1‐2‐2 翼の都フェザーン


 明くる日、足元がよく見えるようになるまで日が昇るのを待ち、一行は登山を再開した。


「しかし、よくもまあこんな高い山の上に街なんか作るな。バードマンっていうくらいだから翼があるんだろうけど、信じられないぜ」


 閉人は少々浮かれ気味に頭上を仰いだ。

 昨晩のエリリアとの会話の影響だろう。


「閉人さんはバードマンにお会いするのは初めてですか?」

「そーなんだよ、姫さん。俺の故郷にはドワーフもエルフも、そのバードマンってのも、いなかったんだ」

「余程の田舎だったのだな」


 ジークマリアの言葉に、閉人は苦笑した。


「でも、物の本で読んだんだけどさ。人間に翼が生えたとしても胸筋がこう、1メートルぐらいの厚みを持ってないと空は飛べないとか、そんな事が書いてあったんだ。実際のところどうなのさ?」


 閉人の問いに、ジークマリアは呆れたように息を吐いた。


「すぐに分かる。あと、言い忘れていたが、我々は既にバードマンの監視下にあるからな。滅多な事は言うなよ」

「へ?」


 ジークマリアは立ち止まると、吹き荒ぶ風にも負けない勢いで高らかに声を挙げた。


「頼もう! 我々は使命を帯びて旅路にある者、願わくば翼の里フェザーンへの道をお示しいただきたい!」


 すると、吹き荒れる風の中に羽ばたきの音が聞こえた。

 断崖絶壁であるはずの崖下から、何かが風に乗って一行の視界に躍り出た。


「よくぞ気付いた、平地人の騎士」


 影は宙を泳ぐ魚のように身を翻すと、音も無く一行の前に降り立った。

 純白の羽毛に覆われた身体をゆったりとした袍衣に包んでいる。

 ただ、その眼光は鋭い。


 バードマンは恭しく礼をした。


「拙僧はフェザーンの僧兵長クシテツと申します。遠巻きに監視していた非礼をお詫び申し上げる」


 エリリアが進み出て、ペコリと礼を返した。


「ご丁寧にありがとうございます。私たちはグログロアの冒険者をしております……」


 エリザベス=フォン=ハウ=ローゼン=パーク四世。

 エリリアはあの現実離れした仮名を名乗ろうとしたが、クシテツはそれを翼で遮った。


「恐れながら、拙僧らはあなた方がいらっしゃるのをお待ちしておりました、マグナ=グリモアの姫巫女殿」

「えっ」


 エリリアは目を丸くした。

 閉人もジークマリアも、少し面喰らった。


「どうして我々の素性を知っている?」


 ジークマリアが眼光鋭く身構えたが、クシテツは動じずにもう一度頭を下げた。


「驚かせてしまい申し訳ありませぬ。詳しいお話はゴンドラにて。里の者は皆、姫巫女殿の到着を心待ちにしております故」


 そう言って、一行を洞穴へと導くのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「はええ、こりゃすごい」


 岩壁に穿たれた横穴の中で、閉人は驚きの声をあげた。

 それまでは手つかずの岩山だと思っていたハイランダー山を、縦穴が貫いている。


「『贖罪の縦穴』です。一〇〇年ほど昔、ある罪人が罪を償うために一人で掘ったとされております」


 遥か上方に点のように覗く光を見上げ、クシテツは述べた。


「一人で? この馬鹿長い縦穴を?」


 閉人の問いに、クシテツは頷いた。


「ええ。木槌とノミ、あとは己の肉体だけで掘ったとも伝えられております」

「その人、そんなドえらい罪を犯したんですか?」

「それは伝わっておりませぬ。敢えて記録しておらぬのです」

「へぇ、それまたどうして?」


 クシテツは一つ咳をして答えた。


「我々に伝わる『翼の教え』に、『罪に対する罰は本来、罪人が罪を償おうとする気持ちによって自ら選び取るべきである』というものがあります」


 クシテツは身ぶりで説明した。


「この穴を掘った者は人を殺めたかもしれませぬ。あるいは物を盗んだかもしれませぬ。あるいはもっと複雑で繊細な、名付けようのない罪を犯したのかもしれませぬ。ですが、その者は罰として何十年もかけてこの穴を掘ることを、死を超えるような苦痛と困難を自ら選び取ったのです。深い償いの心の前には罪の大小は関係ないと、自らの身を以て示したのですな」

