1‐4‐5 自分殺し

「ウ ア ア ア ア !」


 唸り声と共に、鉈を振り上げた閉人がエリリアに迫る。


「お逃げ、エリリア! 今の閉人はまともじゃあないっ!」


 ボリ=ウムの言葉はエリリアに届いていただろうか。


「……」


 表情の無い目で閉人の動きを捉えると、エリリアは鉈を最小限の動きで躱しつつ、二歩退いた。


 閉人の攻撃はイヴィルカインの魔術と比べれば、遅いし、小さい。

 今のエリリアにとって脅威ではなかった。


「ぐぇッ!」


 おまけに閉人は鉈を落として呻く。

 エリリアのナイフが閉人の右手首を深々と裂いていた。


 達人に斬られると斬られたことに気が付かず、三歩歩いてから倒れるという逸話がある。閉人もまたその術中にはまっていた。


 圧倒的な速度。

 エリリアはこと速さにおいてジークマリア級の武芸者へと変貌していた。


 だが、


「不死者は遅くても問題ありません」


 イヴィルカインの言葉と共に、エリリアの足が止まる。


 旅装のままだったブーツを、閉人の血が捕えていた。


「ランク5、血闘けっとう魔術『瀉血地獄沼レッド・サンクチュアリ』」


 閉人の口から紡がれる、覚えのない魔術名。

 それは、『不死者』としての肉体そのものに刻まれた魔術であった。


 床を這うように広がる血は閉人のコントロール下にあり、エリリアを捕えるべくどろりと流動を始めていたのである。



「ランク6、血闘けっとう魔術『無限骨肉戦争アバラ・アバランチ』」


 さらに、動きを封じたエリリアを刺すべく、閉人は二の矢を番いだ。

 その詠唱と共に腱を裂かれた右手を突き破って赤白い骨が飛びだし、右腕の肘から先の肉が融け落ちる。


「おやおや、これは面白い」


 露出した閉人の肘から先、前腕を構成する二本の前腕骨『尺骨』と『橈骨』が肥大化していた。

 日本刀の刀身を背中合わせに二本並べたような形。

 上腕までもがそれを扱うために肥大化し、まるで肩から蟹の鋏を生やしたようにも見える。


 筋肉までもが削ぎ落された骨の刃がエリリアに向けられた。


「不死者の武器は尽きぬ己の身体というわけですか。やはり、面白い素体です」


 血と骨。

 不死身の肉体を最も活かした戦術を知っているのは、閉人ではない。

 閉人が持つ不死の肉体であった。


 エリリアが『姫巫女』として何者かに身体を明け渡しているのと同様、閉人もまたこの戦闘には不在である。


「さあ議会よ、最高戦力がこんなところで従者に討たれて良いのですかな?」


 イヴィルカインが魔笛杖を振るい、閉人への精神汚染を強めると同時に後詰の魔弾をいくつも身の回りに浮かべる。



 その時である。


「姫様ッ!」


 ジークマリアが扉を蹴破って応接間に飛び込んだ。


「鴉め、しくじりましたか」


 イヴィルカインの意識がジークマリアへと向いた。


「何だ、この状況は?」


 ジークマリアは訝しむ。


「姫様が無事なのは喜ばしい事だが……」


 閉人とエリリアが武器を向け合っていることの意味が分からない。

 だが、ジークマリアはジークマリアなので、


「閉人、取り敢えず貴様は歯を食いしばれ!」


 迷わずエリリアの身を第一と定め、魔槍アンブラルを閉人に向かって投げるべく構える。


「させませんよ」


 イヴィルカインがそれを阻止するべく殺意の照準をジークマリアに合わせた。



 そこから同時に、四つの事が起きた。


 一つ、イヴィルカインの左手がジークマリアに向き、後詰めの魔弾を放つ。

 二つ、ジークマリアが閉人に向けて魔槍アンブラルを投げ放つ。

 三つ、閉人がエリリアに向けて骨の刃を突き出す。


 そして、最後の四つ目は閉人の中で起こっていた。



 †×†×†×†×†×†×†



 うわぁ、何だかひどいことになってやがる。


 俺はあちこちを見回しながら、目の前で繰り広げられる茶番(?)に目を戻した。


 ここは、どこぞの会社の会議室みたいなところ。

 妙に見覚えがあるのは、俺の記憶を基に作られた空間だからってところか。



 で、そんな場所で俺がイヴィルカインに詰られているのを、横で俺が見ていた。


 つまり、黒城閉人が二人いる。

 ボロボロになって詰られている俺と、それを見ている俺。


 イヴィルカインのクソジジイももう一人の俺も、こっちの俺には気が付いていないらしい。



「閉人、取り敢えず貴様は歯を食いしばれ!」


 窓の外からはジークマリアの叫ぶ声がする。

 この部屋の窓はどうやら現実に繋がっているみたいで、覗きこむと外の景色が見えた。


 俺が姫さんに襲い掛かり、それを止めようとジークマリアの奴が(また)俺に槍を投げている。


 かなりヤバい状況だったが、それら外の出来事はスローモーションのように見える。

 理屈はよく分からないが、どうやらここは俺の頭の中の世界で、時間の流れが違うらしい。


 で、俺が今こうして自分の中に存在しているからには、この『内側』の世界でやることがあるんだろう。


 つーか、乗っ取られている方の『俺』をどうにかしなきゃならないようだ。



「俺は……俺は……」


 いびられている方の俺が、頭を抱えて下を向いている。


 こうして見てみると、やっぱり参ってたんだなぁ。


 つーかさ、俺は何回「俺」って言ってんだよ。

 自分大好き人間か?


