顔を寄せた。


「考えても見ろ。あの二人を逃して以降、君の人生に彼女ら以上の出会いが存在すると思うか? この旅が君の人生最後のチャンスだという気はしないか?」

「っ!」


 確かに。

 閉人はそう言われると、海より深く納得してしまうような気がした。

 エリリアもジークマリアも、閉人がこれまで関わってきた女性たちとは比べ物にもならない程に光り輝いている気がする。

 二人と別れてどこぞに流れ着くとして、それ以上にときめく出会いなどあるだろうか。


「二人のことは嫌いか?」

「んなワケ無いじゃないですか!」

「だったら、善は急げという事だ」


 ジュゲムの言う通り、出会いとは得難いものだろう。

 もちろん、だからといっ閉人が彼女たちにアプローチをかけなければならない道理はないのだが、酒が入るとそういう理性がふっとぶもの。


「当たって砕けろ、閉人。バラバラになれ」

「……そういうもんすかねぇ」

「そういうものだ」


 ジュゲムは酒臭い息を吐きかけて続ける。


「しかし、『どちらも』というのはこの世の道理に反する。そこで最初の問いに戻る訳だが、君は彼女たちのどちらがタイプなのだ?」


 ジュゲムの問いに、閉人は頭を押さえた。


「そんなこと言われても……」


 二人のどちらかなんて、そんな大逸れたことを考えるのも恐れ多い。

 ジュゲムの酒入りの詭弁にまんまとノせられつつあった閉人は、ぐるぐると酔いに沈む頭を抱えるのだった。



 しかし、同じ呑みの場でそんな話をしていれば、察知されても仕方ない。


「随分と贅沢な悩み事をしているな、ん?」


 耳元に囁かれ、閉人はまた飛びあがりそうになった。

 振り返れば、そこにはジークマリアがいる。

 エリリア、リィリィとのガールズトークから流れて来たらしく、酒に酔った顔でくつくつと笑っていた。

 ふらふらとしつつ、ジークマリアは口元に冷笑を浮かべた。


「姫様に手を出したら殺す……とは常々言っている事だが、私にちょっかいを出した場合も殺し合いになるぞ」


 事実を呆れ気味に言っているような具合に、ジークマリアは続ける。


「全く、貴様を含めれば十何人になるだろうか。応じねばならないこちらの身にもなって欲しいものだ」

「ん?」


 閉人がその意味を訊ねようとした時、先にジュゲムが訊ねた。


「ジーク嬢のところも『けっとうこん』か」

「うむ」

「けっとうこん?」


 閉人は首を傾げた。


「『決闘婚けっとうこん』。平地人(プレーン)の名家に古くから取り入れられている因習でな、名家の子女に求婚する時には『決闘』の形を取るのだ」

「決闘って、戦りあうのかよ?」

「ああ。求婚された家は武力の限りを尽くして徹底的に相手を試し、それを凌駕されたら結婚を認めることになる。もっとも、多くの場合受ける側の家が代理の戦士を立てたりするものだから、当人たちが戦うケースは少ないがな」


 ジークマリアは他人事のように言った。


「……お前は自分で戦うんだろ」

「無論だ。今のところ負けなしだ」


 胸を張るジークマリアに、ジュゲムが唸る。


「ほぉ、そりゃすごい。いつかはマギアス王家レベルの相手が求婚してくるんじゃないか?」


 ジュゲムが訊ねると、ジークマリアはふんと息を吐いた。


「負ける気がしないな」


 と、いつになく楽しそうに笑った。


「ふぅん」


 閉人は呆れ気味に酒を追加した。


「というか閉人、私はそんな武勇伝を話しに来たのではない」


 ジークマリアは酒の杯を持ったまま閉人にズイッと身を寄せた。


「な、なんだよ……」


 ドギマギする閉人の耳に口を寄せた。


「閉人、旅が終わったら帰る身で、どうしてこちらでの所帯の心配をしているんだ?」

「……あっ」


 そうであった。

 この国で恋愛をしても、旅が終わればそれで永遠の別れなのだ。

 そんな閉人に、人生をかけた恋愛が出来るだろうか。


「あー……」


 閉人は間抜けた声を上げると、グビッと一杯飲み、ぐるりとジュゲムを振り返った。


「ジュゲムさん、俺、そう言えば無理でした」

「そうか。よく分からんが、残念だったな」


 ジュゲムは酒瓶を取って閉人の杯に注いだ。

 閉人の背後に潜むよく分からない事情を、よく分からないなりに察したようだ。


「ま、そういうこともある」

「そっすねぇ」


 低く笑いつつ、飲んだくれている。

 奇妙な飲み仲間であった。


 この二人はある一面ではとても似通っているし、またある一面では恐ろしくかけ離れていた。

 だからこそ、こうして何事も無く酒が飲めていると言ってもよい。


「閉人よ、そういうことなら今度面白い店に連れて行ってやろう」

「え! どんなところすっか?」

「ここではとても言えないな、ふふふ」

「えー、マジっすか~!」


 何やら話が汚くなり始めたので、ジークマリアは煙たがるようにガールズサイドへと戻っていった。

 そちらはそちらで、何だかエリリアとビエロッチが盛り上がっている。


「いやー、ゆーてそんなイイ所じゃないっスよ」

「そうなんですか?」


 二人に共通項があるのかよく分からなかったジークマリアは、エリリアの傍に侍った。


「一体何の話を?」

「もー、ジークマリアさんも止めてくださいよ。エリリアちゃん、『大森林』に興味があるみたいで」


 ビエロッチの言葉に、ジークマリアは目を丸くする。

 『大森林』。

 マギアス魔法王国において、それはたった一つの土地を意味する。


「姫様、もしや次の目的地は……」


 エリリアは大きく頷いた。


「はい、次の目的地はエルフの守護する最古の地『大森林ジュサプブロス』です!」


 じゃじゃーん!


 エリリアはほろ酔い気分で気持ち良く宣言するのであった。


「……」

(まさか、よりによってあそことは、ツイテないッス……)


 ビエロッチはこめかみを押さえつつ、どうやって姫巫女一行の旅に潜りこむか考え込むのであった。



『断章のグリモア』

 その38:決闘婚について


 決闘婚はマギアス王朝の初期に生じた因習で、今でも形式的ながら貴族の間で続けられている。

 良家の子女に結婚を申し込みたい場合、その者は果たし状を相手の家に送りつける。受け取った家は求婚者の力を試すべく決闘を受けて立ち、負ければ娘を差し出さねばならない。もちろん求婚を受けた本人が戦わなければならないわけではなく、代理の決闘者を雇う事が一般的だ。そのため、強力な決闘士を雇う事で求婚拒否の意思を示すことができ、決闘には夫婦の幸福を越えた様々な思惑が交わされることになる。

 こうやって述べると不可解な制度に見えなくもないが、そもそも結婚という行為そのものが奇怪千万であり、現代地球にだって似たようなものはごろごろしている。


 とにかく、ジークマリアを倒せる者が現れない限り、彼女に結婚の二文字は無い。

 エリリアは、何故かそれを『ロマンチック』だと勘違いしている。

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