「は~、なるほど。奇特な人もいたもんだな」


 分かるような、分からないような。

 閉人はとりあえず頷いた。

 観光客のようにうんうん頷く閉人の脇腹を、ジークマリアが小突いた。


「常識だぞ。あまり無知を曝すと姫様の恥になる」

「べ、別にいいだろ。俺はこの国の人じゃあないんだから」


 閉人は一つ、咳払いをした。


 クシテツはそうしたやり取りを眺め、石のような表情を初めて僅かに崩し、微笑んだ。


「知らずとも、感心し敬意を払ってくださるだけでも幸いなことです。そうした教えを笑って踏みにじる輩と比べれば、何と救いがある事か……」


 クシテツの顔に憂いの影が差す。


 その時、鎖の鳴る音が上から僅かに響いてくるのが聞こえ始めた。


「丁度、呼んだゴンドラが参ったようです。話はそちらで」


 降りてきたのは四本の鎖にぶら下がった籠であった。

 一行が乗りこむとクシテツが合図をし、鎖が鳴って籠が引き上げられ始めるのであった。




 浮遊感に一同が慣れ始めた頃、クシテツは再び口を開いた。


「『魔笛の空賊団』と名乗るならず者たちをご存知ですか?」

「っ!」


 忘れようはずもない。つい最近リリーバラで追い払った飛竜ワイバーン乗りの空賊たちである。


 特に強烈だったのはダークエルフのイルーダン=アレクセイエフ。

 閉人に執着する弓と魔眼の使い手。

 ジークマリアと閉人の捨て身(主に閉人が)の攻撃に耐えかね、左手首を切断して逃亡したのは記憶にも新しい。


「ご存知でしたか。その様子では、彼奴等(きゃつら)は各地に被害を及ぼしていると見える」

「では、フェザーンも掠奪に?」

「それだけではありません。彼奴等(きゃつら)はフェザーンの里そのものを奪おうとしているのです」


 クシテツの言葉に、ジークマリアは眉をしかめた。


「……なるほど。賊め、思い上がった事を考えるものだ」

「……どゆ事?」


 閉人は首を傾げた。その後ろでエリリアも分からなさそうにしている。

 ジークマリアは短く息を吐いた。


「つまり、賊共は空を飛べるのをいいことに、フェザーンを乗っ取って空賊の要塞にしようという腹積もりですな?」


 ジークマリアの補足に、クシテツは頷いた。

 その後ろで閉人とエリリアは合点が言ったように手を打った。


「そのようです。我らも同胞の生活と空の平穏を賭け、彼奴等の侵攻をどうにか防いではおりますが……」


 クシテツは頭上を見上げた。贖罪の縦穴の出口はすぐそこであった。


「見ていただいた方が早いでしょう」


 縦穴の頂上から覗く輝かんばかりの光が何か嫌なものに感じられたのは、閉人だけではなかっただろう。



 †×†×†×†×†×†×†



 バードマン種族の故郷、翼の里フェザーン。

 雲の上に位置し気候の影響を受けにくい為、干しレンガに藁をふいた簡素な家々が立ち並ぶ。


 そこに暮らす鳥人種族バードマンは『翼の教え』という戒律に従って質素かつ思慮深い精神生活を送っている。

 大空から広い世界を俯瞰する視点を持つために、七大種族の中で最も哲学的な思考を発展させてきたとも言われている。


 高山植物の栽培や、翼を生かした交易、通信事業補佐を生業とし、数は少ないながらもマギアス魔法王国において重要な役割を担っている。

 ある者はそんなフェザーンを『天空の理想郷』と称したともいう。


 そんな彼らの故郷は……


「……」


 炎で焼かれ、黒く焦げていた。


「ひ、ひでぇ……」


 一望して、閉人は思わず声をあげた。

 歴史の教科書で見た空襲後の写真のようであった。


