1‐3‐1 逆襲の準備


「お前よぉ。こんな身体で、どうしてこうも……」


 フェザーンの中心、翼の寺院の一室にて。

 黒城閉人は、布団に横たわる旅の仲間ジークマリア=ギナイツの肢体を見下ろしていた。

 肌着のみを纏った寝顔を見つめ、ごくりと喉を鳴らす。


「恨むなよ。抵抗するお前が悪いんだからな……」


 閉人はジークマリアに覆いかぶさり、肩を押さえつけた。


「ッ!」


 目にも止まらぬ速さでジークマリアの手刀が閉人のあばらを砕いた。


「ほげぇッ!」


 スヤスヤと寝息を立てたまま反撃するジークマリアに怯まず、閉人は抱き着くように飛びかかり、その両腕の動きを封じる。

 いかにジークマリアと言えど、重傷を負った無意識状態では男に抗う力は出ないらしい。


「クソ、手間かけさせやがって!」


 閉人は悪態を吐き、周りを見回した。


「俺の事は気にするな! かかれ!」


 閉人の号令と共に、バードマンの屈強な僧兵たちがジークマリアに掴みかかり、四肢の動きを封じた。


「行けます、閉人殿!」

「よぉし、このまま押さえ続けるぞぉ!」


 閉人を始めとした男たちに圧し掛かられながらも、ジークマリアはまるで檻に囚われた猛獣のようにもがく。


「今の内だ!」

「執刀開始ィ!」


 周囲から飛び出してきたのはバードマンの医者たち。

 その手には火魔術で消毒した鋭利なメスが握られており、迷いのない手つきでジークマリアの傷、全身に残った銃創に入刀、銃弾の摘出を開始した。


「ッ!」


 ジークマリアは暴れに暴れた。

 だが、流石に多勢に無勢。

 閉人がジークマリアの攻撃の全てを受けきったおかげもあり、ジークマリアの全身に残留していた銃弾は速やかに摘出された。

 全身で十三発、大手術であった。


 ジークマリアは再び全身から血を流していたが、またスヤスヤと眠っている。

 痛いのが嫌だったのではなく、寝ている間に身体を好きにされるのを無意識下で拒絶したのである。はた迷惑な本能であった。


「ふぅ、銃弾ぶっこ抜くのにどれだけ手間かけさせやがる」


 ジークマリアと自分の血に塗れた閉人が、汗を拭った。

 麻酔薬の空き瓶を示して、医者の一人があきれ返っていた。


「数滴で飛竜すら動けなくする麻酔薬だったのですが、あれほど暴れられるとは……」


 というようなことがありつつ、二日が経った。

 イルーダンたち『魔笛の空賊団』がフェザーンの里を襲撃し、姫巫女エリリア=エンシェンハイムを人質として連れ去った日から二日である。

 寺院の外ではバードマンの僧達が宝物や経典、その他財産となるものを運び出していた。

 フェザーンではいよいよ、里を捨ててハイランダー山を逃れる準備が始まっていた。


 穴だらけになった『瞑想の間』にて、ボリ=ウムは静かに座禅を組んでいた。

 閉人とクシテツが訪れると、薄く目を開く。


「閉人殿をお連れしました」

「ご苦労だったね、クシテツ。アンタにも話したいことがあるから座りな」

「え、拙僧もですか?」

「なあに、ちょっとした世間話だよ。ほれ、煎餅もあるよ」

「いや、僧兵長たる者、この非常の時にお煎餅などいただく訳には……」


 クシテツが、ボリ=ウムはくつくつと笑い声をあげた。


「まったく、堅苦しい奴に育っちまったもんだ。これで、里一番の悪たれだったってんだから、面白い」

「クシテツさんが?」

「そうさね。ウンチをまき散らしたり、経文で尻を拭いたり。ま、説教のし甲斐のある曾孫ではあったが」

「う、ウンチ……?」


 閉人は信じられない物を見たような顔でクシテツの顔を見た。


「ご、ゴホン! 何十年前の話をしてるんですか! 昔話はしないんじゃありませんでしたかッ!?」


 クシテツの言葉に、ボリ=ウムは自らが言った言葉を思いだし、苦笑した。


「確かに、もう三十年は前かね。昔話をするたぁ、アタシとしたことがちょいと老けたかもしれん」


 ボリ=ウムはくつくつと笑って自らの懐を探ったが、


「あ」


 と、声を上げた。


「どうしたんです?」

「ん、ああいや、騒動で煙管を無くしたのを忘れていたのさ」

「よろしいんですか? 大切なものだって仰ってたじゃないですか」

「いいよいいよ。過ぎた事だ」


 あっけらかんと言い放つと、ボリ=ウムは閉人の方を向き直った。


