1‐2‐3 翼の大僧正


 フェザーンの中心に近づいていくにつれて、炎に焼かれていない建物が多くなってきた。

 クシテツたち僧兵の奮闘もあるだろうが、乗っ取った後で使えるように賊たちがあえて残しているのだと考えると、素直には喜べない。


 だが、そんな危機的状況でもバードマン達は静かに助け合って暮らしていた。


「翼の民は残った土地や家、衣服、食料を分け隔てなく共有しています。病人や怪我人は風通しの良い家に運ばれ、翼の色に関係なく助け合い、この危機を乗り越えようとしているのです」


 クシテツがそんなことを話していると、おしめをしたバードマンの幼児がクシテツの足元によちよちと駆け寄ってきた。


「クシテツ様。その人たちが姫巫女様の?」


 クシテツは頷いた。


「そうだ。だから、失礼の無いようにしなさい」


 と言って、その児の頭を撫でる。

 が、次の瞬間に幼児は、


「皆~! 姫巫女様が来たよ~!」


 と、羽の生え揃っていない翼をべちべち打ち合わせて声を挙げた。


 すると、それこそ鳥の巣をつついたように、


「わーい!」

「お姫様だー!」

「わ、すげぇ鎧!」

「カッコいい!」


 辺りからバードマンの子供たちが飛びだして来て一行を取り囲んだ。

 生えかけの羽毛をばたつかせ、子供たちははしゃぎ回る。


「か、かわいい……」


 思わず唸ったのはジークマリアである。


(ふーん)


 閉人は横目に見つつ、普段とのギャップを面白がろうとしたが、


(まー子供はかわいいよな、うん)


