1‐1‐3 子争い


 リリーバラの上空で閉人とイルーダン=アレクセイエフが対峙した頃、リリーバラの市街にて。

 閉人の戦いぶりを上空に眺めつつ、ジークマリアは魔槍アンブラルを背に戻した。


「閉人さん、大丈夫かしら?」


 心配するエリリアに、ジークマリアはゆっくりと頷いて見せる。


「不死ですから。問題ありますまい」


 と、言いつつ、僅かに眉をひそめる。


「ですが、最後に残ったあのダークエルフ、やはりこちらの動きが見えているようです。あの目と飛竜ワイバーンがある限り、こちらの攻撃が奴に届くとは考えにくい」



 そう言った矢先であった。


「不死! 素晴らしいじゃないか!」


 上空にて、イルーダンが叫び声をあげた。

 イルーダンは、同じく飛竜ワイバーンに乗って対峙する閉人を見下ろし、興奮気味に言葉を続けた。


「不死ってことは、お前の※に○を×して△した後に、治りかけの☆に〇を◇しても壊れないってことだ! 今まで死体相手で我慢してきた俺の気持ちが報われるってことだろう!? なあ、俺の玩具になれよ、なぁ!?」

「や、やめろ! 気持ち悪い事を言うな! それに、尻の話をするんじゃねぇ!」


 閉人が悲鳴のような声をあげた。

 どうやら、イルーダンは閉人に歪んだ求愛(?)の言葉を投げつけているものと見える。


「えっ、閉人さんの※に〇を……っ!?」


 それを聞いたエリリアは両手で顔を覆った。

 想像してしまったのだろう。耳まで赤くなっていた

 あるいは、そういった世界に初めて触れたのかもしれない。


 ジークマリアは細く息を吐いた。


「姫様、あれは妄言です。※と〇はともかく、それ以降はあまりに心無い言葉です。気にしてはなりません」

「え、ええ。何となく分かったわ、マリィ」

「いえ姫様、分からない方がいいんです」


 エリリアの顔はまだほんのりと赤い。

 純白の絹のような心に、一滴の染みが付いてしまった。


 ジークマリアは咳払いを一つした。


「街の者! 急いで女子供を家に隠して雨戸を閉じろ! これ以上変なことを聞かされれば情操に障るぞ!」


 ジークマリアの一喝と共にリリーバラの住民たちは速やかに避難を始めた。


「姫様も一旦避難を。あのいかがわしいダークエルフは私と閉人で片付けますゆえ」

「ええ。私は怪我をした方の手当てに」

「どうか、奴の目の届かぬところで。御無理はなさらぬよう」


 エリリアはコクリと頷くと、魔導書(グリモア)を片手に汎用白魔術による治療を始めた。


「さて。賊が乗り捨てた飛竜ワイバーンが確かこの辺りに……」


 ジークマリアがあえて残しておいた飛竜ワイバーンのもとへと向かう。


 が、


「ち、抜け目のない奴め」


 捕まえておいた飛竜はイルーダンが放ったらしい太矢によって止めを刺されていた。


 フィガロはエリリアの体力的にも難しいし、空を飛ぶ敵と戦えるほど空中戦に適しているわけではない。

 何より、エリリアを乗せて戦わなければならないのが、この状況ではマズイ。


 ジークマリアは空に干渉する手段を失ったのだ。



「……ならば、せめて奴の目を騙してやる……」


 ジークマリアは魔槍アンブラルを引き抜き、石突で自らの影を突いた。


「ランク4、魔術『闇部侍臣シェイドマン』」


 アンブラルに内蔵された魔術を発動すると、ジークマリアは石畳から立ち上がった自らの影人形と共に物陰に消えた。



 †×†×†×†×†×†×†



「下の奴らは全滅か……だが、いい。最高の玩具が手に入るんだからな」


 閉人の身体に無数の矢が突き立っていた。

 関節や急所、感覚器官、とにかく目についた点に矢を打ち込み、イルーダンは閉人をハリネズミに変えていた。


「てめぇ、本当にイイ趣味してやがるな……」


 痛みに呻きながらも閉人は戦意を保ち、左手で飛竜ワイバーンの手綱を握り続けていた。

 右手は依然としてカンダタを握りしめている。


「本当に不死か。それに、心も見た目ほどは脆くないらしいな。そういうところの耐久性もばっちり、と」


 イルーダンは舌なめずりをした。


「ッ……!」


 閉人は嫌悪感にカンダタを構えようとするが、その肘に矢が突き刺さった。


「おっと、厄介な血の弾は撃たせねぇよ。もっとも、早撃ちじゃエルフの中でも指折りと言われた俺には敵わんだろうがな」

「……糞野郎!」


 閉人は右手を下ろしつつ、イルーダンを睨み付ける。


 イルーダンが携えているのは何の変哲もない木の弓であった。

 だが、まるで見えないところから狙撃されているかのように矢が飛んでくる。


 しかも、魔術の気配がまるでしないのである。

 信じがたい事だが、イルーダンは己の武技でそれを成しているらしい。