 家々は焼かれて黒こげになっており、その土台の跡だけが辛うじて残っている。

 生活の跡、バードマン達の纏う袍衣や羽飾りの残骸が無残に打ち捨てられている。


 亡骸が転がっていないのだけが、唯一救いであったと言っていい。


「一匹のドラゴンが、これをやったんです。『邪竜アラザール』、賊共の操るドラゴンです。飛竜ワイバーンに乗った賊は撃退できますが、奴だけは……」


 クシテツは苦虫を噛んで含めるように続けた。


「あなた方も昨夜、上空で吠え猛るアラザールをご覧になったでしょう。『魔笛の空賊団』は、あの恐るべき竜を引き連れて現れ『次はあの区画を焼く』『次はあそこだ』と予告をし、アラザールにそこを寸分たがわずに焼かせて去っていくのです。予告があるために民の中で焼け死んだ者はおりませぬが……」


 アラザールに挑んだ僧兵もいたに違いない。

 彼らがどうなったか。想像に難くは無かった。


「だけど、何でそんな回りくどいことをするんだ?」


 閉人が訝しむと、代わりにジークマリアが答えた。


「奴らは殺しがしたいのではない。里を乗っ取りたいのだ。奴らはこの里の人々の心を攻めているのだ」


 ジークマリアは忌々しげに呟く。


「けっ、嫌なやり口だな」

「全くだ。あの忌々しいダークエルフめ」


 もちろん、イルーダンの事である。


「……」


 エリリアは口に手を当てて心を惑わせていた。

 視界の端には、焼けた家を前に呆然と膝を抱えているバードマンの姿が見えた。


「私たちはきっと……この里を救うために遣わされたのだわ」


 エリリアは、小さく呟いた。

 それは、偉大なる魔導書マグナ=グリモアの巫女としての言葉であると共に、一人の情け深い少女の言葉でもあった。

 重大な使命感と等身大の心があって初めて出る言葉だ。

 横で聞いていた閉人はそんなことを思った。


 クシテツはエリリアの言葉に胸を突かれたのか、その前に跪いた。


「姫巫女殿。我らの代表者にしてバードマンの族長、ボリ=ウム大僧正猊下よりお願いしたき儀がござります。里の中心、『翼の寺院』までおいでいただけますでしょうか」


「はい。参りましょう、二人共」


 エリリアは、閉人とジークマリアを顧みた。

 閉人とジークマリアは小さく頷き、その後に続いた。



 †×†×†×†×†×†×†



 その様子を、遥か彼方の空から見つめる者がいた。

 とても見通せぬような距離であっても、彼の魔眼には関係がない。


「ほぉ、つくづく縁があるなぁ、『愛しの君』よぉ……やっぱり新しい武器をぶち込むなら、お前の※だよなぁ?」


 低く笑うその足元には、巨大なドラゴンの羽ばたく巨体があった。



『断章のグリモア』

 その19:『翼の教え』について


 『翼の教え』とはフェザーンを中心とするバードマン達の思想体系である。

 哲学であり、宗教であり、法であり、同時に武術でもある。

 バードマンは大陸を空から俯瞰する視点を持つことから、哲学的な思想をより発展させてきた種族である。

 その思想の根本には『風』への信仰や、天空を舞いながらも大地の恵みを得て生きているバードマン存在への深い思索が息づいており、ここから出発してクシテツが閉人に語ったような『罪と罰』の思想など、現実の法にまで拡張されている。

 また、その僧兵たちはランク1『風』を操る武術を身に着けており、奇妙なことだが、この武術も『翼の教え』なのだ。

 このように、『翼の教え』はバードマンの暮らしの規定そのものなのである。

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