1‐1‐4 騎士に願いを


 港町リリーバラに夜が来た。

 塩湖の塩っぽい風が爽やかに街を吹き抜け、賊に襲われた狂騒をそっと拭い去っていく。


 賊の来襲によって傷ついた衛兵たちの治療、命を落とした者達の簡易の埋葬が済み、負傷者の治療に当たっていたエリリアは治療を町医者たちに引き継いで引き上げてきた。


 白魔術師として、エリリアも戦っていたのだ。


「ありがとうございます、旅のご一行方。あなた方がいらっしゃらなければ……」


 射抜かれた両足を引き摺るようにして、町長はエリリアとジークマリアの前に跪いた。


「顔をお上げください。当然のことをしたまでです」

「我が主、エリザベス様の仰る通りです。むしろ、一介の冒険者に過ぎない我々に宿をお与えくださったことに感謝を申し上げる」


 エリリアとジークマリアは恭しく礼を返した。


「ありがたいお言葉。どうぞ、ごゆるりとご滞在くだされ」


 町長は一行の事情に深入りはせず、ただ礼を尽くして復興作業に戻っていった。

 一行はリリーバラでも特等、商会関係者や有力廻船業者が宿泊する高級宿を与えられ、しばしの休息を取っていた。


「素敵なお宿ね」

「ええ。学院の寮を思い出します」


 旅の荷を降ろして落ち着く二人をよそ目に、閉人は寝台に横にされていた。

 アンブラルに腹部を粉砕されたせいで彼の体内はめちゃめちゃになっていた。

 不死の復元力によりバラバラになった身体は再生を続けているが、あまりにまぜこぜになってしまったせいで、復元に時間がかかるらしい。

 まるでパズルでも解くかのように骨の破片やら肉片やらがメリメリと体内を蠢いている。


「……」

 閉人はそんな中、まんじりともせずに天井を見つめていた。


 『何でも一つ、願いを叶えてやる』。

 ジークマリアの言葉が何気なく放った一言について考えていた。


(『何でも』って……『何でも』か?)


 激闘の後、ハラワタと脊椎とが混ぜこぜになった状態で綱引きの綱となった閉人の働きをジークマリアは『一つ借りだ』と評し、その対価として『何でも』を提示した。


 ジークマリアは騎士である。

 閉人を虫けら(のフン)扱いするのは毎度のことだが、貸し借りに関しては公平さを重要視するタイプに思われた。


(でも、『何でも』ってなぁ。あの綱引きゴリラにしては隙があり過ぎる言葉だ)

(『何でも』って言ったらなんかこう、アレなイメージがなぁ)

(そもそも、腹グチャグチャにしたお詫びってどれぐらいが妥当なんだ?)


 閉人はあれこれと考え、


(『何でも』って……『何でも』か?)