 いつだったか、ジークマリアが言っていた『武芸者』の類なのだろう。


「さて、次は肺辺りをいってみようか。呼吸困難に陥って蒼い顔でのた打ち回る男も、俺は愛せるぜ」

「ッ……!」


 閉人は飛竜ワイバーンの手綱を思いっ切り引いた。


「無駄無駄!」


 イルーダンは弓矢の狙いを定めた。


 だがその時、彼の視界の隅に小さな、不穏な影が立ち上った。

 常人の目には米粒に満たないほどの大きさにしか見えないが、彼の魔眼はその姿をはっきりと見て取った。


「!」


 突如、町長の屋敷の屋根の上に鎧を纏った騎士が躍り出た。

 その聖銀の鎧に、イルーダンは見覚えがあった。


「顔は死角になって見えんが、あの女騎士だな……女がしゃしゃり出てくるのは生臭くて敵わん」


 弓を構えたまま、イルーダンの魔眼が妖しく緑暗色に光った。


「だが、見える、見えるぞ……俺の魔眼にはお前の一挙手一投足が……ッ」


 騎士は弓をつがえてイルーダンに向けた。

 イルーダンの魔眼はその構えから弓の正確な軌道を算出し、把握した。


「無駄無駄、全部見えてるぜ」


 放たれた矢の軌道を先読みし、イルーダンは首の動きだけで矢を避けた。

 だが、その時、俯き加減であった騎士が顔を上げた。


「え?」


 その騎士には顔が無かった。黒い、瘴気の塊のような何か。


「影か!?」


 イルーダンは『闇部侍臣シェイドマン』の存在を知るはずもない。

 だが、魔術による陽動は戦闘における常套手段である。


 ならば、本物のジークマリアは何処か?


「落ちろ、賊め」


 真下。


 イルーダンの乗る飛竜ワイバーンの身体によってどうしても死角になってしまうその場所に、ジークマリアが躍り出てアンブラルを構えた。


 投げ槍。

 ジークマリアの膂力ならば、街の上空を羽ばたく飛竜ワイバーンを貫くことは容易だろう。


(よし、いいぞ!)


 閉人は勝利を確信した。



 が、


「甘い!」


 ジークマリアの投げ上げた槍は、飛竜ワイバーンの翼を掠めるにとどまった。

 槍が投げられた瞬間、イルーダンが飛竜ワイバーンを操って移動させたのだ。


「ヒューッ! 女にしとくには惜しい腕だ」


 勘で避けたらしい。

 狩りを嗜む者の直感がイルーダンを救ったのだ。


 しかし、まだ終わっていない。


「ランク4、魔術『瀉弾血銃ブラッドブリード』!」


 血液の弾丸がイルーダンの目の前に迫っていた。


「くぅっ!」


 避けきれない。

 イルーダンの魔眼が散弾状の血液弾の飛沫一つ一つまでを見切った上で、そう判断した。

 身体の方が追いつかないのである。


 イルーダンは弓を携える左手で血液を受け止めた。

 粘着質の血液が弓ごと左手に絡みつく。


「やってくれるじゃねぇか!」


 イルーダンは酷薄な笑みを浮かべて左手を引いた。


「え?」


 弓使いとは思われぬ予想外の力に引かれ、閉人の身体が飛竜から投げ出された。


「うわ、わ、わっ! 高ぇ!」


 カンダタから伸びた血の糸だけを頼りに、閉人はリリーバラの上空で宙づりになった。


「赤い糸で繋がってるなぁ俺たち。ククク、このままアジトまでお持ち帰りしてやろう」

「冗談じゃねぇ!」


 閉人は宙にぶら下がりながら吠える。


 閉人は選択を迫られていた。

 せっかく賊のリーダーを捉えたのだから、このままどうにか上まで上って雌雄を決したいところだが、


(俺、奴に勝てるの?)


 閉人は不死身だが、イルーダンは不死者と聞いて喜ぶような変態である。

 加えて、その実力は折り紙つきで、腕っぷしも相当のようである。


 あるいは、宙づりのままで復元力を強め、イルーダンを引き摺り落とす。

 だが、イルーダンの予想外の腕力を見るに、それも難しいだろう。落とせないまま飛竜にどこかに飛び去られでもしたら、イルーダンに手籠めにされてしまうことは間違いない。


(それだけは嫌だ、絶対に!)


 次善の策として、このまま血の凝固を解除して飛び降りるという手もある。

 賊の主力を(ほとんどジークマリアが)潰したのだから、これ以上リリーバラに被害が及ぶ可能性は考えにくい。


 ここが潮時なのではないか?


(いや、駄目だ!)


 閉人は首を横に振った。


(あんなやべーやつを生かしておけるか!)


 閉人がそう思い直した、その時、


「閉人!」


 ジークマリアの声が轟いた。

 下を見れば、彼女がアンブラルに縄を括りつけて構えている。


「受け取れ!」


 そして、風を切ってそれを投げ上げた。

 アンブラルは矢のように真っ直ぐ、閉人に向かって飛翔した。


(は、速ッ!)


 剛速球どころの騒ぎではない。

 しかも、狙いは閉人の胴であった。


(だ、駄目だ! よ、避けきれねぇ!)