 自分にもあんな頃があったなぁ、と閉人は妙なノスタルジーに浸った。

 なお、閉人の周りには誰もよりつかなかった。


「姫巫女様、ドラゴンを倒しに来たって本当?」

「食べられちゃうよ?」

「でも、騎士様がやっつけるんでしょ?」

「騎士様がドラゴン食べちゃうっておばば様が言ってた!」


 何だか滅茶苦茶な話になっている。

 傍で聞いていて、閉人は笑いを抑えられない。


「ぷ、くくくく、そっちの怖いお姉ちゃんはこの前、飛竜ワイバーンをむしゃむしゃ食べてたぞ。それはもう、美味しそうに」


 適当を言うと、


「すっごーい!」

飛竜ワイバーンって美味しいの!?」

「鎧触らせて!」


 子供たちはヒーローショーの着ぐるみに群がる子供のようにジークマリアに殺到した。


「そ、そんな事はないぞ。食べたりは、あんまり……」


 ジークマリアはたじたじになりながらも、生えかけのフワフワ羽毛を振り乱して迫ってくるバードマンの子供たちに圧倒され、その内、


「悪いドラゴンはお姉さんが食べちゃうからな! が、がおー!」


 と、子供たちを喜ばせるような事を言い始めた。


「わーい!」


 ジークマリアは一躍子供たちの人気者……と言うより最早、怪獣扱いである。

 尚、横で腹を抱えていた閉人は直後に凄い勢いで殴られ、ジークマリア怪獣説に箔を付けたのであった。


「申し訳ありませぬ。羽の生え揃っていない児たちは里の中しか知らないものですから、外への好奇心が強烈でして……」


 ジークマリアから子供たちを引きはがしつつ、クシテツは頭を下げた。


「いいですよ全然。面白いもん見れましたし」


 と、答えたのは閉人である。

 その頬は殴られて再生中であった。


「コホン、子供が元気なのは良い事です」


 ジークマリアは誤魔化すように咳ばらいをした。



「あれ、姫さんは?」


 閉人が辺りを見回すと、エリリアは視界の隅、子供たちの渦から離れた場所にいた。

 俯くバードマンの少女の頭を撫でている。

 ジークマリア大人気の陰で、何かを話していたらしい。


「ごめんね。もう、行かないと」


 エリリアが手を振ると、その児は控えめに手を振りかえした。


「気を付けてね、お姉ちゃん」

「ありがとう。またお話ししましょうね」

「うん」


 エリリアはもう一度少女に微笑みかけると、閉人たちの所へと戻ってきた。


「姫さん、今の子どうしたんすか?」

「いえ、その……ちょっと、気になったので」


 閉人の問をはぐらかすように、エリリアは笑った。


「?」


 閉人は不思議そうに首を傾げた。

 その横で、クシテツが僅かに目を細めていた。



 子供たちの歓迎(襲撃)も収まってフェザーンの寺院が見えてきた頃、閉人はこっそりとクシテツに訊ねた。


「クシテツさん、さっき、ウチの姫さんを見てましたけど、どうしたんすか?」


 小声で訊ねると、クシテツは声を潜めた。


「先程の児は、賊の襲撃で僧兵だった父親を亡くしたのです。随分とふさぎ込んでいたので皆で心配していたのですが、姫巫女殿はそれが分かっていたかのように……」


 クシテツの言葉に、閉人は小さく笑った。


「姫さんなら、分かるかもしれないですよ。それはもう、優しい人だから」

「……かも、しれませんな」


 クシテツは深く感心した様子で頷いた。



 †×†×†×†×†×†×†



 一行はやがてフェザーンの中心、『翼の寺院』へとたどり着いた。

 白土の造りは他の家屋とそう変わらないが、飾り羽をあしらった木造の立派な屋根が設えてあり、奇妙な風格を備えていた。


(何となくアジアっぽいなぁ、ここの文化)


 思いつつ、閉人はクシテツの後に続く。


 寺院は家を焼かれたバードマン達で溢れかえっており、炊き出しや怪我人の手当てやらで忙しく人が飛び交っていた。


 先程のような歓迎(襲撃)にジークマリアが怪獣ごっこで応えつつ、一行は寺院の奥へ奥へと進んでいく。


「こちらです。この天空で最も静かな風の吹く、『瞑想の間』でございます」


 クシテツが案内したのは、寺院の中庭に建つ庵だった。

 小学校の教室程の広さの板間に、その人物は座している。


「ボリ=ウム大僧正猊下、姫巫女殿のご一行をお連れしました」


 クシテツが脇に控える。

 ボリ=ウム大僧正は薄く目を開け、色あせた羽を震わせて一行を見渡した。

 小さな体躯ながら奇妙な威厳を纏う、バードマンの老婆であった。


「よく来たね。アンタたちが来るのをずっと待っていたんだよ」


 羽で撫でるような、優しく枯れた女性の声。

 エリリアはボリ=ウムの前に跪き、一礼した。


「初めまして、ボリ=ウム大僧正猊下。マグナ=グリモアの一三代目姫巫女を務めます、エリリア=エンシェンハイムと申します」


 折り目正しい礼儀の所作に、閉人はエリリアの違う側面を見た気がした。


(……姫さん、こういうところはきっちりしてるんだなぁ)


 閉人は初めて『よそいき』のエリリアを見たかもしれなかった。

 と同時に、


(こーいう姫さんもいいなぁ)


 と、ほっこりした。


「もっと近くにおいで、エリリア」

「はい」


 ボリ=ウムは膝を崩し、色あせた翼でエリリアの頭を撫でた。


「そうかしこまらなくていいんだよ。ここまで来るのは大変だったろう? 殺し屋どもに追われて身を隠しながら、よく頑張ったねぇ」


 エリリアは心地よさ気にボリ=ウムの翼に撫でられつつ、ゆっくりと顔を上げた。


「どうして、私たちのことをご存知なのですか……?」


 エリリアの問に、ボリ=ウムは微笑んだ。


「ちょいとした縁があってね。アタシぁ未来を見ることができるのさ」

「未来……ですか?」

「そうさ。お嬢ちゃんが今度受け継ぐマグナ=グリモアを読み齧ったことがあってね。ランク10の魔術『竜星時空門螺旋御霊会タキオン・スパイラル・アソシエーション』、未来や過去を覗き見する大魔術をちょいとだけ使えたのさ」