 ……つって、笑ってもいられない。

 俺は、俺を守るのに精いっぱいだったんだろう。

 就活に失敗して引きこもって、結局心の傷を抱えたまま何度も死のうとして、誰も彼もから見捨てられて……

 その上、こんなクソジジイに洗脳されて、優しくしてくれた人たちに八つ当たり。


 やってらんねぇな。

 本当に、やってらんねぇ。


 姫さんが上手いこと拾ってくれなかったら、俺はこんなままで死んでいったんだよなぁ……


 そう思うと、やっぱり俺は救われたんだと実感する。

 姫さんのおかげで、最悪な死に方で終わりにならなかった。


 それに、俺がこうしていられるのは、きっとジークマリアのおかげでもある。

 アイツがずけずけと弱い俺をぶっ叩いてくれたから、今、こうして自分を客観視できる俺が存在できてる。

 ……気がする。


 ほんと、難儀な旅だったけど楽しかったな。

 もし、この戦いで俺の役目が終わっちまうとしても、別にいい。


 だけど、姫さんたちの物語が終わるのは、絶対に駄目だ。

 そのために、俺がいる。


 ここが踏ん張り時だな。

 よし……


 俺は大きく深呼吸をすると、頭を抱えているもう一人の俺の襟首を掴んだ。


「なぁ、お前もそう思うだろ?」

「え?」


 ポカンとしている俺を、俺は殴り飛ばす。

 ちょっと酷だが、相手が俺なので別にいい。


 その段になってようやく、イヴィルカインが俺に気付いたらしい。


「精神が分裂したのですか、馬鹿な……ッ」

「馬鹿でいいよ、バァーカッ!」


 俺は大机の上に飛び乗ってそのままクソジジイの顔面を蹴り飛ばしてやる。


「ブッ!」


 すました紳士面を鼻血まみれにして、イヴィルカインは慌てふためく。


「くっ、ランク2、魔術『魔刃コレナリ』!」


 奴の手から伸びた魔力の刃が俺の首に突き刺さる。

 だが、


「俺は『不死者』だ! 忘れてんじゃねぇぞ!」


 気にしないで、もう一蹴りを叩きこむ。

 け、いい気味だぜ。


 流石の魔術師サマも、人の頭の中じゃそう強がれないらしい。


「よくも姫さんをいじめてくれたな」


 首根っこをひっつかんで、イヴィルカインを引きずり回す。

 目指す先は窓。

 外に放り出してやる。


「くっ……これで終わりじゃありませんよ、閉人くん。このイヴィルカインに屈しなかったこと、現実世界で後悔させてあげましょう」

「けっ、やってみろ!」


 俺はそのままイヴィルカインの身体を窓から外へ、心の中から放り出した。


「はぁ、清々した」


 俺は、暴れた後の面接室を振り返る。

 もう一人の俺は、呆然と俺を見ている。


「なんつーか、その……派手にやったな」

「ああ。圧迫面接かましてくるブラック企業ジジイなんざ、こうしてやりゃ良かったんだよ」

「……かもな」


 もう一人の俺は、気負わない笑みをこぼすと、ネクタイを緩めつつ立ち上がった。


「じゃあ、出るか」


 窓の外に向かう俺を、俺が引きとめた。


「待て。まだやることが残ってる」

「?」


 もう一人の俺は、耳に手を当てた。


「聞こえるんだ。笛の音が消えて、聞こえるようになったんだ」

「耳が馬鹿になったんじゃねぇの?」

「違う。たぶん、姫さんの声だ」

「まじかよ」