 砲弾のような勢いで迫る槍が閉人の脇腹に突き刺さり、腹筋及び肋骨数本と重要器官を丸ごと破砕して背中より突き出した。


「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 白目を剥きそうになりながらも、ジークマリアを見た。

 ジークマリアはアンブラルに括りつけた縄の端を握りしめている。


「閉人、後は分かるな?」

(マジかよ……)


 閉人がジークマリアの意図を察したのと同時に、イルーダンが悲鳴を上げた。


「ま、まさかお前! あの女とそんな高度なプレイを!? 中古品だったのか!?」

「プレイな訳あるか!」


 閉人は叫び、脇腹に突き刺さったアンブラルの柄をしっかりと掴んだ。


「畜生、やってくれジークマリア!」

「歯を食いしばれよ、閉人!」


 ジークマリアは気合を発し、縄を渾身の力で引っ張った。


「グエエェェェェッッ!」


 閉人は潰れたカエルのような悲鳴を上げた。



 現状はこうである。


 閉人がカンダタの血糸で上空のイルーダンの左手にぶら下がっており、その閉人にジークマリアが槍を突き刺し、括りつけた縄を地上から引いている。


 閉人を媒介としたイルーダン対ジークマリアの綱引き合戦が成立しているのである。


 つまり、閉人は腹に槍を突き刺したまま綱引きの綱にならなければならなかった。


「ぐ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎぃぃっ……!」


 腹をかき回される痛みに閉人は呻く。


「耐えろ、閉人! このまま賊を引き摺り落とす!」


 ジークマリアは容赦なく鎖を引いた。



 一方、イルーダンは別の意味で悲鳴を上げていた。


「あの馬鹿力女め! 俺の玩具だぞ! 壊れたらどうしてくれる!」


 叫びつつ、イルーダンは左手を引く力に抗い切れず、飛竜ワイバーンの背に這いつくばっていた。

 現在、彼の左手には閉人の全体重とジークマリアの力が掛かっている。

 幾ら強弓を引く彼の膂力であっても、いつまでも抵抗できるものではない。


「おのれ、あんな高度なプレイにこのイルーダンが追い詰められるとは……」


 イルーダンは屈辱に這いつくばりながらもほくそ笑み、接近戦用の短剣を引き抜いた。


「だったら、こうしてくれる!」


 ザクリ。

 閉人を宙吊りにする力が突如消えた。


「え!?」


 宙を舞うのはイルーダンの左手首。彼は、自ら左手首を切断して閉人から逃れたのだった。


「次にあった時こそは、クク、お前の※に〇を◇してやる、『愛しの君』よぉ……ッ!」


 イルーダンは捨て台詞を吐くと、残った右手で飛竜ワイバーンの手綱を握り、飛翔。

 名残惜しそうにしつつも、北へと飛び去って行った。


 そして、


「うわあああああああ!」


 閉人は真っ逆さまにリリーバラの街に転落していくのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「ったく、今日は散々だ……」


 上空からまっさかさまに落下した閉人は辛うじてジークマリアに受け止めてもらい、全身を複雑骨折するにとどまった。


 対して、上空から落ちてきた閉人を受け止めたジークマリアは無傷のようで、


「貴様にしてはよくやったぞ、閉人」


 などと飄々としている。


「畜生、割に合わねぇ……」


 ジークマリアにお姫様抱っこされながら、閉人は不平を言った。

 すると、ジークマリアは生真面目に頷いた。


「確かに、私の騎士道に付き合わせた結果だ。一つ『借り』ということにしておこう」

「はぁ? テメーに貸しを作ったら何がどうなるってんだよ」


 閉人が不機嫌そうに訊ねると、ジークマリアは人差し指を立てた。


「そうだな……じゃあ、『何でも』一つ、願いを言ってみろ。このジークマリアが叶えてみせよう」

「何でもって何だよ?」

「何でもだ。貴様が決めろ」

「はぁ?」


 条件反射でぶー垂れる閉人だったが、


(ん? 今、何でもって……?)


 閉人は朦朧とする意識の中でその言葉の重大さを考えようとしたが、すぐに意識を失ってしまうのであった。



『断章のグリモア』

 その16:騎士道について


 ジークマリアが時々口にする『騎士道』とは何なのか。

 実は、明確な思想体系や原典がある概念ではない。

 そもそもマギアス魔法王国において『騎士』と言えば第一に王家直属の『杖の騎士団』が、第二にはグリモア議会の精鋭部隊『グリモアの騎士』が挙げられるだろう。

 だが、その二種類の騎士たちのどちらも『騎士道』などという思想は持っていない。

 つまり、『騎士道』とはジークマリアがいつの間にか身に着けていた謎の思想であり、かなりフワフワした恣意的な道徳概念である。

 ジークマリアが、

「騎士道不覚悟だ!」

 と言って憤慨している場合、とにかく何か彼女の中のルールに抵触してしまったのだと諦める他ないのである。

 なお、ラヴォン魔術学院魔騎士学科においては彼女の人気と相まって流行語となっている。

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