「!?」


 一行は驚きの声を挙げた。


 だが、一番驚いていたのはクシテツだった。

 思わず素が出たのか、


「猊下、それマジですか!?」


 と、訊ねた。

 ボリ=ウムはとぼけた様子で頭を掻いた。


「あれ、お前さんには話した事、無かったっけねぇ?」

「初耳ですよ! そんな大事なことどうして黙っていたんですか!」


 ボリ=ウムは面倒そうに息を吐くと、懐からパイプを取り出して一服。煙を吐き出した。


「昔話をすると老けた気分になるじゃあないのよ。それに、アタシぁ一〇〇年も前に魔術を使えなくなっちまったから、今更ねぇ」


(一〇〇年前って……いくつなんだ、この婆さん)


 閉人が不思議そうにボリ=ウムを見つめると、彼女は眼光鋭く閉人を睨み付けた。


「女性に歳を聞くたぁ無礼な男だねぇ、閉人」


 ボリ=ウムは閉人の心を見透かしたようにびしりと言い放った。


「ま、まだ聞いてねぇよ! って、俺の事も知ってるのか?」

「ん……ああ、名前ぐらいはね。でもアンタは見てるとムカつくからだまっとりな」

「はぁ?」


 閉人は口ごたえしようとしたが、


「猊下の仰る通り。黙っていろ、閉人」


 横でジークマリアが睨むので、へそを曲げて押し黙った。



「話の腰が折れたね。とにかく、アタシぁアンタたちがここに来ることを知っていたのさ。エリリア、アンタはこのフェザーンとドラゴンの夢を見たんだね?」

「はい。この里の上空で、私たちは邪竜アラザールと戦っていました」

「……よろしい。アタシが見た光景と同じのようだ」


 よっこらせ。パイプを咥えたまま器用に立ち上がると、曲がった腰を伸ばしてボリ=ウムは唸った。


「ついといで。賊共が来る前に、マグナ=グリモア継承の儀を済ませちまおう」

「は、はい!」


 エリリアが頷き、一同が立ち上がろうとしたその瞬間、


「させねぇよ」

「させないわ」


 空気が破裂する音と共に、瞑想の間の床板が弾けた。


「!?」


 誰もがその意味を解釈しかねた中、閉人だけが、異世界の知識を持つ閉人だけが、そのおぞましい予感に窓の外を見やった。


 閉人も最近類似品を手に入れた、地球の兵器であるはずの……『アレ』。


「皆伏せろ!」


 次の瞬間、窓の外にちらつく影が火を噴いた。


 タタタタタタタタン!

 タタン!

 タタタタタタタタン!

 多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多多ン!