 ここに、姫さんがいるはずがない。

 そう思ったけれど、耳を澄ませば、


「ぐすっ……ひぐっ………………」


 耳の端に、姫さんのすすり泣く声が聞こえた。

 部屋の外。

 窓じゃなくて、反対側にある扉の向こうだ。


「何やってんだ、行くぞ」


 今度はもう一人の方の俺が、俺の襟首を引っ張っていく。


「分かってるよ!」


 俺たちの境目がなくなっていくのを感じる。

 分裂していた『主観的で感傷的な俺』と、『客観的で論理的な俺』。

 どうやら、笛の音から身を守るために切り離されていたらしい。

 それが『不死者』である俺の脳味噌だから起こる事なのか、人の心が元々そういう造りなのかは分からない。


 何にせよ、もう大して気にする必要はない。

 根っこにある物は同じはずだ。


「姫さん!」



 俺たちは叫んで扉を蹴破ると、あっけなく一人に融合していた。



 その先は、見たことも無い神殿みたいな建物の内部だった。

 外観は見えないが、相当な広さだ。


 どうやら『守護者ガーディアン』の契約を通じて、俺は一ッ飛びして姫様の心の中にまで来ちまったらしい。


「随分と冷えるな……」


 石造りの廊下を走り回りながら、その底冷えするような寒さに震える。

 床や所々にある金属細工の装飾がまるで人の熱を吸い取っているみたいだ。


 俺の面接室とは、ちょっとスケールが違う気がする。

 姫さんは、こんな寒くて広大な精神世界を抱えているのにいつも明るく笑っているのかな。

 そう思うと、胸が苦しくなる。


「姫さん、どこだ!?」


 空き部屋だらけの神殿を物色しながら俺は叫ぶ。


「グスッ……ヒグッ……」


 また、泣き声が聞こえた。


「こっちか!」


 迷路みたいな部屋の連なりを姫様の声を頼りに突き進んだ先、ゲームのボス部屋みたいな物々しい礼拝堂へとたどり着く。


「姫さん!」


 姫さんはその奥に設えられた祭壇にうずくまって泣きじゃくっていた。

 それだけじゃない。


「あ? 何じゃこりゃ?」


 祭壇を拝むように、無数の人影が礼拝堂に跪いていた。


 不審に思ってその一つを覗きこむと、人じゃない。

 どいつもこいつも偉そうな服を着てやがるから分かりにくいが、金属でできたマネキン人形だ。


 まるで姫様の信者みたいな感じでうじゃうじゃと辺りに跪いてやがる。

 金属だからか、見ているだけで寒くなるようだ。


 つーか、本当に寒い。

 しかも姫さん、薄布のワンピースみたいなのしか着ていない。


「寄越せ!」


 マネキン共の上着を拝借しつつ、俺は慌てて姫さんに駆け寄る。


「姫さん、大丈夫か?」


 奪って来た上着を姫さんの肩にかけた。


「……」


 姫さんは凍えているのか、泣きながら震えている。


「閉人さん……」

「何だい、姫さん」


 姫さんに寄り添うように跪くと、姫さんは俺の首に手を回してきて、しなだれかかった。


「ちょっ、姫さん?」


 俺は一瞬ギョッとしたが、姫さんの肌はあまりに冷たく、顔は涙でクシャクシャになっていた。

 俺は、思わず上着越しに抱きしめてしまう。


「マリィが……マリィが……」

「アイツがどうしたんです?」

「死んじゃった……グスっ、ヒグっ、私を守ろうとして……」

「……え?」