「っと、話の腰を折っちまったね。本題に入ろう」


 ボリ=ウムはずいと、老いた身体を閉人に近付けた。


「閉人、アンタたちと取引がしたい。もっと言えば、アンタたちにこの里を守ってもらいたいんだ」

「えーと、まぁ、そういう可能性も込みでこの里には来たんだけど……」


 閉人は、頭の中にジークマリアを思い浮かべた。彼女ならばどういう判断をするだろう。

 そんな事を考えつつ、閉人は最も重要な事を頭に思い描いていた。


「でも、俺たちはやっぱり姫さんの安全が第一だ。あの人の救出を優先させて欲しい」


 あるいは、エリリアなら、


「私の事はいいですから、里の方々を助けてあげてください」


 と笑顔で言いそうなものであるが、閉人もジークマリアもそんなエリリアを何より助けたいのである。

 ボリ=ウムは頷いた。


「アンタらの気持ちは分かっているつもりだ。それに、里に三日間の猶予を与えてくれたのはエリリアだ。その義理を通さずにいては天空の民の名折れさ」


 ボリ=ウムは、三人の中間に置かれた煎餅の鉢に翼の生えた手を伸ばした。

 四枚ある内の一枚を取り、むしゃりと齧った。


「だから、こうしよう。協力してくれれば、アタシの切り札をアンタたちに託す。里の為に使うと決めていた一度きりの大業おおわざさ。それはね……」


 ボリ=ウムがその内容を語ろうとした、その時。


「安静にしていてください! そんな身体で歩き回ったら命に関わります!」


 どこからか、医者のうろたえる声が聞こえた。


「あー! 駄目です騎士殿! 羽毛の無い素肌を曝しては破廉恥ですぞ!」


 僧兵たちが止めるのにも関わらず、


「心配は無用だ。もう治った」


 ジークマリアが肌着姿に簡易の羽織を纏って平然と現れた。


「やっと起きやがったか」

「あれから何日経った?」

「二日」

 閉人が呆れたように答えると、ジークマリアは臍を噛んだ。

「私としたことが、姫様を二日も待たせしてしまうとは……仕度をしろ閉人。『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』に連れ出されてしまう前に、姫様をお救いしなければ」


 ジークマリアは魔槍アンブラルを掲げ、


「『魔装アムド』!」


 鎧を纏うための呪文を告げた。途端、医務室に保管されていた聖銀の鎧がジークマリアの治りたてほやほやの身体を覆った。

 見た目だけならば、女騎士ジークマリアの復活であった。

 と思いきや、鎧の重さに負けてジークマリアの身体がふらついた。


「おい、大丈夫かよ」

「傷は治った、問題ない。が……」


 ぐぎゅるるるるぅぅッッ……!


 獣の唸り声のような切迫した音が寺院を揺らした。腹の虫である。


「……ひとまず飯にするかねぇ」


 ボリ=ウムは苦笑交じりに呟いた。



「自由なる天空と豊かな大地に感謝を」


 ボリ=ウムとクシテツはバードマン流の祈りを捧げ、


(いただきます)


 閉人は日本流の感謝を捧げつつ、両手を合わせて箸を取った。

 塩味のスープで麺と山菜を茹でたうどんであった。


「おい閉人、この二本の棒で料理を食べるのか?」


 傍らを見ると、ジークマリアが箸と格闘していた。

 箸を使う文化には初めて触れたらしい。


 バードマン達は食事に長い鉄箸を用いる。

 翼と一体化した手で食べるために編み出された文化なのだろう。

 閉人やジークマリアに与えられた箸は平地人用にだいぶ短くなっているが、それでも日本人の感覚からするとちょっと長い。

 ジークマリアにとっては尚更だろう。


「フォーク使えば?」


 閉人は旅の荷物を指差すが、


「これから姫様を助けに行こうという時に、棒切れ如き克服できんでどうする」


 と、ジークマリアは謎の戦意を発揮していた。

 どことなく、騎士将棋で何度も突っかかって来た時と同じ感触である。


「……ほら、こうやって片方をペンみたいに持って、もう片方を、こんな感じで指に固定して使うんだ。刺したりするのはあんまり格好よくねぇな。つまむって感じだ」


 閉人が自らの手で示すと、

「なるほど……理解した」

 ジークマリアは何度か箸をカチカチ鳴らし、次の瞬間には箸で器用に麺を啜り始めていた。


(天才かよ……)