 と、元の漠然とした問いに戻るのであった。



 ジークマリアはエリリアと連れだって戸口に立った。


「では、私と姫様は買い出しに出る。戻ったら下で夕食にするぞ」

「へーい。行ってらっしゃい」

「お大事に、閉人さん」


 エリリアは小さく手を振ってくれたが、ジークマリアは、


「夕食までに胃袋ぐらいは治しておけよ」


 と、ぶっきらぼうに言って無雑作に扉を閉めてしまった。


 閉人はエリリアに手を振り返し損ねてしまったのであった。

 その時、閉人のバラバラの身体の中で一本、何かがプツンと切れた。


「……行ったか?」


 二人が行ってしまってからしばらく待った後、閉人は小さく呟き、


「ッッッッ!」


 静かな部屋の中で、閉人は悶絶を始めた。


「あのアマぁ~ッ! な~にが『胃袋ぐらいは治しておけ』だ! 風穴開けたのはお前だろ~!?」


 閉人は枕に顔を埋めてバンバンと寝台を叩いた。


「何が『何でも』だ! そんな都合の良い言葉はエロ漫画か、AVか、夕飯のオカズの話でしか使わねぇんだよ!」


 閉人は兎に角キレちらかした。


「なぁにが『何でも』じゃい。あの変態ダークエルフすら引くような、どぎつくてドギツイ願いを突きつけてやろうかってんだ!」


 一度思考がそちらに走ると、もう止まらない。

 ジークマリアの美貌と腕力にいいようにされてきたここ数日の鬱憤が爆発し、閉人はグチャグチャの身体を振り乱した。

 今日斃した賊たちの怨念でも乗り移ったのだろうか。


「『くっころ』じゃ済まさんからなぁ!?」


 閉人は心に誓ったその時、不意に扉が開いた。


「うげっ!?」


 閉人は心の虚を突かれて物凄い声を上げ、床を転がった。


「あら、どうしたんですか閉人さん?」


 きょとんと訊ねたのはエリリアであった。

 ジークマリアの姿はない。


「あー、いや。大丈夫です……」


 閉人は起き上がりつつ、訊ねた。

「姫さん一人で戻って来たんすか?」

「ええ。白魔術を使い過ぎてちょっと疲れが出てしまったみたいで。マリィにお願いして先に戻って来たんです」

「そりゃ大変だ。お水、もらってきますよ」

「大丈夫ですよ。そのまま休んでいてください」


 エリリアはニコリと微笑むと、息をするかのように続けて訊ねる。


「ところで、閉人さんはマリィに何を『お願い』するんですか?」

「……へ?」


 エリリアの問いに、閉人は全身に滾っていた炎の如き情念がスッと消えるのを感じた。



 エリリアは自分でもらってきた水に口を付けると、ほっと息を吐いた。


「マリィがさっき嬉しそうに話していましたよ」

「う、嬉しそうにですか?」

「はい。マリィが『何でも』お願いを聞いてあげる時は、その人を認めた時なんです」

「? それは、騎士の社交辞令的なアレですか?」

「ふふ、違いますよ。素敵なお話です」


 エリリアは微笑むと、荷物から大きな紙の束を取り出した。

 かつて洞穴の中でジークマリアがマグナ=グリモアについて説明した時に使った、紙芝居の一式である。


「ランク3、魔術『神芝居カミシバイバイ』」


 エリリアが手を触れて気持ちを込めると、かつてマグナ=グリモアに関する物語だったはずの紙芝居が、徐々に別の物語へと書き換わっていくようだった。


 どうやら、自由に紙芝居の絵を作りだしてくれる魔道具らしい。


(え、それ便利過ぎない?)


 閉人が驚くのをよそ目に、エリリアが咳払いを一つした。


 コホン。



『大感動物語『頑張るマリィ』』



 むかしむかし、十年ぐらいむかし。


 王都ハルヴァラに、一人のとても可愛らしい女の子がおりました。

 女の子の名前はジークマリア。

 皆からはマリィと呼ばれて、大層可愛がられていました。


 ですが、マリィはとても憂鬱な毎日を過ごしていました。

 なぜならば、彼女の暮らすギナイツ家は騎士の名門。

 マリィは毎日騎士となるために修行をしなければなりませんでした。

 修行は厳しく、いつもは優しい父君も修行の時だけは師匠としてマリィに厳しく当たります。

 そんな中、マリィは段々と自信が持てなくなり、ふさぎ込みがちになってしまいました。


 ですが、そんなマリィが七歳になったある日のことです。

 マリィが初めての飛竜退治を終えて家に戻ると、父君は傷だらけの彼女を抱きしめて喜び、こう言いました。


「マリィ、よく頑張ったね。ご褒美に『何でも』一つ、願い事を叶えてあげよう」


 マリィはそれを聞いてとても喜びました。

 自分の頑張りを、父君が初めて認めてくれたのです。

 マリィは迷わずに答えました。


「父上、修行をもっと厳しくしてください!」


 それを聞いた父君はマリィの向上心に大層驚き、彼女の願いに人生を捧げることにしました。

 最高の教師、最高の環境、最高の情熱。

 ギナイツ家の総力を結集して父君はマリィを鍛え上げ、愛情を注ぎました。


 その結果、マリィはとても頼もしい、自信に満ち溢れた立派な騎士となったのです。


 そんなマリィは、自分が認めた人物にはこう訊ねるのです。

 自分を変えるきっかけとなったその質問を……


「『何でも』一つ、願い事を言ってみろ」


 と。


 めでたしめでたし


 原作:ギナイツ家

 脚本:エリリア=エンシェンハイム

 ナレーション:エリリア=エンシェンハイム

 演出:魔術『神芝居カミシバイバイ



「………………はぁ?」


 閉人は開いた口が塞がらず、ただ呆然と紙芝居の最後のページを見つめていた。


「何度聞いても素敵なお話です……」


 エリリアは涙ぐんでいたが、閉人は眉をヒクつかせていた。


(いや、突っ込みどころ有り過ぎだろ……)


 まず、七歳で嫌々ながら飛竜退治を成し遂げている辺りからおかしい。


(こいつの実家は惑星ベジータか修羅の国にあるんじゃねぇの?)


 と思ったし、その後の願い事のくだりに至っては、


(正直、サイコパス一家だとしか思えねぇ)


 としか感想が出てこなかった。この話に涙ぐむエリリアの感性もちょっと分からない。

 少なくとも現代日本の価値観とは大きくずれている……はずであった。


 何はともあれ、閉人はこの文脈における『何でも』という言葉にやきもきしていたのだ。

 もしエリリアに真相を聞いていなかったら、恐ろしいことになっていただろう。


(つーか、あのサイコパス綱引きゴリラはこんな展開を俺に期待しているのか?)