 あのジークマリアが……ッ!?


 って、あれ?

 面接室の窓から見た時にはクッソ元気そうにしてなかったっけ、アイツ。


 不思議に思いつつ見回すと、ここには窓が無くて外が見えない。

 つまり、今の姫さんには現実が見えてないってことか?


「アイツなら大丈夫ですよ。外で元気に暴れてます」


 俺は微笑みかける。

 というか、笑い出しそうになる。

 ジークマリアが絡むとこんな状況でもギャグになる気がする。何なんだアイツは。


「本当……ですか……?」

「もちろん。きっとイヴィルカインのクソじじいが何か小細工してやがったんですよ。見間違い見間違い」


 笑いかけると、姫さんはじっと俺の目を見た。

 涙にぬれた瞳は、俺の全てを見透かしているような気がする。

 別に嘘はついてないけど、ドキドキしてるのを見抜かれるのはちょっと気恥ずかしかった。


「よかった……マリィ……」


 信じてくれたのか、姫さんは少しだけ元気を取り戻してくれた。

 俺が姫さんを抱きかかえて、姫さんは俺に寄りかかってくれている。

 状況が状況じゃなければ本当はずっとこうしていたかったけれど、そうも言ってられない。


「立てるかい、姫さん。ジークマリアが待ってる」

「はい、閉人さん……」


 病み上がりみたいな顔だったけど、姫さんは笑ってくれた。

 その笑顔があれば、俺は不死身にだってなれるかもしれない(なってる)。


「いいんすよ。救われたのは俺の方なんですから」


 姫さんの手を引いて出口を目指す。


「いいかい、姫さん。ここから出たら修羅場だ。俺たちの事は気にせず隠れててくれよな」


 正直な話、ここからが正念場だ。

 とりあえず、ジークマリアに腹をブッ刺される事は確定しているので、その覚悟も必要だ。


 で、あの大ボス気取ったクソじじいをしばき倒さなきゃいけない。

 アイツさえ倒せば……



 って、ん……?

 あと、『何か』忘れてないか?


 ま、いっか。

 その『何か』を思い出せないまま、俺は一緒に姫様の世界を飛びだした。




『断章のグリモア』


 その30:精神世界『原風景』について


 魔術界における三大禁忌の一つ『人心操作』は魔術法によって固く禁じられているが、幾つかの例外がある。

 その一つは、自己修養もしくは学術研究を目的とした術者自らへの精神介入である。

 魔術の三大要素が『魔導書グリモア』『魔術師』『触媒マテリアル』とされているように、魔術師の『意志』や『精神』は魔術を構成する重大な構成要素である。

 瞑想気質の強い一部の魔術師にとって、『自己』という存在は重要な研究課題であった。

 その研究の中で、人はそれぞれ固有の『原風景』を持っていると明らかになった。

 この『原風景』は精神の中に空間として存在し、膨大なエーテルが蓄えられていると目されている。

『己を知る者は、己以外の何物にも惑わされない』とは、マーメイドたちの魔術研究機関『探究院』に伝わる格言である。

 閉人もエリリアも、あるいはジークマリアも、今回とは別の形で自らの『原風景』へと赴くことになる。

 それは他の誰でもない、自己を知って対話する為なのである。

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