 閉人は心の中で驚嘆した。

 だが、それよりも驚くべきはジークマリアの食欲であり、閉人が傍で一杯を食べきる前に三回お代わりをし、最終的には十杯以上のうどんを腹に収めたのであった。


「お嬢ちゃん、怪我はもう平気そうだね」


 昼餉を終え、ふとボリ=ウムが訊ねた。


「ええ、もう問題はありません。いつでも戦えます」

「頼もしい限りだ。クシテツ、例の物を」

「はい」


 クシテツが運んできたのは、巨大な水甕と、それがすっぽりと入りそうな木箱であった。

 甕の表面には魔文字を書き連ねた護符が幾重にも貼り付けられており、何やら異様な雰囲気を放っている。


「飛ぶのが速い連中に頼んで大急ぎでドワーフの里まで買いに行かせたんだ。閉人、これで良かったんだね?」

「ああ、助かるぜ婆さん」

「頼むから扱いには気を付けておくれよ。それ一個で家一つぶっ飛ぶって話じゃないか」

「ぶっ飛ぶのはあの竜だ」


 閉人は自信満々に告げると、厳重に閉じられた蓋を撫でた。


「閉人、それは何だ?」

「爆弾」

「?」

「火をつけると中に詰まってる薬が弾けて爆発するんだ」

 聞くところによると、ドワーフは土木工事や冶金技術に優れているらしく、工事にはこうした爆弾と火炎魔術を組み合わせた工法を用いることもあるのだという。

 

「これが『ばびゅーん、どかん!』への俺なりの答えってわけだ」

「……貴様、今度は爆発するつもりか」

「何を今さら」


 閉人はリリーバラでの綱引き地獄を思いだし、低く笑った。


「ま、これで奴らを迎え撃つ切り札も出来たって訳だ」


 得意気に答える閉人の何気ない言葉に、ジークマリアは眉をしかめた。


「待て閉人。今、貴様は『迎え撃つ』と言ったか? 姫様はどうするつもりだ」

「そりゃあ、賊を生け捕りにしてアジトの場所を吐かせるしかねぇだろ。お前なら拷問の一つや二つちょちょっとデキんじゃねぇの?」


 ジークマリアは、ますます怪訝そうに眉をしかめた。


「なぜそんな回りくどい事をする? こちらから撃って出た方が里への被害も少ない」

「そりゃ、賊のアジトがどこにあるか分かってりゃそうするところだけどよぉ」


 閉人の言葉に、クシテツが言葉を継いだ。


「賊共は巧妙にアジトを隠しています。恐らく、何らかの魔術を用いて隠ぺいしているのでしょう。斥候を放って再三探してはいるのですが、見つからないのです」


 クシテツが悔しそうに告げると、ボリ=ウムもまた頷いた。


「すまないねぇ。アタシの力でも、里の外の事は見えないんだよ……」

「なるほど、そういうことでしたか」


 ジークマリアは、それを聞くと魔槍アンブラルを抜いて閉人に向けた。


「な、何だよ?」

「貴様ではない。方角だ」


 閉人は横に避けて、後ろを振り返った。当然だが、そこには板間があるのみである。


「方角って……何の?」

「姫様のいらっしゃる方角だ。この方向におよそ数十キロの地点。賊共め、意外と近くに巣を張っていたようだ」

「!?」


 閉人、ボリ=ウム、クシテツはそれぞれ目を見合わせた。


「何で分かんの?」


 閉人は訊ねようとして、気が付いた。

 ジークマリアの足元に影が無い。


「ランク4、魔術『闇部侍臣シェイドマン』。自らの影を分身として操る魔術だ」

「それって、つまり……」

「ああ。私の分身を姫様のもとに侍らせている」

「まじ?」

「うむ。騎士たる者、転んでもただでは起きないものだ」


 閉人の唖然とした顔を見て、ジークマリアはほくそ笑むのであった。



 その22:バードマンの身体的特徴について


 バードマンの体は平地人プレーンと比べてより鳥類に近い構造を持つ。

 体毛の代わりに羽が身体を覆い、腕に当たる部分は翼の機能と手の機能を両立するために細長く進化している。顔もやや飛行に適したフォルムとなっており、口腔は嘴状になっている。空を舞うために総じて骨密度は低めだが、その分を関節の柔軟性で補う戦略を取っている。

 頭脳に関しては瞬発的な計算能力や立体構造把握能力に優れているとラヴォン魔術学院での卒業生たちの成績などから明らかになっている。これは空を飛ぶことで広い視野での映像処理や物体把握を日常的に行っているためだと言われている。

 対して短期記憶(昨日の夕飯に何を食べたか? などの記憶)に関してはやや『鳥頭』気味だ。些末な記憶を保つためのリソースを飛行中の高度な運動処理に費やすべく頭脳が発達してきたためである。

 そのため、バードマンは歳を取ると同じ昔話を繰り返すことが多い。

 長期的な記憶はしっかり憶えている代わりに、それを既に話したという事実はすっかり忘れてしまっているからだ。

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