 鉛弾の雨が瞑想の間に向けて降り注いだ。


 十数秒後、通り雨の様に音が止む。


「やったかしら?」

「そうやすやすとくたばる連中じゃねぇ」


 下手人たちは飛竜ワイバーンの背から、ズタズタに破壊された板間に降り立った。

 空賊団の幹部イルーダン=アレクセイエフと、鴉のような黒い羽を靡かせるバードマンの女、アイリーン=ベルカであった。


「ヒューッ! これが『銃』の力か。たまんねぇな、こりゃ」

 イルーダンが、黒々とした小銃を片手に嘯いた。

 その後ろにアイリーン=ベルカが続く。


「どう? 異世界の兵器の味は」

 アイリーンが訊ねると、イルーダンは首を横に振った。

「結構好みだぜ。だが、まだ手には馴染まねえ。反動で手が痺れてやがる。大したじゃじゃ馬だぜ」


「て、テメェら……」

 閉人は無数の銃弾を受け、身体を無残に損傷していた。だが、無意識で庇ったエリリアは無傷であった。

 体内では肉が蠢き、豆粒大の異物を排出するべく蠕動していた。


「こ、これは……」


 エリリアは辺りを見回した。


 味方で立っているのはジークマリアただ一人。

 エリリアの身を閉人に託してボリ=ウムを庇ったらしいが、ボリ=ウムを守りきった代償に多大な出血を強いられていた。

 鎧を纏っているとはいえ、雨のような銃弾を全て受け流せるはずもない。


 クシテツは、屋根の木材に偶然守られたためか銃弾の雨を真正面から受けずに済んだが、右肩と脇腹に一発ずつ弾を受け、苦しげにうずくまっていた。


「よぉ、良い様だな『愛しの君』よぉ」


 辛うじて立つ閉人の横っ面を、イルーダンは小銃の銃身で殴り倒した。

 そして、銃口をエリリアに向けた。


「立ちな、雌アマ。まさか、リリーバラをうろちょろしていた餓鬼が、あのマグナ=グリモアの姫巫女サマだったとはな」

「どうしてそれを……」


 困惑するエリリアを、アイリーンが見下ろした。


「アタシを覚えていませんか、姫巫女サマ?」

 アイリーンは袍衣の袖を捲って右手首を見せた。他のバードマンよりも、その手は人間のそれに近い。

 そこにはエリリアの右手首と同じ、一本の深い切り傷が走っていた。


「アタシは『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』の一人、『銃殺』のアイリーン=ベルカ。雇い主の命により、貴方を攫いに参りました」

「『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』……ッ!」


 その名に、閉人とジークマリアは戦意を奮い立たせた。


 だが、状況は最悪であった。

 エリリアに銃口が向けられている今、できることは無い。


「おーおー、忠犬じゃねぇの。こんなに大人しくしてくれるってわかってりゃ、リリーバラで痛い目見ることも無かったのによ!」


 イルーダンは閉人を蹴り倒し、ジークマリアの髪を掴んで無雑作に引き摺り倒した。


「ぐっ」


 ジークマリアの全身から、堰を切ったようにさらに血が流れ出す。


「マリィ!」


 エリリアは魔術を行使しようとしたが、それを察したアイリーンが左手に持った小銃をボリ=ウムに向けた。

 連発式の機関銃である。

 至近距離で引き金を引かれれば、瞬きもしない内に人を肉塊に変えられるだろう。


「抵抗しないでね、姫巫女サマ。アタシたち『七つの殺し方(クレイジーセブン)』は貴女を殺せないけど、関係ない奴の命なんて知った事じゃないわ」


 アイリーンは妖艶に微笑んだ。

 それを見て、ボリ=ウムは、厳然として首を横に振った。


「アタシぁもう百数十年生きとる。今さら死に方を選ぼうなんて思っちゃいないよ」


 ボリ=ウムの言葉に、だが、エリリアは首を横に振った。


「できません!」


 その言葉と共に、状況が決着してしまった。


 ジークマリア、閉人、クシテツの三戦士が負傷。

 小銃を持った賊がエリリアとボリ=ウムそれぞれに銃口を向けている。


 人質を無視することは、そこにいる誰にもできないことだった。

 さらに、


「ははははは、イルーダン殿に手傷を負わせたという割には、何とも呆気ないですねぇ」


 低い声と共に、穴だらけの瞑想の間を巨大な影が覆い尽くした。

 見上げれば、雲でさえ見下ろすはずの天空の寺院を、竜が見下ろしていた。


「邪竜アラザール……」


 その背から、一人の男が飛び立った。

 それを見て、クシテツが叫ぶ。


「奴です! 奴がアラザールを操っている魔術師です!」

「ギ ア ア ア ア ア ア ア !」


 フェザーンの里を絶望に染める咆哮が、雲一つない天空に響き渡ったのであった。



『断章のグリモア』


 その20:バードマンの成長について

 バードマンの子供は好奇心が強い。鳥に例えるならば巣の中でしか行動できない雛鳥のようなものであり、その興味は常に外の世界へ向いている。

 これは遺伝子に刻み付けられた本能のようなものらしく、今回のような客人があった場合、子供たちはどえらい勢いで殺到するのだ。


 翼が生え揃い『風』の扱いに長けてくる頃になって子供たちは『成人』し、ようやく里の外に出られるようになる。大抵のバードマンたちはフェザーンの外に点在するバードマンの隠れ里を渡り歩いたり、翼を活かしたアルバイトをしたり、あるいは武芸者として流浪したりする。

 そうした旅を経て里に帰ってくる頃には彼らの好奇心は満たされ、それを以て成人完了と見なされる。中には好奇心が満たされなかったり、里の外に人生を見つけるバードマンもいるが、それはそれでボリ=ウム体制下で容認されている。

 翼があると、何かと自由なようだ。

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