 だとしたら、先に待っているのは地獄である。死ねないので、生き地獄に違いない。

 戦慄している閉人の後ろで、戸が開いた。


「姫様、戻りました」


 ジークマリアであった。


「おかえりなさいマリィ」

「お、おおお、お疲れ様っす、ジークマリアさん!」


 閉人は思わず不良の舎弟の如く頭を下げた。


「閉人、傷の治りはどうだ?」

「へ、へい! おかげさまで全快っす!」


 閉人は頭を落とさんばかりに下げると、揉み手をしながら顔を上げた。


「で、そのぉ、例の『何でも』の件なんですけど……」


 閉人が話を持ち出すと、ジークマリアは僅かに顔を綻ばせた。


「む、何を願う? 何でも叶えてやるぞ、私は」


 ジークマリアは閉人に自分と同じような修羅の道を歩むことを期待しているらしい。

 認めてくれたらしいことは素直に嬉しいが、その裏にはとてつもない罠が潜んでいる。

 閉人はジークマリアの地雷を踏まないように頭をフル回転させ、


「こ、今回はジークマリアさんのおかげで賊相手にも戦えた……ような気がするので、これからもご指導ご鞭撻のほどを(死なない程度に)よろしくお願いしたいなぁ、なんて」


 と、当たり障りのないことを述べるのであった。


「ふん、良い心がけだ。私の弟子だからな、そうでなくては」


 ジークマリアはそう言って閉人の肩を軽く叩いた。

 部活の先輩が後輩をねぎらうような気軽な感じであった。


(俺はいつの間に弟子になったんだ?)


 閉人はジークマリアの感触にドギマギしつつ、どうにか逃れるのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 同じ夜。リリーバラ北方の山中。

 魔術によって隠ぺいされた『魔笛の空賊団』のアジトにて。


「あーあ、この手じゃもう弓は引けねぇなぁおい」


 閉人たちから逃れるために切断した左手の傷口を眺め、ダークエルフのイルーダンは気だるげに酒をあおっていた。


「はっはっは、イルーダン殿。このイヴィルカインにお任せ下されば、手の一本や二本ぐらい生やしてご覧に入れますのに」


 別行動を取っていた空賊の副官が提案すると、イルーダンは低く笑った。


「要らん。そもそも俺はダークエルフ、エルフの掟に背きし者。いい機会だ、エルフ社会に未練たらたらの伝統武器なんか捨てちまって、何かもっと気持ちよくなれる武器を探せばいい」


 そう呟いて、アジトの入り口の方を見やった。


「お前もそう思うだろう? 出て来いよ」


 イルーダンはびしりと告げた。


「あら? 視界には入らないよう尾行してきたつもりだったけれど」


 女の声に続き、コツンコツンと踵の高い靴を踏み鳴らして女が現れた。

 妙齢の美女。

 裾の広い黒色の袍衣を身に纏い、そこから覗く肌は黒く濡れた羽毛に包まれている。

 鳥と人の混血種族、バードマンであった。


 イルーダンは小さく舌を打った。


「匂いだ。鳥臭さを隠すための香水。エルフは鼻も利く」

「あら、お嫌いだったかしら?」

「女々しい香りだ。それに、懐に隠し持っている得物の匂いは隠しきれん」

「ふふ、本当によろしいお鼻だこと」


 女は妖艶に微笑むと、勝手にアジトの椅子に腰かけて足を高く組んだ。


「アタシは『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』の一人、アイリーン=ベルカ。貴男たち『魔笛の空賊団』と手を組みたいのだけれど、いかがかしら?」


 『七つの殺し方』。闇を蠢く殺し屋集団の名に、イルーダンは眉をピクリと動かした。


「見返りは?」

「弓に代わる武器なんてどう? この世でアタシだけが持っている、特別な武器」

「面白い」


 イルーダンはほくそ笑み、手ごろなグラスに飲みかけの酒を注いでアイリーンに勧めた。


「無くした左手首に」


 イルーダンは右手で杯を掲げ、


「じゃあアタシは、右手首に乾杯」


 アイリーンは手首に傷がついた右手で杯を軽く掲げた。

 右手首の傷は、『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』とエリリアとの因縁の傷だ。


(ククク、渡りに船というものだ。ああ、『愛しの君』よ、今度会った時は新しい武器で※をズタズタにしてやるから、待っていてくれよぉ……)


 古今東西、悪党とはしぶといものである。

 でなければ、悪はとっくに滅びていただろう。

 閉人たちを付け狙う因縁がここで交わり、一つの実を結ぼうとしていた。



『断章のグリモア』



 その17:エッチなお店について


 売春は物々交換に並び世界最古の取引の一つと言われている。

 人間を構成する欲求の原理は異世界と言えど似通っているため、エッチなお店の在り方も地球とローランダルク大陸とであまり差は無い。

 リリーバラの店は基本的に外向け、交易商人や船乗りを相手に商売をしている。すぐ西のグログロアにもそういった店が存在しているが、こちらは迷宮に挑む冒険者向けの(格安な)サービスに特化しているため、上手く棲み分けが出来ている。

 時としてグログロアの冒険者がリリーバラに遊びに行って豪遊する事もあるらしい。常日頃荒くれた船乗りたちの相手をしているリリーバラの淑女たちの技量はきっと凄まじいのだろう。


 ところで、なぜ今こんな話をしたのか?

 いや、よしておこう。

 大いなるグリモアにも記述されぬ行間はあるものだ。

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